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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」
192/285

04-105 ライブ防衛戦線4



ライブ会場から直線距離にしておよそ10kmは離れた場所を通る高速道路、

そのサービスエリアの駐車場は場所柄と時間帯ゆえ現在人気や車体が少ない。

されど運送関係かコンテナを引く一台の大型トラックが駐車してあった。

運転席の中年男(ドライバー)は休憩中なのか端末を覗き込みながら横になっている。

が。


「それで指揮官(コマンダー)、この場合標的はどっちですか?」


その画面に映っていたのはネットのページでもLINEのやり取りでもない。

白黒動画、に見えるが二人の歌姫らしき人物が並び立っている再現映像だ。

彼もまた『蛇』の構成員である。


『普通に考えれば後から出てきた方が偽者なんだろうが、声紋及び

 音の反響による体形測定も結果が同じで観客の動揺から察するに

 おそらく見た目も変わらないのだろうと推測される』


判別がつかないという指揮官(シックス)に男はその先を求めた。


「つまり?」


全員で(・・・)どっちも狙え』


簡潔にして解り易い指示に男は口許を歪ませる。

そうでなくてはわざわざ自分()が総出でコレを運んできた甲斐が無い。

胸中でそう述懐しながら自然と視線がトラックの荷台コンテナへと向く。

彼は『牙』に所属する「狙撃チーム」の隊長を任されている男である。

おそらくその事実やこの会話を聞いた者がいれば、こんな場所で、

こんな離れた所から、会場を狙うつもりなのかと正気を疑うだろう。

しかし、だからその隙を狙うのだとシックスは彼らに告げていた。


「さて、では準備しますかね」


誰にともなくそう呟いた男はこれから仮眠とばかりにアイマスクをつけた。

勿論普通のそれではなくアイマスク型の薄型VRゴーグルとでもいうべき

代物で装着した瞬間彼の視界には先程の白黒映像の別視点が映し出された。

ステージ側を上と見て、およそ右下に該当する辺りの上空からの目線で

ほぼ中央の踊り場に並び立つ二人の歌姫を見ているようなそれだ。

無論あくまで再現映像をその位置から見た場合の映像に過ぎない。

はっきりと奥行や立体感は出ているがやはり色彩が無いため

現実感は希薄である。尤も夜間の超長距離狙撃と思えばそれだけ

見えていればむしろ充分過ぎるほどである、ともいえるが。

しかも様々な環境データや標的の状態を解析した数値も

ほぼリアルタイム更新されて表示されているのだから余計に。


─やっと出番ですね、隊長


そこへ流れてきた明確なテキストメッセージは彼の部下のものだ。

狙撃手はここにいる彼だけではない。場所は違えど同じ大型トラックが

ライブ会場を中心に半径10km圏内に散らばって計5台配置されている。

つまり彼を含めて5人のスナイパーが集められているということであった。


─久しぶりだからってしくじるんじゃねえぞ、てめえら


─まさか、やっと解禁ですよ しかも連射可とか最高じゃないですか!


─大観衆の前で、キレイな顔を穴だらけ、ケケッ


─悲鳴と絶叫が今から聞こえてくるようだ


─おい、額は俺にやらせろよ! 脳髄ぶちまけさせてやるぜ!


それぞれが流した文字はどれもが端的に彼等がどんな人間を告げていた。

同類である隊長()からしてみればこれほど頼りになる者達はいない。


─まあ惜しむらくはコレの撃ち方がねぇ


─ゲーム機みたいで爽快感がないんだよ


─やっぱ直接引鉄でぶち抜きたいよな


─偽装工作のためだ、我慢しろ

 それにこれが成功すれば俺たちの立場は浮上する


少々これまでと違う武装とその扱いには不満があるようだが状況が状況だ。

それにある意味でこの武器と自分達は似た境遇にありこの組み合わせには

奇妙な縁を感じているため言うほど彼らは文句があるわけではなかった。



使徒兵器の開発が軌道に乗り、完成が間近に見えてきた頃の話だ。

それ自体は喜ばしい出来事ではあった。末端には目先の目的は教えられるが

組織の至上目的は伝わってはこない。だがその中でいくらか聞こえるのは

使徒兵器の開発と発展が大きな目的の一つという話であった。その目途が

立ったというなら組織に忠誠を誓う者にとっては歓喜することだろう。

実戦で狙撃の腕を披露したいという欲求が強いだけのこの狙撃チームに

とっては理解しがたい感情ではあったが。

しかしそれで煽りを受けたのが使徒兵器の研究開発をしていた部門とは

別のある兵器開発チームだった。現時点でも難しいある技術を兵器に

転用しての新兵器開発を目論んだチームであったが研究も開発も牛歩。

成果が乏しく、またソレが持つ利点は使徒兵器が完成すれば容易に

行えることであったため開発は中止され資金と人材は使徒兵器に回された。


またそれとは別に使徒兵器完成の煽りを受けたのは彼等のような狙撃手達。

使徒兵器による狙撃は射手に技術が必要とされない。素人が難攻不落の

要塞に引き篭もる要人を一発で遠地から暗殺可能となってしまえば

狙撃しかできない、あるいは“安全な距離から一方的に誰かを射殺

する事にしか興奮できない”者は自然とお役御免となっていた。


ところが、だ。

事実上仕事の少ない日本に押し込められていた彼らに『牙』のトップ

直々の招集と狙撃依頼だ。興奮しないわけがなかった。例え面倒な

仕様の武器しか使えずとも根本的なところでは撃てれば、それで人が死ねば、

阿鼻叫喚が巻き起これば、彼らはそれでいいのだから。ましてやそれが

自分達と同じく使徒兵器によって立場を無くしたモノ同士となれば

運命というものを信じずにはいられなかった。


そう、男達に任されたのは中途で終わった研究で作られた試作兵器だ。

ただそれゆえに装置を小型化できず大型トラックのコンテナ内部に

パズルのように隙間なくぎっしりと積み込まれているばかりか。

大型トラック─10トン─そのものより重いという代物だった。

トラック自体を外骨格の技術で補強しなければ運ぶこともままならない。

狙撃銃として使うには運搬・偽装にコストがかかり過ぎるものだ。


が。


使徒兵器が通用せず標的のいる場所に弾丸すら潜り込めないという

『蛇』が全く想定していなかった事態にこれほど有効な武器もなかった。


─今回の標的は世界的な歌姫、護衛は噂のマスカレイド

 そして既に使徒兵器は牽制にも役に立たんときた


─なるほど、それで俺達か


─さすが不死身の牙殿、噂に違わぬ先読み


─クケケッ、人間楽しちゃいけないってことだな!


─これで俺達は虐殺の最前線に戻れるというものだ!


─いいか、データは共有しただろうが二人の歌姫は数値上どちらが

 本物かわからんが偽者は攻撃を警戒した護衛だろうというのが

 指揮官(コマンダー)殿の見解だ。ゆえに二人とも同時に、そして確実に、

 光の鉛玉をぶちこんでやれ!


─イエッサーッ!!


シックスは昨日マスカレイドに使徒兵器が通用しなかった時点で代替となる

兵器を求めていた。時間の問題を加味して探して出てきたのがソレだった。

使徒兵器完成で放棄された試作兵器が使徒兵器の代替手段となるとは

なんという皮肉だろうか。運良く日本に保管してあった事と照準は普通の

狙撃と変わらないテクニックが必要という部分から彼らに任されたのだ。

ただその仕様を見た時彼らはその発想を持った今は亡き開発者に感心した。

兵器転用を試みた元の技術そのものは彼らも知っていたし軍事転用できれば

強力な武器になるとも思っていたが技術的問題で実用化は不可能という認識。

だが開発者はその中で、その限定的で不完全な技術を自分達と同じく

“弾丸”に賭けたと思えば一方的な親近感が湧いていた。

そしてソコに目を付けたシックスへの評価は鰻登りである。

兵も、射撃も、相手が作った防衛網を微塵も突破できない場所に

いる人間を使徒兵器以外で狙う。一見すれば不可能にも思える事柄だが

答えは至極単純である。攻撃を直接内部へ届けて(・・・・・・)しまえばいい(・・・・・・)

そう、つまりそれは─────










────転移攻撃だ



この状況下でそれでもモニカ・シャンタールを攻撃しようとすれば、

兵士か攻撃そのものを転移させて彼女にぶつけるしかないのである。


ガレストの技術においても“空間転移”というのは難題の代物であった。

短距離且つ外骨格を纏った人間ひとり程の大きさまで、そして制御の

いくらかを使用者が請け負う、ならば理論上はスキルで実現可能ではあるが

実際には確実・安全に転移を行うには先天的な才能ともいうべき感覚(コツ)

が必要らしく、それを習得出来たのは現在フリーレ・ドゥネージュのみ。


研究そのものは現在も続けられてはいるものの人間を安全確実に目的地に

転移させるには今の技術ではシュミレーション上ビル並の巨大な装置を

作る必要があり、また転移できる距離も1~2kmが限界とのこと。

確実性と安全性を度外視すれば装置の巨大さは変えられないが

転移する物体の大きさも転移させれる距離もある程度融通が利くが

それらに比例して倍々で莫大なエネルギーを要求されてしまう。


そういった事情があるためか。

可能ではあるが現時点ではコストが掛かり過ぎる技術、という認識だ。

元々が次元空間の研究過程で偶発的に生まれた技術であること。

未だ様々な“不足”が解消された訳でもないガレストにおいて、

即座に役立つビジョンがまだ見えにくい以上、本腰は入れられなかった。


だが一部の技術屋の中にはやり方次第でその不足分を補えるのでは、と

考える者もいたのだ。端的にいえば転移対象を小さな物体に限定する事。

非生命体で人間より小さければ小さいほど転移の難易度は下がり、その

ハードルが下がれば距離の問題は単純な出力不足に落ち着くだろうと。

尤もあくまで元々の難題さに比べればなのでこの仮説が正解でも

検証や実用化のためにはそれなりの資金と資材が必要になる上に

そんな小さな物体を多大なエネルギーを使って転移させる利点が

思いつかなかったため机上の空論か絵に描いた餅だった。


ただこれがテロリスト目線あるいは転移魔法による戦術を持つ

ファランディア世界を知る者からすると見逃せない可能性を秘めていた。

何せそれはあらゆる防衛網をすり抜ける奇襲や暗殺を成立させる技術だ。

例えばナイフを投擲してから標的の間近に転移させれば外骨格か防具の

類を装備していない限り防ぐのは極めて難しい最悪の攻撃となる。

もしかしたらこの技術の開発が消極的なのはそれが自分達に向けられる

ことこそを恐れた為政者側の介入なのかもしれないが今は関係がない。


仮面(カレ)はその手の特殊兵器が出てくることを読んでいた。

虎の子であろう使徒兵器が無効化される相手と対峙しようというのだ。

通常兵器、ガレスト兵器が役に立つとあの男(シックス)は微塵も思ってはいまい。

ならば使える可能性のある兵器は軒並み集めるはずであると。

その中でカレが一番あり得ると考えていたのは“転移攻撃”だった。

元々存在している技術であることと『蛇』の歴史の長さから見て

試作品等があってもおかしくないと考えていた。さらにいえば

マスカレイドが世界中を転移し続けて大暴れしたためにある意味で

効力と恐怖というものを教えてしまったに等しい。その仮面当人と

対峙しているのだからそこに発想が及ぶことは十二分にあり得た。

そう、予想はしていた。事前に潰すなり目に見える防御策を

用意しなかったのは相手を自暴自棄にさせないためである。

対処できなくもないが後先を考えない暴挙に出られるのが

カレとしては一番避けたい“面倒”だったのである。


だから外からは一切に会場内を見えなくした。

だから観客が持つ携帯端末の怪しげなアプリをあえて見逃した。

だから自身は会場に残り、それが動き出すタイミングを見計らった。


そしてだから、今、仮面(カレ)は彼女の姿で観客達の前に出た。

一番それが“演出”と誤魔化せるステージ上に立つ方法であり、

そこで彼女に最も近付いても違和感がない適当な姿であったのだ。

遊びのような手段ではあるが、カレは決してふざけてなどいない。

そこまでも、そこからも、本気である────残念ながら。







「狼藉はそこまでよ!」


“本物”が噴き出したのも一瞬前。いったい誰が付けたのか。

動きに合わせたようにビシッという効果音と共に指が差された。

二人目(偽者)から、本物に。


「へ?」


突然のことに一瞬素に戻ってしまった彼女に対応させまいと

全く同じ声でもって二人目のモニカは本物のモニカを糾弾する。


「よくも私のライブを乗っ取ってくれたわね!

 正体を現しなさい、この偽者っ!!」


本当にいったい誰が音響を操っているのか。

最後の『偽者』という声にエコーがかかって会場に響いていく。

尤もそのため観客達は予定された演出であると勘違いしてくれていた。

させられた、ともいうが。


「……へえ、いきなり出てきていうじゃない」


その目論見に気付いたモニカだが、その目は表情と違い笑っていない。

舞台上で偽者扱いを受けたことが甚だ不愉快であるとそこには書いてある。


「私が……この私が偽者だなんて面白い冗談ね」


「あら、ならあなたは自分が本物だと証明できるの?」


「してみせるわ……それで、言いだしっぺのあなたは?」


「もちろんっ、この場においてそれを証明する方法は一つ!」


一際声を張り上げた偽者(シンイチ)は道を開くように体を動かすと

ランウェイ先端の踊り場になっている部分へと本物(モニカ)を誘った。

意図を察した彼女は僅かにクスリと笑うと悠々と進んで後に続いた偽者と並び立つ。

そしてマイク片手に高らかに共に訴えた。


「「どちらがより、みんなを魅了するパフォーマンスが出来るかどうか!」」


二人のモニカはまるで示し合せたかのようにそれぞれ逆の腕を

天に翳すと全く同じ─に聞こえる─タイミングで指を鳴らした。

スポットライトの色がカラフルに変化し会場全体を彩っていく中、

バックバンドが演奏を始めて軽快で激しい前奏が会場に流れ始める。

モニカの楽曲の中で最もダンスと歌唱が難しいとされるものだ。

観客達は突然の二人目登場とその対決演出に興奮しだして乗ってくる。

それを隠れ蓑に両者は体を曲に乗せながらマイクに乗らない会話をする。


「アドリブ利くな、お前」


「私の顔でその声やめて……どうしたの?」


偽者()の声は軽いが、本物()の声は抑揚の無いのを装った不安げなそれだ。

だからこそ返す偽者の声は変わらずに軽い。


「見てたら俺も出たくなって、つい」


「下手な嘘、私には何も言えないってこと?」


「必要ないだろ、お互い仕事をこなすだけさ。

 まさかこの期に及んで出来ないとはいわせないぞ?」


「ふっ、上等じゃない。あなたこそ私についてこれるの?」


「お前を偽者にするぐらいにはな」


不敵な横顔を見せる自分と同じ顔に彼女もまた不敵に笑う。

それどころかより勝気な笑みを浮かべると一緒に指鉄砲を構えた。

この曲『狙い撃てfuture』というタイトルに由来したそれは前奏終わりを

合図とするかのように前方に発砲動作をしてダンスと歌を始める振付である。

それを彼女は何の前振りもなく横に向け、遅れることなく彼も向けた。


「ふ」

「は」


指鉄砲の人差し指を突きつけ合った二人は前奏終わりのドラム音に

合わせて撃ち合うとドレスの肩部分を紐解くように空へ解き放った。

ひらりと舞い上がる青と赤の一枚布の下ではドレスの色合いを引き継いだ

レザースーツ風の衣装姿で歌い、舞うふたりの歌姫がいた。


「「────────ッッ!!」」


演出装置が曲や歌詞に合わせてエフェクトや光景を周囲に浮かべ彩る中、

マイクをインカムマイクに置き換えたふたりは即席のデュエットを演じた。

自らの歌を全力で歌い、踊るモニカは言葉通りついてきなさいとばかりに

合わせる気がまるでない。が、邪神の経験値を持つ眼力を無駄遣いして

その動きと歌唱をタイミングごと完全コピーしているシンイチは遅れる

どころか人間の五感では全く同時にしか見えないし聞こえない程。

二人は鏡合わせのような、それでいて息もつかせぬ激しくも見応え

抜群のダンスを見事に披露していく。


女性的なラインを持ちつつ引き締まった長身をしなやかな動きで

見せつけ、ターンやジャンプを挟んでは素早くステップを刻んでいく。

それは本来彼女ひとりを魅せるために考えられた振付だったのだが

どういうわけか鏡のように左右が逆転した動きをする存在が絶妙の

コンビネーションを─片方()が合わせているのだが─感じさせるため

最初からそのための踊りだったかのような完成度であった。


それでいてどちらも自分が本物だと主張するかのように合間合間に

相手の前に出てはソロで歌い、サビでは力強いユニゾンを響かせる。

事情をまるで知らない観客達は熱狂しているが中途半端に知る裏方は

打ち合わせ無しで何故それほどのパフォーマンスが出来るのかと愕然としていた。


──やるじゃない


──おまえこそ


声ではなく、円形の踊り場で向かい合って踊る両者は目線で短く語り合う。

ソロアーティストであるモニカは誰かと対等な立場でパフォーマンスする

ことが滅多にない。また並じゃないと自負する自分についてくる彼の動きに

今までの歌手活動とはまた違った新鮮な楽しさを覚え出していた。

まるで本当にもう一人の自分が現れたような。あるいはデュオというのは、

パートナーというのはこんな気分にしてくれる存在なのだろうかと。


動きを読む行為も合わせる行為も、突き詰めてしまうとこの場では

余計とも思える情報をシンイチに与えてしまう。激しい踊り、力強い歌声、

それらを維持し続けるポテンシャル、そしてそれらのための身体作りと研鑽。

彼女の天声は生まれ持ってのモノだがそれがシンイチに届くほどの

“力”を持ったのはその日々の積み重ねと本物の想いだ。

自分の歌を喜んでくれる人々に常に最高の歌を。

なんとも高揚させてくれると胸中でのみほくそ笑む。


彼らは奇しくもか当然か互いのことを視ていた。

モニカからすれば、初めて得た舞台上の相棒が喜ばしかったのか。

シンイチからすれば、その価値(カガヤキ)を間近で守れる役得からか。

だからこそ、彼はその気配に気付き、彼女はその剣呑さを見てしまう。

そこからはまるでジェットコースターのような一瞬の出来事だった。


曲が終盤に入った頃だ。それまで彼女の動きに、それこそ唐突な

アドリブにも合わせていた彼が歌詞と歌詞の合間を狙って突然腕を引いた。

驚くモニカの目に一瞬真剣な自分の─彼の─顔が映って動揺が引っ込む。

即座になんでもない、予定通りだといわんばかりの歌姫の顔で二人は片手を

繋いだままお互いを振り回すように踊り、歌う。重なった手を中心として

踊り場をくるくると回り、時として彼が引き寄せ、解き放ち、そしてまた回る。

まるで社交ダンスの一幕のような動きに光のエフェクトが彩りを添えていく。

色彩豊かな光が点滅し、流れ、踊る歌姫たちに弾かれるように煌めいて散る。

それが最後の演出だったのか見事に歌い切り、踊り切った両名は隣り合って

左右対称なポーズでフィニッシュを決めた。一斉にわき上がった歓声に

息を乱しながら─彼はポーズだが─二人の歌姫は深くお辞儀をする。

その裏で小さく片方が指を鳴らした事を知る者は隣の本物だけだった。




ほぼ同時刻。勝手に第一防衛ラインとされた線上で後先考えぬ

全力戦闘を続けているミューヒ(クリムゾン)の部下(レディ)達は数えるのも億劫なほどの

敵兵を屠っていた。装甲色なのか返り血なのか判断がつかぬほど赤まみれだ。

集中は途切れず。スタミナもまだ尽きず。フォトンも先程補充したばかり。

せいぜい息が荒くなり始めた程度である。それは彼女達の優秀さと

ポテンシャルの高さもあるが『蛇』が露骨に時間稼ぎと彼女達を

そこから動かさないのを念頭に置いた戦術を取っている事も要因だ。

目論見通り、ではあるがある意味では、お互い様、でもある。

その膠着状態といってもいい戦況は予想外の一手で、少し乱れた。


「っ!?」


目の前の空間。夜の森林という場所が歪むのを見て、踏み込む足を止める。

瞬間的なその動作のあと彼女()の眼前はあるものに置き換わった。


「っ、トラック!?」


「だっ!? なんだ、くそっ、地震か!?」


あたかも最初からそこにあったかのような自然さ、という奇異。

突然停車した大型トラックと向かい合った誰かはさすがに驚愕する。

それは乗っていた運転手も一緒だったようだが、フロントガラス越しに

その人相を認識した外骨格の補助AIは警告文をフルフェイスの内に流した。


─要注意人物発見

─全世界指名手配中の愉快犯型テロリスト


名前と経歴、罪状等が簡略化されて列挙される中。

その危険人物な運転者が状況を把握しきれない中。

周囲の『蛇』の兵達が予想外の出来事に固まる中。


──突然敵が目の前に出てきたら驚く前に潰せ──


脳裏に蘇った言葉に彼女は手元の銃器をぶっ放していた。

ガトリング型のそれはフロントガラスごと男をミンチにしたばかりか

ガソリンタンクをも撃ち抜いてトラックはコンテナと共に爆発炎上する。

返す()で爆風に反射的に耐えようとした敵兵を冷徹に始末した。


そんな光景はじつのところここ以外でも同様だった。

第一防衛ラインにいた彼女達の目の前に突然計五台のトラックがあちこちに

現れたが乗り手が全員テロリストだったためにマスカレイドの言葉通りに

彼女達は彼らを─ほぼトラックごと─粉砕し、切り裂き、吹き飛ばした。

それはおおよそ彼らがトラック共々“転移”させられて5秒も経たない内に

起こった出来事だった。





「ハッ、ハハッ………アーーハッハハハッ!!」


それを拠点で一人見ていたシックスは手を叩きながら大笑する。

だがそれはどう好意的に見ても面白いから笑っているとは思えぬもの。

特に歪んだ光を宿した瞳は微塵も笑ってなどいない。


「そうか、そうきたか、そうだった!

 原潜を各国に転移させられる奴だったよな!

 トラックなんざ場所が分かればそりゃそうなるか!!」


あまりにもその前に起こった海割りが衝撃的過ぎて失念していた。

あまりにもその後に起こった騒動の印象が強くて思い至らなかった。

各地で起こった原潜の不可解な出現は世間的には大騒ぎとなったが、

それで頭を悩まされたのはじつのところ当事者となった者達だけであった。

多くの裏組織はそちらより直後に仮面に文字通り世界中をかき回され、

その対応に追われてそこに注目する暇がなかったのである。


「まったく、悉く俺の予想を嫌な方向に裏切る奴だ…ハハハッ」


転移狙撃そのものは簡単に防がれると最初から予想していた。

─おそらくだが─まさか仮面当人がステージに上がるとは思っていなかったが、

相手は“転移”においても間違いないなくこちらより上の存在である。

察知及び迎撃はむしろ当然といえるだろう。しかしそれとて弾丸が転移

しきる直前からの話であろう。いつ、どこから、来るか分からない攻撃に

曝し続ける事でより間近で歌を聞かせ続けようとシックスは画策していた。

が、まさかの一射目防衛後に装置ごと全滅である。もはや笑うしかなかった。

それほどまでにこの一手で見せられた可能性は恐ろしい。


「ははっ、はぁ……やべえな……コレ。

 本気で歌で弱らす以外に倒す方法が見えなくなってきたじゃねえか」


笑い疲れたのか。

おどけたように漏らすもその顔にあるのは厳しい表情と冷や汗である。

他者を、それも数kmも離れた対象を仮面の意志のみで転移できるのは

あまりに理不尽だった。しかも今の所最大で原子力潜水艦並の物体を、

地球のあちこちに転移させられるのだから非常識にも程がある。

これではあらゆる軍事力も強大な組織力も新技術の兵器も等しく無力だ。

元より単純な兵力()で圧倒できるとは微塵も思っていなかったが、それでも

まだシックスは時間稼ぎや肉壁としてなら使えると考えていたのだ。

だからこそ今日に間に合うならと所属も能力も考えずにただ我武者羅に

兵をかき集めた。しかしどれだけ数を用意しようが、どれだけ緻密に

戦略を練ろうが、陣形を整えようが、この転移能力の前では一瞬で瓦解する。

億の兵がいようとバラバラにされて待ち構えてる手勢の前に送られたら。

全員を地中深くにまで転移させられたら。射撃や突撃のタイミングで

位置を入れ替えて同士討ちをさせられたら。


「っ」


その、間違っていない想像と結果に知らず息を呑む。

されど即座に頭を振ってその“力”に竦みそうになる自らを振り落す。

関係ないのだ。マスカレイドがどれほど想定以上、どれほど規格外で

あろうとも殺せる目があるうちはどれだけ絶望的な差でもやるしかない。

元より戦術的敗北も自軍の全滅も許容したうえで立てた作戦なのだから。


「そうさ、予定は狂ってはいない。そして予想は当たっていた」


そもこの転移狙撃の最大の狙いは歌を間近で聞き続けたマスカレイドの

能力がどの程度まで低下しているかを推し量ることにもあった。本来は

さらに数度、狙撃を続けて歌を聞かせ続けて計測するつもりであったが

こうなってしまっては仕方がない。どの道、分かることは分かった。

奴は間違いなく弱体化している。


「あの程度の光弾で傷を負うとはかなり弱ってるな、てめえ」


内心の怯えを打ち消すように意図的に得意気な笑みを浮かべる。

数多の端末による集音は確かにその音を拾っていたのだ。

本物の手を引いて踊り始めたのは予兆を感じ取ったからだろう。

直後に周囲に転移した光弾は演出のそれに混ざって観客達は気付かず、

だが護衛側の歌姫の手によって易々と弾かれてしまった。

しかしそこには弾丸が皮膚が裂ける音が入っていた。

体形は常時誤魔化せても瞬間的なそれは遅れたようだ。


シックスは出てきた偽歌姫がマスカレイドであると確信している。

会場の反応から見た目は同じで、音による検査でも微塵も違いがない。

特に後者は何らかの技術による加工を疑っても異常なしという異常が出た程。

それ自体が偽歌姫が尋常の存在ではないと証明してもいたうえに、

転移狙撃を弾丸が転移しきる前に感知したかのような動きはあれほど

無節操に転移を使いこなしているマスカレイド当人だからだろうと。

そもそもあのタイミングで周囲を取り囲むように転移した弾丸を

踊りを逸脱しない動きで自らの手で全て弾く、など他に誰が出来るのか。

直後に狙撃手達が装置ごと転移させられ始末されたのも確信を補完する。


何より、ベノムには言葉を尽くして誤魔化したもののシックス自身は

最初から歌姫の側にいるのはマスカレイドだという自信があった。

迎え撃つ気であったのは間違いないだろうが、それでもこちらの

最初の一手を見るまでは、どこを、どうやって、狙うかを予測は

出来ても見極めはしきれない。こちらが突然暴挙に出る事も考えて

護衛対象の一番そばにいなければならなかったはずだ。そしてそれ以後

どう戦場を見回しても仮面自身が現れたと思しき痕跡はまるで見えない。

そもそも仮面が動く必要のある事態が起こってないのだから当然だ。

結果的に会場にマスカレイドを封じ込めていたといってもいい。


「すべては狙い通り、ではあるが……」


ただ問題があるとすれば現状を長引かせる策がもう無いことだ。

欲を言えばライブ終盤までさらに歌を聞かせ続けたいところではあるが

もうこちらに会場内への干渉手段がないことは見抜かれているだろう。

そうなればいくら多勢で攻め続けても仮面が出てしまえば塵と散るだけ。

準備が整う前にマスカレイド当人が攻勢に出ればこちらの敗北は決定する。

ならば今からは仮面が動き出すのが先か準備が整うのが先かという

時間勝負か。そう考えた時にはもう“そのため”に用意していた指示を

飛ばして、ふと────────ほくそ笑んだ。


「……そうか、なるほど。随分優しいんだなマスカレイド」


再現映像での現在の歌姫達を見た彼はどこか嘲るようにそう呟いた。

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