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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」
190/285

04-103 ライブ防衛戦線2







『ほう、早くも乗ってきたか』


フォスタに送られてきている戦況データを読み込む形で会場外の戦いを

認識しているマスカレイドはひとり、初めから変わらぬ位置で呟く。

その声もまた誰も聞いていないためかひどく抑揚がないが。


『思い切りがいい……のではなくどうでもいいのだろうな、あの男は』


いまこの瞬間も散っているだろう配下の命など。

無論本音を語ればカレとて、どうでもいい、と思っている。

所詮は法の外で生きている者達。戦場で殺されるだけまだマシだろう。

とはいえ実際に迎撃するのは彼女達なので、


──「敵兵の処遇は全て任せる、と命じる(・・・)


とは自己満足程度の話ではあったが告げていた。意図を測りかねて

困惑する彼女達を余所にミューヒだけが「君らしい」と大笑いしたが。

その結果ともいうべき情報も上がっているが特に何も感じるものはない。

せいぜい甘えられた財布として報酬を奮発しようという程度。

それだけの働きを彼女達はしている。現在もかなりの兵力と

激突しているがそれを烈火の如き勢いで叩き潰してもいた。


ただそれらを抑え役としつつも既に発見されていると判断してか。

隠れる事もなく大胆に速さだけ求めて直進する別の部隊が二つ。

脚部を地上走行用に換装した外骨格で土煙を上げて疾走する部隊と

何故か縦に並ぶ形で編隊飛行をしている部隊だ。また後方からは

支援射撃も行われており一部は第二ラインに届こうとしていた。


兵の使い方としては悪くない。と仮面は内心で評する。

一度でソコを調べるには確かにそうするしかあるまい。

尤もそれは彼らが罠に最初にかかる獲物である事を示すが

何かの感情を持つ興味さえ露ほどにも無いため哀れみもない。

必要な警戒と必要な対処をするだけだ。しかし。


『………』


眼下では衣装を変えた歌姫が明るくポップな曲を歌いながら踊っていた。

衣装の露出は少ないが褐色肌の長い手足を惜しみなく見せ付けてくる

チアガール風の格好は健康的な色香と惹かれる明るさを演出する。

そして同系統の衣装を着るバックダンサーたちと一糸乱れぬ動きで

ステージ上を本物さながらに飛び跳ね、観客達を魅せている。


『甘かったか……これではある意味生殺しではないか』


歌は聞ける。パフォーマンスも見れる。が、純粋に楽しむ余裕はない。

その落胆にはカレも素の感情を出す。しかしふと周囲を見回すように

動いた視線は声と違い、冷めた色でもって遠くを見据えていた。


『……()えてないのに、解る、というのは相変わらず気持ちが悪いな』






─────────────────────────────────






ライブ会場で歌姫と観客が興奮を共にしながら熱狂を響かせるその外では

より激しさを増した爆音と銃火が戦歌を奏でて絶叫と血肉をまき散らす。

ただそれでもその内容は第一陣、第二陣の焼き直しに過ぎなかった。

そんなそれぞれの戦場から離れた、誰かと誰かの間にある防衛線の穴。

密集する木々の隙間を縫うように疾走する灰色の外骨格の集団があった。

数は8名。無線や簡易AI操作の無人機の類は第一防衛ライン付近で

謎の不調を繰り返したため兵士だけの投入となったが全員の外骨格は

センサー類を強化され、電子戦にも長けた調整を受けた代物。

情報(データ)は常に本隊へと送られ続けており、彼等は自分達の役割が特攻に近い

威力偵察だと理解していたがそれを打ち破る気概で望んでいた。

勿論そこには難しい仕事を成功させれば功績になるという打算もあったが。


「そろそろ件の第二防衛ラインを通る! 全周囲警戒!」


分隊長を任された男の気合いの入った声が通信機越しに全員に届く。

返る声はないが各自で周囲からの狙撃や襲撃及び罠や伏兵等を警戒しながら

各種兵装を構えて備えていた。相手は無銘とマスカレイドの混合戦力。

少数だが質という面では異常なレベルの敵性集団である。

警戒し過ぎるということはない。


「突破するぞ、俺に続け!」


マップに映る自分達を示す光点が第二ラインを今まさに越えようという

タイミングで発破をかけるためか自らが先陣を切ったという事実が欲しいのか。

元より先頭だった分隊長は速度をあげてひとり先にライン上を越えた。


「っ!?」


最初に異変に気付いたのはその彼ではなく続く形だった残り7名。

暗視装置越しとはいえはっきりと見えていた闇夜の森林その一角。

自分達の前方、これから通過しようという─ライン上の─空間が、揺れた。

先程まで普通の森であったそこは一転して闇夜より濃い漆黒の幕が垂れる。


「──────ぐぎゃあああぁぁあああっっ!!??」


次いで響いたのはその先に消えた分隊長の悲鳴と識別信号の途絶。

まずい。と誰もが思った。しかし彼らはもう黒のカーテンに近過ぎた。

急停止は間に合わず全員が闇に飛び込むようにラインを越えてしまう。


「っ、分隊長!」


彼等の視界にまず飛び込んだのは釣られたように浮かぶ分隊長。

否、正確にいうならナニカに腹部を貫かれて持ち上げられた男の姿。

出血は見当たらない。生命反応はある。だが返事と識別信号はない。


「な、なんだよ、あれ? 輝獣、いやまさかマスカレイドか!?」


ナニカはよく目を凝らさなければ形状すら認識しづらい黒い物体。

それゆえ誰かがそんな勘違いをしたのも仕方がないことではあった。

だがその発言は他の者達の緊張感をより張りつめたものにしてしまう。

もはや分隊長のことなど関係ないと各々が武器を構え───絶叫が響く。


「がああぁぁっっ!?!?」

「ぎゃぁあああぁっっ!!!」

「あっ、がっ、あああっ!!」


神経そのものを痛めつけられたような激痛に彼らは突然襲われた。

全身をくまなく太い針で貫かれているのかと錯覚する痛みの中。

不幸にも(・・・・)ギリギリの所で耐えてしまった誰かは苦痛に顔を歪め、

絶叫をあげつつも何が起こったのかと視線を巡らせて、愕然とする。

感触すら無いままに自分達の四肢を、体を、黒いナニカが貫いていた。

痛みのせいで解らなかった。のではない。誰かはそこで気付いてしまった。

痛みだけは(・・・・・)感じるがそれ以外の感覚が殆ど失われている、と。

四肢があるように思えない。自分の肉体があるように思えない。

なのにあり得ない激痛だけが自分達を蝕んでいる。


いつのまに。これはなんだ。なにがおこった。なにをされた。


激痛の中で必死に考えるが、それは何の成果も産まなかった。

あるいはそこまでがその人物が出せた限界だったのだろう。

まるでスイッチが切れるようにその誰かの意識は闇に落ちる。

それは彼らがラインを越えて10秒も経たない間の出来事。

纏う異世界科学の鎧も原形を保ったままなれど完全停止。

地上担当の分隊は呆気ないほど一瞬に近い時間で無力化されたのだった。



そしてそのほぼ同時刻。

反対側に位置する空中でもまた似た光景が繰り広げられていた。

縦に並んでの編隊飛行で第二ラインを目指す空襲分隊、その数は10。

だが一斉にラインを越えた瞬間下部7名が絶叫を上げて、そのまま落ちた。

意識も外骨格の機能も、だ。咄嗟に救助しようとした者が高度を下げたが

即座に8人目になり、残った2名は身動きが取れなくなったまま

墜落していく8名を青い顔で見送ることになる。


「ま、まさか本当にこんなことがっ!?」


「シックスさまの読み通り、か」


彼らは自分達が縦に並ばされた意味を分かっていた。その防衛網、

仕掛けられた罠が果たして“どこまで”なのかを調べるため。

しかしこれは。


「馬鹿をいえっ! あれの何が仕掛けだ、罠だ!?

 一瞬で何をされたかもわからずに8人だぞ!!」


「だ、だがこれで!」


『───高さに限界があると考えた辺りはさすがね』


罠の効果範囲を知ることが出来た。

その成果を口にしたのは機械的に合成された音声。

それは残った両者のどちらでもない音。それが齎された時にはもう

一人は終わっていた。


「ぇ、がぁっ!?」

『けど私がまだいることを……まあ忘れてはいないのでしょうけど』


誰だと詰問する暇も無く、片方の誰かの胸で赤い華が咲いていた。

円錐型の穂先が血の噴水と共に突き出て闇夜を彩る一瞬の花びら。

残った一人はそんな光景を幻視したかと思うほどそれは突然で、

あまりに無駄の無い洗練された─命を狩る─美しく鋭い一撃であった。


「レ、レッドオーガ!?」


しかしそれに目を奪われたのは同僚の背後にいた赤い影を認識するまで。

無銘における将軍に次ぐ戦士。部下達のそれと似た形状の深紅の装甲は

極限まで無駄がそぎ落とされた抜き身の刃、あるいは今にもこちらに

突撃してきそうな槍そのものに見えた。その圧迫感は他の比ではない。

だが。


『コレの上で赤鬼と言われてもねぇ』


当人は軍が勝手に付けたそのコードネームに思うところがあるのか。

合成音声ながら呆れか苦渋めいた感情をどこか感じ取れる言葉を漏らす。

誰かを貫いたままの槍を残った一人に向けながら。


「ぁ」


結局のところ彼がそれに対して示せた反応はそれだけ。

呻き声にもならない声をあげた彼は穂先から放たれた鋭くも細い閃光の

帯に心臓を撃ち抜かれ、愕然とした顔のまま吐血。外骨格が救命措置に

入るが致命傷の前では苦しみを長引かせる機構でしかなかった。


「が、ぁ、ぁ」

『子犬とでも呼ばれてる気分だわ』


誰にともなし呟いたそんな言葉がその誰かが聞いた最後の言葉となる。

生命反応は途絶し、物言わぬ人型の棺桶だけが宙に浮いていた。


『……それにしても、コレに汚染されるのとここで私に殺されるの…』


彼女は槍を血払いするかのように振ると刺さったままの荷物(したい)をついでと

ばかりにそこへ叩きつけて一緒に落とすと即座にその場を後にする。


『どっちがマシなのかしらね?』


何の感情を込めたか解らない声だけを残して。









「一瞬で……全滅、だと?」


一際大きなモニターに映し出されるのは会場周辺を俯瞰した形の概略図。

衛星や偵察機で奥まで覗けないため送られてくる情報はこういう表現で

映すしかなかったのだが、突入後即座に消えた光点に彼は息を呑む。

凶悪な罠が待ち構えているだろうと予想は立てていたベノムもこれは想定以上。

兵達は一瞬で反応が消えたうえに外縁部からの支援射撃もライン上の

“壁”に触れただけで消えているのだ。慄くのも無理からぬ話だろう。


「…おいおい、なんでもありかお前さんは?」


その横で端末を操作していたシックスは顔色こそ変えぬも呻く。

どういうことだと視線での問いかけを見ないまま応えた彼は全滅した両分隊

から直前まで届けられた全ての情報からその異常をモニターに表示させた。


「これ、は……物理及び精神干渉型の、霊的結界!? まさかあのシスターか!」


表示された様々なデータからそう読み取った彼は愕然としつつも

真っ先にその容疑者の名を上げたがシックスは首を振る。


「いや、術式の構成があっちの教会とは明らかに違う。

 日本式に近いがどことなく独特で、霊力の反応がマイナス波形。

 しかも装備の反応が先に途絶えてるとなると外骨格すら破壊したか。

 これはもう形ある呪術の結界といった方が適切だ……即効性のある、な」


「なんだそれはっ、マスカレイドは悪魔か!?」


踏み込んだ瞬間、肉体も外骨格も精神も呪術に囚われ活動不能になる結界。

凶悪なその性能に憤然と吠えたベノムだがシックスは平静としている。

彼等『蛇』はその歴史の長さゆえ地球側の退魔組織の存在やその能力を

把握し機械的な装置でそれを観測ないし対抗する技術も持っていた。が。


「悪魔であればまだマシだった気もするが……

 対処できる人員や装備を呼べなかったのがここにきて、か」


明確に敵対している訳でも表舞台に立っている組織でも裏社会で

名を上げている組織でもないため優先度がどうしても低かった。

そのため構成員への周知や対応装備の配備は徹底されていない。

ゆえに今の彼らには手が無い。


「……あちらの教会を黙らすために米国に集めさせたのが裏目になるとは」


歌姫モニカ・シャンタールの暗殺計画は本人よりむしろ保護者である

シスターと彼女がまだ繋がりを持つ米国退魔組織対策に重きが置かれていた。

対処を間違えれば面子を重んじる大国が動く危険性があったからだ。だから

暗に小娘一人と蛇との全面戦争、どちらを取るかと先に牽制していたのである。

無論それ以外の政治的な圧力や取引、脅迫なども駆使していたが。

まさかその配置が暗殺そのものの障害を排除できなくなる要因に

なろうとは誰も夢にも思っていなかった。尤もシックス自身は

観測された数値のあまりの異常さから、いたところで、という推測を

立てているがわざわざ口には出さなかった。


「しかし貴重な犠牲で高さの限界は知れた。この後は第一ラインの戦力を

 本隊の一部で釘付けにしつつ大規模空襲戦力を安全な高度から進軍させる。

 問題ないな、シックス?」


意識を切り替えるためか何か成果があったと思わないとやってられないのか。

提案の形で“そうするしかない”手段を口にしたベノムに彼は否とは言わなかった。


「……他にもあるだろう罠とクリムゾンが待ち構えてる事を周知させておけよ」


了解と頷いて各員に指示を出すベノムを余所にシックスは

警戒するだけで防げるような代物ではないだろうと胸中でこぼす。

またクリムゾン自身も単騎でいるのが一番厄介な戦力だ。

彼女の突破力で部隊に突撃されたら数の差など犠牲を増やすだけ。

そもそも高さの限界とてあちらがわざと用意した抜け穴だろう。

これほどの凶悪且つ攻略法が見えてこない結界を全域に張り巡らされたら

どんな暴挙に出るか逆に読めなくなる。だから誘導用の抜け道を作った。

尤も彼はそれらも口にする必要性を感じていない。これで彼らが全滅しようが

奇跡的に突破できようが構わないのだから。


「しっかし、このやり口。本当にオルティスの小僧じゃねえのか?」


彼が通信等で指揮を取っている可能性と仮面が同等同質の策略家である可能性。

どちらが果たしてマシな話なのだろうかとシックスは数秒真剣に考えた。

が、その思考がどんな答えを出したのか。

表情を歪めた彼はその不快さを隠そうともしなかった。


「なるほど………悪党ぶった高潔な守護者ってのは反吐が出るなぁ」


今更ながら。

どこか焦ったようにマスカレイド暗殺に傾倒したかを本質的に理解する。

似通った性質を匂わせながらもオルティス将軍はまだ対処法があった。

利用できる余地もある。だが、仮面(アレ)は違う。

消す以外にどうしようもないほど純粋な“敵”なのだ。

組織にとってだけではなく自分にとっても。


「ベノム」


「どうした、指示は終わったぞ」


「予定を変える。準備しとけ、お前も出す」


──どうせ使い潰すのだから、ここで遊んでもいいだろう?









『あ、来た、来た。可哀想な羊さんたちがわんさか』


高度600m付近にて編隊を組んで向かってくる外骨格の集団がある。

呪術結界の効果範囲が高度500m付近までと先程の犠牲で分かったため

余裕を持たせた高さなのだろうと彼女は左右360度を見回しながら推測する。


『まるで中空を染める星のよう……とか言って現実逃避したくなる光景ね』


センスない表現よねと自身で思うも存在をこちらに隠すこともなく

突き進んでくるフォトンの輝きは“星のよう”としか言いようがない数だ。

彼女がいるのは本当に会場の真上。彼等と高度を合わせればそれこそ

上下以外はどこに視線を向けても埋め尽くすように存在する現実の光点。

先程は接近する部隊を迎え撃つために移動したがミューヒは基本的には

ここで戦況の推移を見守りつつ第二ラインの内側を守る役目を担っている。

たった一人で、という点はじつのところあまり彼女の重荷になってはいない。

それどころか。


『だっていうのに大騒ぎしちゃってまあ……』


真下ではこの状況を知らぬ者達が歌姫のパフォーマンスと歌声に興奮していた。

さすがにこの距離では顔は見えず声も届かないがその盛り上がりは感じ取れた。


『ふふ、ああホント楽しそうなんだから』


まだ遠くとも大軍勢に囲まれているというのに彼女は全身を覆う鎧、その

フルフェイスの下で思わずといったていで笑みをこぼした。

ズームも何もしていないためあり得ない話なのだが、見えた気がしたのだ。

知っているにも関わらず怯えなく全力で歌うモニカと

何も知らずに楽しんでいるだろう─多分─友人の少女を。


『………ひどい人。

 確かにコレをこいつらに台無しにされるのは不快だけど、

 だからって私達に守らせようだなんて、ホントひどいわ』


──悪党にこの甘美さを教えてどうしようというのかしら?

何でもない付き合いと出会いをした人々とその楽しみを守れと。

自らを悪と自覚する者達になんて気持ちが昂る戦い方を強いてくるのだろうか。

本当にひどい。と嬉しげにこぼしながら、片腕を天に掲げるように上げた。


『けど──────ええ、依頼ですから全力でやりますよ』


蛇の大規模空襲部隊が第二ラインを越えたのを確認してほくそ笑む。

数を前に、状況を後ろに、臆することも不安に陥ることもなく、不敵に。

そして誰かさんのように指を鳴らして、己が武装を呼び出す。

ちょっと気持ちいいかもこれ。と内心の高揚を無視しながら自らを

囲むように展開させた兵装を見据える。それは弧を描くメタリックレッドの

金属とフォトンの弦で形作られた自らの身長以上の“弓”であった。

構成する技術を無視すればその大きさは和弓並だが形状は洋弓に近い代物。

ガレストでは大弓型射撃兵装と呼ばれるそれが、二十四。

全てが彼女から見て外側を向いて宙に浮かんでいた。

迎撃のため、なのは明白だろうが何故銃型に比べて連射性で劣る弓型なのか。

答えは単純だ。これの方が(・・・・・)都合がいい(・・・・・)からだ。


『そろそろ突撃しか能が無いと言われるのも癪だから……矢をつがえろ(セット)


二十四の弓に対応した“矢”が自動的につがえられ、引き絞られる。

尤もそれを矢と呼んでいいのかは判断が難しいところだ。なにせ、槍だ。

形状としては柄の部分が長く穂先だけに刃がある長槍型が主だが、なぜか

柄の部分には妙な物体が巻きつけられていた。


『ホント、えげつないこと考えるんだから───斉射(ファイア)!』


一瞬の引き攣った呆れの笑みは何を意味するものか。

号令と共に放射状に放たれる二十四の()は空を裂くように飛んだ。

それは地球の弓矢の常識を遥かに超えた飛距離と速度を出し続けながら

会場上空を取り囲む敵兵の群れへと襲い掛かる。だがそれでも同じ

技術レベルの装備を持つ相手に気付かれないほどではない。

高速接近する物体を外骨格からの警告で気付いた彼らは

主に三つの反応をした。


散開しその一撃目を回避しようとしたグループ。

分厚い壁のような盾を構えて受け止めようとしたグループ。

自分達に届く前に撃ち落としてしまおうと迎撃したグループ。

一見すればどれも間違った対応とはいえないものであったが

空の上では彼女だけが「全員、不正解」と一人ほくそ笑んだ。


『───自爆(バースト)


愚直に直進する矢槍に道を譲るように割けた時。

空を裂く流星の如き勢いを頑強な巌の如き盾で受け止めた時。

自分達に突き刺さらんとした脅威を見事撃ち抜いた時。

その全てが盛大な爆風をまき散らして火柱を上げて自爆した。

紙一重で避けた者達。受け止めた者達が衝撃に身悶える。

だがそれだけ。迎撃した者達に至っては少し驚いただけ。

即座に進行を再開しようとして、だが何故か動きは止まっていた。

周囲に浮かしたモニターにその様子を観察していた彼女の唇が吊り上る。

爆風と共に彼等の周りに散らばった白色の粉塵に気付いた時にはもう遅い。


『第二陣装填(セット)斉射(ファイア)!』


そこへ駄目押しだとばかりにミューヒはさらなる()を放った。

一射目とは微妙に角度を変えたそれは穴埋めをするような軌道を描き、

彼等が反応する前にまたも自爆を決行した。そして当然のように謎の

粉塵をまき散らした。白色の粒子ともいうそれを浴びた彼等は

どうしてか身動きもまともに取れずに狼狽えていた。その戸惑いと

怒声と怯えの声は離れた彼女にも容易に想像できた。彼等の身に

何が起こっているのか正確に把握してるのは彼女だけなのだから。


『ホント酷い人、アンフォトニウムばらまいて落とせだなんて…』


それは依頼主(クライアント)からの指示で行われた鬼畜の所業。

フォトンの力でありとあらゆるシステムを動かす外骨格で宙を舞う者達に

フォトンの力を無力化する物質をばらまいてぶつけろというのだから。

しかもその下にあるのは入った者の装備も肉体も精神も汚染する呪術結界。

つまりは。


『あぁ、なんて聞くに堪えない悲鳴の大合唱かしら。

 私も観客に混じってあの歌声で浄化してほしい気分よ』


(フォトン)を失った外骨格などもはやただの重石である。

それが数千名分落ちてあの結界に取り込まれたのだからその絶叫の渦は

さすがに薄らとだが彼女にも聞こえた。そしてそれがたった二射での結果。

彼等の全滅を示すものであった。尤も結界の力によって結果的にではあるが

受け止められる形となり落下の衝撃で死にはしないのだが結界の効力を

思えばどちらが良かったかは微妙なところである。

果たして何人がまともな生活を送れる精神状態に戻れるかどうか。

仕掛けた張本人の怖気が走るような三日月笑顔を思い出して彼女も身震いする。

ただそれを仕掛けた手段はひどく力技で単純なものであったが。


──なあ、うまいこと侵入者全般どうにかする術ない?


──は? 俺の血? ああっ!


──よし、それでいこう


昨日まだレンタル期限内であったトモエの刀に何事か語りかけたシンイチは

躊躇なく刃の根本、ハバキより少し上の部分を握りしめた。ぎょっとした彼女の

驚きなど我関さずで平静な彼は赤い血を刃に滴らせながら大地に突き刺す。

そこからはもう単純だ。急に走り出すと30秒程度で一周して戻ってきたのである。

そして自らがペンとなって描いた円に手を置くと何事か呟いて叩いた。

途端に形成された結界の凶悪さに、続いて彼が提示してきた結界を利用しての

戦術のいくつかに、ミューヒは長らく引き攣った顔が戻らなかったものだ。

尤もそれはやり口の悪辣さだけが理由ではない。面倒臭がり屋の少年が

同時に何をしようとしているのかに勘付いたからでもあった。


『……そりゃ私もさ、一度こういうコスト度外視でさ。

 単騎で多数を一方的に叩きのめしてみたい気持ちはあったよ?』


その懸念さえ無視すればこれはこれで気持ちのいいことではあった。

圧倒的数的劣勢を覆す装備と戦術、それがきっちりはまった快感は格別だ。

ましてやこれは依頼主の要望であり、可能とする資金はもう支払われている。

要はこれは他人の金で気兼ねなく大暴れできた、ともいえる状況だ。

しかもこれで終わりではなくまだまだ似たことはやれるほどに、だ。

しかし。しかしである。


『……これ絶対デパートの一件の本命バレてるよねぇ。

 だからアンフォトニウムを浪費させようとしてるよねぇ。

 しかもどこぞから奪った黒い金押し付けられてるよねぇ。

 それでどう考えても支払った金の流れも追ってるよねぇ……あは、ははっ』


厄介な依頼人だと彼女は引き攣った笑みを浮かべるしかない。

金払いはいいし依頼内容は無茶とは言い切れないギリギリのライン。

だが同時にこちらへの牽制やら監視やらも行ってくるのだから手に負えない。

しかも相手はマスカレイドである。狙いを読めていても断るのが難しい。

それらを分かってて故意にやっているのだから本当に厄介である。


『──────とはいえ、今後を考える余裕はまだ無いのだけど』


レーダー上に映る新たな敵影。さすがに再び全方位を囲む程の数ではないが

彼女を中心にして十字の頂点から第二陣ともいえる戦力が向かってきている。

赤いフルフェイスの内側で怪訝な顔をした彼女は増援が第二ラインを

越えたのを確認するやいなや全く同じ手で四方向にアンフォトニウムを

ばらまいて彼らを墜落させていった。第一陣との違いが数以外に

見当たらないほど無警戒、無対応で呆気なく。


『……噂のシックスにしてはお粗末ね……他の奴?

 それとも囮、あるいはあっちも浪費させようとかいう魂胆?

 まったく、蛇はどれだけ兵士を集めたというのかしら……』


数百の兵を即座にそんな理由で捨てられるのなら彼らがこの事態に

用意した兵力は如何程であるのか。想像するだけで嫌な汗が流れる。

されど敵はそれがひくのを待ってくれる相手ではなかった。


『っ、下品な手』


先程の十字とは別の方角からまたも同規模の部隊が四つ。

即座に半数程の弓の狙いを彼等に割り振ると位置を確認した上で()を放つ。


『…露骨』


これに対してもまるで同じ映像を見せられたように敵影が墜落していく。

だから彼女は吐き捨てるように呟くと残りの弓を上方に向かせて突然射った。

誰かの驚いたような声は自爆した()の爆風と衝撃の向こう側に消える。

左右360度全てからの無対策の愚直な逐次投入による進軍はそれこそ

露骨なまでに自分達が囮であると宣伝しているようなものであった。

となれば本命が来るのは上か下かとなるがこの状況では上しかない。

そうして方向さえ限定できれば高度なステルス機能と光学迷彩で

隠れようが空気の流れを軽視したそれを見抜くのは彼女にはもう簡単だ。

しかし。


『ん?』


彼にどうして見つかるのかを研究したがゆえに勘付いたその視点と感覚は

ゆえに一瞬の炎の壁、その向こうの存在がまだ墜ちていないことを告げる。

即座に弓の輪を広げて自分が動けるスペースを作り三叉槍(トライデント)を取り出すと

炎の膜を突破してきた人型のシルエットを迎撃する。

最初の侵入者をランスで貫いたのが単なる力技による結果であるならば

このガレストの技術で形作られた独特な形状の三つの穂先は

バリアと装甲に食い込む特性を持った鎧殺しの槍であった。


「っ!?」

『ハアァッ!!』


炎を超えた先がそれを構えた万全の出迎えであったことに驚いたのか。

驚愕を示す息遣いをだが無視して全力での気合い一線(・・)

相手が飛び込んでくる勢いとこちらの各種補助によるブーストを

受けた膂力が合わさって生み出された一直線の鋭い“突き”。

それは何の狂いもなく吸い込まれるように必殺の一撃として心臓を貫く。


『っ!?』


はずであった。

そのため驚く音を漏らしてしまったのは彼女の方。

鎧殺しの槍、その三又の穂先が激突の瞬間いとも容易く弾け飛んだ。

バリアに食い込む以前に何かに攻撃され爆散したかのような光景に、

だが驚愕と動揺は一瞬などより遥かに短い時間でしかなかった。

即座に残った柄の部分を自爆させ相手を爆風の中に残したままあえて

その衝撃に乗るようにして距離を取る。約20mほど後退した彼女の

両手には取り回しを優先してかどちらにも短槍が握られていた。


『今のは!?』


一瞬の遭遇ではあったが瞼に残った敵の姿は通常の外骨格と比べれば

一回りは大きく、何より随所に小型のタンクのような物体が付随していた。

まさか。そう思った時には外骨格からのアラートもなく迫る銀光を目視で

確認して背筋が凍った。銀の弾丸だ。


『使徒兵器!!』


ぬかった。

口ぶりから量産体制にはあるがまだ貴重な武器であろうこと。

昨日の遭遇でかなりの数が破壊されたこと。また仮面(カレ)には効果が無く、

彼女の歌声満ちる場では使えないだろうと高を括っていたが、

確かにここまでは歌声は届かず自分達には通用しない訳ではない。


『ちっ!』


どうすべきかという思考がまとまらないまま舌打ち。

だが半ば反射的に自らを挟み込むように迫る二発の弾丸それぞれに

短槍を投げつけるがまるで自意識でもあるかのように軽々と回避される。

そして次の瞬間には弾速が突如上がって彼女の間合いに入り込んでいた。


───各員、警戒! 敵は使徒兵器を投入してきた!


まずい、と思うより先に部下達に思念通信でその情報を伝えながらも

弾丸に向けて差し出すように両手を伸ばす。無駄な抵抗かもしれないが

目標に当たって止まるなら両手を犠牲にしようとしたのだ。

保証はまるでない一か八かの手段に、されど誰かの呆れ声が聞こえた気がした。

──だからさ、甘えろって言ったよな?


『え?』


“黒”が溢れ出る。

闇夜の空で、なお自らの色を主張する漆黒が彼女の腰元から飛び出した。

それは帯のように伸びて銀の弾丸をどちらも容易く破壊すると真紅に重なる。

見れば初めからそんな意匠であったかのように違和感なく装甲に走った黒いライン。

どことなく歪でフリーハンドで雑に書かれたかに見える波立つ線は赤一色の装甲に

黒い隈取りのような紋様を与えていた。


『なになになにっ!? いきなり何が……っ!』


これに誰よりも驚いたのは彼女自身である。

しかしその“黒”がどこから飛び出してきたのか。

そこに何があったのかを思い出したミューヒはハッとなる。

昨日突然モニカの歌を聴いて倒れた時にカレを傷つけた小さな破片。

回収したまますっかり忘れていたソレが確かにいま自分を守った。

しかも自分が見逃していた脅威から。


『……歌姫には形見のペンダントで私が血まみれジャンクっていうのは

 ちょぉぉっと納得いかないけど、随分とまあ手慣れた甘やかしだこと』


文句にも聞こえる言葉をどこか機嫌良く漏らしたミューヒは

一見不気味にも思える黒い紋様に不思議と妙な安堵感を覚えていた。

代わりに。


「な、なんだそれは!?」

「撃て、撃てっ!!」

「うわあぁっ!!」


敵である彼等には強烈な怯えを与えるものだったのか。

爆炎を突き抜けてきた一人とその背後でライフルを構えていた二人は

等しく震えながら掠れた怒声と共に銀の弾丸を乱射する。が。


『相変わらずの謎パワーね…』


呆れたような口ぶりでの感想はその結果を考えれば当然のもの。

黒を纏った真紅はこれまで幾つもの不可解な暗殺を行ってきた

死神の弾丸を豆鉄砲だといわんばかりに易々と防ぎ切っていた。

纏う彼女に避ける必要がないと思わせるほど弾丸は近付いただけで

ナニカにかき消されるように自動的に、呆気なく、霧散していく。

そしてそれは─なぜか─業腹だが彼女に限った話ではないらしい。


『隊長っいきなり外骨格に真っ黒な線が!』


『使徒兵器の攻撃がこちらにも、ですがいきなり黒いのが弾いて!』


『うっそ、あのとんでも兵器が全然通用しない…』


『これってもしかしてマスカレイド、ですか?』


同様の報告が部下達から一斉に届いて簡単に思念通信で肯定しながら、

今朝のブリーフィングだ、とあの場に彼が出てきたもう一つの理由に

思い至って頭が痛い。


『………あの面倒臭がり屋め!!』


謎の激憤と共に片手にランスを展開すれば鎧から伸びた黒がそちらにも

纏いついているが彼女はその事をあえて無視して別の事を考えていた。

一度に複数の物事を処理する手を打つことは別に悪くはない。が。


『黙ってやられるこっちの身にもなってほしいわ!』

──いやあ、必要になる事態が起きなかったら恥ずかしいじゃない?


そんな“起きないでくれ”と願うような照れ隠しの言葉を聞いた気がして

フルフェイスの下で彼女は憤慨しながらも楽しげに笑うという器用な事を

しながら背中の噴射口からフォトンの火を一気に、莫大に吐き出させた。

彼女の外骨格『無銘(名無し)』の最大の特徴はその瞬間的な加速力にある。

一瞬で最高速まで到達するシステムは単純なまでに力技の代物であり、

その軌道は直線的なものにしかならないが───対応できなければ関係はない。


「がっ!?!?」


相手の鎧がアラートを鳴らしたのは黒の混じった赤槍が誰かの胸を真正面から

貫いた後。構えていたライフルごとぶち抜いたランスの感触は使徒兵器という

まだ未知の新装備相手でもこれまでと何も変わらないものであった。いける。

槍を引き抜くように、敵兵を─会場外に墜ちるよう─投げ捨てて再度突撃する。


「くそっ、舐めるなよ赤槍!」


突然の怯えの隙を突いた一撃は通ったがさすがに相手の鎧もまた謎仕様。

あるいは同僚を一人撃墜され、冷静さを取り戻したか。彼女の最高速度に

対応し、赤黒い槍と銀の光剣が激突して火花を散らす。


『舐めてるのはそっちでしょ? こんな見え透いた手で!』


鍔迫り合いもどきから即座に繰り出された彼女の蹴りが相手を吹き飛ばす。

残る一人がライフルの連射で援護するが牽制にもならず意に介されない。

しかし元々追撃する気の無かった彼女は悠然とした様子でただ指を鳴らした。

途端に響いた複数の射音。一連の攻防の外に置かれていた全ての弓が新たな

()を放ったのだ。それは迫っていた(・・・・・)四陣目(・・・)をこれまでと同じように悉く墜落させた。


『大部隊を囮にした使徒兵器による奇襲。それによる私の排除もしくは足止めを

 行いつつ本隊を進行させる……ありがちな手、通じると思ったのかしら?』


この私に。

無様に蹴り飛ばされ、銃撃を無視された二人は悔しげに歯噛みするが

彼女の内心は複雑である。使徒兵器投入の可能性を排除していた自らの失態を

そんな態度で自発的に隠したうえで得意気に嘯く羽目になったのだから。

だが反省も悔恨も今ではない。だって彼女の経験と直感は告げていた。

“これすらも囮であり自分の足止めである”と。目の前の、そしてその後方に

控える部隊その当人達に自覚は無いだろう。されど彼女はこの采配に自分を

沈める、ないしここを突破しようという指揮官の本気を感じなかった。

使徒兵器の件は確かに見誤ったが、あちらからしてみれば仮面が

何か手を講じていれば一気に通用しない武器になるのは読める話だ。

それを、自分に、この程度の数。不真面目な采配だ。


『マスカレイドの脅威を前に我らの鋭さを忘れたか。

 このクリムゾン、そして私の部下(レディ)達も侮られたものね。

 ならもう一度思い出させてあげるとしましょう、無銘の槍の恐ろしさを』


「ぬかせ! 個人の武力の限界を教えてやる!」


「我らが蛇の波に押し潰されろレッドオーガ!!」


ならここで出来る限りここで敵意と敵兵を引き付ける。

四陣目に混じっていた使徒兵器装備持ちがさらに3、そして背後に第五陣。

右手に大型ランスを持ち直し、左手に短槍を握らせる二槍流で構え、突撃。

銃撃が通用しないと分かってか既にどちらにも銀の刃があったが赤と黒の

まだらな彼女の槍はそれらに決して押し負けることはなく、むしろ二対一でも

巧みな槍捌きで押し返す。弓型射撃兵装も発射制御を放棄して自動連射で迎撃中。


『……自分で言ったんだから責任持ちなさいよ?』


そうして始まった攻防と軍勢への迎撃戦の中で彼女がぽつりとこぼす。

ここに集った戦力が囮であるのならば本当の本命はどこを狙うのか。

それはあまりにも分かりきった話であるが自分はこれらを排除するまで

この場から離れられない。なら彼女がすべきことは一つ。


『元々そっちはあなたの担当だもの、任せる(甘える)とするわ』


フルフェイスの下で我知らず微笑んだ彼女の声には微塵も心配や不安などという色は存在していなかった。

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