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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」
198/285

04-110 歌宴は終わって…



アンコールが終わり、歌姫がステージから去ってもその熱狂は中々

冷めることはなく観客達が会場から全員退場したのはライブの終了と

会場からの退場告知がされ始めてから1時間近くの時が必要だった。

それで外に出た客達もまっすぐ帰路につく者は稀で仲間内で感想を

言い合ったり興奮冷めやらぬとばかりに盛り上がっていた。

あるいは生の衝撃に魂が奪われたといわんばかりに陶酔した顔で

何もない所を呆けたように見詰めている人の姿も見受けられる。

おそらく彼女もそんな一人であったのだろう。


「────ょうぶなの? あの、ねえ、聞こえてる!?」


「………はっ!?」


肩を揺さぶられ、近距離からの声掛けでやっと我に返ったのは

高校生ほどの年齢の少女。ライブ向けか。ラフで動き易さを

重視した服装で黒い長髪を軽くまとめ上げていた。場と状況に

あった格好だがそれらのブランドや髪留めを見れば決して

オシャレをないがしろにしたものでは無いと見抜いた彼女は

やっと気付いたと思いながらも少し感心していた。


「え、っと、あの、なんでしょうか?」


一方少女からすれば突然の話だが相手が、目深に帽子(キャップ)

被ってはいても年上らしき女性でライブのスタッフジャンパーを

着ているということでいくらか警戒しつつも丁寧に対応する。


「呆けるほど夢中になってもらえたのなら良かったというべき

 なんだけど、さすがに未成年をこの時間まで放っておくのはね」


「この、時間……って、あ!」


少女は慌ててフォスタを取り出すと時刻を確認して愕然とした。

それはライブ終了予定時刻よりだいぶ後の数字の並びであり、

未成年(コドモ)が一人で出歩くには少々問題がある時間であった。

周囲を見ればファンの姿がまだちらほらと残っているが少女の

記憶に微かにある終了直後と比べると祭りの後の静けさだ。

その中でさらに高校生程度の年齢となると彼女だけである。

それで少女はスタッフが声をかけてきた事情を察した。


「す、すいません!

 モニカのライブは初めてで、すごいって聞いてたんですけど

 一曲ごとにテーマが耳から染み込んできて、胸の奥がずっと

 騒ぎっぱなしで周り知らない人ばっかりだったのに一緒に

 大騒ぎしちゃって、でも気付いたら終わってて、でも耳が

 ずっと幸せで浸っちゃってて……っ、ああっすいません!

 まだ興奮したままで! ってなにスタッフに語ってるの私!?」


思わず言い訳めいた事を口にしたつもりだった少女だが実際に

出たのはライブの感想であり未だに冷めやらぬ事を伝える本音(コエ)

どこか真面目、どこかしっかりとした印象を与える相貌を

裏切るうっかりさに幾度か目を瞬かせた女性スタッフは、

しかしすぐに噴き出すように笑いだした。


「………ぷ、くっ、ふふふっ!」


「う、ううぅ……笑わないでくださいよぉ」


人工の灯りがある場所とはいえ、決して明るくはない場所で

はっきりわかるほど少女は顔を羞恥で真っ赤に染めていた。

可愛らしい子だと素直に思いながら謝罪を口にする女性。

しかし同時にちょっとしたイタズラ(・・・・)を思いつく。


「ごめんなさい。でも今のはあなたを笑ったのではなくて

 嬉しいこと言ってくれたからよ……だから、これはサービス」


「え、っ?」


訝しむ少女の口に彼女は「静かに」と言うように人差し指を立てた。

そして帽子(キャップ)のつばを少しだけ上げると少女にだけ見えるように

その相貌を、瞳を、肌を、髪を曝した。

さらりと揺れる作り物ではないピンク色の前髪。

褐色の肌は闇夜の中でもエキゾチックな魅力を醸し出しながら、

エメラルドの双眸が茶目っ気たっぷりに少女を見据えていた。

見間違えの余地など無かった。今夜、少女をずっと夢中にさせ、

虜にした歌姫がそこにいる。


「モニッ、っ!」


思わず名を口に仕掛けた少女だがすぐに自ら手で塞ぐ。

ファンたちの姿はもうまばらだがいないわけではないのだ。

ここでその名前を出せば大騒ぎになるのは想像に難くない。


「お利口さん」

「っっ!?!」


そういって歌姫(モニカ)が少女の頭を撫でれば彼女の身体は固まった。

先程とは違った意味で真っ赤になった顔は照れ臭い様子では

あったが滅多にないチャンスだとその手を受け入れてもいた。

モニカはそれを可愛く思ってしばし撫で続けることに。


「あ、あの、なんで…?」


そして手が離れた後。緊張した様子で、言葉少なに少女は問うた。

それは色んな意味の“なんで”が込められたものであるのは明白だ。

何故モニカがここにいるのか。何故スタッフの振りをしてるのか。

何故自分に声をかけてきたのか。


「たまーにやってるの。ライブ後のみんなの反応を直に見たくてね。

 声をかけたのは本当に放置するわけにはいかなかったからだけど」


「は、はは……そう、ですか」


その答えに、おかげで憧れの相手とこの距離で会えたと喜ぶべきか。

それとも憧れの人にそんな間抜けな姿を見られたと嘆くべきか。

少女の顔にはその懊悩がありありと浮かんでいた。


「ふふ、誰かさんみたいな正直な顔」


「はい?」


「なんでもないわ。けど、そうね。

 折角だから聞きたいことがあれば答えてあげるわ」


「え、え!?」


内容次第だけど、と付け足されたそれに少女は目を白黒させた。

突然のことに慌てながら何か無いかと考え込む。真剣な表情での

熟考にモニカはどんな質問がくるかと色々と想像を巡らすが、

少女から零れ落ちるように出た言葉に目を瞬かせることに。


「あ、あの、アンコールの時に言っていた事って本当なんですか?」


「へ……それでいいの?

 別に一つだけなんて狭量な事はいわないけど、まずそこ?」


ふざけた様子も遠慮した様子もなく少女は力強く頷いた。

それはアンコールでの最後の曲。本当のラストソングを歌う前に

彼女が観客に向けて短くも語った事についてだった。



『──みんなに聞いてほしいことと、お願いがあるの!

 じつは今日のライブ、直前になってたくさん問題が起こって

 中止になってしまうところだったの……けど、色んな人が

 駆け回って、頑張って、開催できるようにしてくれた。

 今も裏方で、みんなの知らない所、見えない所でステージを

 支えてくれてる……だから最後の曲だけはそんな彼らへの

 感謝を歌にしたいと思うのだけど、いいかしら?──』



もちろん否を叫ぶ観客など誰一人いるわけもなく、ライブの

ラストを飾ったのは穏やかで優しい“ありがとう”の歌となった。

後々それは途中で歌われた未発表のソロ曲と並んでファンの間で

伝説となる歌だった。観客たち全員が自分達も周囲の誰かに

心から感謝したくなる暖かい歌であったと語り草になるのだが、

それはまだ先の話。モニカはただ少女の問いに言葉を選びながら答えた。


「うーん、詳しい事は話せないけど本当よ。

 あんまり表沙汰には出来ない事だからせめてあの場にいた皆には

 知っておいて欲しかったの。今日のライブが出来たのはどっかの

 誰かさん達が影で無茶してくれたおかげだって」


「そうだったんですか……」


どこか感慨深くその話に聞き入った少女は少し悩む素振りを

見せながらも意を決したように口を開いた。


「あ、その……私、本当は今日これないはずだったんです。

 方々に手を尽くしてやっと一枚だけチケットを入手できたのに

 急な用事が入って諦めるしかなくて、吹っ切るためにチケットは

 ファン仲間の知人に譲ったんです」


「あらら」


「ところがその用事の目的地が偶然北海道で、正直微妙な気分に

 なってたんですけど、運良くキャンセル分が直前に回ってきて、

 それを知った弟が一晩だけ抜け出すのを手伝ってくれて、

 今日来れることになって……だからっ」


一度そこで区切り、深呼吸をするように息を整えた少女はモニカを

見詰めながら、しかしどこかその向こう側を見るようにこう続けた。


「これ、質問でもなんでもなくっちゃうんですけど、

 その人達にありがとうございましたって、すごく楽しかったって、

 伝えてもらうことはできますか?」


「…………」


真剣で真摯な感謝の言葉がキラキラとした眼差しと共に告げられる。

そこに嘘も建前もなく、ただ純粋にそう思っている事を伝えてくる。

予想外のお願いにまた目を瞬かせた彼女だが、すぐに何かに納得

したように頷くと頬を緩めた。


「なるほど……ええ、構わないわ」 


「ありがとうございます!」


即座に大きく腰を折って頭を下げる少女。

微笑ましいものでも見るように穏やかに微笑むモニカは、されど。


「まあ、この私を前にして他の事を一番に想われたのは屈辱だけど」


「あ」


即座にそれをにんまりとした悪戯な笑みに変えて少女を揶揄する。

一瞬で顔を真っ青にした上に冷や汗だらけにして彼女は固まった。


「……………っ、いっいえっ! 今のはそういうことでは!?」


だが停止5秒後で再起動するもあたふたと両手を珍妙に

動かしながら必死に否定するのが限界だったようだ。

その仕草にモニカはじつに朗らかに笑った。


「ふ、ふふふっ、あなた本当に可愛い子ね。

 冗談だから気にしなくていいわよ」


「はうぅっ」


からかわれたのだと少女も理解してか。

それとも憧れの相手から可愛いと言われたことにか。

少女はまたも顔を真っ赤に染め、恥ずかしいのか縮こまっていた。

コロコロと変わる表情にモニカは彼女を気に入りだしていた。


「ねえ、名前、聞いてもいいかしら?」


「え?」


「あ、普通こういうのは自分から名乗るべきよね。

 有名になるとつい忘れちゃうから嫌になるわ。

 私はモニカ・シャンタール、これ芸名じゃなくて本名なの」


「は、はい、知ってます!

 私は千羽陽子……千の羽で千羽、太陽の子と書いて陽子です!」


少女(陽子)は少し緊張しながらも自らの名を解説するように答えた。

それは便利な翻訳機が世に浸透した結果ガレスト人を含めた異邦人と

より密接に関わるようになった事で行われるようになった挨拶の形。

漢字表記の名前を持つ者たちが漢字文化の無い出身地を持つ相手に

“そこまであなたに知ってほしい”という形で良好な関係を

求めている事を示す、一種のマナーであった。モニカは地球育ちの

ハーフであると公言しているが出身地そのものは秘密にしており、

少女の対応は実際は的外れなのだが当然の行為でもあった。


──余談だがそんな自己紹介マナーが一般化した事で日本人同士の

方が相手の名前の漢字表記を知らなかったり勘違いしていたという

笑い話が現代のあるあるネタになっている──


「陽子ちゃんか。名前の通り元気な子みたいね。

 それじゃお近づきの印ということで、一枚!」


建前ではない本気のその想いを感じれて嬉しかったからか。

彼女はさらなるサービスを─悪戯心もあったが─行った。


「え、あ」


さっと素早く彼女の手にある端末(フォスタ)を奪うと片手でカメラに切り替え、

もう一方の腕を肩に回して抱き寄せる。ひゃあと小さな悲鳴をあげる

少女の顔と自らの顔を並べると手慣れた様子で撮影(自撮り)


「はい」


「あ、ありがとうございます!」


「いいのよ。

 なんだかんだで話し込んで引き止めちゃった形になってるし」


「いえいえそんな! 至福です!」


端末(フォスタ)を返しつつ軽く謝罪すれば変わらずに真っ直ぐな言葉と

キラキラとした瞳を向けてくる少女にモニカは思わず苦笑する。

悪い気はしない。そして似ている、と。


「……目がそっくり」


「はい?」


「ううん、なんでも。

 ところでまだ質問は受け付けるけど、どうする?」


露骨な話題変換だが陽子はそれに気付かず、素直に思案顔で

腕を組んで考え込んでいる姿はどこか微笑ましい。しかし、

再度モニカに向けられた顔は一転して申し訳なさが全開のそれ。


「あ、あの、すいません! きっと忙しい中で時間くれたのに

 なんかライブで胸いっぱいになってた所に本人と急に会えて

 もう、私なんだかいっぱいいっぱいで……何も浮かびません…」


ごめんなさい、と、折角のチャンスが、と肩を落とす姿にモニカは

噴き出しそうになるのを必死に我慢して歌姫の顔で微笑んでみせた。


「ありがとう。そういってもらえる私の方が胸いっぱいよ」


尤もそう思ったことも嘘ではない。今時ここまで真っ直ぐに

言葉と表情と態度で感激している事を表してくれる子も珍しい。

素な辺りが余計に可愛らしいとモニカはその点だけは表情のまま

暖かな気持ちで彼女を見詰めていた。


「あはは、きっと後であれ聞いとけば良かった!

 って後悔する自分の姿が今から目に浮かびますけどね…」


「なら次のチャンスもあげておくわ。

 また会えたらまた質問……いいえ、お話をしましょう。

 言っておくけどリップサービスじゃないからね」


「あ、はい!」


「いい返事。それじゃ気を付けて帰りなさい。

 聞き惚れてくれたのは嬉しいけど、ライブ帰りに呆けてて

 事故にあったなんてニュースは聞きたくないわ」


「はい、気を付けます! それではこれで!」


そういって深く頭を下げた陽子は一度彼女に背中を向けるが、

一歩踏み出す前に何かに気付いたように振り返ると一瞬の

逡巡のあと少女はそれを口にした。


「あの、ありがとうございました!

 この8年ずっとあなたの歌があったから頑張れました。

 これからも素敵な歌をたくさん聞かせてください!」


それだけはいま伝えたかったと。

見惚れるような感謝の笑顔で告げられる。

気恥ずかしかったのか早口で、言い終えると逃げるように

走り出してしまった陽子に呆然とするモニカだがすぐに頬が緩む。

それはこちらこそだといいたくなる。清涼ながら胸が暖かくなる

熱量を運んでくれる表情だった。どこかの誰かと同じように。


「ん?」


そうして走り去る少女を見送っていれば、途中でまた彼女は

振り返るとモニカに向けて大きく手を振りながら叫んだ。


「おやすみなさい! また!」


「ふふ、ええ! おやすみなさい!」


応えてくれたのが嬉しいといわんばかりの足取りで

少女は今度こそ本当に帰路についた。見えなくなるまで

見送ったモニカはちらりと周囲を見回す。最後のやり取りに

反応する人間が不自然にいない事に苦笑すると踵を返す。そして

関係者以外立ち入り禁止と複数の言語で記載されている扉から

内部に入るとソコにいる存在に盛大に顔をしかめると、一言。


「これで良かったのかしら? そこの……死体モドキさん?」


会場の外と内を繋ぐ通路といえる部分に横たわる男の肢体。

一瞬死体かと見間違うほどの青白い顔をする少年がそこにいた。

尤も表情はかなり豊かで、今も不機嫌そうに眉根を寄せた。


「誰が死体だ、しっかり生きてる!」


「……その顔でよくいうわよ」


冗談ではない、と見下ろしてくるモニカを睨み付けるように

見上げてくるがその顔色と倒れた姿のせいではっきりといえば

迫力が無い。黙っていればまだホラーテイストの怖さはあったで

あろうが無駄に元気に喋るのでB級である。


「そうだね、イッチーは特に頭がダメになってると思うよ?」


その側でしゃがみ込みながら一応介護役についている狐耳の少女は

ニコニコとした表情を浮かべながらも盛大に言葉に棘がある。

しかし。


「そこは生まれつきだ。とっくに諦めた」


「………」


「………」


冗談っぽさが微塵もない真剣なトーンでの返しに彼女達は意味深に

目を合わせながら黙り込んでしまう。本人も“マズイ”とは思って

“直そう”とはしたらしいがこの男のことである。なにがどう

“マズイ”のかを正確に認識していたかは怪しいと視線だけで

いくらかやりやりとした彼女らは揃って溜め息を吐いた。


「はぁ、あれだけ言ってまだこの調子…」


「はあぁ、まったく!

 その()だけが呼びにきたから何かと思えばこれだもの。

 誰が倒れるまで無理をしろと言ったのよ、バカじゃないの!」


そしてミューヒと同じようにしゃがみ込むと憤りを隠さない瞳を

向けながら無防備な彼の額をぺしぺしと何度も何度も叩いていく。


「お、おい、こら、やめっ、ちゃんと約束は守っただろうが!?」


「そういうとこよ! それさえ守ってれば他はいいだろうとか

 あんた本気で悪気なく思ってるでしょ!?」


「え………あ」


一瞬浮かべた不思議そうな顔の後での気付きの声。

どうやら無意識(てんねん)でもあったらしい。

モニカの額に青筋が浮かんだ。


「そういう所がいらつくのよ!!」


「い、いひゃい!」


頬を思いっきり捻りながら鋭く睨みつける。

彼女からしてみればいかにも問題が無いという様子だったシンイチが

戻ってきたら死体一歩手前という青白い顔で通路に倒れていたのだ。

本気で心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けたのも当然だろう。

ただ次の瞬間には呑気な声で話しかけられたためにそれは瞬時に

何か別の感情になって燃え滾ったわけであるが。

それを思えばこの程度の意趣返しで済んでいるだけありがたいと

思うべきだと彼女は頬が千切れそうな角度まで徐々に捻っていく。


「いっ、いひゃっ……おめんなひゃい!」


痛みに耐えかねてか。指摘されてから気付いたのか。

一応謝罪を口にした事もありモニカは半眼のまま頬を解放した。


「ううぅっ……ほっぺが伸びる……ってか足!

 もうわかったからお前もやめろヒナ!」


「あははっ、なんのことかにゃー?」


真昼の太陽かという程の輝きを放つ満面の笑みで彼女はとぼけた。

その背後では狐尾が容赦なく少年の足の脛を何度もビシバシと

ムチのように叩いているのは誰の目にも明らか。

シンイチは抗議をするかどこ吹く風である。


「………」

「………」


それどころか女性達は互いに無言でサムズアップすると気持ちを

通じ合わせて深く頷き合っている。少年の扱いという点において

妙な意志の一致を見せるモニカとミューヒであった。

標的である当人はそれに渋い顔をするのが精一杯だった。


「で、話は戻るんだけど」


「尻尾叩きの刑はそのままかよ……」


「中々可愛らしい子だったわね、あの陽子って()


しかしそれもその話題が出るまで。途端に表情を硬くした彼は

少し戸惑ったように目を泳がすと最終的に真っ直ぐにモニカを見た。


「……ありがとな、助かったよ。

 まさか歌に陶酔しきって居残ってると思わなくてな…」


心底安堵したような、それでいて曇り一つない感謝の瞳。

想いを、感情を真っ直ぐに伝えてくるその眼差しは先程見た少女の

それと本当によく似ていた。ただモニカ自身はその先には

踏み入ることはせずただ肩を竦めるだけ。


「たいしたことでもないし追加報酬としてお願いされたらね。

 元々たまにだけどあんな風に観客の声は聴いてたから…」


「最初はこの状態でなんで会場に戻るのかと思ってたけど、

 ヨッピーがまだいたからだったとは……どっちが過保護なんだか」


「…ほっとけ」


ふん、とそっぽを向く態度はまさしく“素直じゃない男の子”のそれだ。

なぜかそれが妙に似合ってしまうシンイチに彼女達は笑みを誘われる。


「ふふ、気持ちは分かるけどね。今時あんなに真っ直ぐに

 暖かい気持ちをくれる子滅多にいないわ……いい()ね」


「……ああ」


一方で称賛には即座に“家族を大切に想う兄”のような表情を

浮かべて嬉しそうに頬を緩めるのだから彼もまた顔に出やすいのか。

その顔にモニカは我知れずに微笑んでいた。そんな風に笑える相手が、

彼女は嫌いではなかったのだ。


「そうそう良かったねイッチー、ありがとう、だって」


「……別にあれは俺にってわけじゃねえだろ?」


「それでも嬉しいって顔に書いてあるわよ、ねー?」


「ねー」


「こいつらっ……」


それはそれ。これはこれ。

事前に打ち合わせでもしたかのように息を揃えて

にやついた顔で少年の顔を覗きこむモニカとミューヒ。

互いの顔は近いが、向けられる笑みの不愉快さに彼は渋面となる。

尤も否定はしない所が彼が不器用な正直者といわれる所以であった。


「ちっ、もうここはいいからお前らは後片付けだか、

 打ち上げだかに行ってろ! 俺はここで寝てる!」


「あら、あなたが手配した打ち上げ用のケータリング好評よ、行かないの?」


「……見ての通り動けん」


「お腹空いてるだろうに残念だにゃー、ねー?」


「ん、そう、ねー」


「うぬ?」


クスリ、ニヤリ、ゾクリ。

今の短い会話の中でそれぞれの反応を見せる中。

桃色髪の二人は視線だけで意見が通じ合ったのか。

同じタイミングで少年の足を掴み上げた。そして。


「お、お前らなに、わっ!?」


そのまま歩き出したのである。

当然シンイチは通路を引きずられ、目を白黒させることに。


「おい、まさかと思うがこのまま連れていく気か!?」


「そうよ、今日のライブの一番の功労者ですもの。

 主役としてそれはもうみんなの前で労ってあげないとね!」


「そうそう、どうせ腹ペコも我慢してるんでしょ?

 大丈夫、ボクが高カロリーなの見繕って食べさせてあげるから!」


クスリ、ニヤリ、ゾクリ。

共に振り返って見せてきた親切ぶった笑みはしかし、

何より雄弁に、その方が面白そうだ、と語っていた。


「さっきから息ぴったりかお前ら!?

 昨日まではちょっと余所余所しかったくせに!」


今回の件には関係が無く、双方私情で動かないと判断したシンイチは

そこに気付いてはいたが踏み込まなかったのだがさすがにここで

息の合った共同作業をされると叫びたくもなろう。されど。


「ハハッ、昨日の敵はなんとやらだよ?」


「敵の敵は、ともいうわね」


二人揃ってそこはともかく今は同志というのだからお手上げだ。

実際に引きずられる内に両腕は万歳状態となるシンイチである。


「待て、服が汚れる! 俺私服少ないんだからな!」


「それならあとでいくらでも私が選んであげるわよ」


「周囲の目も考えろ!

 主役が護衛と一緒に男ひきずる光景ってなんだ!?」


「にゃははっ、それを君がいう? 今更、今更!」


「「だいたい護衛なんだから離れないでよね」」


「……ったく」


それでもいくらか食い下がる彼だが色合いの似た瞳を持つ両者は

「私、怒っています」という意思を消さなかったのであった。

色々な事を口にした両名だが一番の理由がそれであるとシンイチは

気付かされていた。これに溜め息一つで抵抗をやめる程度には

心配をさせた負い目を彼は─今になって─感じていたのだった。


その後、ライブが終了し一息ついていたスタッフ達の所へモニカと

その女性護衛が少年を引きずってやってくるという珍事が発生する。

二人は周囲の目など何のその。動けないらしい少年にあれやこれやと

次々と飲食物を口に押し込んでいく。もはや虐待か拷問のような

所業であったが事情を知らないスタッフ達は唖然とするだけ。

被害者と思われる少年が文句をいいつつ受け入れているような

態度であったのも彼らの困惑を後押しする。しかしながらその

光景を目撃したテレサらマネージャー陣は全員が放心して

立ったまま気絶していたという。






「くそっ、ひどい目にあった」


自らの手で持つ肉の塊にかぶりつきながら悪態をつくシンイチ。

それに笑みを含んだ楽しげな声が隣から向けられた。


「あら、なかなか無いと思うわよ。

 こんな美女・美少女ふたりに食事の世話をされるなんて」


「……そうかい、俺はガチョウにでもなった気分だったよ」


「君の場合いくら食べさせても太りそうにないけどねぇ」


「ある意味女の敵よね、それ」


「確かに!」


彼の両隣。距離は違えど挟み込むような位置に彼女達は

腰かけて軽く食事を取りながら今のやりとりに笑いあっていた。

そこはライブ会場の隅といっていい場所である。時間経過と

カロリーの大量摂取、並行して簡単ながらも魂の調整を行って

なんとか動けるようになったシンイチはある程度の料理を

手にするとそこを陣取ったのである。

ケータリングを中心とした休憩に入ったスタッフの集まりや

明日の本格的な後片付けの事前準備に動くスタッフ達からも

距離を取りつつ全体を見渡せる上にいざという時は

逃げ出しやすいという絶妙な位置取りで。

尤もそこを選んだのは彼の移動に当然の顔で

ついていこうとするモニカに気付いた後だが。


──マジメぇ!

──ほっとけ


という会話が護衛達の間であったとかなかったとか。

尤も護衛対象からすれば別の理由にしか見えなかったようだ。

それにしても、と周囲を見渡すと感心したようにモニカはいう。


「誰からも離れてて誰の邪魔にもならない場所よね、ここ。

 あんたみたいな子ってそういうの上手なんだから。

 視野が広いっていうか目敏いというか……気付いたら

 すごくいい場所占拠してるのよねぇ、一種の才能だわ」


「別に、ヒトの多い所が苦手なんだ。

 ……余計なものが見えすぎて疲れるんだよ」


ただそれも的外れとは言い難いのも事実である。

最初彼はそんな理由で人の輪から離れようとしたのだから。

それにモニカは、


「ええ?

 あれだけの観衆を前にして歌って踊っておいてよくいうわね」


とはいうが本気で疑ってはいない。

しかしあの大観衆の前に自分に匹敵するパフォーマンスをしておいて

それが苦手なのだと言い切る態度が少しおかしくてからかったのだ。

しかしそれに最も強く反応したのはもう一人の彼女の方。


「歌って、踊った? この男(イッチー)が?」


信じられないと驚愕しているミューヒに、なるほどとモニカは頷く。


「ん、ああ、そっか。会場にはいなかったのよね。

 ライブ途中にこの悪ガキ、突然私の姿でステージにあがってきたのよ。

 それでそれからは疑似デュエットでアンコール前まで居座ったの」


「一番それが適切だと判断した……実際、必要だっただろ?」


「そのドヤ顔むかつく!」


素か演技か自信満々に笑う彼の肩をモニカは乱暴に小突く。

しかし当然ながらシンイチは堪えた様子などなくニヤつくだけ。

気に入らないと素直に顔を歪めてしまうのはあれが必要だった事実を

否定できないのもだが狙って煽られていると分かっているのに何故か

反応してしまう自分が妙に癪だったのだ。

せめてもの仕返しとシンイチの顔を鋭く睨む。

が。


「あれ? そういえばあんたこの差どうしたの?」


ふと、その位置に疑問が湧いた。

彼女の両手が指し示したのは自らと少年の頭頂部の位置だ。

座した状態でも二人の高さには10cm以上の差がある。

立てばおよそ頭一つに近い差が出るのを彼らは知っている。

しかしながらモニカの感覚でいえば並び立って踊り歌った相手との

身長差は彼女自身の姿というのもあって当然ながら皆無だった。


「別にたいしたことはしてねえよ、っと」


そういって立ち上がってみせたシンイチは、何か違和感がある。

モニカとミューヒが見知っているはずの位置より頭の位置が高い。

困惑する顔に即座に返ったのは足元を差す彼の指先だった。

釣られた視線の先で、彼の足は地についていない。


「ほへ?」


驚く暇も答えを聞かされる事もなく彼はその場でステップを刻む。

それは今夜ステージ上で見せたモニカのダンスの完璧な模倣。

初めて目撃したミューヒは勿論、彼の姿でそれをされたモニカも

呆けたようにそれを眺める。その巧みさに、もあるが彼の足は

その間一切大地に触れず浮いているのだから余計に。


「────と、いうわけだ」

「なにがよ!?」


一通り踊り終わった彼の端的な言葉に思わず歌姫は吠えた。

これに呆れつつ苦笑したのは狐娘である。


「ボクはいいけど、説明が足りないよ。

 モーちゃん、足元をよく見て……ナニカ渦巻いてるでしょ?」


言われて目を凝らしてみるとそこでは小さな埃やゴミが舞っている。

そしてそれらの動きによって彼女もそこで見えないモノが対流を

起こすように蠢いているのが分かった。そしてその正体は。


「これ、風?

 まさか文字通りの意味の空気の靴(エアシューズ)?」


「用途を考えると頭にシークレットが付きそうだけどね。

 でもイッチーはこれでよくあんな動きできたよね。

 足元にクッションあるみたいなものでしょ、これ?」


「慣れてるからな。

 他人の姿を借りる時タッパが足りない事はよくあったし、

 ある程度高さがねえとヒトを抱きかかえる時バランスがなぁ」


空気の靴を解除しながら、わかるだろといいたげに彼に水を

向けられた狐娘は、しかし意味ありげに目を細める。

あれ、と彼が思った時にはもう遅い。

彼女は全く笑ってない笑みという矛盾した表情を浮かべた。


「ほう、つまり君は慣れちゃうほど誰かを抱きしめていると。

 ……それも身長を誤魔化して」


「おい、言い方っ! 間違ってはいないが悪意を感じるぞ!」


にこやかに、されど指摘通り悪意満載の返しに彼も叫ぶ。が。


「ひどい、あんなに強く抱いておいて私は遊びだったのね!」

「そこでお前が乗っかるな!」


よよよ、とわざとらしい泣き崩れる演技でモニカも混ざる。

彼女自身はシンイチが慌てたように吠えたのに満足したのか

すぐに軽い謝罪で済ませたがライブ中に味わった存外に“男”で

あった感触を意図せず思い出して仄かに頬を赤く染めていた。

そしてそれを見逃さない狐目がそこにはある。


「あらら、モーちゃんをもう抱いたわけ? 手が早いことで」


「だから言い方…」


形としては明るい笑みの彼女だが雰囲気はほの暗い迫力が伴っている。

尤もそれでたじろぐシンイチではないが、眩暈がするとばかりに

額を押さえていた。


「んー、これ、地味に私も辱められてない?

 一応いっておくけど私がされたのハグよ、ハグ」


「まっさかー、解ってるって。それより本当に気を付けてね。

 イッチーはコレで本来の意味でも女の敵だから……解るでしょ?」


笑顔での返しに若干誤魔化されたように感じたモニカだが、

その発言には思うところあったのか思案顔となっていた。

思い返されるのは教会に連れ込んだ後から今までの全て。


「…確かに……手慣れた感満載のニオイがぷんぷんするわ」


「どんなニオイだよ、それ」


「さあ、でもさっきから妙に答えを誤魔化してるでしょ?

 話をずらしたり、断言はしていなかったり…ね?」


「………」


具体的にはどれがどうとは口にしないまでも、モニカはきちんと

彼が明言をあえていくらか避けているのを感じ取っていた。

そして彼の場合はその隠す行動自体が答えを暗に告げている。

主に“慣れている”と思わせる方面に。


「イッチーって隠し事いっぱいしてるし、必要があれば平然と

 毒も嘘も吐く男だけど、逆に必要が無ければ口下手というか。

 嘘も隠し事も苦手なんだよねぇ……よ、さすが不器用な正直者!」


「うるせぇっ!」


「…そこで否定はしない辺り、秀逸な称号よね」


「ぅ………」


指摘にシンイチが唸りつつ黙ってしまったのが決定打だ。

女性二名は顔を見合わせてクスクスと笑いだす。ほんの少し前まで

命を狙われていた者とも戦場で殺し合いしていた者とも思えぬ

気を許した楽しげなそれに挟まれて、彼も最初は渋い顔だったが

僅かに頬を緩ませた。そして。


「あんな話の後でよく笑う」


ちらりとモニカを見ながら小さく呟いた彼はその信頼(・・)に拳を握るのだった。



前回最後の彼の呟きはどういう意味か、は次回。

概ね、できている……というか長くなりすぎてしまって分割しただけ……近々で更新するよ!



おそらく



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