00-510 メイドの日特別編「その許しこそ」
本編書かないでお前何書いてんだよとはいわないで!
朝、今日がメイドの日だと聞いて、ピキーン! ときちゃったんだよ!!
そしてギリギリ間に合っちゃったんだよ!
そしてうちのメイドといえば彼女なので、あやつとメイドの話を投稿する
活動報告に最初あげるつもりだったが、どう考えてこれ本編。本編時空!
なのでここでどうぞ!
一応説明として、時系列上「04-56 リボンの絆」で描かれた過去の数日後の話です!
(つまりは04-84系列のあとでもあるんだが)
※5.13にサブタイ変更。
数字を??-???から00-510(記念日にかけただけの数字)
穏やかな昼下がり。
客人に─恩人に─与えられた部屋の中で一人のメイドが少年と相対していた。
頭には簡素なホワイトブリム。踝まで隠す丈の長い黒のワンピース。
そしてフリルのついた白いエプロンを纏うそれは地球世界の日本で
よくある萌えやエロスとは無縁な純然たる仕事服姿のメイドである。
彼女はいつもの無表情で頭一つは背丈が下の少年と先程から問答を
繰り返していた。正確には問答というよりは強要、というべきだろうが。
「いや、だから別にい」
「ベッドに座ってください」
ほぼこれの繰り返しである。
水色の長髪を首裏で─恩人からの─リボンで結び背中に流し、背筋を
きれいに伸ばして立つ姿は彼女の美貌とスタイルの良さもあって
彫刻品のような完成された美しさを醸し出しているが如何せん
有無を言わさない雰囲気と背丈の差から来る圧力に、実力では
大差あるというのに少年は完全に気迫負けしている。
何より彼はメイドが真っ直ぐに向けてくる琥珀の瞳に、
そこにある強固な意志に白旗を振った。コトこのお世話の分野で
彼女の主義主張を変えるのはひどく難しいと彼ももう知っている。
──あ、これ駄々こねると実力行使くるやつだ
尤も顔にはそうとも書いてあったが。
現状まだ両腕の包帯も左腕を吊る三角巾も外れていない以上無駄な抵抗は
損である、と考えるだろうと踏んでいたメイドの読み勝ち、あるいは
折れない姿勢を見せ続けた伏線勝ちか。何かを気にしているこの少年は
だが結局精神的な安寧を諦めて従うことにしたらしい。
「それではナカムラさま、失礼いたします」
ベッドの縁に腰掛けた少年を覗き込むようにメイドは屈みこむ。
ワンピースとエプロン、二重に抑えられているというのに眼前で
暴力的にたゆんと揺れる存在に意識を一瞬持って行かれるのは
男として健全な証拠であろう。少し、ほんの少し気恥ずかしい感情が
わいたがそんな視線など今更だろうと彼女は意図的に追いだす。
そして少年の衣服に手をかける。
包帯まみれの両腕に負担をかけぬように丁寧ながら素早くボタンを
外して、傷に障らぬようにして上着を脱がす。易々と行っているが
本来なら極めて難しい行為である。これだけで人の世話をするために
必要なスキルをどれだけ極めているか解ろうというものだ。しかし。
「………」
「………」
彼女はあらわになった裸の上半身を前に殊更に口を引き締めた。
動揺が出ないように意識しすぎて、かえってそれが表に出ている。
だがそれはこの少年だから気付けた程度の反応なので、内心を微塵も
表に出さないように躾けられるという使用人としては満点であろう。
だから彼─シンイチは嫌がっているのだろう、とメイド─ステラも分かってはいた。
彼の身体はまだ全ての傷が癒えていない。命に直結する傷は塞がったが
その傷跡は深く残っており全身が重傷過ぎて強引に塞いだだけの傷もある。
衣服を脱げばそれを思い起こさせる痕跡は未だ多い。当然である。
彼は死ぬ直前まで行ったのだから。むしろ、この程度で済んでいる、
五体満足である、ことが未だに彼女は信じられないほどだ。
シンイチ当人は自分が勝手にやったこと、と考えているが
そうしなければならなかった状況を防げなかったことを
護衛の役目も受け持つメイド達は全員で己が無力を呪っている。
これについて彼女達が持つ罪悪感は深い。
特に一番根深いのは彼女の意思ではなかったとはいえ直接彼を
傷つけてしまったステラである。だからこそか。
どういう空気にせよ彼女達はその気持ちを、彼の
世話をしたいという衝動を隠さなくなってきた。
この汗拭きも、
「メイドの仕事ですので」
「けが人なんですからもっと甘えてください」
「こういうことは毎日しませんと」
「お気になさらず」
、などといって誰かしらが毎日彼の抵抗を押し切って行っている。
この状態では立派な浴槽がある館とはいっても利用できないので
彼としても助かってはいる。が、逆に申し訳なくも思っているのだろう。
いわば『罪悪感を抱かせてしまった罪悪感』といったところか。
彼女達も充分察してはいるのだが、何かをしてあげたい気持ちを
抑えることができずメイドの仕事を逸脱しない範疇でその傷を、
治療経過を見れる行為を選んでいた。
ステラもまた、そのひとりである。
「手を上げます。痛みを感じたら、絶対に、言ってください」
「は、はい」
絶対に、を強調した物言いに気圧されたように頷いた彼にどこか
満足そうにしながら彼女は程よい温度に暖められたお湯で濡らした
タオルで身体を拭いていく。胸板、腹、脇腹、脇、肩、首周り。
傷ある肉体に負担など微塵もかけない手付きと力加減はマッサージ
効果もあったのか少年からは一時、メイド達からすれば厄介で抱く
必要のない罪悪感の気配が消えている。少しその瞬間をステラは
誇らしく感じている。
「次は背中を、隣に失礼します。ナカムラさまはそのままで」
そしてその隙をつくようにか必要なのだからという言い訳か。
素早くもベッドが全く揺れないように静かに腰掛けたステラは
正面からでは拭きにくい部位に手を伸ばしながら主に背中を拭く。
ほぼ隙間を作らずに隣から腕を伸ばして慣れた手つきでタオルを
動かしている彼女の手腕は正面からのそれと遜色はまるでない。
が。
「あ、あの……ステラさん?」
「ナカムラさまから私に敬称など不要です……何か?」
声色や口調は平然としたものだが、その瞳には気遣いの色が濃い。
もしやどこかで失敗でもしただろうかと不安に思いながらも、何故か
困ったような顔をする彼は唸りながら天井を見上げた。
若干、頬を赤らめながら。
「当たってる……すごく、当たってる」
ステラは、何がですか、と聞き返しそうになったが自分が彼に
触れている場所など限られている。体を拭く手かもしくは。
「…………………失礼を、いたしました」
その手を背中全体に届かすために密着しすぎたために、彼と彼女の
間で量感たっぷりな柔らかいモノが潰されていた。ステラは一切
感情を顔に出さないまま少しだけ下がって隙間を作る。意識が体を
拭くことと傷に障らないことを念頭に置き過ぎて形だけ見れば
押し当てにいったような形になっていたのに気付けなかった。
なんたる失態か、と無表情の下で自らを叱責する。
しかしながら同時におかしな反応だと訝しんだ。
照れ臭そうに、そしてソコに意識が向かないように無為に
天井を眺める少年の横顔に、珍しいものを見たと目を瞬かせる。
「意外です」
「何が?」
「ナカムラさまは女性の身体に興味の無い方かと」
「誤解を招きそうな言い方はやめて!?」
「しかしあのヨーコの誘惑にはにべもないご様子でしたので
若いのにずいぶんと枯れていると思っておりました」
「おまっ、っ……はぁ」
気にしていることを指摘されたためか。
視線を戻してステラを見た彼だが、すぐにあらぬ方に向けると
疲れたような溜め息を吐いた。まだ顔が赤いのは彼女の気のせいか。
「顔が、近い」
「なにか?」
その距離のステラですら聞き取れぬ呟きのあと首を振った少年は
誤魔化すように彼女の疑問への端的な答えを口にした。
「女なら誰でもいいってわけじゃないだけだ」
「………………っ」
その破壊力を微塵も理解しないまま。
胸を当てていた事には動揺しなかった彼女が言葉に隠れた意味を
理解した途端、まるで時間が止まったように汗拭きの手を止めた。
彼女の仕事へのプロ意識の高さを知る姫や妹達がこれを見れば
天変地異の前触れかと騒ぐほどのことであるが当然この少年は知らない。
「ん、どうした?」
「……続きをします。背後に移動させてもらっても?」
「いいよ」
「ありがとうございます」
柔らかなベッドを揺らすことなく、
静かに乗り上げ、少年の背後に腰を下ろした。
当然ながら履物は音を立てずに脱ぎスカートを乱す事もせず、
踝より上は見せることもない徹底した所作だが、内心は大慌てだった。
──あ、危なかったっ
口許を軽く抑えるようにしながら器用に片手で背中を拭く。
いまの一言は予想外で、不意打ちで、いやに、彼女を高揚させた。
必死に我慢しなければ頬をだらしなく緩めてしまいそうな程に。
それを見られたら羞恥で死んでしまうと彼の背面に逃げたのだ。
当人はそれがメイドとしてか女としてかは深く考えていないが。
「…っ」
しかしその特別感か優越感かに浸った油断。
それは最悪の形で彼女の視界に飛び込んでくる。
背後から彼の背中を拭くということは彼の背中の傷を見るということ。
右肩から左足の付け根辺りまでを繋ぐような長い切り傷と前面の右脇腹を
貫く刺し傷。彼の負傷の中で他者につけられたものでは最も深い傷。
ステラがシンイチにつけた傷である。
「ぅ…………」
体が震えそうになる。悲鳴をあげそうになる。自刃したくなる。
それらを全部押し込めて殺しきって変わらぬ手付きでお世話を続けた。
ただ、どうにかこの傷を治癒魔法以外の手段で癒してあげたいという
個人的感情だけは殺すどころか膨れ上がっていくのを止められなかった。
その、せいか。
「っ……ま、また、当たってるのですがステラさん?」
いつの間にか。
その背に自らの一番自己主張してる部位を押し当てていた。
先程の偶然間に挟まったなどという代物とは違う意図的な押し付け。
この時ばかりはそこの大きさにこの動悸が伝わる心配がなくて良かったと
思いながら全てを感じてほしいとばかりに彼の背中を使ってさらに潰す。
「っ!?!」
音を立てて固まってしまったシンイチに妙な満足感を覚えるが、同時に
実はこの状況に一番目を白黒させているのもステラ自身であった。
メイドにこんな仕事はないでしょうっ、と無表情の下は軽いパニック状態。
しかし彼女は聡い。職業柄突発的なアクシデントや突然の来客にも
そつなく対応できるメイド長のスキルが都合のいい言い訳を作り出す。
「癒しになるかと思いまして」
「はい!?」
「誰でもではないメイドの感触に喜んでいただけたようでしたし、
元より殿方はお好きと聞きます。リラックスして頂けるのではと愚考しました」
いつもと変わらぬ声色で、しかしどこかおかしなことを大真面目に主張する。
ステラはうまく誤魔化せたと胸を撫で下ろして─実際は当てて─いるが
そんなわけがない。残念ながらメイドのスキルにこの状況を完全に誤魔化す
作戦は無かったらしい。だって突然行う必要が全くないのだ。ここまで
小さな行動にも許可を取っていたステラが突然自らの意思で密着したの
だからこんなものは建前だと彼に分からないはずがない。
そんなこともすぐに察せられない程、彼女は動揺している。
けれど固まっていたシンイチは何故かそれで力を抜いた。
「……そうだな。俺も男だ。
冷たい刃より暖かくて柔らかい女の体温の方がいい」
「ぇ…っ」
バレている。おそらくは彼女自身よりもその心情をきちんと。
そう理解させてくる言葉に息を呑んだステラに、彼は振り返る事も
せずに優しくも願うような声を向けた。
「だから痛くなったら、触れてくれるかステラ?」
──お前が痛いと思ったら、好きに触れろ
「…………」
ああ、そうか
自分は感じたかったのか
この男がきちんと生きていることを
自分は消し去りたかったのか
この男に自らが刻んだ傷以上のナニカを与えて
そしてそれを“許す”でなく“望む”とこの男はいうのか
「かしこまりました──────シン」
その望みを受け取るように、感謝するように、誇るようにした返事。
そこには、いつだったか彼から下の名前で呼べばいいといってくれた提案と
仕える姫が使っている愛称が脳裏を過ぎって思わずそう呼んでいた。
ちょっとだけ驚いた顔をした彼はすぐに背後からでも分かるほどに
穏やかに、嬉しそうに微笑んでいた。それを見て、つい彼女も頬が緩む。
「ところで………………いつまで当てているんだステラ?」
「あなたがいつまで堪能したいかによります」
「……………………………………難しい問題だ」
たっぷり間をとって真剣に悩みだした彼の様子にクスリと小さくだが
笑い声をこぼしたステラはそのまま唇を彼の耳元に寄せて囁いた。
意識して、とびっきりに甘い声で。
「お嫌ですか?」
「っっ…そ、その言い方は卑怯っ」
密着しているゆえに感じたびくりとした体の震えと緊張の高まりは
色んな意味でしてやられるばかりだったステラを妙に満足させた。
たまにはこういう仕返しもいいでしょう、と狼狽える彼に誰知らず頬を
緩めた彼女は彼の答えをメイドよろしく“そのままで”待つのであった。
果たして、シンイチはこの後どれほどその魅惑的なボリュームと感触を
背中で味わうことになったのか。それを知るのは部屋にいた彼らだけである。
しかしそこから何故か他のメイド達から世話を受ける際も全員が
シンイチへのボディタッチが激しくなり二人とも首を傾げるが、
真相は闇の中である。
「キュキュキュ、私が隅っこで寝てたの二人とも忘れてましたね?」
闇の中である。
余談だがヨーコのシンイチ周りを女で埋めようとする腹黒さはここから始まっている。
さらに付け足し余談だが、シンイチの傷跡はこのあと治療が済んだあとから
順次消していっており、現在の時間軸では見られない。