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黎明舞踏〜最期に私と踊りましょう〜  作者: 日並うたたね


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8/10

④始まりの舞

その洋館の歴史は古く、1900年代初頭に建てられた。


アメリカン・ヴィクトリアンの影響を色濃く残したこの建物は、当初日本人実業家の為に作られたが、その後、何度か所有者はかわり____


1990年


この洋館は最後の持ち主の手に渡る。


当時35歳を迎えたばかりの渋井 正孝(しぶいまさたか)

貿易商として若いうちに成功した彼は、政財界の人間にも可愛がられた。


「良い服を着て、良い女と遊べ」


その言葉にならい、社交場を転々とする彼の隣には、いつも別の女性の姿があった。


誰もが羨む様な生活____


だが、渋井の心には大きな穴が空いていた。


群がってくる者たちは、自分の本質など見ようともしない。

まるで、金儲けの才能こそが自分自身だと決めつけられているようだった。


"心が通じ合う"という感覚を知らぬまま、渋井は歳を重ねてゆく。


そんな折、ふと立ち寄った喫茶店で運命的な出会いを果たすことになる。

白い丸襟のシャツに茶色いチェックのワンピース。

レトロな雰囲気を(まと)ったその女性は、窓際で本を読んでいた。


彼女に惹かれた渋井は、視線に気づいた彼女の微笑みに導かれるように、席を共にした。


それからは、彼女のことが頭から離れなくなった。

会う約束をすれば、カレンダーに印をつけ、日に日に思いを募らせる。


豪華な贈り物や食事は通じなかった。


「私はあなたがお金持ちだから一緒にいるわけじゃない」


そう言って笑う彼女の姿が、何より愛おしかった。

彼女のために、本を読み、感想を語り合い、彼女の好きなレトロな服を探して街を歩き回った。


プレゼントを渡したとき、彼女は涙を流して喜んでくれた。


洋館を購入したのは、彼女へのプロポーズのためだった。


「私のためにそんな高価なものを」なんてことを言わせないよう

自分が気に入ったと称してそこに移り住み、彼女を招いた。


彼女は嬉しそうに、目を輝かせながら館を見て回っていた。


幸せだ____


これからは、こんな時間を積み重ねていける。


家族だって増えるだろう。

彼女に似たら、きっと読書好きに違いない。

この洋館で、穏やかな暮らしをしよう。


次に会った時、ここでプロポーズを____


そう決めていた。



しかし、待ち合わせの日に彼女は現れなかった。

電話は繋がらず、住まいもすでに引き払っていた。


なぜ彼女が自分のもとから去ったのか。

自分の何がいけなかったのか。

それは、わからない。


ただ、ひとつだけ確かなことがある。


心は通じ合っていた


彼女は、きっと帰ってくる。

だから、この洋館で待っていよう。


そこから、また二人の時間が動き出す____


その後、渋井は最期の時まで彼女を待ち続けた。

誰とも結ばれることなく、彼女の笑顔を思い浮かべながら。



渋井のもとを去った彼女はその一年後、大腸癌によりこの世を去った。

病を知ったのは、初めて洋館を訪れた直後であり、すでに手の施しようがなかったという。


彼の大きな愛情を知るからこそ、病のことを告げれば、自分の後を追うのではと恐れた彼女は____

姿を消すことで、自ら悪者になる道を選んだ。



彼女の想いなど知る由もなく____渋井の魂は今もなお、彼女を求め洋館の中を彷徨っている。





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