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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」
200/286

04-112 それは思い出ではない

遅れました、理由は活動報告にある通りです。

殺人的な暑さに死んでました……みなさんまだまだ油断されませんように。

……災害もなんか続いてるし


では本編どうぞ

(なお、前話の終わりから直接続いております)





「本当に天然なのね……いいから、座って食べなさい」


小首を傾げた仕草に対して呆れた顔を見せるモニカは頭を振りつつ

彼にそう促した。そのままに彼女らの前にシンイチは大皿を置いた。


「…いる?」


「ボクはもういいかな」


「私も。見てるだけで胃もたれしそうよ。

 気にせず全部食べなさいな、誰も文句言わないわよ」


では遠慮なく、と手を合わせると彼は食事を再開した。

軽く見積もっても数十人前かという山盛りの料理の前で。


「いただきます!」


最初はふたりともその大食いっぷりに呆れているようであったが、

次第に苦笑となり、さらに見守るような暖かさが混じっていく。

彼も気付いてはいたが今はそれよりも空腹を満たすことに意識が

向いていた。尤もさして時間がかかるわけでもなかったが。


「んく、ごくっ、はぁ……ごちそうさまでした!」


「え、はやっ!?」


十分もかけずにそれを食べ尽くした彼は自然と手を合わせる。

驚きの声は完全に無視で一心地ついたと満足げな表情であった。


「はい、お手拭」


「ありがと」


それにくすりと笑った(慣れている)ミューヒがさりげなく差し出した手拭を

受け取ると手の汚れを落とした。それを若干不思議そうに眺めたモニカは

おそらく思ったままの疑問を零した。


「あんた、案外そういう言葉ちゃんと口にするのね」


昨日の強引なやり口からは想像できなかったと嘯く彼女に、

だが気を悪くした様子もなくシンイチは薄く笑った。


「出来ることだからな。

 食事の感謝も、お礼も、謝罪も、言うぐらいは俺でも出来る。

 出来ないことばっかりの俺としては、せめてそれぐらいはね」


口にしておきたいのだと若干卑屈にも見える態度で告げる。

予想外に真剣な言葉が返ってきたからか虚を突かれたように

モニカは目を瞬かせたがすぐに「そう」と微笑と共に返す。

尤もそれはもう一人の補足が入るまでだったが。


「…イッチーが本当にそう思った時だけだけどね」


「ああぁ」


「………そこで一番の納得声が出るのは癪だが、一ミリも否定できん」


思わず渋い顔をすれば声を出して二人は笑った。そんなに自分が

困ったり拗ねたりするのは面白いものだろうかとそのままの顔で

疑問符のシンイチである。


「ふふ……あ、そうそうこれ返すわ」


一通り笑ってからふと思い出したとばかりに首裏に手を回して

鎖を取り外すとその金色の三日月を彼に差し出した。


「確かに」


しっかりと受け取った彼は慣れた様子でそれを自分につける。

そして三日月がそこにある事を確認するように指でいじくっていると

横から妙な勢いで質問が飛んだ。


「ねえイッチー、それって結局ナニなの?

 君のことだからただのペンダント、ってわけじゃないでしょ。

 いったいどんな不思議パワーがあるのか興味あるよー」


どこか言葉とは別の感情が見えた気がしたものの彼はその質問に

あることを思い出してクスリと笑うと指の中で三日月を弾いた。


「……その点に関しては俺もしてやられたんだよな」


「どういうこと?」


「それは、んんぅ…」


話していいものか。わざわざ言うことでもなく、アンコール前の

彼女からの似たような問いかけには答えなかった手前ここでそれを

語るのは違う気がすると何気なくモニカを見れば苦笑の頷きが返る。

悩んだ理由を見抜かれた上で別にいいと許可を出されてしまったようだ。


「……時間もあるし、たいした話でもないからいいか」


妙な恥ずかしさをそう誤魔化しながら三日月を軽く握る。

今更あの時を思い返して震えるような繊細さは彼には無い。

毎晩、夢で見て鈍感になっただけかもしれないと彼は考えている。


「どうせ誰かさんは聞き耳たててたから端折るがこれは形見だ。

 死にかけた恩人から、誰にも渡すな、といわれて受け取った」


「それ、は…」


「………」


声を出したミューヒも沈黙したモニカも端的に語られた状況が

予想以上だったのか。戸惑ったようなそれは本当に自分達が

聞いていい話なのかと表情から訴えていた。形見とは聞いていても

本当に死の間際に手渡された物とまでは考えていなかったのだろう。

シンイチはそれを無視して─少し面白がりながら─話を進めた。


「直後は死んだ原因が俺にもあったからちょっと……いや、

 かなり、うぬ? いやだいぶ……とてつもなく、か?」


ただ即座にあの直後に自分がやったことを脳内で回想すると

そんな表現でもまだ足りない気がして話を止めてしまうのだが。


「イッチー?」


「と、とにかく荒れたが落ち着いた後にお前と似た疑問を持ってな。

 何しろ渡すなというんだから狙ってる奴がいるんじゃないかと考えて

 これにどんな曰くがあるか徹底的に調べた、そしたら……」


「「そしたら?」」


「ただのペンダントだった」


「え?」


「作ったのは場末の細工師で、しかもそこらの露店で売ってた安物」


「は?」


「さらにいえば量産品でな。数か月必死で、大切に抱えてた身としては

 同じ物がガキの小遣いみたいな値段で並んでいたのを見た時は……

 ……うん、正直さすがに眩暈を覚えた」


当時の心境を思い出してとてつもなく遠い目をするシンイチである。

今にも真っ白になってしまいそうなそれに彼女らは同情に近い苦笑を

浮かべていた。


「ああ、えっと……ご愁傷様?」


「どうも。

 で、裏とか闇とか。知られざる力が、とか。何か仕掛けが、とか。

 後付けで何らかの意味が、とかも念入りに調べたんだが………無かった」


「無かったの!?」


「マジで?」


「マジだ……けど、なら別の意味があるんじゃないかと。

 あいつにとって思い入れとか思い出がある代物なのかとも考えた、が」


「「が?」」


「事件の二日前に衝動的に買った物のひとつだった。

 アイシスは露店の安物を買いあさる悪癖持ちでな」


つまり、本当にただのペンダントであったのだ。

不可思議な力も、仕掛けも、曰くも、思い入れも、何も無い。

ある意味で想定外のオチに彼女らは唖然とした顔を浮かべていた。

そうそうそれが見たかったのだとシンイチはじつに朗らかに笑う。

ただ、彼女達の表情はすぐに怪訝そうなそれに変化する。とはいえ

二人はそれぞれ別のことを考えているだろうことが見て取れた。

ミューヒはどうしてそんな物を死の間際に託したのか理解できない、

といった風情か。一方でモニカは話が本当だろうかという顔だ。

双方どちらの理由も彼はよく知っている。かつて彼自身も

ぶち当たった疑問なのだから。


「どっちもなんか言いたそうだな。

 モニカは、でも声を聴いた、ってところか?」


「え、あ、あれってやっぱり気のせいじゃなかったのね!

 誰かに落ち着けって肩に触れられたような気がして、そしたら

 知らない女性の声だったけどすごく優しい声で、大丈夫だって…」


「傍から聞くとホラー案件だけど……不思議な力は無いんじゃないの?」


「絶対に無い……が、俺自身も何度かあいつの声を聴いた事がある。

 それ以外にも今回みたいにお守りとして貸した時にみんなモニカと

 同じようなことを言っている……謎だよ、ホント」


神の権能を持つ彼が本気で“視て”も何も出ないのに、不可思議な

現象を幾度も起こす謎のペンダント。それでいて肝心の効果が

ちょっとした言葉をかけての精神安定か幻覚や幻惑等への忠告ぐらい。

シンイチですら分からないナニカがあるのだとしたらその隠蔽力と

釣り合いが取れていない微妙な効果といえよう。しかも誰かに貸した

場合と違い彼が身に着けている場合は効力をあまり発揮しない辺りが

微妙具合に拍車をかけている。しかしモニカは何かが引っ掛かったのか。

面白いモノを見つけたとばかりに笑みを浮かべた。


みんな(・・・)、ねえ……それじゃ私は何番目の女になるのかしら?」


それは貸し出した順番を聞いているような言葉ながら、どこか

その中で自分は女として何番目かと問うてるようにも聞こえる。

暗にどうせ女ばっかに貸してると決めつけたうえで、だ。

無論そう聞こえるようにわざと言葉を選んだのは明白である。

どうも彼女はシンイチに対し大人のお姉さんという立ち位置を

取りたいように思えた。しかしまだまだ甘い、あるいは彼女自身が青い。


「さてな、形見だなんだと教えたのはお前が初めてだが」


その程度の揺さぶりは慣れたものだと彼は平然と事実だけを語った。

尤もそれは順位付けの拒否や嘘でも一番とは言えないとかではなく、

気に入った相手(彼女達)に順番をつけるという思考回路が無いという方が正しい。

だがその範疇である女性自身から問われたからには何かしらの形で

応じるべきである、という変な生真面目さを発揮したに過ぎない。

補足するなら女性から自分は何番目かと問われた際、単純に順位を

告げるのも上記のような個人的な感覚や自論を語るのもマイナスだという

知識があったのも事実ではあるが───要は素の返答であった。


「………」

「………」


これに女性陣は─片方は若干顔を赤らめつつ─呆気にとられた後、

何も言わないままあらかじめ示し合わせていたように互いを見合った。


「いまの聞いたモーちゃん? 彼って普段からこう。

 はぐらかしながらお前は特別だったとか自然(ナチュラル)に言うんだから」


「悪い男よね。わかっててもちょっと来るものあったし。

 しかも本当に女ばっかだったみたいね。また否定しなかったわ」


そしてひそひそ話の(てい)で堂々と聞こえるようにしながら

非難する眼で両者は睨んでいた。しかしながら当人はそれを

明後日の方向で受け取ってしまった。


「そういえば………何気に全員女性だったな。

 いま気付いた。お前、まさかそこで選り好みしてたのか?」


三日月を摘みあげて胡散臭そうにそれを見据える彼である。

その目に遊びはない。ただその可能性を今しがた本気で疑いだしただけ。

どこからか溜息がこぼれたのも当然といえよう。


「そして変な所がガチで天然なのですよ」


「妙な切っ掛けで自分の世界入っちゃうのね、困った男」


女性陣の呆れとも苦笑いともいえない声は、だがひどく優しい。

内容と違って、彼を否定する色合いは感じられない。奇しくも

そちらの方がどこか少年を見守る年長の姉のような様相であった。

とはいえそもそも話を振った手前もあったのか。

彼女は我に返るようにそこに水を向けた。


「あ、話を戻すんだけど…」


「ん?」


「そんな謎の力があるから君に託したの?」


ならば納得できなくもないといいたげな顔をしたミューヒに、

されど現実に戻ってきた彼は即座も即座に首と手を横に振った。

絶対に違う、と。


「そっちは解ってるんだよ。

 勿論、当人が死んでるから推測ではあるんだけど、

 ペンダントの正体がそうだった以上はもう他にあり得ない」


首元で三日月を弄びながら彼の顔には複雑な色が混ざる。

微笑。呆れ。憧憬。後悔。感謝。苛立ち。親愛。そして、悔しさ。


「最悪に、憎々しい程にしてやられた。ガキの頃からくだらない事で

 よく泣いてた俺だが誰かに泣かされたのはあれが初めてだったよ。

 死なれた時ならいざしらず、死んで数か月後にまた泣かされた」


一度目で、枯れ果てたと思っていたのに。


「な、泣かされた? 二度も?」


誰よりも意外そうな声を漏らしたミューヒにそうだと頷きつつ

微笑を浮かべたシンイチは真相に気付いたその日を思い出す。

自然とその顔はどこか満足げな、だが敗者のそれとなる。


「俺が……馬鹿な事しないように釘を刺したんだ、あいつ」


「馬鹿なことって……っ、まさか君は?」


「そうだよ。多分、危なかった……言ったろ?

 死んだ原因は俺にもあるって……いやむしろ8割は俺のせいだろう。

 恩人が目の前で、自分のせいで死んだ……最悪だぞ、あれは。

 何せ、殺したくなるほど死にたくなる」


自分で自分を。

言外に語ったそれを聞き取ったのか彼女達の表情は硬くなる。

こみ上げる苦い感情を悟らせまいと不敵に笑ったつもりが

効果は無かったらしい。あるいはそれぞれにとって大切な

恩人をそうやって失う光景を想像してしまったのか。

どちらにしろ失敗したなと思いながらも彼は続けた。


「頭では、それだとあいつの死が無駄になると解っててもそれだ。

 特に直後は自分でもよくわからないぐらい荒れてたからなぁ」


結果的なことをいえば、ある要因で彼の暴走は止まることになる。

そこにアイシスの思惑は関わってはいないが、果たしてあの時の

自分がコレを託されていなかったらどうなっていたか。そんなもしも(if)

考えても意味はないが「それでも大丈夫だった」とは微塵も言い張れない。

そんな妙な自信があった。


「そうなるのを読んでいた。だから意味ありげに渡したんだ。

 一時しのぎでいい。俺が三日月(コレ)の正体を突き止められる程に

 立ち直るまで、命と心を繋ぎとめる理由になればいいと……」


まさに、してやられた。

自分が何もかもいっぱいいっぱい、どころか。

溢れだすあらゆる感情に翻弄され気の利いたことも言えない中、

彼女は文字通り命懸けで救った子供(友人)がこの先も変わらずに〝彼”の

ままでいられるように願ってそんな気遣い(イタズラ)をしたのだ。

自らが死に瀕していたというのに。いつも通りに笑って。


「困ったことにそれで三度目だ。

 ………もう返せなくなった後で救うんじゃねえよ」


「イッチー……」


異世界に迷い込み野垂れ死にかけた時に一度。

邪神復活の憑代にされたのを助けられて二度。

そしてそれで三度目だ。返せない恩が多過ぎて、僅かに声に怒気が混ざる。


「おかげでこっちは永久に借金持ちだ。

 結局一度も追いつけなかったじゃねえか」


まるで恨み言のように三日月を掲げてそれに悪態をつくが、

その表情を見たモニカは微笑を浮かべて疑問の形ながら確信と共に告げる。


「あなたそれ……対等に見られたかったって聞こえるわよ?」


一瞬虚を突かれたシンイチは、だがすぐさまフンと鼻を鳴らすと

ぶっきらぼうに言葉を返した。少しばかりの照れくささと共に。


「………もらうばっかりなのは、悔しいんだよ」


それは少年らしい非素直さか。

もはや彼の定番というぐらい微妙に肯定も否定もせずに、ただ

その感情だけを吐露する形での本音であった。モニカは茶化す事は

せず「分かるわ」と短く返す。彼女もまた恩人にもらってばかりだと

考えているのだろう。


「イッチー、その人は……どういう人だったの?」


その隣で思案顔の彼女が問う。

先程から時折見せるその表情の意味を彼はなんとなく覗かない方がいいと

判断して見抜かないままに肩を竦めて思いつくままに返答した。

一々思い返す必要もないほど彼女の姿は脳裏に焼き付いているのだから。


「アイシスか? ろくでもない女だったよ。

 面倒見は良かったけどかなり乱暴で強引で、周りを振り回しては

 その反応を見てけらけら笑ってる……困った奴だった」


だからこそスラリと出た恩人に対するものとは思えない感想は、

しかしミューヒとモニカに小首を傾げさせ、再度顔を見合わさせた。


「こいつ、自分で言ってて分かってないの?」


「そこで気が合っちゃったかぁ」


そして溜め息まじりに首を振る。それに今度は彼が小首を傾げる番だ。


「なんだよ?」


「なんでもなーい。

 ただ、そうやって助けられたくせに君は

 その命を雑に使いすぎじゃないかな?」


シンイチの疑問は明るい声に流されるも、それは誤魔化しか本音か。

被せるように続けられた問いかける体での諌めの言葉。

これにシンイチは嫌そうに眉根を寄せて顔をしかめる。


「そんなつもりはないんだけどなぁ」


危険なこと、割に合わないこと、自らの負担が大きいこと。

それらをやっている自覚はあるが自分の命を雑に扱っている訳ではない。

その手の忠告や叱責をよく言われるのでこれでも気を付けている方だ。

尤も。


「どこが?」

「どこがよ?」


目の前の彼女達からはほぼ同時に『否』に等しい言葉が返る。

その顔に至ってはここまでで一番「冗談いうなよ、このクソガキ」という

言葉がこれでもかと書いてあった。簡単に納得はしないと思っていた

シンイチにとってもそれは想定以上に強い否定だった。


「え、いや、どこってそりゃ……俺は生きてるじゃないか」


「何を当たり前のことを…」


「当たり前じゃねえよ。色んな奴の犠牲で俺はここにいる。

 俺の命はもうとっくに俺だけのものじゃないんだ。ならさ、

 生き方は好き勝手しても死に方を選ぶ権利は俺には無い」


それがペンダントの真相を知った後に出した彼の結論だった。

多数の犠牲を出してしまった。恩人の犠牲で助かってしまった。

それどころか最期の後にまで助けられていた。命は自分以外の命を時に

糧とし時に犠牲にし時に踏みつけて存在している。そんな哲学だか倫理だか

業だか真実だかを知識でのみ知っていた少年がそれを実感しての結論だ。

そして彼女はシンイチがシンイチのままでいられるように心を砕いた。

なら、らしくない(器用な)、生き方はできない。

そして誰かに、自分にすらこの命はやらせない。

微妙に矛盾したそれを両立させるには死なない範囲で(・・・・・・・)やりたいようにやるだけ。

奇しくも規格外な存在となった彼には充分可能な(出来なくはない)生き方であった。


「……寿命以外で死ぬ気がないってそういう……うわぁ」


「シスター、コレ大変ってレベルじゃないわ……頭痛が痛い」


しかしそれを聞いた二人の反応に納得は皆無だった。

それどころか片方は天を仰ぎ、片方は頭を抱えている。

たがそれは考え方自体を否定しているというよりは、お前が言うか、と。

その考えを持ったうえであんな無茶が出来る思考回路をどうにか

理解しようとして苦悩しているように見えるのは気のせいか。

自分は何かまたおかしなことを言ったのだろうか。

大真面目に語ったつもりの彼としては、少なからず(・・・・・)一般とは

ズレている自覚のある彼としては、彼女たちを悩ます気はなかったので

そんな二人の様子に内心狼狽えていた。


「ねえ、そのアイシスって人がやったことって、

 実はものすごいファインプレーだったんじゃないかしら?」


形見(ソレ)が無かったら変な線を超えてたよねぇ。

 今でさえHP残り1でもセーフ、って頭してるのに」


ただ彼女達は言ってもしょうがないとでも考えているのか。

呆れと非難が混ざった視線と表情を向けるだけである。

どこか居た堪れない心持になったシンイチはそっと目を泳がす。

経験上(・・・)ここで持論を展開して意見すると余計にひどい目に合うと

知る彼はそうして流すしかない。その反応を彼女達はどう受け取ったのか。

深いため息を吐くと何やら相談か愚痴か判別がつかない話を始める。

これは─精神衛生上─聞かない方がいいと意識的に耳から彼女らの

声を除外して遠くを眺める。あ、星がきれい。




──人の振り見て我が振り直せ、とはあなたの国の諺だったわよね?



しかしそこへ耳が痛い、とでもいわんばかりに件の人物のどこか

消沈したような声が聞こえた。反射的に声がしたような方角に

視線を向ければ、ブロンドのシスターが網膜に映っているようで

映っていないのに見えているという謎な状態で、生前では

見たこともなかった苦悩と疲れに満ちた顔をあらわにしていた。


──同類とは思ってたけどここまでなんて……苦労するわこの娘たち


そしてひそひそと何かしら語らう彼女らを苦笑と共に見守る。

果たしてそれはシンイチが見る幻か。ペンダントが見せるナニカか。

魂さえも目の前で消滅した彼女が霊になっているわけもなく。

“視る”力を最大限に解放しても相変わらず何も分からないソレ。

だが今回だけは、それが無くとも分かるおかしな点が一つ。


──珍しいな、いつも一言か二言なくせしてよく喋る


胸中で、意識的に語りかければ─その予感はあったが─返事が。

これまで一度としてなかったペンダントの声との会話はそうとも

思えぬ気軽な調子で始まった。


──当然でしょ!

  あれだけいい歌をたくさん聞いたのだもの、元気百倍ってね


──死人の幻風情が何をいうか

  まさか自分が聖なる者とでもほざく気か?


──はっ、偏屈卑屈ボーイがいっちょまえに吠えるじゃない

  どこから見ても私ほど神聖さが似合う美人シスターはいないでしょ!


──自分でいうなよ、見た目が美しいぐらいしか認めてやれんぞ


──え、私シスターとも思われてなかったの!?


──………あんた何気にその立場に拘ってたよな


──戦う美人シスターって萌えるでしょ?


──ソウデスネー


──心の声で棒読み!?


会話が、なんでもない雑談が、他愛ない語らいが、行われた。

生前一度も(・・・・・)無かった(・・・・)それが出来る感慨は、不思議とない。

それでも互いに数年来の友人のようなやり取りが出来たのは互いに

もう言葉の壁がないからか。もうお互いを知り過ぎてしまったからか。

同類、ゆえか。


「…………」


表面的には狐娘と歌姫から逃げるように背を向けている彼の顔は、硬い。

彼女の言葉を信じるならモニカの歌によって会話能力が強化された

らしいがそれでも“この”アイシスが現れてくる時は決して

こんな雑談目当てでも、シンイチを安心させるためでもない。


──まったく………ところで、わかっているのでしょう?


だからか。

一転して厳かなそれに変じた声に、頷きだけで返したシンイチの顔は

どこか苦々しいものとなる。これは採点だ。あるいはミスだけを

指摘される単なる嫌がらせか。


──時間稼ぎ、なんてうまく言ったものね

  最悪の場合はそれすら(・・・・)できないかも、なのに


この間抜け、と言外にいわれた気がするシンイチだ。

コレは必ずといっていいほど目を反らすなと最悪を突きつけてくる。

今回は単にそれに言葉が付随しているだけ。果たしてそれは

良いことか悪いことか。そこの判断がつかないままシンイチは

“最悪”を予見させる判断材料に思惟を向けた。



不可能(あり得ない)を可能とする使徒兵器。


それを異世界(ガレスト)の鎧に転換させた使徒鎧装。


偽りの不安定さゆえにかえって危険な使徒モドキ(銀の巨人)


これらの量産が既にできているという厄介な事実(脅威)



じつのところ、これらだけならどうということもない。

例えそれらで武装した大軍が結成されてもシンイチは勝てる。

それこそモニカの歌があれば他の誰かでも充分勝ち目はある。

では、何が問題か(・・・・・)。それは当然にして単純な、だが答えによっては

すべてが引っ繰り返されてしまうほどの根本的な『疑問』だ。



“どうやってそれらの研究・開発・量産が可能になったのか”



少なくとも表沙汰になってる両世界の技術は勿論のこと。

秘匿されている内容の技術にすらそれを可能とするものはない。

もっと正確に表現するならその領域に手を伸ばせる段階ですらない。

スマホを作るために糸電話の開発にやっと着手した所といえばいいか。

実際にはもっと遠いのだが彼はそれ以上その感覚を噛み砕けない。

それほど“先”の技術であるそれらが、何故、いま、存在するのか。


秘密結社保有の未知なる技術、その進歩か。

地球とガレストの技術融合による進化か。

世の裏で紡がれてきた退魔の術や知識を全て取り込んだのか。

それとも規格外の大天才が幾人も生まれ落ちていたのか。


──いつも通りの現実逃避ね、ぷふふっ


思考が読まれたのか伝わるのか。

幻の女に嘲笑される。引き攣りそうになる顔を必死に抑えた。

頭の冷静な部分で理解はしている。彼自身『最悪』を除いたそれらの

天文学的な可能性の低さに呆れもでないほどなのだから。


異世界同士の技術融合。

数百年以上続けられた研究。

数多の退魔の力や知識。

天才の多発的な誕生。


その全てが重なった程度で(・・・)あの領域に辿り着けはしない。

因果律への干渉。事象の操作。意識の具現化。あり得ざるの否定。

何よりまだ歪なれど発せられた力が持つのは間違いなく神域のソレ。

もしそれらでソコへ辿り着けるのなら今頃人類はその英知で全員が

神に限りなく近い存在「亜神」クラスにはなっていることだろう。

彼が間近で見て、いとも簡単に無力化した使徒兵器は、だが今の人類が

いくら時間をかけた所で到達できる場所にある技術ではない。

彼が得てしまった神としての権能が、感覚が、告げるのだ。

本来なら知的生命体としての階位をあと3段は上げる必要があると。

それは今の人類が天文学的な数の奇跡を積み重ねてもまだ遠い未来だ。

しかし、現実にいま量産までされている矛盾は何を示すのか。

考えられる最も高い可能性、それこそが彼が思う最悪。

何を隠そう今回の事件で彼がやってしまったことだ。


ナニモノかに与えられたのだ。


既にそれを知っているナニカから、既に持っていたナニカから。

そしてそのナニカに仮に名をつけるとすればそれは一つしかない。



──敵に、『神』がいる



返答するまでもないと幻の彼女は肩を竦めた。


──今もいるのか、出発点となるナニカを与えられただけなのか

  どちらにせよ敵さんには最低でも神域の知識があると見るべきね


──はっ、最悪の中でマシな方を想定してどうすんだよ


──誰かさんみたいに分かっていたのに無視するよりマシでしょう?

  

意趣返しのつもりで鼻で笑えば、正論を返され言葉が続かない。

そうだ、自分は、その可能性を昨日の時点で気付いていて、

しかしソレをあえて度外視した考えで彼等と敵対した。


──でも、そうね。

  ではお言葉に従って、今も中枢に“いる”として考えましょう


それを責めるでもなく、それどころか慮った体での嫌味に

頬がぴくりと反応するが抑える。所詮は幻だ。何より彼女の指摘は

何も間違ってなどいない。それでもイラついてしまうのも事実だが。


──今回の一件でマスカレイドが同質の存在と勘付いたでしょう

  後はそいつの性格次第だけど、慎重になるのか派手になるのか

  あんたを意識しだすのかあんたを避けだすのか


どれにしろ厄介な話である。倒すにしても被害を抑えるにしても。

神の相手は神にしかできない。しかし本来の意味でシンイチは神ではない。

自らを化け物以上と、邪神だの嘯いてみせても彼は─まだ─人間(ヒト)だ。

邪神の権能と力の一部、そして知識を引き継いだだけの。

いうなれば「紛物亜()」か。いくら“ホンモノ”は世界の内側に

入れないといっても堕ちた邪神クラスが完璧な状態で存在していた場合、

彼は自らの勝利を断言できない。『蛇』側のソレの程度が分からない段階で

こちらの存在を明かしてしまうのは利口とはいえない行為であった。


──面倒になると分かってたのに隠す気ゼロで大盤振る舞い!

  歌姫どころかあの娘達に加護まで与えたら誤魔化しようもないわね

  露見するよりあんたは彼女達の心が遂げられる方向に手を整えた

  なによ、この不器用の見本みたいなバカ?


だって、嫌だった。

キレイだと思ったモノが失われるのは。

触れた時間が僅かでも子供達が泣くのは。

自らを想ってくれる彼女が心を痛めるのは。

咄嗟に過ぎった感情は何故か当然のようにこの幻の女に伝わる。


──本当に堪え性の無い

  毎度、毎度、しわ寄せを自分に向けて帳尻を合わせようとする

  要領悪い癖にそこは上手なんだから……もう逆に感心しちゃう


からからと笑う幻の女だがシンイチには前振りにしか聞こえなかった。

うまく隠してモニカを守る手段は決して無いわけでもなかった。だが

そうした場合『無銘』勢の危険度が許容できないほど跳ね上がる。

否、確実に何名かは死んでいた。それを強がって笑って流そうとする女の

姿を視た気がした時には彼は指を鳴らしていた。これから厄介なことに

なるのはその時点で分かっていたがシンイチは我慢できなかった。

しかしあまりに強大で凶悪な力を持つ彼に本来それは許されない。

大局的な視点無くその力を振るえば結局はシンイチが守りたいと

願う小さな輝きを、その未来を彼自身の選択が押し潰す事になる。

彼は自分が戦う相手を、場面を、力加減を、間違えてはいけない。

彼だけ、彼のみ、彼しか、対峙できない事態に注力すべきだ。

その対処を間違えれば待っているのは力無き人々の悲劇と嘆きだ。

だから必死にそうあらんと振る舞っているが、不出来は否めない。

どうしても、我慢がきかなくなることがある。どうせこの後は

そういった所をちくちくと非難されると身構えた彼は、


──ま、この後も大変でしょうが適当に頑張んなさいな


──…………は?


しかしそのいかにも、はい終了、といわんばかりの気の抜けた声に

表の顔も内心も困惑の色を見せて唖然としてしまう。

ゆえに三日月が笑う。


──んんぅ? おやぁ?

  まさかここで叱ってもらえると思ってたのかなこの甘えん坊は?


──なっ、こいつ散々煽っておいてそれか!?


──だってあんたの悩みってそれこそ状況が違うだけで基本的には

  いっつも似たようなものなんだもん、飽きちゃった


──飽きたって…そういう問題か!

  下手すればこれから『神』と一戦交えるかもって話なんだぞ!?


──え、それがどうかしたの?


──……は?


──戦う気はあって、負けるつもりもない。しかも今更敵が

  強大だからと尻込みするほど素直じゃないでしょあんたは?


呆気にとられるとはまさにこのことか。

あるいは言われてみればその通りだなと納得してしまったのか。

自分でもよく分からないまま一瞬前まであった懊悩や気負いが

無くならないまでも大幅に吹き飛んでしまった。ただそれを、

それこそ素直に認めるのは癪だった。


──ひ、他人事だと思って簡単に言ってくれる……


──だって本当に他人事なんだもん! あはは!


──……そうだった……お前はそういう女だった!


興味本位で引っ掻き回しておいて、後は当人同士で、などといって

周囲の驚きと戸惑いを面白おかしく観察して楽しむ性悪であった。

細かく思い出せば思い出すほどシンイチはどうしてコレを

初恋相手と思っているのか分からなくなる。


──それほどでも……てへへ


──褒めてねえよ!!


まさに心からの叫びを幻の女はどこか喜色満面で受け取ると豪快に笑う。


──フハハハッ、悩み迷いなさい若人よ!

  何をどう選んだってそれから逃げれる奴なんていないんだから

  心が思う道か合理的な選択か、なんて所詮ケースバイケース

  それどころかどっちも正解どっちも間違いなんて事もざら

  本当に最悪なのは切羽詰まってるのに何も決められない(どれも見捨てる)こと

  それだけは、あんたしないでしょ?


そこだけはこの私が褒めてあげる。

どこかそういわんばかりに尊大な顔を見せて満足げに頷く幻。

ああ、本当にこの女は。


──その結果がなんであれどうせいじけるんだから好きになさいな

  大丈夫、慰めてくれる女は選り取り見取り! うまくやったわね!


ぐっと突き出されたサムズアップと満面の笑み。

どちらも異常なほどにシンイチをイラつかせた。


──っ……感心しかけた俺の気持ちを返せっ!!


苛立ちの叫びは今度は受け流されたのか。

ケタケタと笑う彼女に頭を抱えるシンイチである。

その頭痛に耐えているかのような姿に満足したのか。

幻の女は笑い続けながらもふっとその姿を唐突に消すのだった。


「あ、おい、くそっ………あの女っ!

 死んでからも好き勝手に……勝手なことばっか……っ」


出かけた文句は、だが力無い声と一緒に消えていく。

頭に過ぎったのはその勝手さに救われた自分(過去)と彼女の最期。

勝手に命を懸けて、勝手に助けて、勝手に死んだ、その姿。


「…ちっ」


無意味に叫びだしたくなる感傷を舌打ちと共に意識してかき消すと

握り潰しそうだった三日月を放す。そして視界から隠すように服の中に

仕舞うと、ふと彼女達の声に意識が向く。内緒話は続いていたらしく

並んでぴったり肩を寄せ合いながら小声で何事か話し合っていた。

ただ。


「…やっぱ縛って……泣かし……脅し…」

「鞭より……閉じ込め……遠くへ…」


漏れ聞こえるワードから漂う不穏な気配に彼もぎょっとする。

しかしすぐに真顔になるとまず互いの間にある空の皿をどかす。

さすがに気付いた二人の訝しげな視線が向けられるが応じる事なく

シンイチは流れるような自然な動作で─────寝転がった。


「…え?」

「……は?」


彼女達は一瞬何をされたか分からず抜けた声を漏らすが、事は単純だ。

並んで座っていた二人の間。その右膝(ミューヒ)左膝(モニカ)に頭を乗っけただけ。


「…………膝枕?」


「しかもダブル?」


「他のなんだっていうんだよ、ちょっと借りるぞ」


さも何でもないことだといわんばかりの当然さと気軽さの事後報告。

二人の膝や太腿に頭の重さがかかり、彼はその感触を堂々と堪能する。


「左右で柔らかさが微妙に違うというのも乙なものだな」


「ああ、うん……って何勝手に人の膝枕味わってるのよ!?」


一瞬その強引さに流されかけたモニカだが慌てたように抗議する。

ただ頭部が身じろぐこそばゆさからか顔を赤に染めた状態であった。

しかも無理矢理どかしたり落としたりしない理由は恩義か好意か。

狙い目とばかりにシンイチは彼女が逆らえないワードを口にする。


「じゃあ報酬代わりの一つということで」


「う、それをいわれると…」


案の定か。

もっと要求しなさいと告げた手前、文句すら言い難くなるモニカだ。

尤もソレと関係ない人物がそこにはひとりいる。


「ねえそれだとボク、タダ膝枕なんですけど?」


「嫌ならどけばいいさ、まあ」


「ひゃん!?」


そう口にしながら若干モニカ寄りに頭部を移動させると共に衣服の

上からだが触れるか触れないかという微妙な指使いで太腿を撫でた。

突然だったために歌姫はそれはもう可愛らしい悲鳴をあげていた。


「こっちに全乗せするだけだが……いいのかな?」


にこやかな宣言に彼女は思わず隣のミューヒに助けを求めるように

真っ赤な顔を向けた。見捨てないでと若干涙目のそれを

無下にできるほどミューヒは冷淡ではない。むしろどこか

この男による被害を増やすわけには、という妙な使命感が

芽生えだしているのが手に取るようにシンイチには解った。

だからか。


「っ、もう…好きにしなよ」


達観か諦観か。しょうがないといわんばかりのその顔は、しかし赤い。

似たような指使いで彼女も撫でられているのに果たしてモニカは

気付いているのか。果たして、羞恥かくすぐったさか照れか。

自分がその色に染めたという妙な満足感と共にそれを膝枕

という最高の場所から眺める男の顔には三日月である。


「このっ……君って本当にセクハラ魔だよね」


「この悪ガキ、エロガキでもあったなんて」


いいように転がされたとそれで察した女性陣のささやかな口撃は、しかし。


「そう呼ばれるにもっと相応しい行動をしてやろうか?」


無駄に満面な笑みという返しの前に沈黙という敗北をする。

双方の頬にある赤みを増すというおまけ付きで。何を想像したのやら。

その反応を喉の奥からあくどく笑った彼は、だがそこで本当に脱力した。

完全に重みを預けられたと感じた両名の視線が訝しげなそれに変わる。

彼はその自分を覗き込む似た色の四つの瞳を見上げた。

まるで天上の星に見惚れるように、手が届かないと焦がれるように、

その視線には言葉にならない何かの心情が込められていた。


「え?」

「ぷっ」


それに困惑したのはミューヒで、吹き出してしまったのはモニカだ。

前者のさらなる当惑を余所に羞恥の色がすっかり抜けた彼女は頬を緩める。


「本当にガキねぇ。

 お得意の乱暴さで、疲れた、甘えさせろ、ぐらい言えないの?」


この構ってちゃんめ、と茶化すような口調をした彼女はしかし、

それを素直に主張できない彼をいじらしいとでもいうように

慈しむ優しい目を向けていた。


「……悪かったな、面倒臭いガキで」


あっさり図星を指されて不貞腐れたようにそう返すシンイチだが

頬は同じく緩んでいて彼女のその視線を受け入れてもいた。


「だから、そこまでは言ってないわよ……否定はしてあげないけどね」

 

モニカもまた悪戯げな笑みを見せながら思わずといった様子で手を伸ばす。

爪先まで丁寧に手入れされた細い女の指が彼の黒髪に触れ、撫でていく。


「ん、言ってくれる」


それを気持ちよさげに受け入れた彼に悪い気はしなかったのか。

どこか上機嫌にモニカはある提案を口にした。


「あ、そうだ、報酬ってことで人目さえ気にしてくれるなら

 このモニカお姉さんにいつでも甘えていい権利あげようか?」


「いらん」


「あらら、意地張っちゃって…」


姉に(・・)甘える趣味はない」


「……へぇ、言うじゃない(・・・・・・)。それでいいわよ」


「ん」


何度か目を瞬かせた彼女だがその言い回しを理解したらしく、

言外のやりとりで報酬を取り決めて共にくすりと笑いあう。

そして再度彼女の手を受け入れつつ頷く。しばしそれを

味わっていると自分を見詰める別の視線に気付く。

さりげなく、されどがっつりとその目線を見つめ返すと

そこにあった表情を見て、ただ一言。


「お前はしてくれないのか?」

「っっ!」


こんな密接した距離ながら覗き見ていたつもりだったのか。

本人が一番分かってないような狐娘の動揺は果たして、

彼とモニカの言外の意思疎通にか自分と彼の目が合った事か

それとも。


「………ホント、悪い男」


「今更だな」


求められたことを嫌だと思わない自分にか。

少年はその葛藤を見抜きながら、楽しみながら、そっぽを向きつつも

伸びてきた彼女の白い指と手を受け入れ、されるがままに撫でられる。

下から覗くミューヒの顔は決してこちらを向いてないが頬の緩みが

隠しきれていない。これにはむしろ隣のモニカが呆れ半分ながらも

可愛らしいと小さく感想をこぼした程。勿論呆れている相手が

誰か(シンイチ)など殊更いうまでもない。そんな二人の反応を変わらず

膝枕から見上げたままの彼はそこで小さく息を吐く。

疲れでも呆れでもない安堵のそれと共に静かに目を閉じた。


──まあ、実際は単なる情けないだけの男なんだが


眠りには入らなかったがそれでも心地よい気配がそばにあると

勝手な重責感が薄らぎ、ささくれ立った胸の中を充足させてくれる。

その柔らかさと暖かさと優しさに甘えられる事の幸福が問題を

一時忘れさせ、そして必ず解決すると決意させてくれていた。

ゆえに穏やかな吐息だけが漏れ、それから彼は二人の膝枕をただ堪能した。

それがライブの裏で行われた戦いの最後にあった出来事(ご褒美)

贅沢なのか安いのかは個々人の判断に任せるが、マスカレイドを

恐れる誰もがきっと想像さえもしていないだろう。

こんなやり取りと温もりこそが彼の原動力であるなど。

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