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黎明舞踏〜最期に私と踊りましょう〜  作者: 日並うたたね


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10/10

⑥始まりの舞

洋館での舞が終わった後、柴田は奏を乗せて車を走らせていた。


「柴田さん、今日はほんとありがとう!助かったよ~」


奏が手を合わせて、ぺこりと頭を下げた。


「いえ……僕は特に何もしてませんし」


柴田は素直にそう返した。冗談でも謙遜でもなく、本当に“ただ見ていただけ”だった。


「そんなことないよ。車だって出してくれたし……それに、柴田さんがいたから踊れたんだよ?」


「……さっきの踊り、あれって……」


柴田は少し間を置いて言葉を続けた。


「あれは……死者と踊ってるように、見えました」


奏は一瞬、視線を伏せてから口を開いた。


「うん。そう。あれは、舞なの。"黎明舞踏(れいめいぶとう)"っていってね。未練を残してこの世にとどまる魂を、次の場所へ送るための」


「そんなことが……できるんですか?」


「そういう家系なんだよ、うちは。何百年も前からずっと、代々受け継いできたの。女の子にね」


「じゃあ……お母様も?」


「ママはね、踊りに興味なくて。今でも絵ばっか描いてる。だから、私がおばあちゃんの後を継いだの」「踊りが好きだったからね。色んな国に行って学んだよ。私の踊りは……魂と通じるための手段なんだ」


運転席の柴田は黙って耳を傾けていた。


「うちの家系って、もともと霊感が強くてね。おばあちゃんなんか、普段から“見えてる”人だったし……後を継がなかったママでさえ、気配を察知することはできるんだよ」


「じゃあ……夕月さんは?」


「私は、全っ然ダメ。霊感なんてゼロ」


奏は笑って見せたが、その笑顔には少しだけ、悔しさのような色が混ざっていた。


「踊り出すまで、存在そのものに気づけないの。目の前にいてもね。……だから、近くに魂が来てくれないと繋がれない」

「で、そこで登場するのが……霊を“感じられる人”ってわけ」


「なるほど……それで僕を?」


「うん。ちょっと前までは、親戚のおばさんに手伝ってもらってたんだけどね。体調を崩して、亡くなっちゃって」


「……そうでしたか」


「困ってたときに、ふらっと現れたのが柴田さんってわけ。もうね、運命以外の何物でもないでしょ?」


「い、いや……僕なんか、たまたまですし……」


「またまた〜。まぁ、運命ってそういうものだよ」


彼女はクスッと笑うと、窓の外に視線をやった。街灯がリズムよく流れていく。


「昔はね、“決まった型”の舞があったらしいよ。踊りの名前も違ってたって」


「そうなんですね。いつから変わったんです?」


「おばあちゃんがね。“今の時代には合わない”って言って、全部変えちゃったんだ」

「今の私の舞は、おばあちゃんのスタイルをベースにしながら、自分のアレンジを加えてるって感じかな」「たとえばさっきのタンゴ。あれも、その一つ」


「じゃあ……他の踊りもあるんですか?」


「あるある。ワルツとか、パソドブレとか……いろんなスタイルで踊るよ」


「すごいですね。でも、踊りはどんな風に決めてるんですか?」


「そこは直感ね!私、霊感はないけど直感は鋭いから。……まぁ、楽曲のチョイスは私の趣味って部分もあるけど」


柴田はその言葉に、思わず微笑んだ。今日聴いたタンゴの旋律が、まだ耳の奥に残っていた。


「そういえば……あの洋館。持ち物は誰だったんですか?」


「あの洋館ね、持ち主に身寄りがなかったみたいで、亡くなったあと国が引き取ったらしいのよ」

「購入希望者が現れたみたいなんだけど……内覧に来た人が霊障に遭ってさ」

「なにかの声がしたとか、誰もいないのに足音がしたとか……」


「うわ……」


「で、国の担当者が慌てて“そういう筋”に依頼を出してきたの。国有物件に霊が出るとか、シャレにならないでしょ?」


「……なるほど。今日はそういう経緯だったんですね」


「だから今回の舞は____国家公務霊案件ってとこだね」


「……なんですかそのパワーワード」


奏がいたずらっぽく笑う。


「でもね、冗談じゃなく、たぶんあの人……すごく強い想いがあったんだと思う」


「想い……ですか?」


「うん。だって、あんなにも“あの場所にいたがってた”。どんな未練だったのかまでは、私にもわからないけど」


二人の間に、ふっと静寂が戻る。フロントガラスの向こう、夜の街灯がゆっくりと流れていく。その光は、まるで水に溶けるインクのように、静かに闇に溶けていった。


ハンドルに添えた指先が、リズムもなく軽く動く。何かを言おうか、黙っていようか。そんな空気が数秒、車内を満たしていた。


「でね、柴田さん」


「はい?」


「もし良かったら……今後も、私の踊りを手伝ってくれないかな?」


そう言って、助手席の彼女は身体を少しこちらに向けた。

ほんの少しだけ、真剣な顔。


「ぼ、僕が……ですか?」


「うん」

「さっきのダンス。あれは私ひとりじゃできなかった。霊を感じてくれる人がいるから、私は踊れる」「だから、柴田さんじゃないとダメなの」


そう断言されると、言葉に詰まる。


「えっと……でも、僕なんかで本当にいいんですか?」


「もちろん!ていうか、もう決まりだよ?」

「私の直感はね、当たるんだよ。ほら、今日もバッチリだったでしょ?」


そう言いながら彼女は得意げにウインクした。


「報酬はちゃんと出すし、それに____」

「ダンスレッスンも無料でつけちゃう!これ、破格の条件だと思うけどな〜?」


「ダンスレッスン……は、まぁ……」


柴田は思わず目を逸らしながら、苦笑する。確かに彼女の踊りは美しかった。

けれど、自分が踊る姿は____


まるで想像がつかなかった。


それでも......


あの瞬間、確かに彼は見た。魂が重なり合い、生と死の境界があいまいになるような、不思議な世界を。

そんな世界を作り出した彼女が、自分を必要としている。


それならば____


「……わかりました。僕でよければ、協力します」


そう答えると、隣の彼女がぱあっと笑顔になった。


「やった!ありがとう柴田さん!____じゃなくて」


ぐっと身体を乗り出し、右手を彼のほうに差し出す。


「これからはコンビなんだから、呼び方を変えよ。私は“奏”、で、柴田さんは“柴ちゃん”。これで決まり!」


「し、柴ちゃん……」


「うん。可愛いし呼びやすいでしょ?さぁ、改めてよろしくね。柴ちゃん!」


なにか凄く照れくさい。彼は差し出された手をそっと握り返した。


「……よろしく、奏さん」


車の窓越しに見える街の灯りが、ほんの少しだけ優しく見えた気がした。

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