04-97 彼の無双2
まだ彼を理解しきれていなかった
あるいは配慮や想像力が足りなかった
この日における騒動を通して彼女が思ったのはそんなこと
出来ること出来ないこと
得意なこと苦手なこと
喜ぶこと嫌がること
優先すること後回しにすること
立場が、経験が、見方が違えば当然見解は異なってしまう
理解した気になっていたのを理解した
気遣っていたつもりが気遣われていた
想定できたのに想定できていなかった
あれだけ色んな部分を見ていたのに、それでも
それでも彼女は心のどこかで彼を─────万能の超人だと思ってしまっていた
その人物の行動を一般常識で見た場合そこには問題しかない。
“彼”が何をしたか。彼目線でいえば『仕事をした』というだけの話ではある。
とはいえそれは正確な表現ではない。正しくは『ただ作業だけをしていた』だ。
この違いは極めて、問題であったのだ。
始まりはスタッフジャンパーこそ羽織っていたが誰も見た事がなければ、
誰も知らない男が簡易控室から出てからだ。他の者達はそれを多少は
訝しんだものの彼らとてスタッフ全員の顔と名を把握しているかといえば
そうではなく、控室から出てきたのだからと各々の仕事にすぐに意識を
戻した。だがしかし、男はそれからが異常であった。
まず近くにあった機材の梱包を勝手に、しかもかなり乱暴に破いた。
これに周囲がぎょっとし注目を集めたが意に介さず彼はその中身で
あった大型スピーカーに腕を突っ込んだ。突然の、堂々とした器物破損。
スタッフたちが唖然として固まってしまったとしても致し方が無い話。
ましてやステータスだのアイ・フォスタだの異世界の常識や技術が流入
してきているとはいっても彼等はその脅威を実感できてはいない一般人。
件のスピーカーも技術の底上げで性能や耐久性が上がった代物なのだが、
生身の人間が素手で丈夫な鉄の箱を突き破れば固まりもするだろう。
その驚愕の間に男は腕を引き抜くと何かのパーツらしき物を掴んでいた。
一瞬で握りつぶされてしまったが。
「え………お、おい、おまえ何を!?」
一番に我に返った誰かが怒鳴るように問い質すが反応は皆無であった。
それどころか彼らは男を見失った。文字通り視界から消えた。代わりと
ばかりに場に響いたのは女性の小さな悲鳴。見ていた、あるいは見えて
しまった他スタッフは後に語る。突然現れたと。その時にはもう彼女の
腕を掴んでいたと。その驚きにスタッフたちは男の顔がもう別人に
なっていることにさえ気付いていなかった。
「おい、あんた何やってんだ!?」
腰が引けている女性の反応になど目もくれず男は掴んだ腕の袖を裂いた。
声無き悲鳴があがったが引き攣った声はあまり響かず、そもそも
気にしてもいない男はあらわになった二の腕付近に巻かれていたバンドを
見つけると黙って引きちぎる。そして流れるような自然な動作で彼女の
首に手刀を叩きこんで意識を奪った。
「ひっ」
崩れ落ちる女性に見向きもしないまま。
それを見た誰かの悲鳴も無視して男は彼女が運んでいた荷物を踏み潰す。
そこに不可思議な紫電を見たのは果たして目の錯覚か恐怖ゆえの幻覚か。
「あいつです、彼がいきなり!」
「おい君! 何をしているんだ!」
そこへ誰かが呼んだのか紺色系統のいかにもな制服を着た警備員が駆けつける。
数は三名。ほっとした者もいたが男は相変わらず無反応で近くに立てかけて
あったエレキギターを躊躇なく縦に折る。警告か牽制のつもりで放った怒声を
無視されたばかりか続く狼藉に彼らも一瞬虚を衝かれる。その間に彼は
中からコードやパーツを引きずりだしてまた握り潰す。我に返った警備員達が
即座に警棒を取り出し、構え、直接的に制圧しようとした瞬間。
「ぎゃっ!?」
順番的には一番後ろにいた警備員が吹き飛んだ。
尤も正確にいうのなら、いつのまにか彼に飛び掛かっていた男の膝蹴りを
顔面に受けたことで蹴り飛ばされた、だ。衝撃で床を何回転かして仰向けで
止まった警備員の枕元には既に男が当然のように立っていた。
「───────っ」
声を発する余裕も何かをしようという思考も周囲には存在しない。
男の動きが早過ぎて、そして一方的過ぎて彼らは理解が追い付かない。
そんな状態に陥っていることなどこれまた無視して彼は足元で
寝転ぶ警備員が装備している無線機を奪うとこれまたまるで
紙屑のように握り潰して何の機能もない破片へと変えた。
「ちょっと、何の騒ぎですか!?」
獣人女性を先頭にテレサやモニカが現れたのは正にその瞬間だった。
倒れているスタッフと警備員。破壊された機材と周囲の畏怖と呆然の視線。
周囲をさっと見回して“誰が”そして“何をやったか”をいの一番に
把握したのは当然というべきか今は赤髪犬耳のミューヒだ。尤も
見なかった事にして帰りたくなったという彼女を誰が責められるか。
「な、なっ、ななななにをやってっ」
その隙にか。
若干遅れながらも状況を把握したテレサは─今は黒人男性の─彼を
指差しながら食って掛からんとしたが、先んじてミューヒが前に出た。
「ちょっと待ったーー!!」
手を上げてのいかにもこちらに注目しろという声の張り上げ。
意図的に出した幼い声色もあって張りつめた糸のような空気に緩みを呼ぶ。
所謂業界人あるいはそこに憧れる者もいたため「お見合いパーティ?」と
呟いた者もいたとかいなかったとか。ともかく結果的に出鼻をくじかれた
マネージャーと警備員達は動きを止め、その隙に彼女はシンイチに詰め寄った。
「なんだ?」
彼女らの登場にこそ一瞥というここまでで最大の反応をした彼であるが、
次の瞬間にはもうさる男性スタッフを当然のように腕を捻り上げたうえで
意識を刈り落としていた。
「何をしてるのかな、君は!?」
「仕事だ」
「は?」
「だから仕事、歌姫の依頼遂行中」
淡々とそういった彼は捻られた手にあった物体を奪い取って投げ渡す。
受け取ったソレは硬貨サイズで1cmほどの厚みがある円形の物体。
日本人なら小さなUFOの模型かと思うそれに視線を落とした彼女は
その目を見開いた。
「自立行動型の小型探査カメラ!?」
頷きが返った彼の視線に翻ったミューヒの動きは早かった。
彼が壊したモノを次々と検分しながらその正体を明らかにしていく。
「発火装置、盗聴器、隠しカメラ、通信妨害波発生機、センサーシールドまで!」
尤もその間にもシンイチは何かを壊すか誰かを捕縛していく。
ただただ黙々と。そして次々と。
「ペン型スタンガンとブレスレット型手錠とはなんとも」
「こっちは違法なガレスト武器じゃないか。
個人携帯の装備だけど地球への持込・販売は許可されてないよ」
「この飲料、微量の毒が入ってるね」
「小型の立体映像投影機?
あ、これ制限解除な上に輝獣の群れの映像しか入ってない」
「わおっ、時代劇でしか見たことないよこんな暗器!」
「お手製の旧式閃光弾とは手間がかかってるね」
そして明らかになる物騒な品々とそれを持っていた誰か達。
丁寧にそれらを、破片となった物も含めて回収しつつ彼らを慣れた手つきで
捕縛していくミューヒ。これに異を唱える者はさすがにいなかった。尤も
ただ愕然として固まっていたと言った方が正しいが。
「ところで相棒くん」
「誰が相棒だ、で?」
「さすがに説明ぐらいしたら?」
作業を進めつつも半分責めて半分諦めな心境ながらも問う。
最初の探査カメラを見せられた時点で察していたがそれは彼女だから。
内訳を声高な声で発していたのは暗に周囲への説明という意味が大きい。
そうする事で犯罪者として─正解だが─通報されるのを避けるためだ。
が、彼は周囲の人間どころかその問題すら全く気にする素振りさえなく
無許可の強制捜査を続けている。そんなシンイチは彼女を一瞥もしないが、
言葉ではしっかりと答えた。
「ダメだ。時間が足りない、意味がない、必要がない。
これはただの嫌がらせでこっちの手際を見極めるカナリアでしかない。
だが邪魔は邪魔だ、先にさっさと片付ける……お前は離れるな」
「………それで私に伝わると思われているのが、悔しい……りょーかい」
一方的な説明になってない説明は、しかし彼女には通じている。
こちらはただでさえ後手になっているのに一々関係者全員に説明をし、
理解を求めて時間を取れば致命的な何かを仕掛けられる恐れがある。
露見したそれぞれは程度の低い─と彼らは思っている─代物であるが、
こういった雑多な代物の中に本命を紛れ込ませるというのは裏の人間の
常套手段の一つだ。またそうでなくとも見逃せる代物でもない。
明らかに彼の推察通りの意図があるのだろう。彼が請け負ったのは
歌姫の安全だけではなくライブの成功もなのだから余計に。
ゆえに問答無用で引きずり出して、持ち込んだ者を含めて強制的に
退場させるのが一番迅速だ。しかし、こうも彼女は思う。
「甘かった」
───学園ではあれで気を使ってた方だったのかぁ!
これに比べれば、名前を呼ばれない限り基本眼中に無し、あるいは、
話が意味のないモノと判断すれば勝手に去る、など可愛いものである。
こんな最初から全員潰す気概で見られているのと比べれば学園生徒達は
まだ人間として接してもらえている。五十歩百歩かもしれないが
この場合の五十歩には天と地ほどの差がある。
「今更どうしようもないんだけどね」
彼の意識を切り替える術は無く、またこれが一番手っ取り早いのも事実。
それにと彼女は思う。程度の差はあれど所詮は自業自得の範疇だろう。
「マネージャーさん、こいつらとりあえず外へ放り出しておいて。
あとの対応は任せるよ、どうせ簡単なバイトか何かだとかで騙されて
何も知らずに運びこんだのが大半でしょうし……考えが浅い連中」
それはこのご時勢においてあまりに判断が甘い。あるいは
想像力が無い。もしくは頭が花畑過ぎる。時に悪意を向けられる有名人と
関わる仕事だという意識が低すぎる。歌姫自身の自らの職への思い入れの
強さを知った後ゆえか余計にその軽さがミューヒには腹立たしく思えた。
「わ、わかりました。
あなたたち、彼らを私達のバスに運び込んで見張りを。
意識が戻ったら事情を一人ずつ聞きだしておいて!」
そんなことを考えているとは知らずともテレサはいわれるがまま、
彼女自身が必要と思ったのもあったが背後にいた部下達に指示を出した。
すぐに動いた彼らに回収や捕縛作業を任せる形でミューヒは入れ替わる。
離れるな、との指示に従ってモニカの隣に戻るがどこか慣れが見える彼らの
手際の良さに訝しげな視線を向けていた。が。
「え、歌姫さん?」
護衛対象が突如動いた。シンイチの暴挙により、どこに何が、そして誰が、
牙を剥くか分からない状況と発覚したのになんて大胆なと慌てた彼女だが
その内心とは裏腹に体は既に歌姫の横に立って周囲を警戒しつつ随伴していた。
当然その向かう先に“誰が”いるかも分かっていたのだがあえて沈黙を選ぶ。
無論その方が面白そうだなどとは彼女は考えていない。きっと。多分。
「こらっ、この悪ガキ!」
「わっ!?」
そして淀みも迷いもない足取りで“彼”の背後に立つと有無を
言わせずにその首根っこを掴んで犬猫かという扱いで引っ張り上げた。
地面をさぐるようにしゃがんでいた彼はこれに素の驚いた顔を向け、
その隣ではそれ以上に驚いているミューヒがいた。あの彼が自身に
向けられた腕を避ける事も引き上げる力にも抵抗もできなかったのだから。
「おまっ、頼むから死角から近寄るな。びっくりするからっ」
「したのはこっちよ!
意味や事情があったのは話聞いてて分かったけど、
それにしたって私やみんなに何かいうことはないわけ!?」
早口での叱責と共に彼女は周囲全体を示すように指を差した。
衝撃的な出来事が続いてこの場から動くに動けずにいる彼らは未だ困惑と
畏怖の中におり、その空気を作り出した彼に歌姫はそれを治める一言を望んでいた。
彼もそれを察してか「ふむ」と考える素振りをすると周囲を見据えて口を開く。
「…………これより強制調査を始める。おとなしくしていろ。
動けば何か後ろめたいことがあると判断して、まず潰す」
至極真面目な顔と真剣な声が、抑揚なくその場に響いていった。
一瞬の空白。誰か達の悲鳴のような息を呑む声。天を仰ぐ獣耳少女。
そして青筋を立てた歌姫。
「誰が脅せと言ったのよ!?」
「うぬ? いや何かいうことはないかというから……」
言外に他にいうべきことはないだろうという困惑の顔を少年は返す。
余談だが歌姫と当人同士だけ彼ら本来の顔が正常に見えているため
その表情変化を正しく認識できていた。だからこそ頭が痛いともいう。
「ああもうっ、子供達とはちゃんと話をしてうまく動かしてたじゃない!」
「大人は言葉より物理的な手段の方が手っ取り早いんだ」
「あのね、それ面倒臭いって言ってるようにしか聞こえないわよ?」
「あははは」
「こいつっ、せめて否定ぐらいしなさい!」
これっぽっちも悪びれる様子のないわざとらしい笑い声に頭を抱える。
思わず怒鳴りつけるが果たしてどこまで効果があることやら。
「まったく………あなた実は私の評判落とすのが目的じゃないでしょうね?」
だから思わずそんな見方をしてしまうがこれに本気で意外そうだったのは彼。
「え……落ちる、のか? 俺の行動で?」
「あのね、あなたを雇ったのは私なのよ。いい?
そのあなたが皆を脅しまくったらそりゃ私の評判も落ちるでしょう
ライブっていうのは関わる人達全員の力を借りなきゃいけないのに!」
モニカの主張にシンイチの目が上に、下に、右に、左に、泳ぐ。
そして決して短くはない沈黙のあと彼は。
「……………なるほど、その発想は無かった」
なぜか感心したような声と共に頷いた。
「なんで、無いのよ……」
がっくりと肩を落とす歌姫によくわかると慰めるように叩かれる肩。
当然、というべきか同意と同情を示したのはミューヒである。
一方で申し訳なさそうな顔はしたもののその隙にとばかりに彼は
歌姫から逃れて地面に埋まっていたセンサー阻害装置を握り潰し、
少し手が土で汚れていた男を蹴り倒した。当然その物音で気付いた
彼女達は共に痛くもない頭を抱えていたが。
「はぁ、一つ聞くけど……ここだけじゃ、ないのよね?」
「そうだろうな。今から俺が見回ってくるからお前は…」
「私もつれていきなさい」
「は?」
「モニカ!?」
何をいってるのといわんばかりの形相を浮かべたテレサに歌姫は悠然と笑う。
「どのみちこの状況じゃリハはできないでしょう?
あなたたちはあなたたちで不心得者達を隔離して見張ってないといけない。
なら彼らが危険なモノを排除するまでは彼らと一緒にいた方がいい、違う?」
そしてそんな指摘にテレサは唸るように反対する言葉を失った。
今倒された者達。これから倒されるであろう者達。それらへの対処を
考えた場合こちらは人手が足りなくなるだろう。これで全員などという
楽観を彼女らは抱いていない。抱けない。
「本気で狙う人を見つけたらそこで襲撃される危険性もあるけど?」
「守ってくれるんでしょ?
やると言ったからには責任持ちなさいよね悪ガキ」
にんまりと笑ったモニカは問うてきた彼女ではなくシンイチにいう。
出来ないなんていわせないという不敵な態度にミューヒもまた笑う。
「肝が据わってるね、この歌姫さんは」
「いや違う、これはどっちかというと……まあいい」
ただシンイチは彼女の瞳に違う意図を感じたがすぐに首を振って流した。
そして一転させた感情の見えない表情でテレサたちを見据える。
「とりあえず、お前達は一応見逃した。
護衛として通信機だの護身の武器程度は持ってて当たり前だろうしな」
「……どうも、といえばよいのかしら?」
「いや、それでえっとあんたはマネージャーの……ベリンダ・ベルリットだったか?」
「っ──」
「─────テレサ・マデューカスよ」
「そうか。すまないな、ヒトの名前を覚えるのは苦手でね」
肩を竦め、簡単に謝罪する様子はこれまでに比べれば普通の会話だ。
だがテレサ当人はともかく周囲の部下達が突然出てきた名前に露骨に
反応したのをシンイチとミューヒも見逃さなかった。
「へえ…」
「先に言っておくがお前達と協力する気はない。
敵対する気もないが、こちらにとって邪魔と思えば排除する。
いつもの仕事から、あまり逸脱したことはしないように」
「おまっ、っ!」
「分かりました。
これほどに見落としていたのは私達のミス。何かいう資格はないでしょう」
激昂しかけた部下を腕をあげて抑えながら彼女は冷静な口調で頷く。
そこには控室で見せていた感情的な姿など微塵も見受けられない。
あるのは─何故か─譲れないモノを秘めたひとりの戦士の顔だ。
「ですがそれでも、モニカの安全に邪魔だと思えばいつでも私達は
あなたたちの排除に動きます、それはご理解いただきたい」
「出来るものなら、とはいわんから安心しろ」
「……言っているも同然のような気もしますが……ああ、それと」
「なんだ?」
短い問い返しに見せたのは、何故か少し戸惑ったような顔。
テレサは決して視線を合わせないとしながら言い難そうに、一言。
「せめて顔をどれかに固定してください」
コロコロ顔が変わって識別がつかないうえに正直気持ち悪い。
こぼすように告げられた要請にシンイチ達は一番素直に頷いた。
「よろしかったのですか?」
男が雑踏を探せばどこにでもいそうな日本人男性になり、
女が黒髪の猫耳美少女となって、モニカと共に移動したあと。
テレサたちは一旦控室に戻ると一人が彼女にそう問いかけた。
それに彼女が見せたのは当然ともいうべき苦々しい顔での頷きだった。
「他にどうしようもないでしょっ。
センサーに頼り切ってた私達はシールド一枚張られただけで役立たず。
危険を排除するためには彼らを使うしかなく、その側が一番安全、よ!」
念のため一人か二人を遠目にはつけるというテレサは歯噛みしている。
なんて間抜けな話だと自分で感じて今にも奥歯を噛み砕きそうなほど。
彼女達も決して各種チェックや警戒体制を疎かにしていたつもりはない。
だがこれほど解り易い形で失態を見せつけられては自分達に落ち度は無い
などと冗談でもいえるわけがない。
「で、でも、あの歌姫さまが人前でああも素をさらすなんて珍しいですね」
この話題は掘り下げても無益だと感じたのか。周囲は少し話題を変えた。
「結構付き合いの長い私達の前でも滅多にしないのに」
「以前からの知り合い、なわけはないから恐ろしい短期間であの娘の
信頼を勝ち取ったわけよね……本当に何者よ、あの男?」
彼女のデビュー。その前からの付き合いがある彼、彼女らからすれば
雇い主という責任があったとはいえあの場でモニカが怒鳴りつけたのは
職場での彼女を知る者達としてはかなり信じられない態度であった。
素の子供っぽさや怒りっぽさを隠したあの歌姫スタイルは彼女の戦衣装だ。
仮面や猫かぶりとは違う、仕事に臨む際に纏うべき姿といってもいい。
それをあの場で平然と脱いでしまったのはそれだけあの男の態度に
思う所があったのと無意識にそう接するのが当然と考えていた節がある。
少なくともそれなりの付き合いのある彼女らにはそう見えていた。
「あの人当たりが良い顔してるくせに内側は警戒心バリバリな娘が
あんなヤバイとしか感じない男にいったいどうして……」
「だけど、うーん、俺の気のせいかな。
あれは施設で子供達相手にしてるモニカちゃんみたいに見えたけど」
「そういえば悪“ガキ”っていってませんでしたか?」
まさか、という空気が一瞬流れるが全員があり得ないと首を振る。
彼女がガキと呼ぶ年齢の子供がどうしたらあんな動きや何の躊躇もなく
人を攻撃し、しかも慣れた動作で意識だけを刈り取る事ができるというのか。
大貴族の秘蔵っ子だって、ガレスト学園の特別科生徒にだって出来はしない。
「態度の違いってならあいつモニカと同僚の女以外と会話する気ゼロだぜ。
一瞬目が合ったんだけどあれは人を見る目じゃなかった……正直鳥肌」
「只者じゃないのは確かですね。釘まで刺していきましたし」
「言い当てられた時は心臓飛び出るかと思ったわ。
いったいあの娘はどこで誰を拾ってきたのよっ!」
力無くパイプ椅子に腰を下ろした彼女に同意するような苦笑が広がる。
しかしながらすぐさまにその表情を引き締めた。問題は彼女が拾ってきた
正体不明の護衛たちだけではない。
「しかし、今回は確かにモニカがいうように何か変です。
いつもと狙う側の質が違う気がします……増援を手配しますか?」
「したとして、どこの誰がどれだけ今日中に来てくれるのよ?
それに今は新たに人を呼ぶのも……危険だわ」
非番の人間を叩き起こした所で明日のライブに間に合うかどうか。
そもあの男が次々と暴きだした敵の手の多さを考えると彼が許容した
自分達以外は─変な話だが─信用できなかった。
「……そうですね」
「今は様子見が限界、口惜しいわ」
危険物や危険人物の排除という点では現状何もできないうえに
捕えた不審人物たちを見張らなくてはいけない彼女達には人員に余裕がない。
そして放置しておくには彼らが持ち込んだモノは軽視していい代物でもない。
警察等を呼ぶのは論外だ。テレサも嫌がらせ程度でこれらを仕掛けた相手が
一国家の警察組織で対応できるような相手ではないのは感じ取っていた。
そして仮に今回のライブを中止にしてもこれだけのことをやった連中がそれで
諦めくれるなどという楽観も抱けない。モニカが彼らを剣とした意味を察する。
彼女は明日自らを半ば囮にする形で敵を叩き潰してもらおうとしている。
テレサたちがこれまで見てきたモニカという女性ならきっとそうする。
だからこそ溜め息と、苛立ちが漏れ出る。
「モニカの人を見る目と勘を信用するしかない……なんて、情けないっ。
あの娘を守るのは私達の使命であったのに、この体たらく!」
力無くパイプ机を拳で小突く。いつのまにかたるんでいたのかと自らを叱責する。
その姿に部下達も悔しげに拳を握り、意識を改めようとした正にその時。
「テレサさん、大変です! あの野郎もう10人以上叩きのめしてます!」
隔離作業を任せていた部下からの一言に彼女は正直眩暈がした。
本当になんだ。今回は本当に何が起こっているというのか。
モニカはいったいナニに狙われている。そしてダレに守られている。
自分達の手に負えないモノを感じながらもそれでも気力を振り絞って
立ち上がると鬼気迫った様子で彼女は皆に命じる。
「………回収に、いくわよっ」
「りょ、了解」
そうして全員がその場を去っていく。だがそれとほぼ同じタイミングで。
15人目を狩ったシンイチが独り言をもらしたのを彼女らは知らない。
「まあ、それが本音であるうちはお互い面倒がなくていいか」
──そういえば控室に盗聴器があることを言ってなかったな
胸中であるのをいいことに全く悪びれることなく彼はひとりごちる。
一瞬だけほくそ笑んだシンイチの顔を幸か不幸か誰も目撃してはいない。
既に彼に支配されたその機械はしっかりとその会話を届けていたのだ。
彼は敵でないと思っているのはミューヒとモニカだけ。それ以外は全員
疑いの対象であり、疑うぐらいなら全員敵だと思っていた方がいい。
それがシンイチがここに来る前から決めていた対応だった。
尤もそれゆえに。
「ちょっと、あんたさっき私がした話もう忘れたの!?」
「わっ、ちょ!?」
即座に怒鳴るモニカに胸倉を掴まれ激しく前後に揺らされる事になる。
これにまた全く反応できなかった彼は、これ本当に心臓に悪いなぁ、と
他人事のように思いながら荒ぶる歌姫のされるがままになる。
一応それぐらいの罪悪感はシンイチにもあったのだ。
彼女に迷惑をかける、という一点のみで、だが。
いきなりモノを壊したこととか、証拠提示なしにいきなり意識狩るとか。
そういうことには一切罪悪感など彼は感じておりません!
「だって時間ないし、事情問わず持ち込んだ奴が悪い。え、周囲が怯えてる?
いいんじゃない、それで逃げ出してくれるならそれはそれで手間は省ける。
ぶっちゃけ事前に用意してある機材とか人員とか全部邪魔なんだよねぇ」
とかなんとか。