⑥始まりの舞
洋館での舞が終わった後、柴田は奏を乗せて車を走らせていた。
「柴田さん、今日はほんとありがとう!助かったよ~」
奏が手を合わせて、ぺこりと頭を下げた。
「いえ……僕は特に何もしてませんし」
柴田は素直にそう返した。冗談でも謙遜でもなく、本当に“ただ見ていただけ”だった。
「そんなことないよ。車だって出してくれたし……それに、柴田さんがいたから踊れたんだよ?」
「……さっきの踊り、あれって……」
柴田は少し間を置いて言葉を続けた。
「あれは……死者と踊ってるように、見えました」
奏は一瞬、視線を伏せてから口を開いた。
「うん。そう。あれは、舞なの。"黎明舞踏"っていってね。未練を残してこの世にとどまる魂を、次の場所へ送るための」
「そんなことが……できるんですか?」
「そういう家系なんだよ、うちは。何百年も前からずっと、代々受け継いできたの。女の子にね」
「じゃあ……お母様も?」
「ママはね、踊りに興味なくて。今でも絵ばっか描いてる。だから、私がおばあちゃんの後を継いだの」「踊りが好きだったからね。色んな国に行って学んだよ。私の踊りは……魂と通じるための手段なんだ」
運転席の柴田は黙って耳を傾けていた。
「うちの家系って、もともと霊感が強くてね。おばあちゃんなんか、普段から“見えてる”人だったし……後を継がなかったママでさえ、気配を察知することはできるんだよ」
「じゃあ……夕月さんは?」
「私は、全っ然ダメ。霊感なんてゼロ」
奏は笑って見せたが、その笑顔には少しだけ、悔しさのような色が混ざっていた。
「踊り出すまで、存在そのものに気づけないの。目の前にいてもね。……だから、近くに魂が来てくれないと繋がれない」
「で、そこで登場するのが……霊を“感じられる人”ってわけ」
「なるほど……それで僕を?」
「うん。ちょっと前までは、親戚のおばさんに手伝ってもらってたんだけどね。体調を崩して、亡くなっちゃって」
「……そうでしたか」
「困ってたときに、ふらっと現れたのが柴田さんってわけ。もうね、運命以外の何物でもないでしょ?」
「い、いや……僕なんか、たまたまですし……」
「またまた〜。まぁ、運命ってそういうものだよ」
彼女はクスッと笑うと、窓の外に視線をやった。街灯がリズムよく流れていく。
「昔はね、“決まった型”の舞があったらしいよ。踊りの名前も違ってたって」
「そうなんですね。いつから変わったんです?」
「おばあちゃんがね。“今の時代には合わない”って言って、全部変えちゃったんだ」
「今の私の舞は、おばあちゃんのスタイルをベースにしながら、自分のアレンジを加えてるって感じかな」「たとえばさっきのタンゴ。あれも、その一つ」
「じゃあ……他の踊りもあるんですか?」
「あるある。ワルツとか、パソドブレとか……いろんなスタイルで踊るよ」
「すごいですね。でも、踊りはどんな風に決めてるんですか?」
「そこは直感ね!私、霊感はないけど直感は鋭いから。……まぁ、楽曲のチョイスは私の趣味って部分もあるけど」
柴田はその言葉に、思わず微笑んだ。今日聴いたタンゴの旋律が、まだ耳の奥に残っていた。
「そういえば……あの洋館。持ち物は誰だったんですか?」
「あの洋館ね、持ち主に身寄りがなかったみたいで、亡くなったあと国が引き取ったらしいのよ」
「購入希望者が現れたみたいなんだけど……内覧に来た人が霊障に遭ってさ」
「なにかの声がしたとか、誰もいないのに足音がしたとか……」
「うわ……」
「で、国の担当者が慌てて“そういう筋”に依頼を出してきたの。国有物件に霊が出るとか、シャレにならないでしょ?」
「……なるほど。今日はそういう経緯だったんですね」
「だから今回の舞は____国家公務霊案件ってとこだね」
「……なんですかそのパワーワード」
奏がいたずらっぽく笑う。
「でもね、冗談じゃなく、たぶんあの人……すごく強い想いがあったんだと思う」
「想い……ですか?」
「うん。だって、あんなにも“あの場所にいたがってた”。どんな未練だったのかまでは、私にもわからないけど」
二人の間に、ふっと静寂が戻る。フロントガラスの向こう、夜の街灯がゆっくりと流れていく。その光は、まるで水に溶けるインクのように、静かに闇に溶けていった。
ハンドルに添えた指先が、リズムもなく軽く動く。何かを言おうか、黙っていようか。そんな空気が数秒、車内を満たしていた。
「でね、柴田さん」
「はい?」
「もし良かったら……今後も、私の踊りを手伝ってくれないかな?」
そう言って、助手席の彼女は身体を少しこちらに向けた。
ほんの少しだけ、真剣な顔。
「ぼ、僕が……ですか?」
「うん」
「さっきのダンス。あれは私ひとりじゃできなかった。霊を感じてくれる人がいるから、私は踊れる」「だから、柴田さんじゃないとダメなの」
そう断言されると、言葉に詰まる。
「えっと……でも、僕なんかで本当にいいんですか?」
「もちろん!ていうか、もう決まりだよ?」
「私の直感はね、当たるんだよ。ほら、今日もバッチリだったでしょ?」
そう言いながら彼女は得意げにウインクした。
「報酬はちゃんと出すし、それに____」
「ダンスレッスンも無料でつけちゃう!これ、破格の条件だと思うけどな〜?」
「ダンスレッスン……は、まぁ……」
柴田は思わず目を逸らしながら、苦笑する。確かに彼女の踊りは美しかった。
けれど、自分が踊る姿は____
まるで想像がつかなかった。
それでも......
あの瞬間、確かに彼は見た。魂が重なり合い、生と死の境界があいまいになるような、不思議な世界を。
そんな世界を作り出した彼女が、自分を必要としている。
それならば____
「……わかりました。僕でよければ、協力します」
そう答えると、隣の彼女がぱあっと笑顔になった。
「やった!ありがとう柴田さん!____じゃなくて」
ぐっと身体を乗り出し、右手を彼のほうに差し出す。
「これからはコンビなんだから、呼び方を変えよ。私は“奏”、で、柴田さんは“柴ちゃん”。これで決まり!」
「し、柴ちゃん……」
「うん。可愛いし呼びやすいでしょ?さぁ、改めてよろしくね。柴ちゃん!」
なにか凄く照れくさい。彼は差し出された手をそっと握り返した。
「……よろしく、奏さん」
車の窓越しに見える街の灯りが、ほんの少しだけ優しく見えた気がした。




