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悪役令嬢だそうなので、演じて差し上げましょう

作者: 紡里

 あと半年で王立学園を卒業し、結婚式が待っているという時期に、大変不愉快なことがございました。


「君のような悪役令嬢には分からないと思うがね」

 突然、第五王子からこんな言葉を投げつけられました。


 いきなりランチタイムに乱入して、人を「悪役」呼ばわりですか。




 わたくしの婚約はお祖父様が決めてきました。

 正妃腹の王子だ、喜べと言って……。それがこの第五王子です。

 お祖父様は入り婿だったので、お祖母様に「勝手なことを」と怒られ、領地に送られました。

 それきり、お会いしていません。


 我が家としては、甚だ不本意な縁でした。

 お祖父様は側妃腹の王子でしたので、継承権を放棄して我が侯爵家の籍に入っております。

 どうやら王族に未練があるようで、困ってしまいますね。



 現在の王室は象徴的な存在で、政治の主軸は議会にあります。

 王族の格式を整えるためにはお金はかかりますが、それに見合う収入があったのは遠い昔。

 王太子になれない第五王子と婚姻を結んでも、たいして家の利にはなりません。

「本当にお祖父様は迷惑なことしかしない」というのが、家族の総意でした。



 それでも婚約が結ばれてしまえば、簡単に破棄はできません。

 とりあえずお祖父様を隠居させ、お父様が当主になりました。

 これ以上勝手なことをされては困るからです。




 さて、我が家にとって疫病神である自覚がない王子様。


 学園で多種多様な人々――といっても貴族ばかりですが――と交流して、おかしな方向に目覚めてしまいました。

「政略より愛だ」と。


 平民だって、家のために結婚することもあるというのに。

 頭の中はどうなっているのでしょう。


 彼がお祖父様の二の舞になりかねないと、憂うつになりました。



 そして「愛」のお相手に、爵位をもらったばかりの男爵令嬢をお選び遊ばしました。

「同じようなレベルだから、気が合うんじゃないの?」

 家族内で、そんな会話をしました。


 これで、わたくしは家の跡取りを弟に譲り、従属爵位の伯爵をもらう流れになりました。

 王子が馬鹿なことをしても、本体の侯爵家が潰れない体制を構築しなければいけません。


 学園は十五歳で入学して三年間学び、十八歳で卒業します。


 わたくしと王子は同じ学年です。

 一年目は、王家に王子の振る舞いを苦情という形で報告していました。

 二年目は、王子の態度が変わらないので、破談を匂わせました。

 三年目に入って、慰謝料の話し合いをしているのに、なんとも呑気な王子様です。




 そして、冒頭に戻るわけですが――。


「悪役令嬢とは、何でしょう?」

 学園の食堂でわざわざ言いがかりをつけるなど、品のない人たちですこと。


「高飛車で、意地悪な令嬢のことですよぅ」

 甘ったるい声で、男爵令嬢が口を挟みました。


 爵位の低い者から不躾に話しかけられても、無視してよいでしょう。

 王子に顔を向けて話します。

「それで、何がおっしゃりたいのですか?」


「無視しないでくださいよぉ。そういうところが駄目なんだと思いますぅ」

「そうだ。礼儀知らずな女め。卒業式を楽しみにしていろ。断罪してやるからな」


 驚いたことに、堂々と予告されました。



 これで婚約はすんなり解消できるでしょう。もう、正妃にとやかく言わせません。


 こんな人たちに軽んじられるなど、腸が煮えくり返るようですが、顔には出しませんよ。それが淑女ですもの。

 目の前にフォークとナイフがありますが、この人たちを切り刻んではいけません。深呼吸して、落ち着いて、と自分を宥めました。



「断罪されるようなことを、わたくしはしておりませんよ」

 罪を肯定したと思われてはたまりません。はっきりと抗議いたします。


「彼女の教科書を破ったり、ドレスを汚したり……」

「しておりません!」

 王子の言葉に被せるように否定してしまいました。


 なんですか、その稚拙な子どもの嫌がらせ。

 王子の婚約者になった直後に、わたくしが受けたような内容ですわ。

 まだ学園に通っていませんでしたが、子どもたちの集まりは時々ありました。お気に入りの本をお化粧室に行っている間に破かれました。当然、泣き寝入りなどはしませんでしたわ。



「これから、階段から突き落としたり、襲わせたりするつもりだろう!」

「なるほど。悪役令嬢は、そのようなことをしますのね?」

 王子から予言というか、要望というか……面白いことを聞きました。


 お友達が耳打ちして教えてくれました。

「最近、流行の小説で、そのような場面がございますわ」


 道理で、すらすらと述べられるわけです。

 この人たちだけでは、思いつかないでしょうね。


 正妃腹とはいえ、第五王子。側近として侍る人もいないし、忠告してくれる人もいない。

 ご学友を作らずに、恋人ごっこしているのですものね。まともな人からは敬遠されるでしょう。

 なんだか可哀想な子だなぁと思えてきます。



 ですが、それはそれ、これはこれ。

 わたくしを侮辱したことを、後悔していただかなければ。


 まずは、お友達から小説を教えてもらって、「悪役令嬢」を学ぶことにいたしましょう。




 半年後の卒業式がやってまいりました。


 わたくしは側妃腹の第四王子と婚約し、卒業パーティーもエスコートしていただきます。

 昨日はそわそわして、何度もいただいたドレスを確認してしまいました。


 だって、ご自分の色をわたくしにまとわせるとおっしゃって、仕立屋と打ち合わせをして……なんと甘酸っぱい日々なのでしょう。


 第四王子は二つ年上で、上級学校に進学されています。

 卒業後は軍に所属されるご予定だったので、我が家の伯爵位でも構わないと言ってくださいました。



 さて、第五王子はちゃんと正妃からの話を理解できたのでしょうか。

 わたくしとの婚約はきれいさっぱり無くなっているのですが。

 先日も、あの男爵令嬢と見せつけるようにやってきて、言いがかりをつけてきました。なので、理解していない可能性も大きいかと思います。



 卒業パーティーの開始時間になりました。

 学園主催なので、第五王子といえど一卒業生です。


 わたくしは第四王子と踊ろうと、フロアで向き合いました。


 そこに、無粋な声が響きます。

「お前のような可愛げのない、悪辣な女との婚約など破棄してやる!」


 この「お前」とは、わたくしのことでしょうか。

 既にない関係を、どうやったら破棄できるというのか。


 高位の貴族は第四王子との婚約を知っていますが、下位の貴族は知らない人が多いようです。

 固唾を呑んで見守る雰囲気を感じました。


「第五王子殿下。このような場で、そのようなことをおっしゃるものではありませんわ」

 彼がより愚かに見えるよう、わたくしは冷静に返します。


 第五王子に体を寄せる男爵令嬢の顔を、ちらりと見ました。

 半年前の天真爛漫な傲慢さは鳴りを潜め、緊張した面持ちです。あれ以降、身の回りの不穏な空気を感じているのでしょう。


 ――それでも立ち止まらず、進むのね。転落への道を。


 少しだけ、彼女を見直しました。尻尾を巻いて逃げ出すかと思っていましたので。

 もしくは、全く状況が読めていないのか……。それならば、貴族になどなるべきではなかった。



「お前の悪事を、みんなに知ってもらわなければ。これは正義の鉄槌である」


 あなたが無能で迷惑な存在だと、知れ渡るだけだと思いますわ。

 わたくしは無言で、扇を広げました。

 第四王子はわたくしの斜め後ろに立ち、肩を抱いてくれています。それだけで、緊張がほどけた心地がしました。



「彼女の教科書を破いたな」

「そんな、買い換えられるような物を損壊して、何になります?」


 男爵令嬢はざっと青ざめました。

 自分の宝物入れから無くなったものを思い出しているのでしょう。

 男爵令嬢になる前、平民だったときに仲良しだった男の子からもらった手紙。屋台で買ってくれた玩具の指輪。


 彼女の家で給料未払いが発生したので辞める使用人に、小遣いを握らせて、破棄させました。


 裁判になったところで、軽い罰金でしょう。

 重要な契約書でもない。正式な婚約者からの贈り物でもない。他人にとっては、ただのガラクタ。

 それでいて、彼女にとっては心の支え。慣れない貴族社会に涙する日々に、宝箱を取り出して励まされていることは調査済みです。


 大切な物はお金では買えませんわね。



 彼女とわたくしだけが知る事実。

 あなたの恋人を気取る第五王子には、決して打ち明けられませんね。

 ふふふ、わたくしは悪役令嬢らしいので、遠慮なくやらせていただきました。



 知らぬが仏の第五王子は、続けます。


「彼女を孤立させ、お茶会にも呼ばなかった。なんと卑劣で、卑怯なのだ」

「では、ここでカーテシーでもご披露してくださる? 貴族たちのお茶会に出席できるレベルであったというなら、証明していただきたいわ」

 あまりにも出来が悪くて教師が補講を提案したのに、第五王子と遊ぶために断っていたのですもの。できませんわよね。


「そんなことか。さあ、見せてやろう」

 第五王子は、彼女にカーテシーを促します。

 一体、彼女の何を見ていたのでしょうね。己が彼女の学びを邪魔していたと、理解していないのが滑稽です。


 そうそう。カーテシーすらまともにできないので、彼女は今日卒業資格を得られていません。

 卒業生と名乗ることは、この学園の看板を背負うのと同義ですからね。

 もしかして、卒業できないと第五王子に伝えていないのかしら。



 それから、お茶会に参加させなかったのは、彼女の母親の方です。

 お母様が「あの男爵夫人とは同席したくないので、彼女が出席する会には誘わないでくださいね」とご夫人方に伝えただけ。

 どちらを優先するかは、皆様のご判断ですわ。


 ただの学生を学生同士のお茶会から閉め出したとて、なんの意味がありましょう。狙うなら、影響が大きい大人の世界で――でしょう。


 そうして男爵家は家業が上手く回らなくなり、使用人の給料が払えなくなったのですよね。



「ま、まあ、カーテシーはいいか。ここには正妃である母上がいらっしゃるわけでもないし。

 貴様は彼女のドレスを破いただろう」

「では、そのドレスを持ってきてくださいますか? 言葉だけで責められるのは遺憾でございます」

「ああ、もちろん。見せてやってくれ」

 第五王子は、彼女の言葉を疑いもしていません。

 恋は盲目と言うけれど、ここまでの境地に至るのはすごいと感心してしまいます。


「いえ、今日は、持ってきていなくて……」

「では、後日、見せてくださいね」

 にっこりと笑ってあげます。


 破っても懐が痛まないようなドレスを調達するのかしら。もったいなくて、できないんじゃない?

 彼女の母親は、針仕事で生計を支えてきた時代があったそうだから。愚かな嘘を証明するために破いたりしたら、悲しまれるでしょうね。



「それから、彼女を危険な目に遭わせただろう」


 どう見ても勝ち目はないでしょうに、まだ続ける気なの?


「危険な目とは……」

 そう問いかけたとき、何かが切れる音がしました。

 それに重ねるように、ガシャンガチャンと割れる音。


 なんと、男爵令嬢の後ろに立っていた給仕が、銀のトレイを彼女の背中に投げつけ、逃げ出したのです。


 誰もが驚き、呆然として動けません。


 彼女の背中は飲み物で濡れて、足元には割れた破片が飛び散っています。


「……い、痛い?」

 彼女は戸惑うように声を出しました。


「切られてる?」

 誰かがそう呟きました。

「あれ、血じゃない?」

「ワインじゃない……のか?」


「嫌ぁ! 痛いぃー!」

 彼女の叫び声で、卒業パーティーの会場はパニックに陥ってしまいました。


「あわわわわ。ひぃぃぃー」

 第五王子は彼女の手当をするどころか、腰を抜かしてしまったようです。

 彼の護衛は……そういえば、わたくしとの婚約がなくなった辺りから、護衛がついていなかったかもしれません。



 第四王子が学園長の顔を見て、指でバッテンを作ってみせました。

 パーティーを終わらせろという合図でしょう。


 我に返った教職員たちは、不審者を追う者、男爵令嬢を介抱する者など、ようやく動き出しました。


「さて、我々も帰ろうか」

 第四王子は、第五王子に目もくれず、わたくしをエスコートして会場を後にします。

 後ろには、第四王子の護衛が控えめについてきました。



「ふふ。震えてる?」

 第四王子が喜色を滲ませて、わたくしの顔をのぞき込みました。

「嫌な方。怖くないわけ……ないに決まっているでしょ」

 少し涙目になったわたくしの頬を、さらりと指でなぞります。彼の白い手袋に、わたくしの白粉がついてしまいました。


「馬車の中で甘やかしてあげよう」

 わたくしの耳元で囁くので、思わずぞわっとして、逆の手で耳を塞ぎました。

 心臓に悪いです、こういうのは……いけません。

 睨みつけましたが、嬉しそうに目を細められてしまいました。悔しいですわ。



 馬車に乗り込み、わたくしの家に向かいます。彼が乗ってきた馬車に侍女が荷物を持って乗るという……後でお母様にお説教されそうな気がします。

 第四王子はこういうところが、少し強引です。


「悪役令嬢の高笑いまで辿り着けませんでした。無念ですわ」

 第五王子にもう婚約はなくなったと言って絶句させたり、第四王子との仲を見せつけて後悔させたりもしていません。

 なんとも中途半端で……断罪未遂はありましたが、「ざまぁ」をしていないではありませんか。


「ん~、君は悪役令嬢には向いていないんじゃないかな」

「失礼なことをおっしゃいますわね。あのお二方に、わたくしは悪役令嬢だと見込まれたのですよ」

「悪役令嬢にしては、パッションが足りないと思うね」

「パッション、ですか?」

「情熱、拘り、失ってなるものかという愛着、愛憎……そういう想いを彼に対して持っているの?」


 ちょっとジト目で怖いですわよ。


「……そういうのは、ないですね。婚約がなくなって、せいせいしましたから」

 少し考えて、そう答えました。


 第四王子は満足げにニコリと微笑み、わたくしの手を握りました。

「愛情がなければ、悪役令嬢にはなれないってことだね」



 第五王子は、第四王子を側妃の子どもと馬鹿にしているので、仲が良くないのです。


 それにしても、第五王子はいつわたくしとの婚約がなくなったこと、第四王子と新たに婚約したことに気付くのでしょう。

 そのときは、わたくしが感じた屈辱を少しでも味わっていただきたいものです。

 畏れ多いことですが、国王は、王妃は、何をしているのかしら。

 教育をしないから第五王子の進む道がおかしくなり、躾をしないから今日のような不祥事を起こすのですよ。


 この国は大丈夫なのでしょうか。

 議会がしっかりしているなら、よいのでしょうか。ちょっと不安になりますね。



 ちなみに、あの不審者は男爵が爵位を得るために、かなり強引に事業を広げていたときに財産を奪われた男です。

 公衆浴場で、たまたまこの卒業パーティーのことを知り、その噂話をしていた男の給仕服を盗んで、学園に忍び込みました。

 その噂話をして服を盗まれた間抜けな男が、我が家の使用人だったとしても……単なる偶然です。



 わたくしは悪役令嬢と言われたので、それらしい種を撒きましたが――どうやら、悪役令嬢を演じ損ねたようです。


1月10日追記

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― 新着の感想 ―
 なるほど、悪役令嬢には婚約者への愛情と執着が必要なのですね。第五王子の無自覚な疫病神ぶりがすごかったです。彼のみならず主人公の祖父といい、現王とその正妃といい、この王家は大丈夫なのかしら、と不安にな…
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