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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」
186/285

04-99 彼の無双?4

忙しい! 師走とはまさにこれのことか!俺、師じゃないけどね!


疲れるとホント頭働かないですよね……みなさんも年末のもろもろ大変でしょうが頑張って!








ステージ裏にあるスタッフや出演者の控室になっている空間。

その一角ではケータリングが用意されており、各々で時間を見つけた者達が

空腹を満たしながらそれぞれの担当に戻っていくという光景がちらほら見られる。

ほぼ全員が裏事情も数十分前の出来事も知らない者達であるためかそこに

怯えや警戒の色などなく、むしろ活き活きとしたものがある。


“急に予定入った(変わった)けどあのモニカのライブとかラッキー!”


という程度の印象なのである。急過ぎる話で訝しんでいる者も皆無ではないが

業界特有のトラブルと勝手に納得して自分の仕事を全うする者達が大半だった。


さてそのモニカたちはといえば自身の簡易控室となったプレハブ小屋─旧来の

物とは居住性が段違いに高い─で休憩を取らされる羽目になっていた。

モニカの予想と違い、新しい出演スタッフとは軽い面通しをした程度で現在は

破壊されたか排除された物を新しい機材に取り換える作業が優先されていた。

おおよそ半分ほど破壊されてしまったのだから当然といえよう。

マネージャー集団はそれらの様々な調整と現場指揮にまで駆り出されて

現在進行形で走り回っている。本来の彼らの仕事と少し違う領分ではあるが

代わりに彼らがここでおとなしくしてくれているのであればむしろやらせて

くださいという雰囲気であった。結果的にシンイチのせいで彼の言葉を

破るようにいつもと違う仕事をやらされていたのは何の嫌がらせだろうか。

余談だが残りの壁や他の場所にあった危険物と者は排除され、

新しい機材もシンイチは問題が無いと居丈高に許可を出した。

何様だこいつは、というのがモニカの正直な感想である。

というよりその場で口と拳で訴えて一悶着あったのは10分前。


「…………」


その時の、弟を叱る姉、姉に不承不承に従う弟、のようなやり取りからは

想像できないほど控室内は静かであった。正確にいえばある事柄以外の音が

一定時間出ていない、だが。優れた防音性と誰が張ったか幾重もの結界の

ために外部の音や衝撃が伝わらないこともあってその音は妙に響く。

音の持ち主はソレに集中しきっているようであり、その様子に

残りは絶句するように固まっているか苦笑しているかであった。

前者がモニカで後者がミューヒ、そして当然原因はシンイチである。

なにせ彼はとてつもなく、素早く、たくさん──────食べていた。


「………ねえ、彼の胃袋ってもしかして宇宙?」


とんでもない量が入るという意味で。


「どちらかといえば溶鉱炉か何かじゃないかな?」


とんでもない速さで溶かすという意味で。


「んぐっ、ほっとけ、思った以上に消耗しちまったんだ、あむ、あぐっ。

 大量に取り込んで補充しねえともたねえんだよ、ごくごくっ」


女性二人の評価に文句をこぼしながらも食事を続ける彼。

それは最低限のマナーさえ守る気の無い豪快な食べ方。

鍋ごと引っ繰り返し、お玉で掬い、大皿をスプーン扱い。

味わうというより流し込むに近いそれはもはや作業である。

食器を鳴らし、口を閉ざさず次々と放り込むので下品。されどそんな

食べ方でも徹底して米粒ひとつ汁一滴飛ばさず残さぬなのだから不思議だ。

じつはシンイチが根回しして手配していたのは補充スタッフや補充機材だけ

ではなくケータリングもだったのだ。現在スタッフとモニカ、ミューヒが

口にしている夕食はそれである。元々用意されていたものは“危ないモノ”を

除いて彼の胃袋に現在消えている最中だ。こちらは配膳等のスタッフも

早々に帰ってもらい、彼はほぼ取り分けられる前の状態の数十人前の

料理を大柄とはお世辞にも言えない体に全て取り込んでいた。初見の

モニカが絶句し慣れてるミューヒすら苦笑するも当然といえた。


「私もライブ前とかは人より食べるけど、すごいわね」


「確かに、いっそどんな消化してるかデータ取りたいぐらい」


彼女達もそれなりの量の食事を取ってはいる。

歌唱というのは見た目以上にカロリーを消耗するためか。

本人がそういう体質なのか一人前としてはかなり多い取り皿と

その上に彩られた各種料理の総数は成人女性としては三人前を越える。

ミューヒはもとよりガレスト世界の戦士。前線に赴く彼らはカロリー消費

が激しいと一般人からするとあり得ない量を平気で食すがこれほどではない。


「げぷっ、くそ、ほんと何もかも底が浅いから何かするたびにこれだ、あむっ!」


切り分けられる前のローストビーフを丸かじりしながら悪態をつく。

ステータス的に、体質的に、体力も魔力もカロリーもあまり体に溜まらない。

技量ランクの高さゆえ燃費はいいのだが各種タンクが絶対的に小さいのである。


「んぐっ……ああ、もっと味わって食いたかったぜ」


心底“ソコ”が残念だという声を漏らしながら暴飲暴食を彼は続ける。

そっちかよ、というツッコミを内心で漏らしながら女ふたりは顔を

見合わせて苦笑する。そして自分達も食事を再開させた。目の前の

ある意味で食欲を減退させかねない光景は意図的に無視しつつ。


「ごめんねぇ、ここまで偏ったやり方するとはさすがに思ってなくて」


それゆえか。自然と会話はこの二人の間で始まった。

ミューヒがそういえばと前置きしながら隣に座るモニカへと簡単に謝る。

何に対してなのか分からないほどこの1、2時間の間にあった出来事は

方法として(・・・・・)偏ってないとは言い難い。一応はカレ側にいる彼女としては

謝罪の一つもしておこうとそう口にする。それが形ばかりなのは

おかしそうに笑ってる顔で明白だが、モニカは肩を竦めるだけ。


「いいわよ、別に謝らなくても。驚きはしたけど、時間がないのと

 相手がとんでもない奴らなのは分かったから今は飲み込んでるわ」


「…教会のあれを見た人はたいていそう思うでしょうね。

 けどそのわりにはお目付役に真剣だった気もするけど?」


そんなことここに来る前から分かってたでしょう。

本当は何が目的で彼と行動を共にしたのかしら。

言外にそれらが含まれた言葉はモニカの耳に十全に届いていた。


「あなたはアレが野放しにしていい男に見えるの?」


「生憎とつなぎとめる鎖がありません」


彼の行動を制限するのはとてつもなく難しいと主張する彼女だが、

暗に野放しにするのは問題だとモニカの主張を認めてはいる発言であった。


「というかそんな見ればわかること理由にされても」


「あら、誰のせいだと思ってるのかしら?」


「さてはて、君の行動は君の選択の結果だからわからないよ」


「キツネじゃなくてタヌキだったのね、あなた」


「今は猫なんだけどにゃー」


うふふ、あはは、と笑いあう両者だがその目は笑ってない。

何が目的だと訝しげに射抜くような目線を向けるモニカ。

何を考えているのか正直に吐けと目で訴えるミューヒ。

火花散る、程ではないにせよ女同士の笑顔と言葉の裏での駆け引きが続く。

肌色以外は外見の色合いが似ている両者が向かい合う光景はどちらも整った、

そして対照的な特徴の容姿を持つゆえ“絵になる”が凄まじい不穏さもあった。

シンイチは聞いてはいるが知ったことではないと暴食に励んでいたが。


「育てのお母さんに薦められて意識しちゃったかなぁ?」


「お生憎様、こんなお子様こっちから……っ、子供?」


「ん?」


「ああ、ああっ、やっとわかったわ。

 色々やらかすから分からなかったけど、そうよ子供なのよこいつ!」


自らの発言にいま気付いたとばかりに若干興奮気味に彼を指差す歌姫。

この反応は予想外だったのか困惑気味なミューヒは率直な気持ちを口にする。


「ええっと……説明プリーズ」


「たまにいたのよ、うちに来る子達の中にこういう子!

 人付き合いが苦手過ぎて突き抜けちゃったみたいな!

 まあ、さすがにここまで無茶苦茶する子はいなかったけど……」


──彼並の子供が量産されていてたまるか!

咄嗟の心の声を抑えながら「具体的には?」と続きを求めれば

モニカは「程度や方向性は各々で違うけど」と前置きしつつ応じた。


「どうせ苦手、下手だからって最初からみんなと没交渉だったり」


「ん?」


「自分の中では理屈が通ってるから周囲から見れば突飛な行動をしたり」


「ほう」


「興味の無いことへはものすごく反応が鈍かったり」


「ああぁ」


「でも人嫌いとはまた違うから、妙な距離感で周りを見てたりする」


「うんうん」


まるで見てきたようだと彼女は笑う。

彼を約一か月半見続けた者として感心するしかない内容だった。

尤も笑っているのはシンイチのとんでもなさを『子供』と一括りに

出来てしまった事に妙な納得をミューヒ自身が覚えてしまったためだが。


「悪かったな、面倒臭い子供で」


たださすがにそこまで自分を話題にされてしまうと彼も聞き流せなかったのか。

不貞腐れたように一口大のクロワッサンをスナックのように口に放り込んでいく。

その様子にクスリと笑みをこぼしたのはモニカだ。


「あら、私は一言も面倒だなんて言ってないわよ?

 …ふふふ、こんな風に自分をダメな奴だと思ってることも多いわね」


「なるほど、確かに」


「何がだ、くそっ!」


後半隣のミューヒに向けて語れば頷きが返ってきてモニカは満足げであり、

シンイチは渋面である。概ね、全く否定できないため、だが。


「こいつの場合若干天然入ってたり、面倒見の良さもあったりするから

 それだけで全部判断はできないけど……そっか、だから見張っておきたかったのか」


難儀な性格も含め二重の意味で何をやらかすか分からなかったから。

これまで年長者として見守ってきた子達と似た気配があったから。

そういうことかと納得の息を漏らした彼女へ。


「─────本当にそれだけか?」

「え?」


一転して硬い声で問うてきたのはシンイチだ。

それは一瞬前までの拗ねたような声色とはまるで違う抑揚のない代物。

詰問かというそれに訝しげな顔を向けるモニカに彼は食事の手さえ

止めて射抜くような鋭い視線で再び訴えてくる。

本当に、それだけなのかと。


「………」


彼女はどうしてかそれになんら答えを返せなかった。

肯定や否定どころか解らないとさえモニカは口にできなかった。

それを彼女自身が一番驚いて、絶句すると口許を若干震える手で覆う。

その表情に一瞬浮かんだ色がなんであるかは本人以外にしか解らない。


「え…?」


「自覚があるんだかないんだか…」


さて、どうしたものか。続いて告げるべき言葉を頭に並べながら

口を開きかけた彼だったが突如響いた無作法な電子音に遮られてしまう。


「ぬ?」


それは昔ながらというべきか。あるいは初期設定の音というべきか。

電子的に再現されたベルの音が誰かからの連絡を持ち主に告げていた。


「……せめてマナーモードにしておこうよ」


それが彼のフォスタから出ているものだと察した彼女の呆れ声に

だがシンイチは冷静に首を振った。


「しておいたはずなのに、鳴りやがった」


どういうことだと懐から取り出したフォスタの画面をミューヒもまた

覗き込むと誰よりも先にそこに浮かぶ文字をそのまま読み上げた。


「ヒツウチ?」


「あら、そういうの出ない方が…」


いかにも怪しいといいたげなミューヒと常識的な訴えをするモニカの前で、

彼は僅かな躊躇いもなくフォスタを耳に当てて即座に口を開いた。


「何の用だ?──────武史」


彼女らが共に困惑した様子を見せたのを余所に彼の耳は

フォスタの向こうから口笛を吹くような音を確かに聞いた。


『まいったね、なんでわかったんだい?』


「このタイミングで俺に非通知でかけてこれる(・・・・・・)奴なんざお前ぐらいだ」


『出た、根拠があるんだか無いんだかよく分からない山勘。

 ……毎回地味に当たってるから、地味に怖いよ』


「馬鹿を言うな、その程度で怖がるタマかてめえは。

 それよりこっちは忙しいんだ。用件をさっさと言え」


バレたか、と軽く笑った武史は声色に真剣さを足すと厳かに語る。


『まず最初に──────稀代の歌姫にまで手を伸ばすとか順調にハー』

「切るぞ」

『待った、待って!』


しかしシンイチの想定以上に低く問答無用な声に慌てたように声をあげる。

ここで本当に切られたらたまらないとすがりつくように。それで彼が

溜め息一つ漏らしたのを了承と取って本当の用件を口にした。


『一応報告だよ。言われた通り危ないモノは全部撤去したよ。

 これより先あの三都市で何かあっても僕は一切関係ないからね』


「今だけはそういう事にしてやろう、で次は?」


この先疑わない免罪符にはならないという釘刺し。

それだけでわざわざ連絡などしてこないだろうという確信。

短い一言に込められた意図を察しながら、武史は乾いた笑みをこぼす。


『あはは、やっぱ引っかかってはくれないか。

 まあ別件というか、君をちょっと甘く見てたなと思って』


「は?」


『気を付けろって言った数時間後にその実働部隊に遭遇とか……

 なんていうリアルフラグ体質っ、主人公してやがるぜ、ぷくくっ!!』


遠慮なくからかう武史のこれまた遠慮のない噴き出し笑いは大いに

シンイチの癪に障った。理由の概ねは相手が武史だったからだが。


「フラグ立てたのはお前だろうが! せめて謝れこの野郎!」


背後の彼女達がひくつく程の怒声が出たが相手は形ばかりの謝罪だ。


『アハハッ、ごめんごめん。

 しかし蛇の部隊を撃退するなんて……君はあの武器以上ってことか』


すごいじゃないかと─ふざけて─讃えるような空気で語る彼に、

だがシンイチは即座に重たい声色で諭すようにただただ忠告する。


「おい武史、これだけは言うぞ。

 アレには手を出すな。出せば俺は……お前を消さなくてはいけなくなる」


『げ、声マジじゃん……奴らそんなもんに手を出してたのか?』


「アレは今の人類が手を出していい技術、いや概念じゃない」


『技術者としては興味深いが、僕は君とケンカしたいわけであって

 君のトラウマになりたいわけじゃない……いいよ、手は出さない』


やけにあっさりと。

軽い調子での承諾にシンイチが浮かべた顔は苦々しいもの。

だがそれはその態度についてではなかった。


「そこを気遣ってくれるなら最初からおとなしくしてろよ……で他は?」


言っても無駄だろうがと愚痴のようにこぼしつつ、さらなる本題を問う。

これにはもうからかいネタも無かったのか武史は素直に口にした。

彼がこのタイミングでケンカ中の幼馴染に連絡を入れた本当の本題を。


『実は予定と違う動きをしてるモノがあってね。調べてみたらあら大変。

 ちょうどライブ中に会場の真上らへんを通ると判明したときた』


「何がだ?」


真上、と言われて見えはしないが自然と天を見上げたシンイチの姿を

知ってか知らずかどこか楽しげにすら聞こえる声で彼はそれを告げた。


『────────どっかのレーザー攻撃衛星』


一瞬さしものシンイチも動きを止めた。そしていくらか目を瞬かせると一言。


「……マジ?」


『マジ! これ本当は某国が秘密裏にあげてた奴なんだよ。

 高度3000km付近の中軌道にいるステルス性抜群の隠し玉。

 けどこの様子だと裏で噛んでたんだろうねぇ、蛇だけに!』


「一ミリも笑えねえぞ、おい」


下らない洒落に溜め息すら出ないままシンイチは頭を振った。

彼の持つ特異な感覚でもさすがにその高度は遠すぎる。地球上なら

何らかの情報媒体を中継して把握も可能だが()へは繋ぎが少ない。

そもそういった存在を気にするようになったのはつい数時間前からだ。

完全な対応体制を築くには短すぎる話だ。が。


仮面(オレ)がいると分かってるから大盤振る舞いか。

 見境なしだな、まあ武器が強力強大な分には俺も都合がいい(・・・・・・・)


それはイコールで対策が無いということではない。


『ッ』


薄らと笑みを湛えたような言葉を聞いて知らず頬を引き攣らせた武史。

電話口からは決して見えないがその三日月を彼は見た気分だった。


『うわ怖い、その様子だともう衛星(ソラ)の対抗手段は構築済みですか。

 そういえば昔から対応しなきゃいけない問題は早々に片づける方だったね。

 まあ逆に君的優先度が低いと延々後回しにしちゃうんだけど』


怯まされた意趣返しか単なる思い出話か。

そんな所を揶揄すれば「ほっとけ」という苛立ったような拗ねた声。

武史はそれに素直に破顔するだけだ。やはり変わらないなぁ、と。

それにを気を良くした、わけではないが彼の口は求められたわけでもないのに次を語る。


『ああ、そうそう実はもう一件厄介ネタがある。

 こっちはまだ蛇の仕業じゃないかって噂されてる程度なんだけど、

 今日のやりとりで確信したよ。これはきっと君の担当範囲だ」


「俺の担当範囲?」


何の事だと訝しげな声そのものには答えず武史はそのネタを語った。

それはいとも簡単にシンイチの表情を硬くさせるものだった。


『目撃例は今の所ガレストだけだけど………銀の巨人が出た、らしい』


「……銀、だと?」


『巨人じゃなくてそっちに引っ掛かるか。多分その想像通りだろうね』


「奴らそこまでやってたのかっ……いやそっちが先か?」


『さて、詳しい情報は僕より無銘の槍やその部下達に聞いた方がいい。

 僕は噂程度しか知らないし、ソレは調べない方がいいんだろ?』


消されちゃうからな、と嘯く武史に俄かに強張っていたシンイチの顔が緩む。


「……そこだけ素直になられてもな。いっそ全部やめてほしいんだが?」


『アハハハ、悪いね。僕も色々あるんだよ』


色々で誤魔化すなと思いながらシンイチは嫌味ったらしくこう返す。


「真面目に働け、社会人」


が。


『真面目に勉強しろよ、高校生』


ごもっとも且つ似た事を言われて、両者共に黙り合う。

しかしそれは相手の言葉が刺さったのではない。言うだけ無駄と再認識しただけ。

互いに“こいつが言われてするわけが無い”と思っている辺りさすが幼馴染か。


『……まあいいか。それより色々教えたんだ。こっちも聞いていいかい?』


「好きにしろ、聞く分には自由だ」


『言うねえ……じゃあお言葉に甘えて─────今回はどう収める気だい?』


それは端的ながら半端な答えなど許さないという力を持った問いかけだった。

最初が砕けた口調だったゆえに余計にその意志の強さははっきり伝わる。

しかしその中身は短く且つ唐突ゆえに意図が見え難い。だが、

どう戦う。どう防ぐ。どう倒す。どう終わらせる。ではなく、

どう収める、という問いは武史が何を懸念しているかをシンイチには

明確に伝えていた。


「当然、俺が望む形にだ」


だからこそ彼の答えもまた端的で、語るべき中身が無くても通じ合う。

お前の懸念通りだ、という武史からしてみれば困った返事ではあったが。


『やっぱりかぁ』


だが同時に確信してもいたのだろう。武史の反応は非常に軽い。

それでもその声に諦めと呆れと苦笑と溜め息と疲れがあるのは気のせいか。


「………文句があるなら一応聞いてやるぞ」


しっかりとそれらも聞き届けたシンイチがにこやかに語れば、

電話向こうの武史の背筋はぶるりと震えて、なんでもない、と言いかける(・・・・・)

この程度の圧力に易々と屈するようではこの男の幼馴染などやってられるわけもない。


『まったく君って奴は……そこまでしなきゃダメかい?』


「イイと思っちまったんだ。仕方ないだろ」


呆れた声色で遠巻きに非難すれば子供じみた理屈が返ってきて武史は笑うしかない。

概ね、彼らしい、と思えてしまうからだが。


『ハハッ、君はそれで全部を敵に回せるからホント怖いよ。

 けどまあ同感かな、僕も彼女の歌は嫌いじゃない……あれを消そうだなんて、

 所詮は蛇といったところか。物の価値が分からない輩は可哀想だねぇ』


「同情してる声じゃないぞ、悪党」


『ふふ、なら悪党は悪党らしく安全な場所から覗いていようか。

 君がそこまで本気なら、ゆっくりと高みの見物できるというものだしね』


暗にもう安心だといいたげな武史にシンイチはだが不満げに鼻を鳴らす。


「ふん、観客気分とはいいご身分だことで……まあ好きにするがいいさ。

 どの道、明日で終わる話だ。そのあとはどうせお前だろう?」


『ああ、ガレストで待ってる。それまでは下手をうたないでくれよ?

 折角の宣戦布告(ケンカ宣言)後に相手が即退場とか僕の格好がつかないし』


「お前こそ、あっさり警察にでも捕まってみろ。盛大に鼻で笑ってやる」


両者の現在の関係性を思えば、当然且つ不適切である遠慮のない煽り合い。

どうせそんなことは起こりえないだろうが、という前提が互いにある話だが

そうなった時にどれだけ相手に小馬鹿にされるかは想像に難くない。否、

言葉にされた時点で明確にイメージできているとさえいえる。

だからだろう。


『「アハハハッ」』


まるで示し合わせたように同時に笑い出す両者だが、その声は共に硬い。

そうしてひとしきり笑い合った二人はそのまま同時に通信を切った。

一瞬奇妙な沈黙が場を支配したかと思えば彼は静かにフォスタを

懐に仕舞うと一拍ほど間を置いて────吠えた。


「あのデバガメガネ! また覗いてやがったな!!」


怒声、空気を震わす。

電話の内容からしてそうとしか思えない。が、

どこでどうやってこちらを見ているのかが全く分からない。

霊園で彼が明かした方法は手段のいくつかに過ぎなかったのだろう。

今こうして憤っている事さえ把握されているかもと思えば余計に腹立たしい。

しかし吐き出さなくてはそれはそれで気分が悪いとばかりに壁を拳で軽く叩く。

そうしてわなわなと苛立ちを抑えるように体を震わせていた彼だが、ふと視線

を感じて振り向けばそこには対照的といってもいい視線を向ける女性が二人。

その存在を忘れていたわけではないが幼馴染同士のノリで喋っていたのを

全て見られていたとなれば少し羞恥心を覚えてしまう。


「……なんだ、言いたいことがあるなら言え」


それを誤魔化すようにどこか語気を強めて発した言葉に

まず答えたのは─生─暖かな視線をシンイチに注いでいた方の彼女。


「良かったわ、あなた友達いたのね」


彼女が聞こえていたのは片側だけだったがその遠慮のない言い合いは

シンイチの気の許しようを示していた。それを感じ取ったモニカの視線は

必要以上に暖かく、優しい。思わず彼が顔を引きつらせる程に。


「生暖かい視線どうも!」


同情的ながら心底喜んでいるかのような視線には屈辱を覚える。

お前は俺の保護者かとツッコミを入れたい気分でもあったが、

そこでもう一方の視線の持ち主がぼそりとこぼす。


「そっか、それが君の友達への態度なんだ。ふーん…」


正直に、面白くありません、と顔に書いてあるミューヒである。

目は半眼で睨んでいるかのようだが耳と尻尾は力無く垂れており、

出会ってまだ数時間のモニカですら内心を察していた。拗ねているのだ。

不貞腐れているといってもいい。原因が解らないシンイチではない。


「あのな、男友達と女友達の扱いが同じなわけねえだろ」


ボクも友人ではなかったのか。

態度が違うじゃないかと不満げな彼女にシンイチは当然だろと返す。


「男女差別だ!」


「必要な区別だよ!」


「むぅ、詭弁!」


「どっちがだ!」


半ば反射的な非難と反論を皮切りに他愛ない言い合いを始めた二人を

眺める形になったモニカはすぐに堪えきれずといった風に笑みをこぼす。

彼らはそれに気付いているのかいないのか。不満と呆れの視線を戦わせていた。


「っ」

「…」


しかし二人は何の前触れもなく突如表情を消すとモニカの両隣に立ち並ぶ。

そして彼女がどうしたのかと聞く暇もないまま。


「モニカ、セッティングが終わったわ。急いでリハーサル始めるから来て!」

「っ!?」


簡易控室のドアから飛び出すようにテレサが入ってきた。

そのあまりの勢いにか妙に驚いた様子のモニカであるが思わず両隣の二人に

小さく「すごいわね」とこぼすと了承を返して席を立った。護衛の彼らも

まるで一瞬前までのやり取りが嘘のような無表情で後に続く。尤も。


「ねえ、彼女いま一瞬ひどい顔してなかった?

 具体的には君にそれだけかって聞かれた時みたいに…」


「……思ったより重症だな」


その間で交わされた短い会話にはどうしてか歌姫を案じる色があった。


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