②あの日の約束
ここは......どこだ......
意識が......ハッキリしない......
なにか......約束をしていた気がする......
なんだ......
思い......だせない
それは......なんだ......
俺は......
なんだ......
*
カツ カツ カツ カツ
病院の屋上。
雲に隠れた月が南の空に浮かぶ頃、
彼女は闇夜を纏って現れた。
常夜を思わせる漆黒のドレスに身を包み
ゆっくりと屋上の真ん中へと歩いてゆく。
*
立ち止まると、入り口付近にいる男性に声をかけた。
「ここらへんでいいかしら?」
男性は何度か首を縦に振る。
手には小さなスピーカーが握られていた。
彼女は再び前を向くと、静かに目を閉じた。
辺りには、微かに風の音だけが聞こえる。
両手を胸の前で交差し、
ゆっくり地面へと広げてゆく
少し上を向くと、一つ息を吐き出し、目を開けた。
そして再び、目の前に視線を向ける。
右脚を後方に少し曲げると____
カツーン・・・
地面を蹴る音が、辺りに響き渡った。
空気が張り詰める。
次の瞬間、目の前に"霧"のような何かが現れた。
彼女はその霧に近づき、
右手をゆっくりと横へ広げる。
左手を優しく曲げ、上体をやや後ろへと倒した。
顔を少し左へ傾け、
目線を一瞬、入り口の方へと向ける。
それを合図に、男性はスピーカーを地面に起き、スマホの再生ボタンを押した。
曲名:朧月夜〜祈り
静かな琴の音色が鳴り終えると、彼女は霧とともにゆっくりと動き出した。
ヴァイオリンの一音が、夜の静寂に溶け
世界が静かに、踊りの舞台へと変わってゆく。
その音色とともに、彼女は三拍子のリズムにあわせて踊り始めた。
ゆったりと____
そして大きくフロアを使いながら、滑らかに。
回るたびに長い黒髪がふわりと揺れ、
ドレスの裾がひらりと月下を舞う。
____曲が進むにつれて、もう一つの足音が重さなりだした。
朧げだった霧が、段々と人の形を成してゆく。
スピーカーから流れる女性の歌声が、夜風に乗って辺りを包み込む。
時に、時間の流れに逆らうかの様に逆方向へステップを踏み、
時に、その身を預けるように後方へと身体を反る。
遠い何かを思い起こさせるような____
静かな音色にのせて。
*
曲がサビに入ったその時____
雲は風で流れ、現れた月が屋上全体を照らし出した。
・・・・・・
月明かりに照らされた壮麗なダンスフロア。
そこで踊るのは、もう一人ではない。
あの時、彼女と出会ったあの頃の____
神田信彦が姿を現した。
*
来てくれたんだな。
今思えば、約束なんて言えるものでもない。
俺の勝手な片想いみたいなもんだった。
本当はずっと君に会いたかった。
ずっと君を想っていた。
君が踊るその姿を見て____
俺は......
*
時間が止まった静寂の中に、しずくが落ちるような音が響き渡る。
その時は近い。
二人は立ち止まり、静かに一歩後ろへと下がった。
彼は彼女の瞳を見つめ、
優しく笑った。
そして目を瞑り____
静かに消えていった。
思い残すことは、もうない。
そんな表情を浮かべながら。
*
「さよなら」
朧月夜を見つめながら、彼女はそっと呟いた。
***
朧月夜〜祈り
童話、朧月夜をモチーフに、
中島美嘉の優しい歌声と、葉加瀬太郎のバイオリンが融合した幻想的な名曲。




