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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」
199/285

04-111 悪党の時間稼ぎ





あの後ミューヒは仮面を即座に会場内に入れたわけではなかった。

第二防衛ラインを越えた結界の内に入って少しの所に彼女は着陸した。

仮面が何も言わないのは事情を理解してか問いかける気力も無いのか。

彼女はマスカレイドが戦場に現れた際に会場防衛を担っていた人員を

何名かステージ裏に動かしていた。仮面が動いた事で『蛇』が攻勢や

暴挙に出た際に対応できるようにだ。結果的に不要な采配だったが

彼女達へ確認をとれば現在はアンコール最後の歌の真っ最中だという。

それではカレを連れて近付けるわけがない。

一旦ここで休ませようと判断した彼女は装備からレジャーシートの

ようなものを取り出すと手ごろな空きがある地面に敷いて仮面を寝かす。

野外での潜伏や単独任務等がある彼女の端末には野営に必要な装備が

一通り揃っていた。マスカレイドは知っていたのかあるいは疑問に

思う余裕さえ無いのかそれに対して無反応。


『……助かる』


それでも小さく呟き感謝は示すのだから、らしいというべきか

喋るのも億劫になるほど疲れてるなら寝ていろというべきか。

呆れた溜息を吐きながら念のため周囲を警戒し、人も機械の

類いも検知されないのを確かめると彼女は外骨格を解除する。

カレもまたそれに続いてか白き面をはぎ取り黒衣を脱いだ(消した)

そうして露になった素顔。外部の目を気にしなくていい場所ゆえ

スキルで灯りを作っておいたゆえに見えたそれは。


「っ!」


覚悟していたつもりであった彼女にすら息を呑ませた。

耳と尾の毛が我知らずに逆立ったのは驚きか怒気か。

つい先程、裏社会で恐れられていた男達が顔を何度も青くしたのを

目撃した彼女だがそうさせた張本人の顔に浮かぶそれは彼らより酷い。

青を通り越した白。呼吸してなければ生きてるかどうか怪しいと

思わせる色。まさに死人の色だった。


「君はっ、っ!」


感情的に何かを口走りそうになる自分を無理やり抑えて

一旦彼女はシートの縁に腰を下ろすと意識的に一息置く。


「……そこまで衰弱するのもあなたの計画通りなわけ?」


「あはは……」


そうやって動揺を殺しながら意識して呆れた声を出せば力無い笑い。

先程までのマスカレイドとしての言葉を信用するならこの男は

『蛇』が今後モニカを狙えなくする為に今日の戦いを仕組んだ。

昨日の、初めて歌を聴いて倒れてた間に、というのも驚きだが

ここまで自らを弱らせる事までも、となれば異常であろう。

無論、周囲に弱体化を示すために仕方ない面があるのは

否めないがやはり無理をしすぎといえる。


「いやあ、聴いてる内に若干ハイになっちまって…」


言い訳か本音か分からない事を口にしながら苦笑する様子は

普段のそれであるがその顔は相変わらず青白く活力がない。

苛立ちが、口から棘を放つ。


「バカじゃないの?」


「はは、は……手厳し、いねえ」


話すのも辛そうな様子だがそれでも言わなければ、聞かなければ、

いけないことがまだいくつかある。彼も分かっているのだろう。

続きを促すように焦点の合ってない瞳を向けてくる。

その目が今は“直接は”自分を映してないのかと思うと

胸中で何かがざわめくのをミューヒは感じていた。


「やせ我慢もここまでくると呆れを通り越してすごく殴りたい」


「そ、それは何かを通り越し過ぎじゃないか?」


渦巻く苛々を眩しい笑顔に変換してそう告げれば多少は顔を

引き攣らせるが当人は殴られるほどじゃないと暗に返すので

ミューヒの胸中は同じ感情が堂々巡りである。


「殴りたい率30%アップ!」


「げ」


満面の笑みでの報告にシンイチが怯む。

彼女も理解はしているのだ。全て必要なことであったと。

しかしそうならない道を選ぶことはできなかったのか、とも

彼にヒナと呼ばれる部分(オンナ)は考えてしまっていた。


「し、仕方ないじゃないか。

 絶対モニカに直接攻撃してくると思ってたからそばにいないと

 いけなかったし、会場内は実質結界外みたいなものだったから

 離れると逆に内部のことがうまく俺に伝わらなくてだな……」


さすがに今の状態で殴られたくはないからか。

喋りづらそうながらも捲し立てた言い訳を、だが彼女は切って捨てる。


「それは嘘だね。

 そうするのが一番、守りながらも証明がしやすかったから、でしょ?」


何せこの事態は半分以上彼が画策して出来上がった舞台なのだから。

ならばその不都合さは彼自身が意図的に用意していたものだ。


「う、うぬ」


「イッチーは守るために証明しなくちゃいけなかった。

 彼女の歌でちゃんと弱る事を、生歌以外は効果が無い事を。

 だからそんな言い訳ができる隙間がある状況を作った、だよね?」


「ま、まあそういう考えも、あったといえば、あった、ような…」


「へぇ………」


──この期に及んでそんな下手な誤魔化しをする気なの?

彼女は一切そんな言葉を発していないがその小さな吐息と顔は

間違いなくそれを告げており少年は怯えたように頬を引き攣らせた。

それでも形の上では満面の笑みなのが余計に圧力を生んでいる。

どれだけその状態で見詰め続けたのか。彼は白旗を振るように

自白した。数分前の戦場が嘘のような情けない声で。


「だ、だってそれしか思いつかなかったんだよぉ」


「だってじゃない! 子供か!」


「子供だもん」


「だもんって、都合の悪い時だけ子供になって……」


ふん、と鼻息荒く「俺悪くない」と逆切れする子供がそこにいた。

溜め息を吐いた彼女は、しかし一転して表情を消すと彼の顔を覗き込む。


「ねえ、イッチーはボクが怒ってる理由ちゃんとわかってる?」


青白い顔。弱い呼吸。疲労感を訴える表情。

それでも一欠片も死んでない瞳が、そこで初めて本気で(・・・)狼狽えた。

分からないからか分かっているからか。そこまでは見抜けない彼女も

されたくなかった問いである事をどこか内心喜んで、彼に触れる。

労わるように触れた頬は予想以上に冷たいが体温はあった(生きていた)


「こうするのが必要だったのは解る、認める。

 けど、本気で心配してたのも、したのも、分かって」


それに安堵する自分がいるからこそ訴える語気は強くなる。

見詰める瞳は真っ直ぐで、言葉は彼女自身が驚くほど真剣だ。

始めからやせ我慢してるだけと知っていた。五感の殆どが弱った

姿を見てもいた。側で護衛し続けることがどれだけ負担になるか

考えなかったわけではない。しかし彼の意志を曲げるのは難しい。

だから無事に済むよう、早く終わるよう彼女も尽力したつもりだ。

けれど当人は最初から無理をするつもりだったというのだから、

事情は理解できても笑って流せる話ではなかった。


「あはは……あぁ、それは……うん、一番効いた…………ごめん」


苛立ち。心配。不機嫌。不安。怒り。安堵。

様々な感情がない交ぜになった言葉と視線に目を瞬かせた少年は、

困ったように小さく笑うと言葉を重く受け止めたのか静かに謝った。

尤も。


「……………ずるい顔」


ともいえる。

自身ですらよく判別がつかない感情の全てを理解し受け止められ、

罪悪感に苛まれて落ち込んでいる姿はまるで叱られた子犬のよう。

こちらが悪い事をしたかのような気持ちにさせられて責める言葉が

消えていってしまう。意図的ではなく素の反応である辺りが、

激しく狡いと思わせる。仕方ないと肩を竦めるミューヒだ。

それが随分と甘い対応だと自覚のないままに。


「まあ、昨日のあのタイミングから出来る事としては確かに

 最善だったのは否定しづらいけど……普通は反則だよ。

 狙う側に殺せない理由を生み出す事で守るなんて」

 

もっと時間があっての工作や根回しの結果であれば。

あるいは殺せなくなった理由が仮面とは余所にあれば。

まだ普通といえなくもない話であったが結果はこれである。

自らという脅威とその唯一の弱点という事実の悪用(・・)だ。

仮面(カレ)は先程『蛇』に宣戦布告をした。地球世界における彼らの

勢力図に一晩で大穴を開けるという痛すぎる損失を与える形で。

これで組織(『蛇』)が黙っていられるわけがない。対立は不可避である。

それゆえに攻略の糸口であるモニカの歌を失うわけにはいかない。


「ハメ殺しだよね、君の思惑通りと解っていても抜け出せない。

 あの倒れた一瞬でこの道筋を整えた辺り君は本当に悪辣だ」


怖い、怖い。

と、おどけるように笑みをこぼした彼女のそれは軽口だが、

その軽さ自体がわざとらしいと思える妙な口調でもあった。


「───そこまでやって、どうしてそれが時間稼ぎなの?」


それは結局のところその真意を確かめたいがゆえの回り道。

確かに『蛇』そのものが消えたわけではないため絶対ではないが

マスカレイドが消えない限りその安全は強固なものではないか。

問いかける視線を、どこか焦点が合ってない瞳が迎える。


「……あんなのは子供騙しに過ぎない」


しばしの沈黙の後。返ってきたのは抑揚のない、されど

自らへの酷評を隠せない程に混ぜ込んだ苛立ちのある声だった。


「どういうこと?

 マスカレイドとの敵対が決定的になった以上、

 その弱点を唯一生み出せる彼女を害するのは……」


「心理的ハードルを高めるのには成功しただろうな。

 けど、よく考えてみろ。特定の人物の生歌が弱点、って

 何をどうすればうまく活用できるんだよ?」


「どうすればって……………あれ?」


考え込んだ彼女ではあったが次第に頭上の狐耳が遊びだす。

彼女自身は知らないが考えがまとまらない時の癖であった。

つまり、まともな方法が何も思い付かない。ネックになるのは

弱点となる“歌”の条件の厳しさと仮面の所在が基本不明な点だ。

モニカ本人を狙った場所で歌わせるというのなら『蛇』の組織力を

考えると難しくはない。実際今回のライブ会場がここになったのは

彼等の手回しによるものだと彼女達は見ている。だがそこへ

どうやってマスカレイドを誘き出せばいいのかが分からない。

よしんばそこをクリアしても今回を見る限り立て続けに聞かせても

攻撃力そのものに低下はまるで見られない。むしろ弱っているために

短期決戦を狙う仮面を相手にどんな戦力と戦術を用意すればいいのか。

ミューヒが思い付けるのはそれこそ全世界規模の軍でも用意して

数日に渡って波状攻撃を続ければあるいはという荒唐無稽な方法だ。

いくら『蛇』が二世界を跨ぐ秘密結社でもそれは不可能である。

あるいは昨日と同じように不意打ちで生歌を聞かせて倒れた瞬間に

必殺の一撃を叩き込むか。前述の数で押すよりまだ現実的であるが

そもそも不意打ちで生歌を聴かせるというのはどうやればいいのか。

稀代の歌姫の動向は隠そうとして隠しきれるものではなく、彼も

把握しておこうとするだろう。また彼女が歌うとなればそこは

それなりの場所である。そうでなければ歌姫側に警戒されるだけだ。

またマスカレイドの情報収集力を思えばシークレットライブとしても

筒抜けであろう。万が一そこまでうまくいっても結局は、ではそこに

どうやってマスカレイドを誘い出すのだという根本的な問題がまた

浮かび上がる。


「研究はするだろう、使い方も考えるだろう、色々模索もするだろう。

 だが最終的にはフリダシに戻る可能性が高い。マスカレイドは

 どうしようもないからせめてモニカを抹殺して使徒兵器の運用を

 元通りにしよう、とかな」


どこかうんざりとした口調で紡がれた可能性は十分にあり得るもの。

いくら使徒兵器側は生歌以外の歌でも破壊されてしまうとはいえ、

モニカ自身が消えれば大人気の歌もいずれ廃れていく。弱点が

あってもその使い方が見えないまま仮面と戦うより建設的な判断だ。


「あるいは意図的に彼女を狙い続けて、君の消耗を狙う?」


「今日の延長版か。そっちが先かもな」


横になったままながら面倒だといわんばかりに肩を竦める彼。

軽い調子だが一晩でこの消耗だ。立て続けとなれば苦戦は必須。

単独戦力であるがゆえに組織の枷やしがらみが無く、フットワークが

軽いという強みを持つマスカレイドだが消耗を強いられる防衛戦を

させられると強みが弱みになる。誰もが考えることだろう。

実際シックスはそれを狙っていたはずだ。

正確には、狙わされた、というべきだが。


「あ、そうか。それも見越してたのね!

 今後されると面倒だから先にやらせて、そのうえで

 逆手にとって大打撃を与えれば同じ手は使いにくくなるから」


何せその手法は攻撃側が大規模な戦力を揃える必要がある。

異常な情報収集力を何度も見せつけた仮面相手に隠蔽しきれると

楽観できる者がいるならただの愚か者だ。実際そのために今晩、

彼等は多数の拠点と兵を失った。そして同時に仮面は全世界を

脅して意のままに動かせる事も見せつけた。モニカに戦力を

送ってもマスカレイドの前に世界と対峙することもあり得ると

想像させてしまう。


「使いにくい、だけだがな」


とはいえそれもまたハードルを上げただけともいえる。

完全な抑止とは言い難い。時間があれば今回仮面に従った様々な

組織も充分な根回しと圧力、締め付けで動けなくすることも『蛇』

ならば可能なのだから。尤もそれはそれでどちらの脅しに屈するか

という世界を舞台にした陣取りゲームになりかねないが、

『蛇』としては決断を逡巡させるだけでも意味がある。

単独戦力の弱みはまさに単独であることなのだから。


「今はまだ俺のやったことの衝撃が抜けてないはずだ。

 それに心理として弱点がわかるとそこを突きたくもなる。

 よしんぱ問題点に気付く奴がいても組織には面子があるし、

 今回出た被害の穴埋めにも注力しなきゃならない。

 俺との全面戦争を恐れて及び腰になる奴らもいるだろう。

 だがそれは…」


「…時間稼ぎ、だね」


僅か数分前に種明かしされた時はうまい手だと彼女も思っていた。

しかし実際はマスカレイドが脅威であり続けても歌姫を半永久的に

守れる手段では無かった。それを、彼は最初から解っていた。

あくまで彼は『蛇』側にモニカだけを構ってはいられない事情や

用件を作ったに過ぎない。優先順位が入れ替わった、だけ。


「はあ、毎度毎度この程度だから泣けてくる……ちくしょうが」


疲れ果てた顔は、声は、それでもその程度かと自らを罵倒していた。

一瞬眉根を寄せた彼女だがすぐに呆れ顔を作って頭を振る。


「それが関の山だって解ってて体張ったわけね、君」


「怒るなよ。

 さっきも言ったけど他に思いつかなかったんだ」


「別に……でも、それでこれなら上々な結果でしょうに」


昨日のあの時点から使える時間と打てる手で、今晩のみならず

少なくとも当座は危険から守れるというなら妙手であろう。


「お前は山を断つ程の剣士が岩を斬ってもすごいというか?」


しかし彼は基準が違うとまるで聞き入れない。

自分の力ならそれ以上をやらなくてはいけないと。

それに、彼女は今度は不機嫌さを微塵も隠さなかった。


「イッチーがそれをいうの?」


「は?」


動けない顔を両手でがっちりと固定して真正面から向き合わせる。

光を映さぬ瞳をそれでも構わないとばかりにしっかり覗きこむ。

こうでもしなければこの男はソコに焦点が合わないのだろう、と。


「君はそれをすごいって言っちゃう人じゃないか」


「……………」


彼は想像だにしていなかった事を言われたとばかりに目を瞬かせる。

意表をつけたと満足したように微笑んだミューヒは言葉を紡ぐ。


「立場とか実力とかもっとうまく出来たかどうかなんて関係なく、

 そう思ったらそう言っちゃう人でしょ、君は……違う?」


視線が、まるで記憶を確認するかのようにせわしなく泳ぐ。

だが彼女はそんな悠長な時間は与えないとばかりに続けた。


「彼女達を守ったのは君だよ。昨日も今日も、守ろうと決めて、

 命を張ったのは君で、その後まで考えて出来る限りの手も打った。

 ボクはそれをすごいし立派だと思うよ……君がなんと言おうとね」


思ったことを言っただけなんだから否定はさせない。

そう告げる笑顔と言葉にシンイチは呆気にとられた顔をする。

自分がそうであったのはさすがに認識したのだろう。

そのうえでそういわれては反論のしようがないのだ。

ここで下手なことをいえば彼が今まで口にしてきた全ての

称賛に説得力がなくなってしまう。最悪、嘘になってしまう。

それを我慢できる男ではないことは一月半程度見ているだけで

容易に理解できることであった。


「………ははっ…俺の扱い方がバレてきちまったな」


掴まれたままの顔で力無く笑う姿はしてやられたと言っている。

うまくシンイチから一本を取ったと彼女は無邪気に喜んだ。


「ふふ、それはじつに光栄だね。

 ………でも、そもそもその間に潰す気なんでしょ?」


時間稼ぎだなんだと力不足を嘆く口ぶりではあったものの、

そこで止まったままの訳がないという疑ってすらいない口ぶりに

彼は負けたとばかりに溜め息を吐く。


「はぁ、まだ全容も把握できてない二世界を跨ぐ秘密結社をな。

 今から気が重いぜ……色々根回しはしているけどな」


「具体的には?」


「『蛇』を知ってそうな連中だけにだが両世界で起こった不可解な

 暗殺事件が『蛇』の特殊兵器によるもので、それがモニカの歌声で

 機能不全を起こすという情報をマスカレイドの名で流れるように

 事前に手配しておいた……今頃あちこちで大騒ぎじゃないか?」


「……それ下手すると彼女VIP扱いどころじゃすまなくなるんじゃ?」


彼の手回しの速さに舌を巻きつつもその情報の流布はモニカに対する

護衛や監視が彼女の活動や行動を阻害してしまうレベルになる恐れが

あった。端的にいえば、病気療養などといって監禁されることさえ

あり得る。『蛇』との対立者にとって、あるいは権力者達にとって

使徒兵器が齎す結果は恐怖の象徴になりかけていたのだから。

そんな言葉の裏を彼は正確に見抜いたのだろう。


「勿論、仮面(オレ)名義でやり過ぎたらお前らからだ、と言ってある」


ぬかりはなかった。


「これで彼女の護衛の手と目は公然と増える。

 『蛇』に狙われる覚えがある奴は歌で自衛出来るようになる。

 モニカはさらに狙い難くなり使徒兵器はより使い辛くなるだろう。

 だがこれの本題はそこじゃない」


「守りを増やすだけじゃなく、弱点を流布することによって

 彼女を殺す意味がなくなるようにした……だけじゃないのね?」


そうだと頷きが返る。


「奴らは今回実験にしろ宣伝にしろ示威にしろ広範囲で殺し過ぎた。

 そしてその下手人をマスカレイドが『蛇』だと断言した。

 戦闘記録とはいえその兵器の異常さを見せる証拠付きでな。

 すると…」


「…今まで疑ってはいても確証は持てなかった連中が確信する。

 彼らが『蛇』に殺されたのだと。マスカレイドは殺人にだけは

 徹底的に手を出していないしこれまでも似たような形で犯罪者を

 吊し上げていた。妙な形ではあるけどその点での信用がある」


「要人の殺害は所属組織や関係者にとっては屈辱的な話であり、

 次は自分かもしれないという恐怖だ。その実行組織が判明し、

 そこと明確に対立してくれる最強の個人が現れた────」


そこで一旦言葉を切った彼の目は悪戯っ子のそれ。

先程までの不出来を憤る自嘲はどこにいったのか。

彼女の手に挟まれた顔は不敵な三日月を見せる。


「────さて、世界はどっちにつくかな?」


それらが示すことの意味を考えて、息を呑む。

二世界の闇に根差す秘密結社と二世界の影で暴れる最強の個人。

これはどっちなら隣人に出来るかという究極的な問いかけだ。

出来ればどちらもお断りであろうが、良くも悪くも仮面は

大規模破壊に世界中の脅迫、各所で膿の排出、テロリスト殲滅等という

目に見えて分かる被害と実績を出している。一方、二世界が長年もの間

手を焼いていた『蛇』は犯罪組織であることは間違いないものの、

謎多き組織ゆえ実態が定かでなく影ばかりが広がって実像や

正確な被害規模がよく分かっていない。


果たして比べた時、為政者は、権力者は、軍や官憲組織は、

どちらをまず恐れるか。どちらにまずつくか。どちらと先に戦うか。

『蛇』自身が関わってる人物や組織がある以上、全てがどちらかに

偏ることは無いにしても直近の暗殺事件の犯人グループと半ば以上

確定した現状で、しかも自分達の技術や認識では理解しきれない兵器を

量産する犯罪組織を討たないのはそれこそ自らの組織の沽券に関わり、

また次を恐れる権力者にとって選びにくい選択肢であった。

その先に待つのがマスカレイドの手による確実な破滅となれば余計に。


「………また思ったこと言っていい?」


「お好きに」


彼の言葉と表情からその思惑。

そして自らの知識や経験から権力者や裏社会の動きや思考をそのように

推察した彼女は一つの─決まりきった─結論をおかしそうに述べる。


「この悪党!」


「光栄だね」


彼女の手の中で少年はその名にふさわしい笑みを浮かべた。

崇高な社会正義。身内を殺害された義憤。次に狙われるという恐怖。

新兵器への興味。『蛇』の遺産や後釜を狙う野心。単純な仮面への畏怖。

腹の中はどうであれ。歴史が長い分、存在的な敵意が多いのは『蛇』で

抵抗しようがない暴力を持ち、確実に使ってくるのは『仮面』なのだ。

そんな『仮面』が憎き『蛇』を潰してくれるならどういう形にしろその

援護をした方が邪魔者の排除と自分達の安全を買える目算が高い。

そう考える者の方が多いだろう。これもまた彼の誘導と思えば

彼女が下した評価はじつに的を射ている。


「ま、それも確実性のある話じゃないがな。

 これを受けて『蛇』がどう動くかで情勢は変わる」


彼等が自分達の存在を隠すことを放棄して活動し始めればあるいは。

そんな例えばの一つを暗に提示するシンイチに、彼女は呆れ顔だ。


「よくいう……それはそれでいかようにも利用できるじゃない。

 君のことだから考え付く動きにはもう準備してるんでしょ?」


「さて、どうだか。高く買ってもらってるようだが所詮

 女ひとりに組み敷かれて抵抗もできない身だからな」


指摘にそんなはぐらかしをして茶目っ気たっぷりに笑う。


「え……っっ!?」


一瞬何をいわれたか理解できなかった彼女も今の自分達の

状態に勘付くと音を立てて固まった。今ミューヒは動けない彼の

顔を両手で抑えて自分に向けさせている。無理矢理ではあったが

苦しめるためではないので彼にとって無理な姿勢にはさせていない。

結果彼女が身を乗り出す格好になっており若干シンイチの身体に

乗っかっているといえなくもない体勢になっていた。

最初は彼に自分の心配度合いを解らせるための行為だったが、

意識してしまうと何もかもが、近い。

体温は低いが熱は確かにあり、胸の鼓動も聞こえる。

顔色は悪くとも悪戯な笑みを見せる彼の眼は確かに自分を見ている。

結界経由ではあるのかもしれないがそれでも─相変わらず─彼の

視線は真っ直ぐに、ミューヒという女性を当たり前に見詰めている。

そう思った途端彼女は逆に目を離せなくなった。日本で探せば

どこにでもある色の瞳から、何故か逃げられない。

それは意識したことによる緊張か、それとも。


「この近さでそんなに見詰めて……ねだっているのか?」


「へ、な、なにを?」


「出来れば触覚が完全になってからにしてほしいがね」


「だからなにを!?」


「ん、何ってこれはもう、この後二人の影は深く重なり合うのだった、

 とかなんとか記される場面だと思うぜ、ヒナ?」


ニタニタとした悪い顔で笑うシンイチだが、その言葉は意味深で、

妙に色香を演出するような声色で、贔屓目で見ても美形といえない

男から出たとは思えない蠱惑的な雰囲気であった。


「重な、る………っっ、はにゃあぁっ!?!」


それは経験のない初心な小娘にもナニカを意識させるもので。

この先を想像させるには充分な代物で、彼女は奇声と共に跳び上がる。

顔を挟んでいた両手を意味なく上げて一目散に彼から距離を取った。

その素早さは下手をすれば戦闘中の挙動より上ではないかと思わせる程。


「くっ、くくくっ!」


降参といわんばかりに両手をあげたまま彼女が慌てて跳び退る光景は

シンイチの満足いくものであったのか楽しげなそれが響く。これで

ようやくからかわれたのだと理解した彼女は真っ赤なままな顔を

膨らませた。


「も、もうっ! すぐ調子に乗って!」


「そこは戻ったというべきだな。

 けどそんなに遠くにいかなくても体はまだ動かんぞ」


安心しろと彼は笑うがまったく信用できない笑み。

より後ずさるミューヒに彼は気にした風もなく頷いた。


「それでいい。

 案外、弱ってる男の方がケダモノだからな。気を付けろ」


「…イッチー?」


それもまたからかいだったのか額面通りの忠告か。

どこか直前までの口調と違う色を感じた彼女はふと、

わざと遠ざけられたのではないかという懸念を覚えた。

そして遠回しに自らの─中身が─どこか弱っていると

伝えているのではないかと思わず深読みしてしまう。

思い過ごしでなければ、どう言葉をかけるべきなのか。

一瞬の熟考は昨日のソレを思い返させ、頬を緩ませた。


「まったく……いつでもどこでも面倒臭い人間(男の子)だね、君は」


「おいおいそれは……」


笑みを含めた呆れ声にいつものノリで返そうとした彼の言葉が止まる。

どうやら正解だったようだとその驚きの視線に彼女は満足げに笑う。

それにつられたのか彼もまた頬を緩ませると素直な気持ちを返してきた。


「ふふっ……俺を探しに来てくれたのが、お前で良かった」


「どーいたしまして」


してやったりとした表情を浮かべながらも、

真っ直ぐな感謝に彼女は頬と胸が熱くなるのを止められなかった。






────────────────────────





──やはり俺はそこだけは自慢できるようだ




ライブ終了後に合流したモニカには彼自身の状態の悪さから

いきなり叱られたものの、事態が結局どうなったのか。

これからどうなるかを説明した。

それは内容的にはミューヒに語ったものから表の社会で

生きる一般人が知りえない、知ってはいけない情報を

概ね除いたものだが、まだ危険はある、と伝えるもの。

今後は世界の裏での戦いになるとはいえ狙われている当人が

危険を認識していないのはいつまでモニカ暗殺が後回しに

されるか明確に解らない現状では問題だったからだ。

とはいえ過剰に怯えさせるつもりも無かったシンイチは

モニカ自身への護衛が表にしろ裏にしろこれから増えること。

そして彼女の帰る家である施設には様々な形で護衛を手配

していること。どちらにも不穏な動きが無いか常に警戒も

すると告げた。無論、長引かせるつもりがないことも。

それに対する彼女の反応は、


『あなたたちねぇ、お願いだから何かもっと要求して!

 報酬と仕事のバランスがもう完全にとれてないじゃない!』


端的にいえば怒りを含んだ「呆れ」であった。

これにはシンイチとミューヒは顔を見合わせて笑うことになる。

事情を完全には把握できずともこれからも自分を守ろうとしてくれる

相手に対して既存の取り決めのそれでは少なすぎる事を気にしたのだ。

不安がるでも文句を言うでも不満をいうでも強がるでもなく、対価を

もっと求めなさいという叱責が一番に出た。

それを信頼といわずになんというのか。

陽子の事を頼んだのはそれを受けての要求の一つであった。

勿論それだけでは全く納得しきってはいなかったが。





「──ってことになってね」


「ええぇ、なにそれ…ふふっ」


空になった皿にケータリングからのおかわりを補充したシンイチは

ミューヒがしてくれた気遣いとその後のモニカとのやり取りを

思い返しながら二人が待つ場所へ足を進めた。視線を向ければ

そこでは二人は何やら楽しげに談笑している。一瞬、何の話を、

そしてそれをどんな感情で、と見抜きそうになる目を閉じる。

実際の瞳ではなくそういう力を、なので視界は何も変わらない。

変わらずシンイチは二人をどこか惚けたように見詰めるだけ。


「ん、何よそんなにじっと見詰めて?」


視線に気付いたモニカとミューヒは共に悪戯な笑みを浮かべると

まるで用意していたかのように似たようなことを口にした。


「今更私の美貌に目を奪われたのかしら?」


「それともボクの可愛らしさに今更見惚れたのかにゃー?」


どこかわざとらしく自らの髪をかき揚げてポーズを決めたモニカと

同じくわざとらしく愛嬌たっぷりの笑みで猫なで声を紡ぐミューヒ。

意趣返しか。からかうようなそれは、しかし。


「そのようだ」


意外にもすとんとシンイチの胸に妙にはまった。

ああそうか自分はいま二人に見惚れていたのか、と。


「へ?」

「にょっ?」


あまりに真面目に、本気で頷かれた彼女達はこれに固まるも

彼自身はそんな反応を気にすることもなく二人から目を離さない。

両者ともにラフで動き易さ重視の格好をしているがそんな傾向が

似ていても中身の違いはそれぞれ別の魅力を醸し出していた。

幼さと愛らしさの中に繊細さと優しさを秘める初心な女。

落ち着いた美貌とは裏腹な負けん気の強い、家族思いの姉貴分。

ああ、本当に彼女らで良かった。


「自慢できる事など何も無い俺だが、

 イイ女を見つける目と運だけは、たまに自慢したくなる」


独り言のように呟きながら彼女らを見る眼差しはとても柔らかい。

まるで素晴らしいモノに出会えたと感謝するような優しい眼。

それでいて見られている方がむず痒くなってしまうほどの

熱い視線でもあった。


「………言ったでしょ、女の敵だって。

 こういうの不意打ちしてくるのよ、天然で」


「本気で、納得したわ……たらしって実在したのね。

 この方面でも真っ直ぐな目して……卑怯よ」


他意のない本心からの言葉とそれを体現する眼差し。

良くも悪くも容赦のない本気のそれにさらされた両者はのぼせた

ように頬を赤く染めながらも満更でもないという顔をしていた。


「…………うぬ?」


させた当人はどうしてそうなったか理解していなかったが。


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