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黎明舞踏〜最期に私と踊りましょう〜  作者: 日並うたたね


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4/10

③あの日の約束

屋上での幻想的な光景を目の当たりにした後、

柴田 光一(しばたこういち)夕月 奏(ゆうづきかなで)を家まで送るため、車を走らせていた。


彼女と出会って、もう半年ほどになる。


それから何度か、あの“舞”の現場に立ち会っているが、慣れることはなかった。毎回、心を揺さぶられる。


踊りが終わったときには、すでに日付をまたいでいた。

車のディスプレイには01:30と表示されている。


「ごめんね、柴ちゃん! こんな遅くまで付き合ってもらっちゃって」


申し訳なさそうに、奏は手のひらを合わせて頭を下げた。


「全然ですよ!むしろ、お役に立てて良かったです」


惚れた女性に頼られて、嫌な男などいるはずがない。


それに、これは自分にしかできない役割。


そう思うと、この時間だけは彼女を独り占めしているような気がして、柴田は少しだけ誇らしかった。


「それにしても......今日はずいぶんと急いでましたね?」


「まあね。今回は、相手がまだ生きてたから。基本そういうことはないんだけど」


「なにか、特別な依頼だったんですか?」


「おばあちゃんのね。想い人だったらしいのよ」

「昔、一度だけ立ち会ってもらったことがあったみたいでね。踊り終わった後、素敵なセリフを贈られてコロっと落ちちゃったみたい」


「なんか......ロマンチックですね」


「うん。でも相手は既婚者だったから、会ったのはそれが最初で最後だったんだって」


そう言うと、奏は窓の外に視線を向けた。


「まあその後、おばあちゃんもおじいちゃんと出会って結婚したんだけどね。でも、その時交わした"約束"だけはずっと忘れてなかったみたい」


「......おばあさまはもう亡くなられてるんですか?」


「3年前にね。亡くなる前に言われたのよ。彼が旅経つ前に会いに行って欲しいって。自分は会いに行けないからって」


「おじいさまの手前、難しかったんでしょうね」


「ううん。おじいちゃんはもっと前に亡くなってるし、踊った相手もかなり前に独り身になってたみたい」


「じゃあ......なぜおばあさまは会いに行かなかったんですか?」


「若くて綺麗なままの自分を覚えていてほしかったんじゃない?乙女心ってやつよ」


「……なるほど。じゃあ、今回はまさに適役ですね。

奏さん、昔のおばあさまにそっくりなんですよね?」


「そうそう! 本人ではないけど......まあいいでしょ」


おどけるように笑いながら、彼女は言った。


彼女は時折、子どものように無邪気な笑顔を見せる。

でも、隠しきれない色気がその奥にあって──

柴田には、それがより一層魅力的に映った。


信号待ちで、ふと窓に映った自分の姿を見つめる。


今年で26。

身長も低く、童顔のせいでコンビニでは必ず年齢確認をされる。髪型は流行から遠く、なんの工夫もないセンター分け。洗って干しただけのシャツは、あちこちにシワが残っている。


(どう考えても釣り合ってないよな)


信号が青に変わり、再び車を走らせると、奏が口を開いた。


「おばあちゃん、こうも言ってたの。

“未練を残すことなく旅立てたのなら"それでいいけど、もしそれができなかったなら……」


「代わりに踊って欲しいと?」


「うん。病室で彼の顔を見たとき、ピンときたの。

屋上を指定しておいて、正解だったわ」

「どんな未練だったのかはわからないけど......約束を果たせて良かった」


「そうですね。でも.......よく彼の近況がわかりましたね」


「共通の知人がまだ生きててね。おばあちゃんが亡くなったあと、私が時々やりとりしてたの」


"まだ生きている"ということは、かなり高齢なのだろう。


それでも──

自分より長く、彼女と繋がりを持っている“知らない誰か”に、柴田は軽い嫉妬心を抱いた。


そして、そんなことを考えてしまう自分に、ほとほと嫌気が差した。


「いつまでも忘れられない人……か。柴ちゃんには、そういう人いる?」


「ん〜…僕には、まだわからないですね」


──間違いなく、目の前のあなたのことだ。

でも、それを口に出す勇気なんて、あるはずがなかった。


「私もわからないのよね〜。でも……いつか出会ってみたいかも、そういう人に」


「奏さんも……ロマンチストなんですね」


「ふふっ、おばあちゃん譲りよ。情熱的で、でも切ない恋……はぁ〜……キュンキュンするわ」


──きっと、その相手は自分ではない。

そう思いながらも、横でまだ見ぬ誰かを想像して微笑む彼女を見ていると、その不安も自然と消えていった。


「あ、ここらへんで大丈夫だよ」


車を脇に寄せると、彼女はドアを開け、外に出た。

そして、ひょこっと顔を覗かせる。


「今日は本当にありがとね!気を付けて帰るんだよ」


「はい。じゃあ……おやすみなさい」


「おやすみ、柴ちゃん」


車を発進させると、バックミラーに手を振る彼女の姿が映る。見えなくなるまできっと振り続けているのだろう。


______なんて、愛くるしい人だ。


車内には、まだ彼女の香りが残っている。


セルジュノワール


最初に嗅いだときは、お焼香みたいな匂いだと思った。


でも今は、とても心地が良い。

鼻をくすぐるその香りが、彼女に包まれているような気分にさせてくれる。



香りに導かれるように──

柴田は、彼女との出会いを思い出していた。


あの日、彼女の後ろ姿を追いかけて入ったダンススタジオ。

興味なんてなかったはずなのに、一目惚れで入会してしまったこと。


そして──


死者と踊る、彼女の舞を。

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