④始まりの舞
その洋館の歴史は古く、1900年代初頭に建てられた。
アメリカン・ヴィクトリアンの影響を色濃く残したこの建物は、当初日本人実業家の為に作られたが、その後、何度か所有者はかわり____
1990年
この洋館は最後の持ち主の手に渡る。
当時35歳を迎えたばかりの渋井 正孝。
貿易商として若いうちに成功した彼は、政財界の人間にも可愛がられた。
「良い服を着て、良い女と遊べ」
その言葉にならい、社交場を転々とする彼の隣には、いつも別の女性の姿があった。
誰もが羨む様な生活____
だが、渋井の心には大きな穴が空いていた。
群がってくる者たちは、自分の本質など見ようともしない。
まるで、金儲けの才能こそが自分自身だと決めつけられているようだった。
"心が通じ合う"という感覚を知らぬまま、渋井は歳を重ねてゆく。
そんな折、ふと立ち寄った喫茶店で運命的な出会いを果たすことになる。
白い丸襟のシャツに茶色いチェックのワンピース。
レトロな雰囲気を纏ったその女性は、窓際で本を読んでいた。
彼女に惹かれた渋井は、視線に気づいた彼女の微笑みに導かれるように、席を共にした。
それからは、彼女のことが頭から離れなくなった。
会う約束をすれば、カレンダーに印をつけ、日に日に思いを募らせる。
豪華な贈り物や食事は通じなかった。
「私はあなたがお金持ちだから一緒にいるわけじゃない」
そう言って笑う彼女の姿が、何より愛おしかった。
彼女のために、本を読み、感想を語り合い、彼女の好きなレトロな服を探して街を歩き回った。
プレゼントを渡したとき、彼女は涙を流して喜んでくれた。
洋館を購入したのは、彼女へのプロポーズのためだった。
「私のためにそんな高価なものを」なんてことを言わせないよう
自分が気に入ったと称してそこに移り住み、彼女を招いた。
彼女は嬉しそうに、目を輝かせながら館を見て回っていた。
幸せだ____
これからは、こんな時間を積み重ねていける。
家族だって増えるだろう。
彼女に似たら、きっと読書好きに違いない。
この洋館で、穏やかな暮らしをしよう。
次に会った時、ここでプロポーズを____
そう決めていた。
*
しかし、待ち合わせの日に彼女は現れなかった。
電話は繋がらず、住まいもすでに引き払っていた。
なぜ彼女が自分のもとから去ったのか。
自分の何がいけなかったのか。
それは、わからない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
心は通じ合っていた
彼女は、きっと帰ってくる。
だから、この洋館で待っていよう。
そこから、また二人の時間が動き出す____
その後、渋井は最期の時まで彼女を待ち続けた。
誰とも結ばれることなく、彼女の笑顔を思い浮かべながら。
*
渋井のもとを去った彼女はその一年後、大腸癌によりこの世を去った。
病を知ったのは、初めて洋館を訪れた直後であり、すでに手の施しようがなかったという。
彼の大きな愛情を知るからこそ、病のことを告げれば、自分の後を追うのではと恐れた彼女は____
姿を消すことで、自ら悪者になる道を選んだ。
*
彼女の想いなど知る由もなく____渋井の魂は今もなお、彼女を求め洋館の中を彷徨っている。




