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黎明舞踏〜最期に私と踊りましょう〜  作者: 日並うたたね


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2/10

①あの日の約束

2025年__


病室の片隅で、神田 信彦は最期の時を迎えようとしていた。


一度の結婚に、子どもが二人。孫もいるらしい。

らしいというのは、ふと覗いたSNSに娘と小さな子供が映った写真を見たからだ。


もう長いこと繋がりもなく、会ったことすらない。

孤独にこの瞬間を迎えているが、不思議と寂しさはなかった。


記者として、これまで自由奔放に生きてきた。

夫としての務めも、父親らしいこともちゃんとしてやれた記憶はない。


それでも、ほんの一時ではあるが家庭を持ち、その温かさを感じることができた。


特別誰かに自慢できるわけではないが、人生に不満を感じることもない。


____もう十分生きた


今際の際(いまわのきわ)に思い浮かべたのは、全てを捧げてきた記者人生でも、ひとときのぬくもりをくれた家族のことでもなかった。


それは50年以上も前。


廃ビルで目にした、あの光景。

死者と踊る、彼女の姿。


床をすべるように舞うたびにゆれる、

波打つような長い髪。


常夜(とこよ)を思わせる漆黒のドレスは、

窓から差し込む光に照らされ、淡く輝いていた。


情熱的で妖艶な姿とは対照的に、儚げな表情で静かに踊るワルツ。


瓦礫まみれのあの場所が、まるで壮麗なダンスフロアのように見えた。


あれ以来、彼女には一度も会っていない。

……いや、あの日が最初で最後だった。


***


彼女と会ったのは古い友人を介してだった。

当時、取材のネタを探していた神田に友人がこう言った。


「ちょっと変わった女性がいるんだ。会ってみないかい?」


オカルト好きな男で、いつも奇妙なネタを持ってくる。


神田自身、霊や信仰とは無縁の人間だ。

今回もただのネタ元として、軽い気持ちで会いに行った。


"死者と踊り、魂を送る”


事前に聞かされていたその話は、胡散臭い以外の何ものでもなかった。

過去に紹介された占い師は、のちに霊感商法で逮捕されている。

そういった経緯もあり、どうせ今回も同じ類いのモノだろうと__

そう思っていた。



踊り終わった後、ソレは静かに、満足げに、消えていった。


この世に強く残った未練。


それを解き放ち、旅立っていったのだろうか。


____気がつけば、彼女に引き寄せられるように歩み寄っていた。


「もし死んだら、君が俺を送ってくれるかい?」


そう呟くと、彼女は静かに微笑んだ。


***


あの時、彼女はなにも言わなかった。

ただ、俺が勝手に約束だと思い込んでいただけ。


こんなものでも……未練になるのだろうか。


ふと、葬式で嗅ぐような香りが鼻をついた。

____お迎えが近いというのは、こういうことなのか。


そんなことが頭をよぎった次の瞬間、今度は足音が聴こえてきた。


それは、ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。


「間に合ったみたいね」


聞き覚えのある声。

ゆっくりと目をやるとボンヤリとだが、その姿が現れた。


波打つ長い黒髪

スッと通った鼻筋

強く真っ直ぐな瞳

薄い唇


彼女だ。

忘れるはずがない。


その妖艶な雰囲気と美しさ。

50年前と、何一つ変わっていない。

まるで彼女だけが、時に縛られていないかのように。


彼女は顔を近づけると、耳元で囁いた。


「屋上で待ってますね…」


その言葉を聞いたあと、神田はゆっくりと、目を閉じた。

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