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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」
184/285

04-98 彼の無双?3

いつも以上に間があいてしまった………次は頑張る、としかいえないおいらを許してくれ





そうはいってもやることが変わらず、状況も変化していないのなら

この男の行動が変わるわけもなく周囲の反応などどこ吹く風。

いや、この世に自分以外の風など存在すら認めぬという空気を纏って

似たようなことを繰り返すと犠牲者、もとい捕縛者はさらに10名増えた。

シンイチが舞台裏からステージ上に辿り着くまでの間に、であるが。

その頃にはこの騒ぎがいくらか他の場所にいたスタッフにも口伝か

あるいは上からの指示という形でか伝わっており、周囲からは怯えと

警戒の視線を注がれることになった。


「…………」


尤も当人であるシンイチはそれに変わらず無反応。

それ以前にそんな視線を向けられている事に気付いているのかどうか。

彼の場合は気付いていて微塵も気にしていない、といった方が正確か。

ステージの上をそれこそ針でつけた傷すら許さぬとばかりに見回る。

見ている者達が思わず息を呑むほどの真剣さで隅から隅どころか上に下に。

装飾の仕掛けを持ち上げ、巨大モニターに易々昇ってするりと裏側に降りていく。

そして30秒もしないうちにステージに設置された奈落から飛び出してきた。

途端に周囲にはざわめきが響いた。彼の右手には原形が何か分からないほど

ぐちゃぐちゃに折り曲げられた金属の塊が。左手には白目をむいた状態の

誰かが首根っこを掴まれた状態で引きずられていた。そんな彼に周囲を

鋭い視線で見回されたら短い悲鳴も漏れよう。

しかし彼はこれまた無反応でその場に手荷物を放置すると何事も

無かったように今度はランウェイを歩き出すのだからミューヒは

その様子に少なからず苦笑を浮かべていたがモニカは──


「こら!」

「痛っ!?」


──もう何度目かも分からぬ鉄槌の拳を振り下ろしていた。

これまた舞台裏から舞台に上がる短い道のりで、という注釈が入るため

それがどれだけの頻度であったかは語らずとも分かろうというもの。


「愛想良くしろなんて無茶言う気はないけど怯えさせてどうするのよ。

 手を出さない所を見ると他に怪しい奴はいないんでしょ?」


「ぬぅっ」


軽く小突かれただけなのに妙に痛い後頭部をさすりながらシンイチは唸る。

モニカの言葉は概ね正論ではある。実際この場にはもうおかしな物を

所持している者も挙動が怪しい者もいない。とはいえ先程から何度か

続くこの扱いにはモノ申したい感情がある。が。


「はぁ、ステージ及びその上にある機材と人員の洗い出しは終わった。

 少し奇妙ではあるが既に出ているものに問題は少なかったようだ」


依頼主への報告義務という行動で一応収めた。

だがそれに耳聡く反応したのはミューヒの方。


「鉄屑と下手人引きずり出しておいてよくいう……具体的には?」


「ステージ中央に拘束具を展開する機構が隠されていたり、

 巨大モニターの設置部分が一部脆くなっていたりした程度だ」


「………それ、絶対私を捕えてモニターで押し潰そうって腹よね!?」


自分を狙った殺人計画というだけでも十分に背筋が凍る話だ。

それが見上げるほどに巨大な質量で押し潰すというものであれば

モニカが若干顔を青くするのも当然といえよう。が。


「だろうな」

「だろうねぇ」


ほぼ同時に左右からユニゾンした答えはじつに軽い。

露見した段階では脅威ではない。巨大な物体がある時点で読めていた。

またその程度なら初見でも対応できる。そんな考えが彼らにはあった。

無論最大の理由としては対処済みであるという点が大きい。


「当然拘束具はあのようにスクラップにした。仕掛けたのはあいつ。

 強度不足は複数の方法で補強した。例えミサイルが直撃しても

 モニターは倒れんし破壊できないだろう」


「…………それはやりすぎじゃないかな?」


ただ対応の程度においては認識の差はあったが。


「大丈夫、今日明日だけの話だ」


「期限の問題じゃない、と思うのは私だけ?」


「聞かないで…」


稀代の歌姫と呼ばれる彼女ではあるがその感性は一般人の範疇にある。

彼らの“その程度”という雰囲気にはついていけないと頭を振った。

そうかと何故か頷いたシンイチは当然のようにランウェイをさらに進む。

その堂々とした足取りは、どこかおっかなびっくりになっているモニカと

比べるとどちらがこの場の主役か分からなくなる態度であった。


「ランウェイも全体的に妙な脆さがあるが歩きながら補強した。

 内部が空洞で先端にもせり上がりの機構があるのは当初の予定通りか?」


「ええ、演出の一つで使う予定だけど……大丈夫?」


「…………もう問題はない」


()! 何があったのよ!? ねえ!?」


「解決済みだ。行くぞ」


モニカの問いかけに答えることなく彼はそのまま観客席に飛び降りた。

ランウェイの高さはおおよそ日本の成人男性の平均身長ほどある。

周囲には観客が近寄れないためであろう柵が設けられており彼が

降りたのはその内側だ。


「ちょっと、せめて私には説明しなさいって何度言えば!」


「まあまあ」


そこを見下ろすように吠える歌姫だが彼から返る反応は無かった。

さらに怒鳴り付けんとする彼女を宥めたのは何故か先程からその役目を

受け持つ事になってしまったミューヒである。いつもの笑顔ながら

内心では少々げんなりしている。だから、だろうか。


「彼が問題ないと言ったのならもう何も無いって事ですよ。

 説明しないのは……さっきの話であなたが怖がったから、では?」


「え?」


意地の悪い言い方で彼女はおそらくの真相を告げた。


「じゃ、行きますよ」

「えっ、ひゃあっ!?」


そして困惑する彼女に時間を与えないまま軽々と抱えて飛び降りる。

高さはさほどではないがそれでも心構え無しで、しかも他者に

持ち上げられた状態でやるには少々怖いジャンプであった。


「よっと」


それでも衝撃一つもなく不安定さもない見事な着地を見せるぐらい

無銘の槍には朝飯前である。やられた歌姫は若干恨めしい顔だが。

尤もミューヒの営業スマイルの前では無力であった。


「……考えてみたら、いきなり襲い掛かってくるような人だったわね」


その顔にはこいつも非常識だったかという呆れが浮かんでいる。


「あはは、行動を共にしたいという依頼主の意向を考えての行動ですよ?」


他意はないと告げる。誤魔化すとか驚かすとかちょっとしたイタズラだとか

ではないのだとミューヒは誰にともなく胸中でだけ自分に言い訳した。

ただ厳密にいえば現在の彼女はモニカが雇ったシンイチに雇われているので

じつは少し苦しい言い訳でもあったのだが。


「ついてくるならちゃんとついてこい、行くぞ」


「あ、こら待ちなさいよ!」


「っ、な!?」


律儀にもか。下りた位置から大きく動いていなかった彼が彼女達の

到着を見てから動き出す。それを止めようとしたのか伸ばした手と声に

容易に捕まった少年は愕然としながらも苦々しい顔でモニカに振り返る。


「だ・か・らっ、いきなり触れるなと何度…」


「あなたが一人で先に行くからでしょ。

 変な気遣いするぐらいならちゃんと私の手が届く範囲にいなさい」


「あのな、いま俺が何やってるか分かってて言ってるかそれ?

 危険物探してんだぞ、護衛対象つれてるだけでもおかしいってのに」


「でも拒否はしなかったじゃない、あなた。

 どっちかというと目が届く位置にいた方がいいって顔してたわよ?」


「ぬ」


「まあ、お互い様だけどね」


色々と不安で目が離せないと告げるモニカにシンイチは渋面で溜息だ。

そんな彼らの様子をどこか微笑ましく見守りながらもミューヒは内心

自らを省みて首を傾げる。


「なんなんでしょうね?」


ついさっきの言動を、らしくない、と思ってしまうのだ。

厄介な役割を押し付けられた仕返し、なんて言い訳では誤魔化せない。

本音は別にあると端からミューヒは分かっていた。


「言う気無かったのに、誤解されたままなのが嫌だ、とか何それ?」


彼女に、彼が。

入れるべき言葉を省いた独り言をもらしながらモニカの背後につく。

ここまでの行動でおそらく彼に多大な恐れを抱いているその他大勢には

彼女(ヒナ)もさして気にしていなかったのにモニカだけは嫌だったのだ。

モニカにあったのが彼の勝手さへの憤りというある意味正しい感情で

あると分かっていても、気に入らないと感じていた。

何故だろうという思考は、しかし彼らの会話で流れていく。


「ところで観客席にまで来てどうするの、何もないわよ?」


言い合いもそこそこに。

突如話題を変えた歌姫は、ふと周囲をぐるりと見回しながら疑問を口にした。

野外ライブという事もあって観客“席”といっても足元は芝生であり、

基本立見席。また観客同士が入り乱れすぎないように、そして舞台との

近さで僅かに金額が違う事もあって一定範囲ごとに区切りの柵があるだけ。

スタッフの姿はなくナニカを仕込めるだけの物体は無い。


「一番怪しいところがこの下にあるだろうが」


しかし彼は否といって足で芝生を小突く。

ああ、と理解した声が背後から聞こえたモニカも続くように気付く。


「……地面の、下?」


「どこぞの建物の中よりは、仕込みやすい」


ライブ会場がここに決まる過程を調べる限り誘導された節がある。

事前に仕込んでおくこともできただろうし仮にも土の上である。

人目を避けて少し掘るだけで、どこでも、なんでも、埋め放題。

それがシンイチの主張であった。


「何かがあるの?」


「それを調べている」


そのためとっくに彼の意識は地上から地中へと向けられていた。

異物や仕掛けが無いか。感覚という名のセンサーが種類を問わない異常を

探していく。幼馴染から指摘されたフォトン感知のみを頼った方法など

もはや使ってすらいない。純然たる彼の本気の感覚探査。技量Sランクの

五感による本気は最新鋭の探査システムを軽々上回る。

ただ単純ながら致命的な欠陥として使うだけで異常な疲労感と

カロリー消費を伴う点がある。いま彼が少し強引なのは他に気を

使う余裕がないという理由も1割ぐらいはあったのだ。


「……ちっ」


そうして僅かな空白のあと彼が見せたのは苛立たしげな舌打ち。

誰かがそれに何かしらの反応を返す前にその腕が地面に向けられる。


「少し揺れるぞ」


指を鳴らす。げ、と零したのはミューヒだけ。

そのパチンという音が響いた直後に突き抜けるような衝撃が大地を揺らす。

しかし一度だけ、それも感じ取れるというだけの揺れを殊更問題視する声は

彼女らが認識できる範囲の誰からも上がらなかった。せいぜい地震かと疑う

声が出る程度で、それも揺れの持続性と激しさの無さに興味はすぐに失われた。

良くも悪くも地震大国日本ゆえの反応ともいえる。だが。


「………あなた、今度は何したのよ?」


彼の行動を見ていた者はそうはいかない。

苦笑を浮かべるミューヒを余所にモニカは若干顔が引き攣っている。

それに若干面倒臭そうな溜息を吐いた彼は、しかし淡々とながら答えた。


「異物を片づけただけだ。あと無害な物質に分解中だ」


「か、簡単にいってるけど相変わらずすごいことやるね、君は」


ナニカが埋まっていたらしい。

それを直接触れることもなく処理したらしい。

そして現在その残骸は目視されることもなく分解中らしい。

いつものことといえばいつものことだが何をどうすればそんなことが

可能なのかと常識外の行為にもはや苦笑するしかない。慣れたともいう。

幸か不幸か荒事あるいは異世界の技術に詳しくないモニカはそういう事も

出来るのかと逆にあっさり受け入れていた。されど。


「────なんか不満そうな顔してるわね。

 見当違いなことで褒められて不機嫌な子供みたい」


実際とんでもないことを仕出かした彼の顔をそう評した。

いわれてみればと納得気味のミューヒだが言われた当人は

聞こえていないのか視線を下に向けたまま観客席を見回りだす。

それに一回眉を寄せたモニカは、しかしすぐにその後を追った。


「やっぱこいつ聞こえてない(・・・・・・)……」


意味深な呟きをミューヒだけに聞きとられながら。






「こ、これ以上はもう無理です!」


それは観客席の見回りを終えて─あれ以上は何も無かった─会場を覆う壁を

彼が直接触れながら調査していた時。ソレもまた技術の底上げで作られた物。

持ち運びと設置の容易さから昨今ではイベントごとで仕切りや今回の壁の

ような使い方で多用されている。種類によっては防音や防弾仕様のものさえ

あり、今回の野外ライブ向けのソレらは音が外側に漏れにくく且つ接地面の

隆起に対応できる特殊バランサーと若干の形状変化機能が付随していた。

それをおおよそ半周調査した辺りでテレサが今にも泣き出しそうな顔で

駆け寄ってきて、もう許してとばかりに最初の台詞である。


「どうしたのよテレサ?」


「ふふ、何が無理なの?」


純粋に困惑していたモニカと違って、その訳をおおよそ察していたのに

問いかけるミューヒの顔は若干あくどい。尤もシンイチに至っては一瞥

しただけですぐに壁に意識を戻していたのでどちらがいいかは考え物だが。

ここまでで構造的脆さの指摘、フォトン向けのECMの発見などがあった

以上そちらを優先するのは適切といえるが後々を思えば彼にとっては問題

ではなかったからだろう。


「これ以上は不審者を置いておく場所がありません!」


「え?」


「あはははっ、やっぱり!」


「…………」


モニカ。ミューヒ。シンイチ。困惑。大笑い。無反応。である。

壁を見て回っていた最中も彼は目敏くその手の物や者を発見しては

問答無用で叩き潰してきたのだがついに彼女達では対応できない数に

なってしまったらしい。


「そもそもこんなに人員や機材が無くなったらライブ自体ができません!」


「………嘘でしょ?」


ここまでずっと間近で見ていたモニカは倒された人数、そして

壊された機材の数自体は把握していた。ただ彼女はあくまでライブの

主役であって主催者でも企画者でもないため必要な数というものへの

認識が甘かった。さらに。


「それ以外も何人かは怖くなったのか。

 辞めると言い出したり、勝手に逃げてしまったりで…」


「あぁぁ」


どこか納得した顔でシンイチに視線を集めた女性陣である。

周囲から見れば確かに何か怪しい代物を見つけてはいるのだが、

捕えられた人がそれに関わっていたかどうかは対外的には証明

されないまま倒され、捕えられてしまっている。不審物の多数の

発見という事態だけでも恐ろしいだろうに見つけている者の手段が

これまた問答無用に暴力的過ぎたのである。巻き添えを恐れて

逃げようとしたとしても心情的には責めにくい。仕事の放棄に

なるため後々何らかのペナルティを受けるのが決定しているので

余計に同情的になってしまう。


「問題ない。そろそろ、いやもう着いた」


代わりにか。

責めるような視線の集中には彼もさすがに声を返した。

こちらを見向きもしないままに、だが彼は解決済みだと言外に口にする。

なにが、と誰かが問うより先にテレサに通信が入る。彼女がつける

インカム型翻訳機は同時に通信機でもあったようだ。


「はい……え、なに、駐車場に何が来たって……………はあぁっ!?!」


「テレサ?」


「………ぞ、増員スタッフと予備機材がいま着いたって、しかも充分な数が」


「は?」


「だから着いたって言ったじゃないか」


愕然としながら信じられないといいたげな彼女に届いたのは相変わらず

壁を調べている男の呟きであった。この状況にあってはその手がライトを

叩き潰していることなど気にしていられなかった。


「ど、どうやったの?

 聞いたらうちとは全然付き合いの無い所っていうじゃない…」


「無いから選んだ。一応俺もチェックはしておいたが今から送る名簿以外の

 連中がいたら問答無用で排除しろ、あっちのトップには話がついている。

 機材はあとでまとめて調べるから置いておけ」


「は、え、ちょっ、なんで!?」


微妙に答えになっていない答えに続くように送られてきた情報。

アドレスを教えてもいない自らの端末には顔写真付きの名簿が届く。

愕然とするテレサに「気にしないのが一番楽だよ」という有難い

お言葉を与えたのはミューヒである。これに─無理矢理でも─納得

するしかなかったテレサは取って返すように駆け出した。

突然の増員への対処に向かったのだろう。


「……あなた本当に何をしたの?

 うちは二世界全体を股にかけて活動するから日本の業界だけを相手に

 してる所とは少し噛み合わない。だから互いに距離を取ってたのに…」


モニカは場所と時間とテレサの反応からどういった所から人が来たのかを

おおまかに推察していた。だからこそ驚きである。そんな関係の相手から、

しかもこんな直前に働きかけて、欠けた人や物を楽々補充できるだけの数を

用意させるなんて離れ業は実質不可能なはずだ。しかし。


「世の中たいていのことはカネとコネとネタがあればなんとかなる」


それをこの少年はたいしたことでもないように言い捨てた。

尤もこの話題になってから初めて彼女を見たその顔はしてやったりな

笑みでいっぱいであったが。


「つまり、乗り込んで(コネ)札束(カネ)で叩きながら、弱み(ネタ)で脅した、わけか。

 わりと君の常套手段だよね、それ!」


「言っただろ、大人を動かすには物理的な手段が一番楽だと」


あははと笑いながら解説するミューヒと唇を吊り上げて笑うシンイチ。

そこにあるのは悪戯が成功したとばかりに喜ぶ悪童のそれだ。ゆえに。


「なに笑ってるのよ、この悪ガキ!」

「あぐっ!?」


歌姫によって頭を鷲掴みするように押さえつけられてしまう。かなり乱暴に。


「あのね、知ってるかな? それ脅迫っていう立派な犯罪なの。

 確かに私はライブの成功も依頼したけどそこまでしろと誰が言ったのかしら?」


それでいて声は冷静っぽい口調で紡がれるため妙な迫力が備わっていた。

怯むシンイチではないが物理的にはもう負けが入っていた。悲しいかな

彼女の方が背が高いのである。


「まっ、待てって、ちょっ!!」


ぐりぐりと、ぐいぐいと、長身の体格差で押さえつけられ身動きができない。

逃げたミューヒはまたも信じられないモノを見たといわんばかりの顔だ。

モニカ自身は我慢できなくなったのかついに感情を爆発させる。

彼の目論みにはもう見当がついてしまっていたのだ。


「そもそもこういう根回ししてたって事は全部計算通りってわけ?

 乱暴に振る舞ったのは半分ぐらいはパフォーマンスだったんでしょ!!」


そうすることで自発的な分も含めて最初のスタッフたちを追い出す為に。

どこにどんな形で『敵』の手が入ってるから分からない者達を早々に

排除したかったのだろう。その理屈はここまでの危険の数を見せられれば

説明が無くともモニカとて理解するしかなかったがそれでも幾人かは

顔見知りもいたのだ。快く流せる話でもない。


「こら揺らすな、やめっ、おおっ!?」


頭を押さえられたまま少年は彼女の感情のまま身体を右に左に揺さぶられる。

何故か(・・・)抵抗ができないシンイチはされるがままであった。


「答えなさい、どうなの!?」


そのうえで掴まれたままの頭を彼女に向けさせられ、正直に答えなければ

ひどいわよ、と書いている顔を見せられて正直に苦笑いを浮かべた。

──これは逆らってはまずい気がする


「…そ、そういう面もあったりなかったり……?」


だが、そう思っても彼は積極的に否定も肯定もしなかった。

彼女の心情は察したもののそれでも曖昧な言い回しで苦笑し続ける。

美女が見せる鬼の形相というものはそれだけで恐ろしいものであり、

それを至近距離で直視し冷や汗を流しながらも、それでも彼は濁す。

一瞬驚いたような顔をした彼女はけれどすぐに鋭く睨み付ける。

曖昧な笑みを浮かべながらそれを正面から受ける彼は、だが決して

その視線から逃げることはしなかった。モニカはその態度に何を

感じたのか静かに手を放す。


「ふんっ!」

「だっ!?」


これが仕置きだといわんばかりの拳骨を置き土産に。


「はぁ、どうしたらこんな面倒な奴に育つのかしら…」


痛みに頭を抱えてしゃがみ込んでいる彼を見下ろしながら溜め息。

だがモニカのそれには侮蔑の色も呆れの色もなく、どこか肯定的で

暖かな色があった。


「大丈夫?」


ミューヒはそれを不思議そうに横目で眺めながら蹲る彼に問う。

彼女からすれば彼が本当に痛がってる事の方が不思議であったのだ。


「くそっ、全部が何も役に立たねぇから普通に痛いっ」


若干の涙目で顔を上げた彼の呟きに一瞬顔を強張らせたのはミューヒだけ。

不敵に笑ったモニカは体勢的にも見下ろすようにしながら鼻で笑った。


「それで一応見逃してあげるんだから感謝しなさい悪ガキ」


「……お前やっぱり俺を見張るためについてきやがったな?」


「え?」


「あんなの見せられたら当然でしょ、何やらかすかわからないんだから。

 それともあなたまさか自分はそんな男じゃないとでもいうつもり?」


「くっ、何一つ言い返せない!」


「…君って変な所で素直というか潔いよね」


よく見た態度であっさり認める彼にミューヒはただただ苦笑である。

ただモニカはこれにそんな話じゃないとばかりに首を振って話を進めた。


「単にそうだと思っててほしいだけじゃないの?

 それより残り半周さっさと調べてよね。補充が来たなら多分私は

 説明も兼ねて通しでリハでしょうからその前までにはやってちょうだい」


「偉そうに…」


「依頼主ですからね、ちゃんと出すもの出すんだからきびきび働きなさい」


「…これでじつは手配してなかったとかになったら怒っていいか?」


「もうやってもらってるから安心して。

 まあ、あなたほど早くはないでしょうけどそこは我慢なさい」


あなた並に非常識な速さを求められても困るわ、といいたげな彼女に

若干恨めしい目つきをしたシンイチだがすぐに分かったとばかりに頷いて

壁の調査に意識を向ける。だがその姿を目で追うモニカは一転して不敵

だった表情を不満げなそれに変えながら人知れずこぼした。


「ちょっと安い報酬な気もするけどね」


「これがそうでもないんだけどにゃー」


「え?」


聞かれていた事。そして発言そのもに目を瞬かせた彼女に獣耳少女は、

どこか困ったものだといわんばかりの微苦笑を浮かべていた。


「本人にとっては、だけどね」


──ああ、彼は本当に自分への報酬がうまい





──────────────────────────────




じつのところモニカからシンイチへの報酬は中々決まらなかった。

ミューヒは彼に雇われるからいらないという主張が通ったのだが、

モニカが提示した様々な報酬は彼からすると欲しいものではなかった。

当初は普通に金銭を渡そうとしたのだがどういう方法を取ろうとも

まとまった金額を渡そうとすると何らかの形で記録が残ってしまう。

『蛇』なる組織に睨まれている状態ではその金の動きがあっただけで

どこまで調べられてしまうか分かったものではない。この状況では

いつもの手で痕跡を消すという手が使えないのだ。即物的な代物も

結局は同じことであり、一般的に価値のあるものは所有権を動かす

だけで痕跡が残ってしまう。そういうことを説明されるとモニカが

『なら何ならいいのよ』と選択肢を要求するのは当然の帰結であり、

だが投げかけられたシンイチはこれに唸った。


「うーん、参ったな。

 まさか報酬を決めるのに手間取るなんて……後払いじゃだめか?」


「それ結局同じ問題に行き着くじゃない。

 ほら、面倒臭がらないでちゃんと決めるの」


「うぬぬっ」


怠けるなとばかりに叱るモニカと渋い顔をするシンイチである。

おかしなやり取りだと内心笑っているのはその場にいる残りの面々だ。

報酬を支払う方が何か要求しろと詰め寄り、受け取る側に望む物が無く

困っているというのは見ている分には面白い光景であった。しかも

何やらやり取りがしっかり者の姉と自堕落な弟のそれのようである。

先程までモニカを手玉に取った手腕はどこにいったのやら。


「……後々のことを考えると資産価値がありそうなものは軒並みアウト。

 金以外となるとお前が個人的に用意できそうなものでさらに譲渡に

 記録があまり残らないものとなると……」


あるのだろうかと首を捻る彼にそうだとばかりに手を叩いたシスターが一言。


「じゃあいっそのこと信一くん、この娘(モニカ)をもらってくれないかしら?」


「シスター!?」


『ママ待ってうちの巴はどうなるの!?』


「それは依頼に対して報酬が高過ぎます。もらい過ぎはいけません」


何を言い出すのと愕然とするモニカと冷静に淡々と言い返すシンイチ。

あえて無視された刀は別として、これにそれぞれ違う意味で二人は困ってしまう。


「あら残念………本気で言ってる辺りが怖いわね」

──思っていた以上に女たらしな気がするわ、この子


「え、なにこれ、私怒ればいいの? 喜べばいいの?」

──勝手に振られたのか勝手に褒められたのかどっちなのこれ!?


一方で。


「まず気にするのがソコなのが君らしいよ」


シスターの提案を冗談と理解しつつもこれからする仕事の困難さより

モニカ当人は遥かに価値があると簡単に言い切る態度に、それを一番に

口にする所にミューヒは半分感心しつつ半分呆れていた。


「さてどうしたもの……ん、ぶるった……陽介?」


女性陣がそれぞれ纏う方向性の違う複雑な雰囲気に首を傾げながらも

彼はマナーモードだったフォスタの振動に失礼と断りを入れて取り出す。

そして画面に視線を落とし表示された名前と数字にぎょっとする。


「うげ、しまった。返信出来なかったからすごい数……」


同じ人物(実の弟)から反応を求める文字の声が山ほど入っていた。

その一番古いメールから順次読み取っていったシンイチは、だが

読み終えたあと不思議そうに首を傾げるとその疑問をそのまま口から

こぼしていた。周囲を愕然とさせるなど微塵も思わずに。


「はて、モニカ・シャンタール……どっかで聞いたような?」


「へ?」


「は?」


「あらら?」


いっそ清々しい。あるいは皆自らの耳を疑ったのか。

誰もが沈黙を選んで恐ろしいまでの静寂をこの場に呼んでいた。

余談として大笑いしている刀の声が聞こえない二人にとっては、だが。


「あなたっ、私を誰だと思って今まで話をしていたのよ!?」


当然その僅かな空白の後で誰よりも激昂して立ち上がったのは当人だ。

彼が元々自分を知らなかった事は飲み込んでいたもののここまで様々な

ことがあって、話をして、なのに名前をきちんと認識されてなかったのは

稀代の歌姫云々以前に、人として、女として、何かを大いに傷つけ

られたように感じて表情はまさしく憤怒のそれとなっていた。

尤も当然とでもいうべきか彼の返事は非常に軽い。

あるいは抜けていた。


「ん、ああ、お前もモニカ・シャンタールだったな。

 む? 明日ライブするモニカ・シャンタールか?」


「だからその話を今してたじゃない!」


「同姓同名の別人が同じ日に北海道でやってない?」


「やってないわよ!!」


いたらとっくに知っているわよっ、と叫ぶ彼女にそれもそうかと頷く少年。

彼女の激情っぷりに比べてなんとものんびりした空気を纏った反応であった。

尤もモニカが感情的になり、裏でシスターが唖然としているのは彼の発言が

─本人としては─大真面目だと感じ取っていたからだ。その様子にこの中で

最も付き合いが長く、よく見ている(ストーカーな)彼女が笑う。


「あはは、イッチーは突然すごく力を抜くといいますか。

 本当に抜けてることを不意にするうっかりさんで天然さんな所が」


「なによそれ」


『そこが可愛いというか、巴が気になっちゃう所なのよねぇ』


「あら、まぁ」


「それはいくらなんでも………あれ、否定できねえ?」


苦笑に、呆れ、純粋な微笑み、殺気混じりの微笑み、を向けられた彼は

即座に否定しようと自らを振り返ったところで言葉に詰まった。

──ならこれは、俺が悪いのか?


「うむ、すまん。

 どうもお前と歌手のお前が頭でイコールになってなかったんだろう。

 お前の歌手活動を1ミリも知らないから想像(イメージ)が出来なかった」


だから悪いとこれまた大真面目にいうのだから、正に、である。

素で地味に彼女の傷に塩を塗ったと女性陣は呆れるか笑うかだった。


「周囲も本人もなんて苦労しそうな男の子なのかしら」


これはまた難儀な性分だと苦笑めいた微笑みを浮かべるシスターに

だから、というのは宙に浮かぶショウコ()であった。


『だからいい、のよママ。

 だからうちの娘たち(家系)は放っておけなくなる、でしょ?』


困ったものよね、と他人事のように笑う娘の若干透けた横顔に溜め息。

この二人(母娘)が一緒にいれた時間はほんのわずかだったというのに。

その後育った環境は母達(・・)娘達(・・)もまるで違うだろうに。

どうしてこう互いに親も娘も似てしまったのか。

血筋以上の何かをそこに感じてシスターは呆れつつも頬が緩む。


「けどそうならこれは………」


そんな親達の視線の先で少年は何かを思いついたようにフォスタを覗く。

急に黙った彼に自然と全員の視線が集まる中、一瞬だけ彼の表情が歪む。

しかしそれは即座に霧散すると次の瞬間にはまるで違う顔が浮かぶ。


「今回ばかりはいつも通りで助かった、かな?」


それはなんと表現すればいいのか。

言葉にするならおそらく単純に『自然体の笑顔』なのだろう。

妙な力みも無く、あくどい感情も無い。けれど、少し困ったような笑み。

それでいて嬉しさもにじみ出ている顔。しょうがないなぁ、とばかりに

頼ってくる誰かの力になれることを喜ぶ顔。


「………」


奇しくもそれを真正面から見てしまった彼女は息を呑んだ。

同じだ、と思ってしまったのだ。さっきの血縁だからこそのそれとは違う。

それは家族が無く、ここで家族を得たモニカだからこそ分かる家族を

想って笑う顔だ。大切な人達のために頑張ろうする顔だ。彼女がずっと

見てきた育ての親(あこがれ)のそれとよく似たものだ。


「─────欲しいものが、できた」


「……なに?」


「明日のチケットを一枚、ある子に届けてほしい。

 8年前からお前の歌に勇気づけられている一人のファンに」


俺はそれで充分だという彼はとても穏やかで暖かな目をしていた。

自分に向けられたものではないとわかっていてもモニカはその柔らかな

表情からしばし目を離す事ができなかった。見惚れていたといってもいい。

だってそれは彼女という人間が何より好む表情(カオ)なのだから。









「ずるい顔」


『いずれ巴もその中に入れてほしいわ』


「本当にどうしてくれようかしらこの子」


それを眺める形になった三者三様の反応には気付かずに。

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― 新着の感想 ―
[一言] いやモニカヒステリックすぎだろ。命助けてもらって、また狙われようとしてるから多少強引でも守ろうとしてるのに、胸ぐら掴んだり、拳骨落としたり、頭可笑しい
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