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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」
188/285

04-101 ライブ防衛戦線・序



──6月15日  ライブ当日 某所某時刻


暗がりの室内で男は事務机内蔵の端末を操作していた。

浮かぶモニターでは次から次へと多種多様な情報の報告や変更、更新が続く。

それを無感情にただ処理していく様は手慣れたもので男の傷のある強面や

鍛えられた体躯から受ける印象とはまるで違う細やかさを見せていた。

またその情報量は一人で相対するには過剰といえるものであるため彼の

優秀さも示していた。


「ん、これは……?」


それが一段落ついた辺りか。背後で似た作業をしていた英国人が呟きをもらす。

手を止めた強面の東洋人はカップに入った生温いブラックで喉を潤すと声を向けた。


「どうしたベノム、また何かマスカレイドがやらかしたか?

 頼むからまたキレて暴れんなよ、掃除に2分34秒無駄にした」


昨日から続く作業の中で起こったそれを指摘しながら彼はシニカルに笑う。

おそらく仮面当人が行ったのであろう暴挙はベノムにとっては理解の外

だったのだろう。予備計画だったとはいえ単純且つ乱暴な手段で自らの

仕込みが全て排除された屈辱から室内を散乱とさせた。

尤も後片付けも当人にやらせたので件の無駄にした時間というのは

そんな些末事でベノムを使えなかった時間であるが。


「っ、掘り返すなシックス!

 それより外延部に忍ばせた斥候からの報告だ、見ろ」


そういって彼から自らの端末に送られて映し出されたのはライブ会場周辺を

俯瞰するように描かれた概略図。そこでは多数の光点が会場を円状に囲んでいた。

それは赤と白という二種類の光に分けられており両方の詳細情報を開けば

シックスは怪訝な顔をした。


「クリムゾン配下の部隊(レディズ)を外の森に配置しただと?」


「……会場に入る道は基本一本しかない。通常の客はこちらを通るだろう。

 わざわざ未整備なうえ遠回りになる森から会場に近寄ってくる者など…」


「余程の方向音痴か俺たちのような連中、か……しかし」


そういう地形である以上彼らも会場周辺に何らかの仕掛けが施される事は

予想していたが、その中に彼女達の配置は可能性の高い話としては考え

られていなかった。なにせ。


「ああ、彼女達は腕利きだ。

 私達が集めた人員の練度、装備では余程の大人数で押し切るか。

 騒ぎになるのを構わず大規模攻撃でも仕掛けない限り突破できまい。

 以前も君の指揮が無かったとはいえ『牙』の精鋭たちが倍の人数で

 激突したというのに易々と打ち破ったと聞くからな」


「だがそれも全員で固まっていたらの話だ。

 こいつらは10人そこら、文字通りの少数精鋭。会場の広さを考えれば

 人数が足りない。まして各所に分散させたせいで防衛線を成していない」


「会場からも離れ過ぎている。客達に気付かせないため、にしても会場との

 距離がやけに遠い。結果、円が大きくなってセンサーやカメラでいくら

 補っても穴だらけにしか見えない」


そういうことだった。

光点は概略図上では確かに会場を囲んではいた。しかし大多数がセンサーや

カメラの類を示す『白』で無銘の人員を示す『赤』はまばらであった。

これでは折角内部の問題点を排除しきったというのに侵入し放題だ。

尤も誰にも何にも気付かれずというのは難しいため無意味とも言い難い。

その程度のことにこの部隊を無駄遣いしているという点に目を瞑れば。


「てっきり彼女達で歌姫の周囲を固め、マスカレイドが遊撃に出るのだと

 思っていたが、完全に逆だ。奴と思われる護衛は今日もぴったりと標的に

 くっついているという話だ………シックス、実働部隊の長としてどう思う?」


「そっちが本物かどうかってのもあるが……どの道クリムゾンの策じゃねえ。

 あの女はもっと堅実だ。時折奇策も打つがまだそんな局面でもない。

 ならマスカレイドだろう。それをこいつらが受け入れたってことは

 単純なミスや人手不足と考えるのは危険だな」


「狙いがあると?」


しばし─ほんの一秒だが─思考を巡らせたシックスは自分達の間に

モニターを投映すると最初の概略図に別のデータを反映させた。


「……こいつを見ろ」


それはちょうど穴だらけの円と会場の間にある広い空白地帯に

散らばって置かれた黒い点だ。これはなんだというベノムの視線に

淡々とした口調で彼は答える。


「小型地中偵察機を16機、あらゆる方向、深度で会場に向かわせたが、

 そこでロストした。直前まで送られていた映像やデータを分析しても

 原因は不明だ」


そしてと付け加えながらその16のロスト地点を線で繋ぐ。

出来上がった形に息を呑む音が聞こえた。


「で、これだ。お前さんどう思うよ?」


「円の中にまた円が……第二防衛ライン、いやこっちが本命か?」


拙い、穴だらけの大きな円の内側に確かな円が見えてくる。


「地中は間違いなく、な。

 深度を吟味してもこのラインを下からは超えられない。

 まあそれだけ足元から御挨拶ってのを嫌がってるんだろうが……」


そんなのは誰だって同じだろ。と目で問えばベノムの頷きが返る。


「しかしそうなるとこのラインの地上や上空も気になるが?」


「残念だが不明なのが現状だ。

 各種偵察機は第二どころか第一防衛ライン周辺でおしゃか。

 どうも外部からハッキングを受けて強制停止させられたとみえる。

 望遠での目視や高感度センサーで探らせてもいるが入り組んだ木々や

 あっちがやたらと仕掛けたセンサーやカメラ類が邪魔してよく分からねえ。

 衛星の目もなぜかこの一帯だけが映せなくなっている」


参ったねぇ、と嘯きながら首を振るシックス。

ここまであからさまだとかえって清々しく且つ憎々しい。


「……無銘か? マスカレイドか?」


「どっちでもあり得るし、どっちでも同じことだ」


この先が見えないことには。と言外に含ませればそうだなという返事。

渋面となっているベノムだが取り乱すようなことは無かった。

まだこういった手法の方が彼の理解の範疇なのだろう。


「つまりは誘われているわけですか。自分の目で確かめに来いと」


「接近してうちの外骨格が持つ複合センサーなら何があるか

 わかるはずだが十中八九、罠だろうな」


「しかしこの状況では分かっていても戦力を送り込むしかない、か」


「やってくれるぜ。しかもそう考えると第一ラインの穴が逆に怖い。

 考え無しに抜けてみろ、第一の戦力と第二のナニカで挟み撃ち。

 それらを無事に越えられても第三、第四のナニカが無いとも限らない上に

 最後にはマスカレイド当人が待つ会場だ、怖い、怖い」


おどけた様子でこぼした彼だがそれとて現時点で見えている脅威のみだ。

当然それだけではないという予感もあってわりと本気の言葉である。

それを重く受け止めたベノムからはそれこそ重苦しい息をもらした。


「うぬぅ、会場とその周辺が奴に洗浄された途端にただの暗殺のはずが

 敵拠点への侵攻に等しい事になるとは……昨日のお前の言葉が今は分かる」


「ん、昨日?」


一瞬何のコトだと訝しげになったシックスだが、すぐにそれに思い至る。

なんのことはない。仮面の暴挙に苛立ったベノムに告げた一つの推論だ。


「ああ……奴は護衛をする気がない。端から俺達を迎え撃つ気で、

 こんなのは事前準備に過ぎない、か……予想より酷かったがな。

 たった一晩でこれとは恐れ入る」


「手段は力尽くだったがその行動は迅速で、その裏は狡猾か。嫌なタイプだ。

 しかし、やはりおかしい気もする。仮面の探査能力と戦闘力を考えれば、

 待ち構えるより護衛を無銘に任せて自らを遊撃戦力として暴れた方が

 建設的なはずだ……歌も聞かずに済む」


何故だ。と一人思考の渦に入った彼を目を細めて見据えるシックス。

落ち着けばそれなりに聡いのだがな。と首を振る。

───もったいない(・・・・・・)が今更か


「やめておけ。

 この時点で相手の思惑を全て読み切ろうなんていうのは土台無理な話だ。

 お前さんの今の懸念も推測を語ろうと思えばいくらでも可能性はある。

 例えば、歌姫の安全を最優先にした、無銘を信用しきってはいない、

 ここで俺たちを潰すための誘い、別勢力の介入への警戒、等々。

 俺らに都合がいいものから悪いものまでまだまだあるぞ」


「……決めてかかって動くべきではない、と?」


「そんなのは大前提だ。だからといって何も調べず突っ込むのは愚策だ。

 お前の懸念はもっともな話ではあるしな……ならやるべきなのはここに

 どんな仕掛けがあるか確かめる一手だ。違うか?」


ふふんと意味ありげな笑みを浮かべれば一瞬の間の後ベノムは頷きを見せる。

組織への狂信さえ表に出なければ部門は違えど名持ちにまでなった男である。

シックスの意図を察する頭があり、そしてそれを忌避する精神はない。


「…ああ、そうか。

 確か都合がいいことに会場への侵入予定だった班だけは解散させていたな」


元々ここでの暗殺計画も予備として存在していた以上、彼らは

正規のチケットやスタッフの立場を手に入れていたが昨日の仮面の

暴挙により、見抜かれる危険性が極めて確実になってしまった。

スタッフもほぼ総入れ替えされたことで旧スタッフ関係の身分では

入り込むのも難しい。何よりこの状況で外部から入れば間違いなく

目をつけられ秒単位且つ問答無用で排除されるのが目に見えている。

それでは陽動にも使えず、後に送り込む隙が生まれたとしても

完全武装の兵を強襲させた方が建設的である。侵入工作を目的

とした人員はこの状況では使いようがない。


「しかし相手が仮面となれば手はいくらあっても足りない。

 使えないからと遊ばせておく余裕は残念ながら、無い」


あくまで、本来の用途では、だが。


「さすが蛇の実働部隊の長、考えることがえげつない」


くくっ、と笑みをこぼすベノムの様はとても紳士とは思えぬ相貌であった。

当人は果たしてその悪辣な顔を理解しているのか。当然のように頷いて

端末の操作に戻っていく姿には嬉々としたものがある。

そこで行われる作業は単純極まりない。数値化されたデータから

一人一人を分別して、いる者といらない者を分けているだけ。

現状使えずとも侵入工作を得意とする人材の価値が無くなるわけではない。

集めるのは中核メンバーではなくその補助や目くらまし用の人員。

いたく合理的ではあるが、第一陣に選ばれれば間違いなく捨て駒となる。

特に潜入工作を得意とするベノムにとっては顔見知りも多いだろうに

何の躊躇も迷いもなくただ数字と能力の希少性で人間が人間を取捨選択

しているのは薄ら寒い作業といえた。尤もこの場にそんな感性を持つ

まともな人物はいないのだが。


「……ついで、ではないが他の班へは当初の指示通りで変更は無しか?」


捨て駒の編成を進めながらの確認にシックスはコーヒーの残りを

食道に流し込みながら思考すると「いや」と小さく首を振った。


「主力部隊からもいくらか人員を排出して名目上威力偵察部隊として

 三陣ほど用意してくれ、一回や二回で突破できるほど甘くないだろう。

 それ以外は予定通りだと伝えておけ。勝手には絶対動くなともな。

 すべては偵察(捨て駒)部隊の結果次第となる」


「了解だ、すぐに人員の選出と再編をしよう」


深く頷く同僚の姿を横目にしながら、彼は誰にともなく語る。


「今日の機会を逃せばマスカレイドに時間をやることになる。

 そうなればどんな妨害をされるか分かったものじゃない」


能力が規格外且つ個人勢力ゆえに何の遠慮も躊躇いもなく即決で大規模な

行動を取れる相手には裏社会の常識すら通じない。シックスは仮面自身の

強力な戦闘力も危険視しているが、それを後ろ盾にあり得ない手を、

あり得ない規模で、平気で打ってくる在り方を恐れていた。

先程自身がいったように足元からの襲撃は忌避したいものである。

人間誰しもソコは疎かにしがちであり対処法も少ないためだ。

逆を言えば警戒して準備しておけば対応できないこともない。

しかしマスカレイドにはそれが出来ない。いつ足元どころか盤上ごと

ひっくり返してくるか分からない存在をどう警戒すればいい、どう準備

しておけというのか。その不安を抱えたまま駒の采配など正気の沙汰ではない。

マスカレイドがいる限り行動が消極的になってしまう。そしてそれはいずれ

行動の停止にさえ結びつくだろう。蛇らしく冬眠して仮面が世を去るのを

待つという手も無きにしも非ずだろうが、シックスの勘は囁く。

既に目を付けられている。逃げたところで無駄だ。と。


「俺達に次は無いぞ」


それは部下達や同僚への脅しの形をとった戦意高揚か。

真の狙い、マスカレイド抹殺を隠す自身への決意表明か。

彼は自らの端末で呼び集めた多数の兵士達の情報を精査するふりをしながら

静かに内蔵物を取り出した。それは片手で持てるサイズの小型金属製ケース。

音もなくロックを外して内部を見れば、彼の口許が汚らしく歪む。

そこには緩衝材に包まれる形で並ぶペン型注入器が5本。

その中では銀の液体が人心を魅了するように怪しくも輝いていた。






─────────────────────────────






その日は朝から前日の豪雨が嘘のような快晴。

雲一つないとはまさにこのことで一日を通して天候不順を心配しなくて

よいという予報にライブ関係者も集まった客達も胸を撫で下ろしていた。

無論、裏にある危険を知らない人たちは、という注釈が必要だが。


今回のモニカ・シャンタールの野外ライブは夜間ライブでもあった。

夕方から開場され、チケットの確認と共に客を会場に入れている。

そこでのチェックはマネージャー達が先頭に立って入念に行われた。

各種センサーによるものは勿論、目視や手荷物検査、本人確認も

出来る限り綿密に行われていた。シンイチが新たに雇っていた人員には

その手の作業を得意とする警備関係者も多数いたためにトラブルが皆無

とは言い難いもののスムーズに入場作業は続けられた。その過程で

『蛇』とは無関係ながら規定違反や迷惑・犯罪行為でブラックリスト

入りした者が姿や身分を偽って会場入りしようとしたのを幾人か

発見できたのは不幸中の幸いか。それにシンイチのチェックまで

合わさってすし詰め状態ながら会場は今クリーンな客だけで満杯だ。


そして時刻は進み、今やライブ開演予定時間の10分前。

最初のステージ衣装に着替えたモニカは裏手でその時を待っている。

白を基調としたドレス風のそれは褐色肌の彼女と合わさって実に映えた。

さすがに手慣れたものか落ち着かない様子など微塵も見られない。

尤もだからといって緊張感が皆無というわけでもなかった。

研ぎ澄まされた空気を纏う彼女は強敵と試合う前の達人のようですらある。

周囲も慣れたものか。そんな本番直前の歌手に不必要に接触する者はいない。

それは素人のシンイチとて分かる事で、彼は今意図的に距離を取っている。

勿論“ナニカ”あれば一瞬もかけずに(・・・・)守りに入れるからでもあるが。


「………」


壁のさりげない模様か。隅にある安物の置物か。

それほどに存在感を消して一人黙っている彼に注目する者はいない。

ただ実際には何も発していないというわけでは無かった。


『第一ラインの外に三人一組(スリーマンセル)チームを複数確認』


『数と位置は?』


思念通信によって別行動のミューヒと声を使わないやり取りをしていた。

ライブ直前の彼女とは種類の違う緊張感が彼等の間に漂うが同じように

それに右往左往する未熟さはどちらにもない。


『データはリアルタイムでリンクさせておくけど、君の読み通り(・・・・・・)

 うちの部下一人にチーム三、四組程度。だから配置もほぼ同じよ。

 捨て駒の人員での威力偵察でしょうね』


『一番堅実な手を打ってきたな、さすがと褒めておこう』


『読んでおいてよく言うわね。私としてはびっくりよ。

 あのシックスという男、普通ここで攻めてくる?』


無銘が掴んでいたシックスが関わったとされる場での戦績や蛇の動きを

鑑みるに大胆さを兼ね備えながら合理的な思考をすると見られていた。

それがこの状況下で本気で事を構えてきたことに彼女は驚きを禁じ得ない。

少なくとも自分なら仮面(カレ)が護衛についた時点で作戦失敗として撤退する。

組織に不利益な人物の暗殺と仮面と完全に敵対するリスクは釣り合わないという。

だがこれに対して彼は否と言った。


『ブリーフィングで言ったろ、だからこそ奴らは攻めてくるって』


『根拠はいわなかったくせに…確かにあの兵器の運用には彼女は邪魔。

 そしてあなたの護衛としての能力は未知数だけどそれは希望的観測よ、

 って、奴らが来たあとにする議論じゃなかったわね』


忘れてちょうだいといって切り替えるように頭を振る彼女のイメージが過る。


『それで当初の配置、行動、でいいのね?』


『ああ、打ち合わせ通りで頼む。細かい所は現場判断に任せる。が…』


『“突然敵が目の前に出てきたら驚く前に潰せ”って奴?

 何する気か知らないけど、あの子達の隊長としては説明してほしいわね。

 敵が抜けても第二防衛ラインには近づくなって話も普通はあり得ないわよ』


現在の配置や事前の命令の数々は全て彼の采配だった。

だがその目的や意図の多くはミューヒにすら伏せられており、

またそれらに対する不安や疑問は仮面の雷名でなし崩しにされた。


『そこはお前とその部下を信用してるってことでひとつ』


そうだとわかっている癖に白々しくそう嘯くシンイチの頭には

彼女の呆れ顔のイメージが送られてくる。実際の彼女も同じ顔をしているのだろう。


『二度目だけど、ホントよく言う。

 あの子らが正体に勘付いたのを利用して有耶無耶にしたくせに!

 君がその顔曝したまま当然のように次々指示を出していくから

 みんな顔が引きつってたじゃない!』


早朝行われたブリーフィング。通信越しでも仮面を被ってからでも

良かったはずなのに彼は素顔のままで自然に混ざり込んできたのである。

仮面の正体を察していた彼女達は気付いた事に気付かれたと分かって蒼白となった。

そのため下手に逆らったり何かを問うより黙って従うのを彼女らは選んだのだ。

空気の読める英断である。勿論そこには彼を信頼している上司への信頼が

あったからだろう。尤もさらにその裏にはうっかりミスでバレた正体に

ついて暗に釘を刺しつつ、うまく利用しようとした少年の間抜けな思惑も

あったりするが。


『…それより無銘が持ってる『蛇』特にあのシックスとかいう男の情報と

 『銀の巨人』に関係する情報は渡された分で全部なんだな?』


『ぬぬ』


露骨な話題変更に唸るミューヒだがしないわけにもいかない話である。

真剣な声色での問いを前にしては根が真面目な彼女は付き合うしかない。

それらはれっきとした仮面と無銘の間で行われた取引なのだから。


『ええ、それ以上は無いわ。元より多く分かっていたわけじゃないから

 満足いく情報ではないでしょうけど、少なくとも裏組織でそれ以上を

 把握している所は無いと断言できるわ』


『いや推測が確信に至れるものはあった。だからこそ厄介というべきか。

 だからこそ利用しがいがあるというべきか……とにかく今日の襲撃だ。

 それさえ乗り切れば奴らに次はない(・・・・)。蛇はモニカに手を出せない』


いくばくか何かを憂い、そして面倒臭そうに呟きながらも、

シンイチは意識を今日のことに向けてきっぱりとそう断言する。

そこには曖昧さも不器用な正直さもないただの事実を語る力強さがある。


『あ、やっぱりそっちの手も打ってたのね。

 さしずめ効果を発揮するのが明日以降だからここで歌姫暗殺急先鋒を

 叩いて安全性を高めようと……この誘うような布陣はそういうわけね』


『まあ、概ねな』


間違いではない。というニュアンスの肯定に他にどれだけの意図を彼は

重ねているのかといいたげに呆れも混ぜながら“らしい”と彼女は笑う。


『ふふ……けどまさか迷子探しが歌姫護衛になって結局は蛇退治とはね。

 事態が転び過ぎよ………しかも相手の指揮官は十中八九あの男で、

 君の嗅覚を信じるなら『銀の巨人』も怪しいとか何よそれ?』


だがその笑みは次の言葉の途中までしか続かなかった。

明るい声色は続いていたが、後半には仄かに不安が覗いている。

さもありなん。と納得するだけの情報を既にシンイチは得ていた。

無銘から、今回の一件で得たあらゆる情報を好きにしていいという条件で

ミューヒの部下達を借り、そして『蛇』や『シックス』、『銀の巨人』の

情報を買い、その全てを読み終えていた。ゆえにその警戒と不安を

正当なものだと彼は考え、茶化さない。



─────シックス

『蛇』で唯一といってもいい外部に顔が知られている構成員。とはいえ

地球の東洋人らしいという事以外は年齢や経歴、ステータス等は不明。

本人の情報は少ないが部隊指揮官としての評価は純粋に高い。

好戦的なきらいがあるが冷静な判断力と大胆不敵な用兵だと。

だが彼にまつわる情報でシンイチの目を引いたのは裏でついたその二つ名。


『不死身の牙』


少年自身はそのセンスに、あるいは翻訳にか。妙な“痛さ”を

感じているが気にかかったのは当然、その名がついた由来。

それは単純な話ではあった。

後半の『牙』は『蛇』において実働部隊が『牙』と呼称されている所から。

不死身とは死んだとしか思えない状況から五体無事に幾度も生還したから。

ゆえに『不死身の牙』。単純にして極めて─後者は─不気味な話である。

事故か狙われたのか搭乗した航空機が墜落し炎上した、が生存。

軍と戦闘になり余波で建物が崩壊しそれに押し潰された、が生存。

下手を打って追いつめられ、捕まるのを避けるため自爆した、が生存。

無銘が掴んでいた具体例はこの三件だけだが、どれか一つだけならともかく

続いた上に毎回五体無事となれば幸運の一言では片づけられない何かを

感じる話であった。



─────銀の巨人

それは表向きは半年前からガレストで流れている都市伝説の類である。

内容は細かい差はあれど概ね銀色に発光してる20m級の巨人が夜な夜な

ドームの外を歩き回っていて目をつけられると巨人に襲われるというもの。

ガレストでは輝獣の脅威があるため人々の居住する都市はドーム状であり

一般人は滅多に外部に出ることがない。それゆえこの手の外に出たら

怖い目に合うといった話は昔から子供達への寓話として存在していた。

ゆえに世間ではその一つとしてしか受け取られていないのだが事実は違う。

実際に起きた事件の映像が何故かガレストの一般ネットワークに流出し、

政府が騒ぎにならぬように情報操作した結果都市伝説として定着したのだ。


流れた映像のオリジナルは資料に添付されていた。

データの破損か機材の不調か。乱れや雑音混じりではあったが、

地球の夜とは違う星や月のない完全な暗闇の中。暗視装置越しと

思われる映像にははっきりと銀光を放つ巨大な人型が存在していた。

顔はない。凹凸もない。のっぺりとした体の巨大な人型が漆黒の中で

銀色に輝いている。周囲に生い茂る木々を軽々と踏みしめながら。

そこに幻想的な雰囲気はない。あるのはホラー映画染みた交渉不能、

問答無用の怪物や悪霊等を連想させる不気味さがある。

事実次の瞬間には銀の剛腕が虫でも払うかのように、されどその巨体に

似合わない戦闘機並の速度で振るわれ、映像が銀で染まり途切れた。

この視点の持ち主がどうなったかなど記すまでもなく明白だ。


不運にも(・・・・)コレと遭遇したのはドーム外を警邏していた軍の一個小隊。

当初巨大な輝獣と判断した彼らは都市に近づく前に撃破しようとしたが

攻撃体勢が整うより先に巨人に気付かれ、先程の剛腕の一撃を食らったらしい。

直撃した幾人かの隊員は装備だけを残して消滅(・・)。またその余波により

小隊の半数が巻き添えを食らって行動不能にされた事で指揮系統が混乱。

散発的に反撃は行われたがあらゆるガレスト武装や攻撃スキルが通じず、

撤退の判断を下す前に彼等の逃げ場を遮るようにその巨体が突撃。

大半の隊員が避けられず、銀光の肉体に呑み込まれてしまったという。

それが必死の逃避行で何とか生き残った隊員の証言であった。

当然軍は小隊と通信が途絶した段階で救援部隊を送り込んでいたが

彼等が駆けつけた時にはもう惨劇は終わっており、銀の巨人はおらず、

またそんな巨体が移動したような痕跡さえ見つけられなかった。

だが生き残りや巨人の捜索を続けた中、彼等は絶句することになる。

“そこ”は前日まで確かになだらかな丘の上にある森林地帯であった。

しかし現在は窪んだ砂状の大地が3000平米ほど広がっていたのだ。

その外は何も異変など無かったかのように変わらぬままであるのが

逆に不気味であったという軍人達の所感が資料には残されている。

追跡調査や研究も行われているが『銀の巨人』の正体や目的、

部分的な砂漠化の原因については現在でも不明である。


片や不透明な部分や眉唾と切り捨てられない不死性を持つが、

理解できる能力を持つがゆえに現実的な脅威である『蛇』の指揮官。


片や全てが不明でナニであるかさえ分からず、何をされたのか

さえ分からない攻撃手段を持つ理解不能の文字通りの銀光の怪物。


そして彼等は昨日同じ色と輝きをしたモノを見たばかり。

ここで『蛇』と『銀の巨人』を繋げられない者はいない。

片方だけでも彼女達だけなら敵対を避けるのが常であったろう。

マスカレイドという規格外のカードがいるために少数でも戦いになると

踏んでいるから皆は平静でいられるがそれは薄氷の上の安心に過ぎない。

それを彼女が一番分かっているのだろう。だからシンイチは。


『おい』


『うん?』


『雇い主命令だ────昨日は俺が甘えた、今日はお前が甘えろ』


言うべきことを端的に、言葉とは裏腹に穏やかな口調で述べた。

尤も当人にとっては、なので言葉が足りなかったのは後の祭り。

ミューヒの一瞬呆けた顔が見えて彼もまた、あれ、と首を傾げる。

何か違ったろうかと思っているうちに彼女が一拍遅れで察したのか。

思わずといった様子でその顔をほころばせた。


『ふ、ふふっ、君はさ。

 一言で済むことをいちいちややこしくするの好きだよね?』


『うぬ?」


そうだろうかと今度は反対方向に首を傾げ直すシンイチに彼女は

さらに笑みを深くして、心が緩んだ。


『けど、そうか、うん……今日は、甘えて………いいんだ』


それは誰かに問いかける声ではなかった。ただ何か大事なモノをもらったと

抱きしめるように、噛みしめるように、嬉しいと静かにはにかんだ声。

虚を突かれた格好になった彼はからかう事すらできずにそれに聞き入った。


『………思念通信って便利だな………悪用されそうだけど』


彼女自身意図して零した訳ではないであろう本音(それ)の甘さに

頬が緩んでしまうのを自分は彼女に隠しながらその特性に感謝する。

どうやら油断すると伝える気もない内心も伝えてしまうらしい。

脳裏では悪い方の幼馴染が何かやらかしそうな想像も浮かんだが、

今はその憂慮よりもイメージとはいえその姿を愛でる方を優先した。

趣味が悪いと自身で思うが可愛らしいモノを前にすれば当然なのだと、

仕方がないのだと自己弁護している辺り妙な所でご都合的な彼である。

だがその楽しい鑑賞も長くは続かない。意識の中での会話といえど

時間経過は殆ど現実のそれと違わないのだから。


『っ、ライブが始まるわね。おそらく襲撃は…』


その時刻が来た瞬間意識を切り替えるのだからさすがだと一人頷く。

だからこそ信用が出来る相手として今回その手を彼は借りたのだ。


『ああ、あいつの歌が始まってからだろう……外は任せる。

 だが無理はするな、数で押し切られる事も想定し準備はしている』


彼女が先程不安視した二つの脅威が前面に出てきた場合も。

シンイチとしては彼女らとぶつかる可能性は低いと見ているが

起こりえない訳ではない以上は準備だけはしていると伝える。が。


『けどある程度引きずりだすには私らが頑張る必要がある、でしょ?』


無銘の戦士の顔となっていたミューヒはいっそ不敵にそういった。

味方にマスカレイドがいることで懸念すべきことがあるとすれば

恐れられ過ぎて敵側が後先考えない“暴走”をする可能性だ。

それも余計な戦力を残されたまま、最後になって自棄になられるのが

背後に守る者があるシンイチ達にとって一番面倒な展開であることは

事前に話し合われていた。そのため彼女達が奮闘する必要があるのだ。

敵側が出し惜しみできず且つ自棄にはならない範囲、という難しい配分で。


『────』

『────』


思念を読み取って行われる通信上で二人は互いを見るような意識を送る。

容易いかのような口ぶりだがミューヒとその部下達の負担は大きい。

それでも任せろといわんばかりの自信たっぷりの笑みを前に

一瞬の躊躇の後、彼は同じように笑ってみせた。


『ふっ、なら無銘の槍の神髄ってのを見せてもらおうか』


『もちろん! じゃあ後で』


『ああ────そうそう、本当にいつでも甘えていいからな』


『ふえっ!?』


通信終了寸前に話題を掘り返せば途切れる瞬間狼狽えた顔が見えた。

同時に何かを期待するような赤もあって、シンイチの頬も緩む。

これだからやめられないと悪い顔になったが、すぐに引き締めると

意識を完全に現実に向けて出番が来たモニカに視線を送る。


「…………」

「…………」


目は合うがそこに会話はない。しかし彼女は確かに不敵に笑った。

歌姫は歌い手としての戦場に。護衛は襲い来る脅威を払うための戦場に立つ。

彼女にはまだ恐れも不安も、あるとはいえばあるのだろう。だがそれ以上の

こちらへの信頼と歌い手としてのプライドで背筋を伸ばして立っている。

モニカの佇まいに乱れはない。その凛とした姿はドレス姿も合わさって

まさに“姫”と呼べるもの。首元で揺れる三日月でさえ神々しく見える。

シンイチはそれに真剣な頷きだけで応じて送り出す。迷いのない足取りで

ステージに上がった歌姫は全身にスポットライトを浴びてその姿を

何万という客の前に見せた。


「──────────ッッッ!!!」


一気に沸き上がった空気の地震のような歓声は裏手にさえ響き渡る。

鎮めるように彼女が上げた手を合図に流れ始めたのは頭から激しいサウンド。

客達はそれで何の曲目か分かったのだろう。会場のボルテージはさらに

上昇し、それを上回る天の歌声が世界に解き放たれ人々を魅了していく。


「っ、ぁ──っ!」


思わず聞き入って猛る心とは裏腹に、ぐらり、と揺れた体に彼は舌打ちだ。


「くそっ、本当に面倒臭い体だ。

 ……中身も面倒臭いのに外までそれだと最悪じゃないか」


ナチュラルに自身へ悪態を吐きながらその不調をやせ我慢で抑えつける。

頭が痛いのも、体がぐらつくのも、視界が歪むのも、なにそういうものと

理解してしまえばどうとでも対処はできるというものだ。不意打ちでは

無いおかげで極端に五感が狭まるという症状は出ていない。そもそもリハの

段階でどの程度で(・・・・・)どんな影響が出るかは徹底的に検証もしていたのだ。

結果───体調は不調でも、思い通りに動くのなら同じことだ。

そんな誰かが聞けば「バカ」を連呼される考えで平然と彼は動き出す。

誰からの視線も無いのを確認すると転移魔法で一瞬で姿を消すと

次の瞬間にはステージ上の大型モニターの上に立っていた。

仮面の暗殺者マスカレイドとして。


その位置ならば何らかの撮影機器を向けられても夜の闇が完全に

マスカレイドの姿を隠してくれる。演出でここに何かを行う予定もない。

それでいて会場全体を見渡せる格好の位置。そこで結果的には彼女の歌も

堪能しつつ意識は周囲全てを監視していた。

ただそれも会場内が限界ではあった。それでも充分広い視野と感覚だが

1000㎞以上先のものさえ集中すれば感知できるカレの感覚がそこまで

狭まったのだから驚嘆すべきはやはりモニカの歌であろう。だが既に

そうだと分かっているのだから不足分を文明の利器で補う準備は整っていた。


『ん? ああ、ヒナの奴、じつは勘付いてやがったな』


そこまで考えて、その違和感に今更ながらに気付く。

結果的ではあるが一緒に行動する事が彼女とは大小様々あったが、

戦闘情報を同期させているのは今回が初めて。黙って覗き見ようと

考えていたカレだがあちらから申しだされたのでこれ幸いと乗っかったが、

不自然に見えないように補助されたというのが正解だろう。


『まったく、どうしてこう物好きな世話好きが集まってくるのかね?

 感謝が追い付きやしない……困った話だ』


そのじつ全く困っているようには聞こえない声をもらしながら

会場中を警戒し、さらに同時に届けられる情報にも目を通す。

内側には何の異常もないが既に散発的に戦闘が始まっていた。

尤もそれは彼の予想を微塵も裏切らないものでしかなかった。


『やはりそう来たか。ひどいことをする』


それを語る仮面の声からは突如として抑揚さが失われたが。

言葉だけなら皮肉とも呆れとも取れるが表情にも、声色にも、空気感にも

何かしらの感情が僅かにも込められていない。淡々とした口調はいっそ

冷酷なまでに興味・関心が存在しない。声の感情を装うことすら

億劫だといわんばかりのそれには文字通り温度が無かった。

まだ直接ではないが対峙している者への戦意も敵意も同情も哀れみも

存在しない平坦さの中で独りカレは遠き空を無関心の瞳で見上げていた。

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