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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」
197/285

04-109 ライブ防衛戦線・終

個人的な改行問題について色々とご意見ありがとうございます。ここで感謝を。

一応このカエファンではこれまで通りでいこうかと。もし別作品書くことになれば

その時は、右端で折り返すかもしれません。





トン、と机が優しく叩かれたような音がした。

たったそれだけで今まで雑に続いていたモニカの歌が止まる。

一瞬の静寂が訪れるもののそれが次に出る音を引き立たせるための

ものであったと皆が理解するのはその数秒後。


「おい、ここまで俺らを利用しておいてまだ何、っ!?」


それはけたたましい音だった。

人の危機感、不安を煽るような独特の警告音が繰り返される。

それは敵味方を問わない者達の警戒心を否応なく引き上げた。


緊急事態警報エマージェンシーコール?」


音の発生源はシックスの兵装端末。比較的原形を保っていた背面の

腰元に仕舞ってあったそれをどこか恐る恐る彼は取り出す。

そして画面を覗きこむと途端に目を見開いて驚愕に固まった。


「っ……………お、おまえ、まさか…ここまで?」


震えた声と共に顔を上げたシックスの顔は血の気が引いていた。

正しくメッセージを受け取ったと判断したマスカレイドは嗤う。


『クククッ、どうやら受け取ってもらえたようだな。

 じつはこの説明会は君達に理解してもらうためともう一つ。

 予定時刻までの隙間を埋めるためでもあったのだよ』


「何があったのだシックス!?」


彼の表情にただならぬ事態と察した問いかけに、だが返事はない。

追い縋って肩を揺らせばそこでようやく存在に気付いたという

顔を見せると黙って端末を差し出す。受け取ったベノムは画面を

覗きこむが数秒足らずでシックスと同じ、否それ以上に血の気が

引いたように顔面を蒼白とした。


『……今度は何をしたのかしら?』


応急処置を終えた彼女はまたとんでもないことをしたのだろうと

呆れた口調で問いかければ返ってきたのはとても軽い言葉だった。


『なに、彼らの拠点のいくつかを潰しただけだよ』


なんでもないような簡単な返しに一瞬「それだけ?」と訝しむ。

その程度なら果たしてここまで顔を青くする話だろうかと考えた辺り

彼女もたいがい仮面に毒されているといえるが、続いて並べられた

名前の範囲(・・)には開いた口が塞がらなくなる。


『内訳はだいたい東アジアから東南アジア全域にオーストラリア、

 アメリカはハワイ、あとカナダを含めた西海岸周辺に極東ロシア。

 勿論それぞれの間にある海上、海中、海底、そしてクトリアも

 含めて概ね全部一掃させた』


『は?』


彼女の出したそんな言葉になってない言葉の後に誰も続かない。

沈黙が流れる。誰も声すら出なかった、が正しいか。

『蛇』の名持ち達は語らずも否定せず『無銘』達は絶句している。

彼女らの頭にはその範囲が明確に地図として浮かんでいるのだから。


『………あ、あのねぇそれは、いくつか、とはいわないわよ。

 日本を中心とした地球の三分の一に近い範囲で……っ、そうか!

 昨日の今日で召集できるとしたらそれが限界!』


規模の大きさに返って呆れ果てていた彼女だが、言葉途中で気付く。

周囲を見回せば地に倒れて呻く兵士達と半壊している兵器の数々。

視界を、大地を、埋め尽くさんとする“数”の惨状が広がっている。

ライブ会場を防衛していた時に撃破した者達も含めて大軍勢と

呼ぶしかないそれは、そもそもいったいどこから集められたのか。

否、どこからなら時間が無い中で集められるのか。

答えはもう仮面によって口にされていた。


『正解。私と戦う道しかないシックスくんは程度の差こそあれ

 戦力を揃える必要がある。それもライブに間に合うようにだ。

 これを利用しない手はない。何せどうしても急な移動になる』


そこに付け加えるように答えたカレの言葉こそが全て。

この面倒臭がり屋めと内心毒づきながら彼女は頷きを返した。


『そうなれば移動経路や手段の隠蔽・偽装は普段より精度が

 落ちるしライブ会場への襲撃を考えれば集結地点は絞りやすい。

 というかあなたなら北海道全域を監視する程度出来るでしょうし、

 ナニカを偽装してる者を見抜くのも朝飯前。武装や兵器の運搬も

 同じ理屈でしょう。それで目星を付けた連中がどこをどう通って

 ここまで来たかを調べていけばその出発点を探るのは難しくない』


そしてそれはすなわち『蛇』の拠点である。

マスカレイドが持つ異常な速度と質を持つ情報収集力と分析力が

あるからこその結果(反則)ではあるがカレと対峙する上では決して

軽んじてはいけなかった部分だ。あるいはそこを軽んじてでも

倒さなくてはいけないと思わせる事も仮面の思惑だったのか。

表情の見えない魔貌にある三日月を彼女は幻視してしまう。

端的にいえば、この状況にするために彼らは誘い出されたのだ。

仮にその意図を見抜けても状況的に仮面を無視はできない。

誘導されるとはよくいったものだと内心で嘆息だ。


『…私も同情するわシックス。これは相手が悪過ぎる』


数分前まで本気で殺し合っていた相手からの心底からの同情には

固まっていた彼も力無い笑みと共に再起動せざるを得なかった。

それがいったい何の感情によるものかは誰にも分からなかったが。


「ハッ、ハハ、てめえに慰められるとはな。

 だが読みが甘かったのは認めざるを得ない。各国の警察、軍、

 対策室、それに他の裏組織まで一斉に動かされるとは……」


マスカレイド当人がここにいることで無意識に油断していたと

こぼす彼に、だが仮面自身はおいおいと嘆くように首を振った。


『何のために姿を見せて世界中を脅したと思っていたんだ?

 こういう時に迅速に動いてもらうために決まってるだろう』


「なっ!?」


『うわぁ…』


「………」


驚く者。呆れる者。絶句する者。

反応は違ったが意味を取り間違えた者はいない。

レディズも理解して顔を引き攣らせているが、それを

誰も否定できないのもまた事実であった。すなわち。


『いいことを教えてやろう。フィクションではよく失敗するが、

 やり方を間違えなければ世界征服は案外簡単なんだよ』


世界の脅迫者となった時点で。

その力に誰もが畏怖している時点で。

その要求に逆らえなくなっている時点で。

コレはもう実質的には世界の支配者と同義である。


「………」


長い、あるいは全員にそう感じさせる沈黙がその場に流れた。

薄らもしやと思ってはいても実際に行動に移され、結果を

示されてしまうと声が出ないのである。世界の支配者という

陳腐なはずの言葉が現実的な脅威としてそこに存在していた。


『ちなみに今日の顛末は裏で盛大に流す予定だ。

 面子も完全に潰してやるから覚悟しておいた方がいい』


そしてそいつは容赦が無い。


「貴様っ!」


「そしてそこまでやられたら狙いが解っていてもお前を今以上に

 敵視せざるを得なくなりその分あの女の歌の価値も上がって

 もっと手を出し難くなる、か?」


まさに、目的は護衛だけ、だ。

最初から徹頭徹尾仮面は歌姫を守るための行動しかしていなかった。

見抜けても、教えても、そうするしかない状況を整えることで。


『ああ、先に言っておくが洗脳や催眠、脅迫等による無理矢理な歌で

 私に届くと思わないことだ。あれは彼女の人生と才能と魂と心が

 揃って初めて私を殺せるほどの素晴らしい歌声となるのだから』


「ちっ、ご丁寧な釘刺しどうも」


そしてならばと考えたであろう手段もまた仮面は取れなくした。

これで事実上彼らはモニカに直接的はもちろん間接的な手段も

取り難くなってしまった。根拠が示されてないただの発言では

あるがこれほどの被害を受けた『蛇』は聞き流せない。


「なっ、なんだそれは! なんなんだこれは!

 我ら『蛇』がこうもしてやられたというのに報復もできないまま

 全てこいつの思惑通りにしなければならないというのか!!」


そんなバカな話があるかと端末を持ったままの手を机に叩きつける。

シックスはそれを見ることもなく席を立つとマスカレイドたちに

背中を向けて去ろうとさえしていた。


「諦めろ、長年裏の頂点にいると驕っていたツケだ。

 あれだけ堂々と頭上を取られたのに気付きもしなかった」


悔しさか恥辱か。歯ぎしりの音がベノムからもれる。

だが変わらず同僚は取り合わず、一人歩みを進めていくその最中。


「…けるな」


感情が漏れ出す。


「あ?」


「ふざけるなっ! 世界の頂点は今も『蛇』だ! 何が驕りか!

 まだ手段はある! こんなふざけた道化に『蛇』が負けるものか!!」


光を灯さぬ、されど歪みを抱えた瞳が吠える。

吊りあげた口端が狂気と共に煌めき、指先が迷いなく端末に触れた。

誰もがその行動に全開の警戒を向け、そして異変は彼等側(・・・)で起こった。


「おい、俺の端末でなにを、っ、ぁ、があああぁぁっっ!!??」


シックスの、否彼を含めた五人の絶叫が一斉に響く。

そこからはまさに一瞬に近い出来事で、衝撃的な光景だった。

使徒鎧装の使用者だった者達が全員“銀”に包まれていく。

残骸程度しか残ってなかったそれが液体金属のような物となり、

勝手に蠢いて増殖し有無を言わせず─人間を─取り込んでいった。

唯一意識があったシックスが抵抗さえ一切できない程の早業で。

不死身といわれた男が呆気なく謎の“銀”に呑みこまれて

消えた光景は歴戦の彼女達ですら呆然とさせるものだった。


『……ぁぁ、出遅れた』


『マスカレイド?』


それを我に返したのはふらりと揺らめきつつ立ち上がった黒い靄。

引っ掻けたのかイスが転がるが右手を夜に閉ざして紅槍を背後に庇う。


「君がいけないのだシックス!

 『蛇』の敵に襲い掛からぬ『牙』などいらないのだよ!!」


その先で蠢く五つの銀塊を尻目に正気を─最初から─失っている男が

罪悪感の欠片もなくそう吐き捨てると昏い瞳をこちらに向ける。

そこには絶対の自負と見下ろす愉悦があった。


「さあ、自らを支配者と思い上がった愚か者に天罰を!

 見るがいい、これが崇高なる我ら『蛇』の守護者にして番人だ!!」


悦びと興奮に満ちた叫びに呼応するように銀柱が立ち上がる。

蠢いていた液体金属の塊は元々の人間サイズからとは段違いに、

そして非常識な肥大化を一瞬で行って20m近い巨躯で見下ろしてきた。

その姿は徐々に彼女達も知っているモノへと変容(完成)していく。


「っ…銀の、巨人!」


驚きか慄きか。誰かが震えたような声をもらすが誰が責められよう。

銀光を鈍く放つ巨大な人型でありながら目も鼻も口もなく、全身の

どこにも凹凸が見られないそのノッペラボウはあるべきものが無い

不気味さと巨躯による圧迫感を彼女たちに与えていた。しかも

たった1体で軍の警邏部隊を壊滅させ一帯を砂地にした謎の怪物だ。

それが5体も自分達を押し潰さんばかりに壁のように並んでいる。

誰もが息を呑み手汗を握った。見上げる先に並ぶその銀の巨人達と

ソレらの主人であるかのように徐々に砂地と化していく足元でひとり

満足げ(狂気的)な笑みを浮かべているベノム。両方を警戒しながらも

何が巨人を刺激してしまうか分からず微動だに出来ない中。


『──────なんだ、やっぱりただの失敗作か』


その(クロ)だけが小馬鹿にするようにそう評した。

たったそれだけで誰かの笑みに罅が入り女達の緊張が弛緩する。

皆と同じく巨人を見上げていても仮面の瞳にあるのは呆れだ。


『噂の巨人も単なる使徒鎧装の失敗か暴走の類といった所だな。

 その要素を残したままなのは最後の大暴れ用か。いや性能を

 考えれば私相手でもなければ使い捨てなどあり得ない以上

 単なる技術的な限界か』


「っ、黙れっ!!」


憤怒の叫びは、しかし図星にしか聞こえぬと彼だけが気付かない。

仮面はそれに無反応のまま淡々とソレの酷評を続けていく。


『最終的にはソコに到達させたいのだろうがこれで使徒とは笑わせる。

 物質世界に顕現するリソースが足らない不完全さ。ああ、だから

 あちこちから常に奪わなければ存在することもできないのか。

 なんて程度の低い模造品、いや形だけの偽物か』


模した物ではなく、単なる偽り。

その評価は暗にそんなモノを誇ったのかと蔑むものでもあった。


「っ、どこまでも我らを愚弄してぇっ、潰せえぇっっ!!!」


指示を聞いたのかカレこそがこの場で敵と判断したか。

定かではないまま5体の巨人がその巨腕を伸ばしてくる。

記録映像通り、巨体に似合わぬ敏捷さで五つの手が彼らの頭上を覆う。

空が落ちてくるような錯覚に虚を突かれるがそれでも回避か防御か

攻撃かにそれぞれで反応しているのはさすがに無銘の精鋭達だ。

しかし。


『大丈夫だ』


短くも強い声がそれらを止めた。

そして銀の巨手もまた黒の小さなヒトの手で、止まっていた。


「…………は?」


間の抜けた声はベノムのものだったが内心は彼女達も変わらない。

掲げられた左手は五つの巨手に触れることもなく、されど不可視の

力場かナニカがあるかのようにその進みを完全に停止させていた。

むしろ巨人の足が、僅かに押し返されて下がったようにも見える。


『偽りとはいえ使徒風情が、頭が高い』


そして視線を上げることすらしないまま両者の手の間で何かを

弾くような音がする。途端5本の腕が勢いよく跳ね上がり、その

激しい衝撃の前に巨人達は踏ん張ることもできず易々と倒れ込んだ。


「…………………………………え」


舞い上がる砂塵に振り返って愕然とする男の事など誰も見ていない。

勿論いとも簡単に倒された巨人達を恐れる者はこの場では皆無だ。

その感情を集めたのは当然の帰結かマスカレイドただひとり。

成り行きを見ているだけの『蛇』の私兵達も『無銘』の槍達もだ。

尤も隣に立つ彼女だけが大袈裟に額を押さえていた。全くの無警戒に。

巨人が再び立ち上がってきているのが解っていても彼女にとっては

その幻の頭痛の方が問題だった。


「……はっ、ははっ!

 そうだ! 転ばされた程度で『蛇』の使徒が滅びるものか!!」


それは本気の賞賛か。あるいはただの現実逃避か。

もはや誰にも気にかけられていないことさえ見えていないのか。

喜色の声を上げるベノムの姿の方こそまさに道化であるといえた。


「さあ今度こそ奴らを…ッッ!?!?」


そして結果的にか意図的にか。彼の狂喜を止めたのは“蛇”となる。


────漆黒一閃


闇夜に光る銀の巨人に、闇より濃い黒を持つ長大な刃が斬り込んだ。

ただの一瞬の煌めきにして単なる斬撃。しかしながら仮面の右腕から

伸びたそれはムチのようにしなる動きを見せると並び立つ巨人達の胴に

叩きつけられ、1体で5m前後はあるその全てを一刀両断とした。

草でも刈るかのように簡単に、事務的に、あっさりと。


「ぁ…ぁぁっ…!」


まるで黒蛇に胴を食い破られたかのように上下に別れた巨躯は

即座に、そして呆気なく銀の粒子となって霧散していった。

見送る事になったベノムの呻きは絶望か悲鳴か。

膝から崩れ落ちたその男を支えるモノは何もない。


『……怖がらせるのがお好きなようで』


─おそらく─蛇腹剣を手元に戻した仮面にミューヒがこぼした軽口。

撃退不可とさえ思われていた銀の巨人を5体も児戯とばかりに一撃で

消滅させた衝撃は計り知れない。彼女の部下達は開いた口が塞がらず、

またそこから息さえ一切漏れ出ない。『蛇』側の目撃者達も同じくだ。

大気圏外の衛星撃墜や一瞬すぎた全軍同士討ちよりインパクトが強い。

何せ単純で分かりやすい。一方的という言葉ですら温い絶対的な

強者による掃除(作業)である。その事実をあまりに解り易い形でこうも

見せつけられては誰もがそうなろう。彼女が苦笑程度で済んだのは

諦めか慣れか呆れか。


『さて、お前達……さっきまでの話は聞いていたな?』


彼女の声に気付いているのかいないのか。

仮面は周囲を、倒れ伏しているが意識はある敵兵達を見回した。

彼等はそれに身を竦ませるだけで視線を外す事も気絶したふりも

できやしなかった。その方が何をされるか分からないと本能的に

察したのだろう。


『悪いがこの男(ベノム)を連れて事の次第を上に報告してくれないか。

 そうすればこの場から逃げても私達は追わないと約束しよう。

 それとも……私と心折れるまで戦ってみるかね?』


望むなら一人ずつ付き合うぞ。とまで続けた仮面からの命令に、

逆らえる者もなど彼らの中にいるわけが無かった。慌てて数名の

兵士達がベノムの元に集まる。が。


「は、放せっ、まだだ! 殺せ! 奴を、『蛇』の敵を!

 お前達は何のための兵士だ! 『蛇』のために戦えっ、殺せぇっ!!」


目的しか見えていない彼はその手を払うように暴れた。

しかしそれは一般的には屈強な兵を相手にするには文字通り無駄な抵抗だ。


「ああもうっうるせえなっ!

 名持ちのあんたが報告してくれねえと俺達の責任になるんだよ!」


「黙って寝てろ!」


「がっ、ぁ……」


急がないと見逃すという話を反故にされると思ってか。

乱暴に殴って気絶させたベノムを担いだ彼らは脱兎の如く逃げ出した。

兵士達は現実が見えているというべきか普通だったというべきか。

何人かは他にも動けない同僚を抱えていったが大半は残したまま。

それを約束通り見逃した仮面だがそれは優しさでもなんでもない。

当然ながらこの場であった事を『蛇』本隊に確実に知らせるためだろう。

尤も。


『しかしあいつら……どこ(・・)で報告するんだろうな?』


『は?』


『近場の拠点は全部潰されたというのにね』


『…………うわぁ』


もしかしたらそんなイタズラがしたかっただけなのではないかと

ミューヒは赤いメットの奥で眉根を寄せながら考えた。

その裏では何も指示されずともレディズが放置された敵兵達の

武装解除と捕縛。そして『無銘』への後処理や回収人員の要請等を

行っていた。ただ後者の方は充分に準備して焦らずに来るように

という文言がプラスされていた。『蛇』と同じ手を受けたくないため

だが仮面が本気であればいくら注意しても無駄という気もしている

彼女達であった。


『……マスカレイド、もう君の予定はないと見ていいのよね?』


対応を無言で部下達に任せる彼女は一度頭を振るとそう問いかけた。

外からは見えないがその顔に浮かぶのは気遣いげなそれである。

声にも混じるその憂慮に仮面が気付かぬはずもない。


『護衛はまだ続けるが………休め、と?』


『今日は、と君は言ってくれたけどもうその局面はない。

 ここからは私達に任せて……いえ甘えてくれていいわ。

 限界なんでしょう?』


『……………』


その白き面を完全に彼女に向けたカレはしかし何故か無言。

ミューヒは今のうちにとばかりに自らが感じたことを口にした。


『シックスは確かに君に完全に利用されてしまっていたけれど、

 一つだけ見抜いていた事があったと私は思う……余裕がないって。

 ここに来て最初の一撃も、巨人を倒した一振りも。

 決着を急いでいるように私にも見えたわ』


だから、と続けようとした彼女の目の前でカレが、ぐらり、と揺れた。

人型の靄という些細な動きが視認しにくい姿でもはっきりと解る程に。

そして背中から落下するかのように倒れ込んだ。

それを受け止めきれなかったテーブルを破壊しながら。


『イッ、マスカレイド!?』


丸太机だったそれの破片をまき散らしながらのそれは音と共に

周囲から驚きの視線を集めるが一番慌てふためいたのは彼女である。

邪魔な机の破片を吹き飛ばすように除けると傍らに膝をついて抱き起す。

仮面越しに見た瞳はどこか焦点を見失っているかのようで、

開いているのに何も見えていないように感じさせた。


『…心配するな、ケガはない。そこは気を使っている。

 が、正直いま立ってるのか座ってるのか逆立ちしてるかも解らん』


『倒れたのよ!

 って、それが候補に無い時点でじつは解ってない!?』


『なぁんとなくー、ぐらーいならっ』


軽口のていで告げるがそれは自分の体勢すらそんな漠然としか

把握できなくなっていると言っているも同然で、しかも言葉の

アクセントやイントネーションが微妙にズレていた。ミューヒは

唯一モニカの歌を聞いて具体的にどんな症状が出たかを知っていた。

そのためどうしてそうなったかを即座に理解した。だから取るべき

行動を思考するが、彼女はまずカレの正直さに顔をしかめた。

──こいつ、わざとか


『う、おい』


白い面の位置とサイズで顔の位置を予想すると乱暴に近い動作で

頬辺りを両手で挟むように自分に向けさせるとその顔に端的に問う。


『いま五感はどれだけちゃんと機能しているの?』


『…ほぼ死んでる。触覚がかろうじて働いているが

 方向感覚も死んでるから自分の体勢がいまいち把握できん』


ミューヒの意図に気付いたのだろう。

色を失った瞳がどこか助かるとでもいいたげに笑ってカレは答えた。

彼女の部下達はその内容に愕然として作業の手が止まってしまう。

ミューヒ自身も衝撃的な話に意識を飛ばしたいほどの眩暈を覚える。

が、それを上回る感情から、頭突きを食らわせた(・・・・・・・・・)


『痛っ!?』


『痛覚は働いている、と』


『他に確かめ方あっただろう…』


当人同士は気安い様子だが突然の凶行ともいえる出来事に部下達は

さらにぎょっとして固まっているが彼女が視線を巡らすだけで

従順にも素直に後処理に戻っていった。聞き耳は立てているが

そこは彼女も仮面も気にしていない。


『で、そんな状態でよくあれだけのことやったわね。

 端末のサポートがあっても無理……どんな手品よ?』


『何のために広範囲に結界を張って、お前達へ力の付与を行ったと?』


端的で主語がない回答は、しかし彼女の聡さにはそれで充分だった。


『……なるほど。

 本来の能力に加え、外部の観測システムでもあったわけね』


白き面が上下する(頷きが返る)。おそらく結界内部か彼女達が側にいる

場合のみそれらから収集した様々な情報を統合して周囲の状況を把握

していたのだろう。時折彼の気配や声を間近に感じたのは

そういう事かと彼女は理解した。


『納得したわ。

 けどそんな働き者の君はどこに運べば休んでくれるのかしら?』


言外にもういいでしょと告げれば通じたのか短い言葉が返る。


『ライブ会場に』


『オーケー……あなた達は後処理を続けなさい。

 私達は会場内で待機している。何かあれば連絡を』


部下達にそう命じつつ目視があてにならないため触った感触で体の

部位の位置を確認しながら肩を貸して立ち上がらせた。少し乱暴に。

そのままふわりと浮かび上がりまずは結界内部へと一直線に向かった。

茶番の追跡劇だった行きとは同じ空路でも速度は倍以上。しかし、

同時に仮面を気遣って対G及び対風圧シールドを過剰に展開していた。


『…過保護』


『誰かさんが自分を守らないからよ……これで良かったんでしょ?』


弱体化のさらなるアピールには、と言外に告げれば頷く気配。

突然の転倒と自らの体勢が分からないという告白は素直過ぎた。

あそこは『蛇』にも『無銘』にもまだ見られている場所といえる。

そんな場所で油断しきった姿を見せるとは彼女は思えなかったのだ。

だからアレもまた自らの弱体化の証明に過ぎなかったのだろう、と。

しかしそれは。


『なんでそんなダメ押しするかな…』


それまでで充分だったのではないかと考えるミューヒに強い言葉(否定)が返る。


『必要な一手だ』


『…なぜ?』


『所詮時間稼ぎにしか、ならないからだよ』


疑問に対するそれは答えというより独白のような呟き。

その程度しか出来ないと嘆く懺悔のような弱々しい言葉だった。



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