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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」
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04-108 ライブ防衛戦線7

遅くなったうえにまた中途半端なところまで、です。はい。


前回までの超簡単かつ雑なあらすじ!

なんでか突然敵が全滅しちゃったよ!? なんでかなぁ?






「……………………………あぁ?」


彼女達も困惑していたが、理解不能の度合いでは勝利を確信していた

シックスの方が大きいだろう。意味のない沈黙から意味のない声を

もらして意味もなく瞬きをしていた。


──何が起こったのか分からない──


奇しくもそれが誰かを除いたその場の全員が抱いた共通認識。

彼女らに向けられていた銃口は何故か全て『蛇』の誰かを撃墜した。

それは全軍で起こったフレンドリーファイアという異常事態である。

攻撃と落下の衝撃か半分近くが気絶していたが意識がある者達も

何が起こったのか理解できておらず驚愕と苦悶の顔で地に伏している。

空戦支援機もガードロボも出現した砲塔も今や無残なスクラップだ。

見ていた彼女達からすれば突然全員が友軍に銃口を向けたようにしか

見えなかったがそれすらも何か都合の良い、まだ理解できる出来事に

置き換えているだけのような気もしていた。


「……っ…ま、て……待て、待て待て! まさかこれはっ!?」


それらを時間が経過していく中で皆の脳がやっと理解し始めた時だ。

彼女達(レディズ)はさらなる混乱に陥っていたがシックスだけが顔を青ざめる。

まるでこの状況に思い当たるモノがあるといわんばかりに。


「転移による配置変更……馬鹿な、奴はあそこで!!」


『後ろの正面だーれ?』


「っっっ!!?!」


背後から彼の肩に置かれたのは黒い靄で出来た腕のようなもの。

そして老若男女が判別できないのに楽しげと分かる声だった。

シックスの顔が驚愕という言葉では温い恐慌を抱えた歪みを得た。

悲鳴をあげなかったのが奇跡のよう。あるいは声すら出ないのか。

それでも彼が振り返ったのは勇気か無謀か信じられないという希望か。

既に彼女(赤槍)の腕の中には誰もいなかったのが見えているというのに

壊れた時計の針のようにぎこちない動きで背後を見る。


『やあっ!』


黒き魔貌に浮かぶ白き仮面とそこに浮かぶ鋭利な三日月。

それが気安い友人かどこかのマスコットキャラかのように

明るい調子で声をかける。その相反する組み合わせが醸し出す狂気は

シックスをして、また傍で見ているだけの彼女達すらも震えさせた。

身の毛もよだつ、という言葉の意味を実体験させられる。


『………君ね、私のわりと本気だった心配を返してほしいわ』


約一名だけ呆れた口調でその魔人に冷めた視線を送っていたが。


『アハハハッ、すまない。

 鎧の下の君にならもっと抱きしめられていたかったのだが…』


『そ、そんな話はしていないだろう!?』


しかしそれもいつもの調子で躱されてミューヒはメットの内で赤面する。

だが彼女の部下達は状況とまるでそぐわない会話と上司の反応に完全に

呆気に取られてしまっている。鳥肌が立つのに何か微笑ましいという

空気についていけていない。その様子に笑い声をもらしながら

立ち上がった仮面はシックスを半ば以上放置して彼女らの所へ戻る。


「…………なぜ、だ……?」


『んんぅ?』


「なぜっ、歌が効いてないんだっっ!?」


その背に“やっと”か“最速に”かシックスは問いを投げかけた。

当然ながら冷徹な指揮官の顔も勝利者の余裕も崩れ落ちて、

掴みかからんばかりの怒号をあげていた。

そしてそれは怯えはしなかったミューヒも内心思っていたこと。

だって歌はまだ流れている。兵士たちの端末はほぼほぼ破壊されているが

生き残った物からは勿論、大地に埋め込んであるらしいスピーカーからも

未だに大音量で不快な被せでのメドレーが続いてる。なのに、何故。


「間違いなくこの歌が弱点なはずだ! 昨日のあれは演技ではあり得ない!

 あの時点でそんなことをする必然性もない! 実際お前は弱った!

 昨日も、さっきも! ちゃちな弾丸で傷を負うほどに!」


『傷?』


『アハハハハッ、いやはや見事だ!』


明かされた事実にどういうことだという視線を彼女は向けるが

当の本人は我関さずと大笑しながら手を叩いているという始末。

しかしそれはそれで誤魔化しにしては妙な反応だった。


『マスカレイド?』


『なかなかに役者じゃないか。名演技だよシックスくん。

 私も舞台の外が見えてなければ騙されていたかもしれん』


「なにを訳の解らないことをいっている! 質問に答えろ!!」


『では、要望に応じてコレを答えとしようか』


苛立ち混じりの怒号をさらに続ける彼に、仮面はおかしそうに

笑い声を滲ませながらさっと右腕を空に向けるように突き上げる。

シックスの顔が引き攣り、一瞬で指先から極光の帯が天を昇った。

まさに光の速度。認識した時にはもう先端は雲を突き抜けていた。


『っ!』

「ひっ!」


仮面と極光。その組み合わせが示す事象は、単純なまでに恐ろしい。

脅威という言葉ですら、温い、足りない、と思わせる衝撃を世界に

見せつけたのだから当然だ。しかもあれからまだ半月も経っていない。

誰かが悲鳴をあげても仕方がないだろう。しかしその帯は以前と違い、

塔とも壁とも呼べる“幅”を見せる事も、その威容を大地に刻む事も

ないまま空に消え、仮面は何事も無かったかのように腕を下した。

何が起こったのか。何をしたのか。何がどうなったのか。

それに察しがついたのは当人以外では二人だけ。


『ねえ……まさかと思うのだけど、地上から狙ったの?』


「クリムゾンが正解のようだ。今しがた攻撃衛星の反応が消えた」


嘘でしょ、といわんばかりの疑問に先程までと打って変わって

ひどく落ち着いた口調になったシックスが何故か律儀に答えていた。

そしてそれは攻撃衛星という反撃や迎撃が極めて難しいその兵器の

利点を個人で引っ繰り返す異常事態であり、ソコすら射程圏内と

暗に告げる脅威であった。


『驚く話ではあるまい?

 あの長大な幅で約1800kmまで届いたのだ。

 なら細くすればもっと長くできて衛星にだって届くだろう』


『無茶苦茶だよ。一見理屈が通ってるように聞こえるから性質が悪い!』


あの幅を形成していたエネルギーを長さに置き換えれば届く。

正しいように聞こえるが、実際にはそれは子供の発想である。

細く長くなっている分、その維持エネルギー及び先端までの伝達に

かかる消耗は海を割った時以上のものがあるのが予想できる。

また空に伸ばす以上のしかかる重力もあれば手元での一ミリの動きが

先端でどれだけの幅となって動くのかの計算も必要だ。

その他様々な要素を完全に考えていない単純な発想。

なのに実際には成功している。眩暈がするとばかりに

額を押さえてくらりと体を揺らすミューヒである。


「非常識の権化め」


同じくそれを聞いていたシックスは残った装備や体についた汚れを

払いながら立ち上がると忌々しいとばかりに吐き捨てる。だがそこに

先程まではいた、焦燥にかられ怒号を放つ男の顔、はない。


『残念だったな。わざわざ発射タイミングを他人(ベノム)任せにして

 把握されないようにした上で熱い演技で私の注意を引いたのに』


「まったくだ。うまくやろうと手を打てば打つほどそれが滑稽になる。

 やり辛さよりまず頭にくるぜ、それすらも狙いと思うと余計にだ。

 ………で、結局のところ俺の疑問には答えてくれるのか?」


演技であったとはいえ何故歌が効果を発揮していないのかという

疑問は本音でもあったのだろう。衛星撃墜を答えとされても

この場の誰にも意味が分かっていないのだから。


『まあ焦るな。とりあえず………座れ。もう一人もな』


そういった仮面が─おそらく─腰を下ろすような動作を見せた途端。

その場にはテーブルとイスが突如として現れ、仮面(カレ)は腰掛けていた。

どちらも木製で丸太を加工して組み合わせた物だと見て即座に解る代物。

テーブルはダイニング用かそれなりの大きさで、イスは全部で三つ(・・)

その内二つは席が埋まっていた。『無銘』陣を背後にしたマスカレイドと

対面にある二席の片方。そこには白髪交じりの金髪と青目の英国人がいた。

『蛇』の潜入工作員・ベノムである。


「なっ、なんだ!? ここはいった、マスカレイド!?!」


突然この場所に転移させられたとあれば当然の反応であろう。

慌てふためく彼の様子は対面にいる仮面に気付く事に遅れたのも含め、

滑稽で、情けないものではあるが馬鹿にする者はいなかった。

どちらかといえば同情的である。


「いいからお前は少し黙ってろ」


そのベノムの隣に座れと暗に示されている彼は沈黙を命じながら

盾に使った部下達の身体を跨いで歩み寄る。しかし。


「シックス!?

 どうして何も起こらなかったのだ! 私は指示通りにしたぞ!!」


感情のぶつけ先を見つけたベノムはそうはいかないようだ。

これに溜め息混じりにもシックスは答えた。おそらくは

無理矢理黙らす方が面倒だと判断したのだろう。


「マスカレイドが何枚も上手だっただけだ。

 こっちの仕掛けは今しがたこいつにぶっ壊された。

 まったくふざけてやがる、地上から個人が衛星を撃墜だぜ?」


「は? 衛星?

 そうかあれは攻撃衛星の……なに、撃墜? ここから?」


何を馬鹿なといわんばかりの、されど否定しきれない唖然とした顔。

彼もまたマスカレイドが常識外、規格外であるとは理解しているようだ。

ゆえに本当なのかと問うような視線を仮面を含めた無銘にも向けてきた。

誰一人肯定的な反応はしなかったが否定もされず、また黒い魔貌には

三日月が浮かんでおり、それが答えであった。そしてそこでようやく

周囲の惨状も目に入ったのか。一気に青ざめて声を失ってしまう。


それに嘆息しつつもシックスは落ち着いた態度で用意されたイスに腰掛けた。

果たして礼儀かもてなしか今のやり取りへの労いか。彼の前にはコーヒー

らしき飲料が入ったカップが突然出現する。


「この程度で今更驚きはしないが……天下のマスカレイドが随分とせこい」


呆れた顔でちらりと背後を見るシックス。その仕草に視線の先を

確認したのは必然的に仮面の背後に立つことになった彼女達である。

そこには、なぜか、どうしてか、あれだけのことがあったというのに

全くの無傷で存在するログハウスがあった。それ自体も驚きだが、

突如出現したテーブルとイスはログハウスの家具としてじつに

似合う代物であった。つまりは、そういうことである。


『遠慮するな、好きなだけ飲むがいい。どうせそこで拾ったものだ』


「奇遇だな、俺もそこに置いた覚えがある」


『奇妙な偶然があったものだ』


とぼけた返しに、ふん、と鼻を鳴らすシックス。

そして無警戒にもカップに口をつけ一気に飲み干す。

剛胆ともいえるがこの場を支配しているのは誰が見てもマスカレイド。

殺したいのならわざわざ毒殺などする意味は皆無であり、カレが

直接誰かを殺した例は今の所一件も確認されていない。絶対までは

言い切れなくもそれでも比較的安全だと考えたのだろう。


『ふふ、シックスくん。

 君は好戦的で粗暴な姿を見せてはいるが、そのじつ冷静で賢い。

 こうしておとなしく座っているのも抵抗も逃亡も不可能だが何かしら

 話があるらしいのを逆手にとって得られる情報だけは得てしまおう。

 といったところかな?』


「それを貴様がいうか……逃げ道を一つだけ用意して追い込んでいく。

 今夜だけでいったい何度お前に誘導させられたことか」


仮面の賞賛はしかしシックスには皮肉か嫌味にしか聞こえないのだろう。

その場面を思い出してか苦々しい顔つきである。これにはカレも大笑だ。


『ハハハッ、それが解るだけ結構なことさ。

 それだけ賢かったから君はこれだけの兵力と兵器を用意してきた。

 じつに助かった。敵戦力が強大であるほど、指揮官が優秀であるほど、

 私の目的は達成されやすくなるのだからね』


「お前の目的? 歌姫の護衛だけじゃねえってか?」


『いや、護衛だけさ。でも君はその手段を読み間違えた。

 だから無様に証人にされた。この冒涜的な歌の中でも私は

 遥か彼方の衛星を片手間で撃墜できることの、君達の軍勢を

 片手間で全滅させられることの、ね』


ただでさえ畏怖されている存在のさらなる脅威の証人。

だが殊更それを世に見せて仮面に何の利益があるのか。


「……最初はモニカの歌が弱点という話が嘘なのかとも思った」


その場の誰もがカレの行動の意図を考えている中。

情報を引き出すためか考える時間を稼ぐためか。

シックスは独り言のようにそれを語っていく。


「だがあり得ない。昨日あのタイミングで誤情報を流す必然性は薄い。

 それに歌が弱点というのは普通に考えれば嘘くさい。使徒兵器の

 前例がなければ俺達もすぐには信じなかったろう」


すなわち昨日の光景は嘘や演技とは考えられない。


「次は一日で対策が完了した、が妥当だがそれもな。

 あれは通常聞こえる範囲にはどんな遮断システムを用意しても

 影響が出る。お前なら対策出来るかもしれんが一朝一夕は怪しい。

 実際あの程度の攻撃で傷を負ったんだ。歌姫を守ることには

 乱暴だが全力を尽くしていたお前がステージ上でわざと傷を

 負うというのも考えにくい。ならお前の弱体化そのものは

 事実であり対策はまだ無いとみるべきだ」


『その通りだよ、ほら』


「っ!」


『なっ!?』


突如として差し出された仮面の右腕。カレはその先端に左手を

添えるようにするとその(クロ)を捲った。全員が二重の意味で息を呑む。

片手だけ、それも指紋対策でか指先は隠していたがマスカレイドが

その黒衣の下を堂々と見せた事とそうして見せられた手があまりにも

無残な有様だったからである。


どうやっているのか。出血こそ見当たらないが、皮膚は全体的に

攻撃性フォトンの直撃で出る独特の焦げ方をしており、また回転する

ナニカが高速で当ったと思われるように肉が抉られており、所々骨が

露出してさえいる。爆撃地で見つかった誰かの手だ、といわれた方が

まだ理解できるような有様だった。


「ひでえもんだ。こっちの推定状態と一致しやがる」


その感想は果たして傷についてか推定通りの結果がそこにある事か。

事前に出たその予測を思い返しているのか網膜に投映したものと

比べているのかシックスは厄介だといいたげに顔を歪める。


『そうだろうとも。証明するためにわざと維持していたのだから。

 これでようやく治療できる……君にやってほしい、いいかな?』


大仰に頷いたらしい仮面はその右腕を隣に伸ばすと誰かに乞う。


『……はぁ、君のそういうところ本当にむかつく』


いつのまにかそこに忍び寄っていたミューヒは溜め息と共に

振り上げていた(・・・・・・・)拳を下ろして丁寧な動作で腕を取ると治療スキルを行使する。

同時にこぼれた言葉はボイスチェンジャー越しというのに本気の苛立ちが

完全に漏れ出ていた。ただその直前までの動作と現在の素直に治療を施す

態度にシックスは意外そうな顔で驚いているようだ。尤も仮面は

そんな様子など知ったことではないと話をひとり進めていく。


『さて、歌での弱体化は事実だ、なら何故コレは効かないのか。

 つまり考えるべきは当然ながらその違いは何なのか、だ。

 ヒントはいうまでもなく効果があった時と無い時の違い。

 さらにいえば私が歌の効果を知ったのは昨日が初めて、という点か』


さて分かるかな。

とでもいいたげな呑気な出題者に奇遇にも昨日の光景を間近で

見ていた者達は頬を引き攣らせているが、同時に首も捻っている。

違いとは何か。経緯は聞いていても詳細を見てきていないレディズは

そもそも仮面が倒れたという光景をイメージできておらず、見た者達も

カレが殊更強調した“あれが初めて聞いた場面”という言葉の意味を

受け取りかねていた。しかし、だからこそか。


「あれ、そんなことあり得るの?」


『どうした、何が引っ掛かった?』


部下の一人がこぼした言葉を耳聡く拾ったミューヒは先を促す。

それに若干慌てた部下は、しかし思ったことをそのまま口にした。


「あ、いえ、私はただ どうやったらあのモニカの歌を昨日まで

 一切聞かない生活ができるんだろうかって不思議に思っただけで……」


『え…あっ!』


「っ、やられた!!」


その素朴な疑問ともいえる指摘は、だがその方面への知識や理解が

足りなかった『槍』と『牙』に事の真相を推察させるのに充分だった。

彼女の歌は世間のどこにでも溢れていた。何せ稀代の歌姫と呼称され

それに恥じない人気と実力を持っているのだから。テレビをつければ

音楽番組は勿論、本人が出ていない番組でもBGMや主題歌としても

使われ、CMで流れている楽曲もじつに多い。街角でも各種店舗で

有線放送や宣伝等で流している場合もあれば個人が聞いている音が

漏れて偶然聞こえるということもあり得るだろう。それらは意図的に

聞かないようにしても全て防ぐのは容易ではない。人里から離れ、

文明の利器からも離れるしか方法がないほど。しかし、一つだけ。

気を付ければ聞かなくて済む事が可能な彼女の歌が存在する。


『……モニカの歌は生が最高、か。

 音楽の素人ですらそう感じるナニカがあるのなら、

 その影響を受ける者にとってもその違いは大きい。つまり』


「貴様が悪影響を受けるのはあの女の生歌のみ!!」


やっとわかったと納得した口調のミューヒと違い、その事実が持つ

深刻な意味を理解してか表面的には平静な様子だったシックスも

怒気を露にしてテーブルを強く叩いた。隣でベノムがびくつくが

目に入らないとばかりに激憤が宿った視線を仮面に向けてくる。


「本当にやってくれるっ! 昨日俺達を見逃したのはやはり故意か!

 使徒兵器と自分との違いに勘付いて、それを利用できると踏んで!

 ああ、いう通りになんて無様に証人にされた!!」


肯定するように三日月が笑う。

それは普通なら見た者に寒気を感じさせる程の凄みと不気味さを

併せ持った笑みだがシックスには屈辱を覚えるものでしかないのだろう。

何せ今夜、否、昨日から続く全てが仮面によって演出された茶番劇

でしかなかったのだから。それに全力で挑んだであろう彼自身が

その滑稽さを認めるしかなかったのだから。


「ど、どういうことだシックス?

 生歌だけというのの何が問題なのだ?」


「バカかてめえは! そのせいで優先度がひっくり返るんだよ!

 使徒兵器が使用不能になるのとマスカレイドの弱点を残すこと。

 どっちが組織にとって有益か、この一方的な状況を見てもう一度

 その足りない頭でよく考えろ!!」


完全に利用されたと気付かされた苛立ちと屈辱からか。

本気の怒気と罵声でベノムを怒鳴りつけてうなだれる。

『蛇』という組織にとってモニカ・シャンタールの存在はいうなれば

ようやく完成した新兵器の運用において予想外に出た障害要素である。

が、いってしまえばそれだけでしかない。究極的には使徒兵器を

使わなければ彼女の存在自体は彼らにとっては害でも益でもない。

しかしながらここで一つ益となる価値が生まれた。否、彼ら自身が

証明してしまったというべきだろう。彼女の生の歌は仮面にとって

唯一の弱点であると。個人でありながら海を割り、世界中を脅し、

どこにでも現れ、あらゆる情報を握り、単体戦力としても最凶。

そこに今回の一件で使徒兵器無効化及びその効果を他者へ付与でき、

呪術的な結界を張れ、無銘と繋がりを持ち、その戦力を全力で運用

出来る資産を伺わせ、地上から衛星を撃墜でき、たった一手で大部隊を

同士討ちさせられる。が追加されたマスカレイドに、だ。

その価値は使徒兵器にとってのマイナス面を補って余りある。


「ぁ……そんなっ、こ、これではモニカ・シャンタールを殺せないっ!?」


「それどころか手を出せばもう全面戦争だろうよ。

 弱点を利用できず一方的になる戦いを戦争と呼べるかは微妙だがな!」


ベノムもそれをようやく理解してか先程とは意味の違う蒼白さで

愕然としながら悲鳴のように叫んでいた。歌を何らかの形で活かすか

研究するにしても、いま彼女本人を失う事はあまりに得策ではない。

その事実を今夜の戦いを通して彼らは認識させられてしまった。

証明してしまった。証人になってしまった。


『冷静だったならあるいは昨日の時点でお前は勘付けただろう。

 だが実際に対峙して弱体化しても手も足も出ない脅威を実体験した

 お前は自然と私の排除を優先する思考に陥ってしまっていた。

 弱点が見つかった直後でそれを活かせるライブが翌日、

 という状況だったのも要因になったかな?』


「ハッ、倒れてからの一連の言動が全部そのための布石か。

 演技ではなくともわざとではあったってわけか詐欺師め!

 何が勘付けた、だ! 気付けても俺は同じことをするしかないと

 読んでいたんだろうが!!」


『ふふ、その点は同情するよ。

 何せ隣には自分の知らない所でモニカを襲う可能性の高いベノムくん。

 そして推測は所詮推測でしかない。それを裏付ける実証は必要で、

 時間を置くと私に歌への対策をされてしまう懸念がある』


全てを確かめるためには、

マスカレイド暗殺を画策するには、

どの道、今日という日にやるしかなかった。

自分でそうなる事が読めているためか。そのためにいいように

使われた屈辱にか彼の目はぎらぎらとした殺意に燃えている。

即座に行動に出ない冷静さを保っているのが不思議な程に。


「嫌がらせの悪魔め!」


『くくっ、頭のいい奴に説明するのは楽でいい。助かったよ』


一見褒めたような、感謝したかのような言葉だがその場の全員が

裏の意味に気付いていた。マスカレイドは暗にこう言ったのだ。

「優秀な者の思考は読み易く、操り易かった」と。

ぎりっ、と歯噛みする音が誰の耳にも届くが三日月が笑うだけ。


もう詰みである。

『蛇』はこの戦い完全に手玉に取られたばかりか

そもそもにして最初から最後まで利用されただけだ。

屈辱的にも彼らが狙ったモニカ・シャンタールを守るために。

それが解るからこそシックスは奥歯を噛み砕かんばかりに激情を

堪えているのだ。獰猛な顔つきと違って冷静さを失わない姿は

なるほど噂通りの優秀さを持つ指揮官ではあろう。逆にいえば

抑えられる程度の感情や執着しか彼は持っていない証左でもある。

元より彼は暴走した同僚の粛清に来て偶発的に仮面と遭遇しただけ。

そこで仮面抹殺への偽りの道筋が見えた事でその誘惑に負けただけ。

感情面では怒り狂っていてもそれに流されるほどの私心がない。

だが、もう一人はそうはいかなかったようだ。


「い、いやまだだ! まだ『蛇』が負けたわけではない!

 急造の部隊がやられただけ、衛星だってまだいくつもあげられる!

 使徒兵器が通じないのはこいつだけなんだぞ!

 ライブで散々聞いて弱体化してるのは事実なんだろ!?」


ならばここで殺してしまえば問題は全て解決すると彼は一人訴える。

シックスはそれに冷めた視線を送るだけで相手にさえしていない。

それでも惨敗したからこその現状を、結果しか見ていない彼は本当の

意味で理解していないのだろう。あまりにも現実味のない話だ。

失笑がどこからも漏れなかったのはその無謀さを理解できない、

またはしたくないベノムへのせめてもの憐憫か。


『ああ確かに。これでも私は弱っている。

 じつは座っているのも立つのが億劫になるほど消耗したからだ』


「シックス、私はやるぞ!!」


「てめえっ!」


尤もそれを仮面当人が煽るのだから悪辣である。

立ち上がって端末から銃器を呼び出すベノムだが誰も無反応だ。

シックスでさえ煽った仮面を睨み付けるだけで隣を止める様子は皆無。

彼が手にした銃は確かに外骨格にも通じる一般的には強力な代物だが、

相手が仮面となれば光って鳴るだけの玩具と毛ほども差が無い。

弱体化を鑑みても目の前から撃って意味があるかといえば、

感情的になっている彼以外は万が一を想定する気も起きない。

案の定煽った仮面ですらベノムを見てはいなかった。


『しかしシックスくんはさっき面白いことを言っていたね』


「……面白いこと?」


なんだそれはと問い返した彼に仮面はクスリと笑って答えた。

ただし、そのにこやかな雰囲気は言葉途中までであった。


『彼女に手を出せば全面戦争だとか………ふざけて(・・・・)いるのかな?(・・・・・・)


「ひっ!!」

「っっ!?」


言葉が圧力を持つ、とはまさにそれだった。

これで本当に弱っているのかと疑いたくなるほど声だけで大気が震えた。

背筋が凍る。怖気が走る。彼等の屈辱と激情が一瞬で縮こまる。


『まだ手を出してないつもりだったのか?

 ならば、これを私からの宣戦布告としよう、受け取りたまえ』



この後が長引いて中々完成しなかったため今日まで更新を引っ張ってしまった。

すいません。


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