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黎明舞踏〜最期に私と踊りましょう〜  作者: 日並うたたね


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7/10

③始まりの舞

ディスプレイには、22:30と表示されていた。

車を降りると、柴田 光一(しばたこういち)は目の前に静かにそびえ立つ洋館に思わず息を呑む。


木造2階建て。

左側には小さな三角形の屋根がついた塔屋がある。

外壁は淡いクリーム色で統一されているが、窓や扉、壁を縁取るように走るチョコレートブラウンの木製の枠が、どこか外国映画のワンシーンを思わせる雰囲気を漂わせていた。


「ステキな場所ね〜」


建物を見渡しながら、夕月 奏(ゆうづきかなで)は感心した様子で微笑む。


振り返ると、柴田に声をかけた。


「柴田さん、何か感じる?」


柴田は静かに頷き、洋館へと一歩近づいた。


「ひとつ……気配を感じますね。恐らく中に」


「オッケー! じゃあ早速、中に入っちゃおうか。」


奏は鍵を取り出し、ゆっくりと扉を開けた。


その後ろ姿を見つめながら、柴田はほんの数時間前の出来事を思い返した。



数時間前


ふたりは奏のダンススタジオ近くにある、小さな洋食屋で食事をしていた。


柴田は終始緊張しっぱなしで、料理がほとんど喉を通らなかった。だが格好悪いところは見せられまいと、ビーフシチューのかかったオムライスを無理やり胃に押し込む。


食事を終えたあと、奏はふわりとした口調で話し出した。


「今から向かう場所でね。私が踊るのを手伝って欲しいの」


詳しく尋ねても、「先に見てもらったほうが早いかも」とだけ答えた。

そして、店を出る直前____


「あ、柴田さんお化けとか…...大丈夫だよね?」


と笑顔で、さらりと聞いてきた。



……あのタイミングで「無理です」なんて、言えるはずがない。

というより、彼女の頼みを断るという選択肢自体、初めから柴田の中には存在していなかった。


そもそも、彼女が自分を選んだ理由は明白だ。

“霊の気配”を感じ取れるから。それだけで、今回の件がただのお願いではないと悟るには十分だった。

これから何が起きるかは見当もつかないが。


彼女の背中を追って館の中へと足を踏み入れる。


ほのかに漂う、古い木の香り。目の前に現れたステンドグラスの扉は、客人を迎えるかのように静かに開いていた。月明かりを受けたそのガラスは、足元に複雑な影を描いている。


磨かれた床板は、微かに光を反射していた。左手には、漆黒の手すりが印象的な階段が、ゆるやかに折れながら二階へと続いている。


時の積み重ねを感じさせる内観。まるで、別の国に迷い込んだような錯覚に陥る。


「柴田さん。気配はどこらへんからする?」


「……この奥です。たぶん、そこに」


ふたりは館の奥へと足を進める。その先は広間だった。


高い天井に、太い梁。濃い木のラインが壁を囲い、暖炉の上には止まったままの古い時計が静かに佇んでいる。


月明かりがカーテンの隙間から差し込み、床に長く伸びた影がゆらりと揺れた。

家具は一切なく、生活感もない。だが、そこには“何か”の存在を確かに感じる。


「......あ、あそこです!」


柴田が部屋の中央を指差す。

その空間に、強い気配があった。


「なるほど......ね。部屋も結構広いし、いい感じかも」


「もしかして......この部屋で踊るんですか!?」


「うん!ちょっと準備するから、ここで待っててくれる?」


そういうと、彼女は玄関の扉を開き、外へと出て行った。


(ここで踊る?霊がいるこの部屋で?)


柴田の心に、かすかな不安が広がる。



子どもの頃から、時おり“何かの気配”を感じることがあった。それが近くにあると、決まって体調を崩す。誰に話しても信じてもらえず、次第にそれが“この世のものではない”と自然に理解するようになった。



近づいたところで、ろくなことがない——それは、身に染みて知っている。


(彼女が戻ってきたら……止めた方がいいんじゃないか)


そう思いながら気配のする場所を見つめていると、不意に声がした。


「お待たせ」


振り返ると、柴田は思わず息をのんだ。


そこに立っていたのは、黒のドレスに身を包んだ夕月 奏だった。

ドレスは星の瞬きを閉じ込めたような細かな装飾で彩られ、月明かりの中でほのかにきらめいていた。

その姿はあまりに幻想的で、柴田の思考は一瞬、停止する。


「じゃあ柴田さん、これお願いしてもいい?」


奏は小さなスピーカーとスマートフォンを手渡した。


「もう繋いであるから、私が合図したら再生ボタンを押してね」


「え? あ、はい。でも……これだけ暗いと危ないんじゃ……」


彼女を止めるべきかという考えは、すでに頭からすっぽり抜け落ちていた。


「ふふ、大丈夫。見てたらわかるから」


奏は静かにそう言うと、わずかな月明かりが差し込む広間の中央へと歩き出した。

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