占い師の電話相談
占い師の電話相談
北野慎二は30歳の営業マンである。
大手商社で働いているが、最近は成績が振るわず、上司からのプレッシャーに悩まされている。
また、2年付き合っている仕事関係で知り合った彼女もいるが、最近は仕事が忙しくなかなか会うこともできずにいる。
「最近は何もうまくいかないなあ」
その夜も残業で終電を逃し、午前1時過ぎに帰宅した。
一人暮らしのマンションの一室でビールを飲みながら、何気なくテレビをつけた。
深夜番組の「真夜中の人生相談」が放送されていた。
画面には電話番号と料金案内が表示されている。
どうやら、この番組に書いてある電話番号に電話を掛けると、占い師に人生を占ってもらえるらしい。
画面の中の「初回相談無料」という文字が目に留まった。
番組では、相談の一例として「桜井先生」という占い師が視聴者からの電話相談に応じていた。
その占い師の顔は映らず、落ち着いた女性の声だけが聞こえる。
「次の方、どうぞ」
次の電話の相手は30代の男性らしく、仕事の悩みを相談していた。
「あなたは来月、重要な契約を取ることができます。
ただし、そのために大切なものを失うかもしれません」
桜井先生の声は穏やかで、なぜか説得力があった。
最近仕事も恋愛もうまくいっていない北野は、軽い気持ちでその人生相談の電話をかけてみることにした。
「もしもし、初めて電話させていただきます、よろしくお願いします」
「はい、はじめまして。あなたのお名前を教えていただけますか?」
「北野です」
「北野さんですね。今夜はどのようなご相談でしょうか?」
北野は恋人との関係について相談した。
付き合って2年になる彼女と、最近ギクシャクしている。
北野本人は結婚を意識し始めているが、なかなか踏み切れずにいた。
「北野さんは優しい方ですが、決断力に欠けるところがありますね」
桜井先生は的確に北野の性格を言い当てた。
「彼女さんとの関係ですが、来週、重要な話し合いの機会があります。
そこで素直な気持ちを伝えれば、きっと良い方向に向かうでしょう」
「本当ですか?」
「ええ。ただし、北野さん。仕事の方で少し気をつけた方が良いことが起こります」
北野は驚いた。
この相談では一切仕事の相談はしていないのに。
「来月、上司との関係で問題が起こる可能性があります。慎重に行動してください」
通話は15分ほどで終了した。
確かに料金は無料だった。
翌週、桜井先生の予言通りのことが起こった。
彼女の美咲から「大切な話がある」と連絡があった。
会ってみると、彼女も実は結婚について考えていると打ち明けられた。
北野が素直に自分の気持ちを伝えると、美咲は喜んでくれた。
二人は婚約することになった。
さらに、仕事でも変化があった。
上司から新しいプロジェクトの担当を任されたが、同時に厳しいノルマも課せられた。
桜井先生の予言が当たったことに驚いた北野は、再びあの人生相談に電話をかけた。
「北野さん、また電話をくださったのですね」
桜井先生は北野の声を覚えていた。
「前回のアドバイス通りになりました。ありがとうございます」
「それは良かったです。今回はどのようなご相談でしょうか?」
北野は最近の仕事のプレッシャーについて相談した。
「北野さん、あなたは川崎市在住で、朝は8時15分の電車に乗って通勤していますね」
北野は息を呑んだ。
そんなことは電話では一言も言っていない。
「どうして知っているんですか?」
「占いというのは、相談者の情報が自然と見えるものなのです」
桜井先生は続けた。
「あなたの会社は新宿にありますね。営業第二課の所属で、今月の売上は目標の70%程度」
すべて正確だった。
「それから、北野さん。大学時代にアルバイト先でお金を着服したことがありますね」
北野は震え上がった。
誰にも言ったことのない、墓まで持っていこうと思っていた過去の過ちだった。
「な、なぜそんなことを...」
「心配しないでください。私は誰にも言いません。
ただ、その罪悪感があなたの人生に影響を与えていますよ」
桜井先生の声は相変わらず穏やかだった。
「今回の相談料は5,000円になります」
北野は断ることができなかった。
その後、北野は毎週のように番組に電話するようになった。
桜井先生は北野の生活の詳細を知っていた。
通勤経路、昼食の内容、美咲とのデートの場所。
すべてを把握している。
「北野さん、昨日は美咲さんとイタリアンレストランに行かれましたね」
「はい...」
「彼女はパスタを、あなたはリゾットを注文しました。そして、彼女の誕生日プレゼントについて悩んでいる」
相談料も回を重ねるごとにどんどん高くなっていた。1万円、2万円、3万円。
それでも北野は電話をかけ続けた。桜井先生の予言は必ず当たるからだ。
「来月、あなたは大きな契約を取ることができます。それによって昇進の道筋が見えてくるでしょう」
「本当ですか?」
「ええ。ただし、その代償として、美咲さんとの関係に亀裂が入ります」
北野は不安になった。
「どうすれば避けられますか?」
「避けることはできません。すべては決まっています」
桜井先生の予言通り、北野は大型契約を獲得した。
しかし、その準備で美咲との時間を犠牲にしてしまい、二人の関係はまたギクシャクし始めた。
「北野さんの来年についてお話ししましょう」
ある夜、桜井先生が重大な予言を始めた。
「来年の春、あなたは係長に昇進します。
しかし、夏に美咲さんとは別れることになります」
「別れる?なぜですか?」
「あなたが仕事を優先し続けるからです。このままでは美咲さんはあなたに愛想を尽かすでしょう」
「それは避けられないんですか?」
「すべては運命です。抗うことはできません」
桜井先生は続けた。
「来年の秋、あなたは新しい恋人を作ります。しかし、その関係も長くは続きません」
「どうして?」
「あなたには人を愛し続ける力が欠けているからです」
北野は絶望的な気持ちになった。
「今回の相談料は5万円です」
北野はどんどん予言の内容が明確になり、彼女との関係がかえれないことと、高くなる相談料にこの先の不安を感じていた。
3ヶ月後も、北野は電話相談を辞めることができなかった。
そして、桜井先生は恐ろしいことを告げた。
「北野さん、今夜は最後の予言をお伝えします」
「あなたの人生は45歳で終わります」
「死ぬということですか?」
「交通事故です。雨の夜、横断歩道で。時刻は午後7時23分」
北野は震え上がった。
「そんな...避ける方法は?」
「ありません。これは変えられない運命です」
「なぜこんなことを教えるんですか?」
「あなたが知りたがっていたからです。最初の電話から、あなたは未来を知りたがっていました」
桜井先生の声に、初めて冷たさが混じった。
「今回の相談料は10万円です。」
北野は電話をしなければ不幸も怒らないと思い、桜井先生から逃れようとした。
番組を見ないよう努め、電話もかけないようにした。
しかし、日常生活で小さな不幸が続くようになった。
仕事でのミス、美咲との喧嘩、体調不良。
この不幸は電話をかけて、金で未来を知る代償だったのだろうか。
このまま自分は死ぬのだろうか。
不安に駆られていた夜、桜井先生から直接北野に電話がかかってきた。
「北野さん、最近お電話をいただいていませんね」
「もう先生に相談することはありません」
「そうですか。でも、私はいつでもお待ちしています」
「二度と電話しません」
「それでは、最後に一つ提案があります」
桜井先生は続けた。
「あなたが私から完全に解放される方法があります」
「どんな方法ですか?」
「新しい相談者を紹介してください。その方が私の新しいお客様になれば、あなたは自由になれます」
北野は迷った。
それは他人を自分と同じ苦しみに陥れることを意味する。
「考えてみてください。あなたの運命は変えられませんが、私との関係は終わらせることができます」
北野は同僚の田中に相談した。
田中も最近、恋人との関係で悩んでいた。
「最近、面白い占い電話番組があるんだ。よく当たるから、一度電話してみたら?」
北野は番組の情報を教えた。
「初回は無料だから、気軽に試してみればいい」
田中は興味を示した。
「本当によく当たるの?」
「ああ、俺も何度か相談したけど、すごく的確だった」
その夜、田中は番組に電話をかけた。
翌日、田中は興奮して北野に報告した。
「すごいよ、あの占い師!俺の性格から恋人のことまで、全部当たってた」
北野は複雑な気持ちだった。
その日の夜、桜井先生から電話があった。
「北野さん、ありがとうございます。新しいお客様を紹介していただいて」
「田中のことですか?」
「ええ。とても興味深い方ですね。彼の未来は波乱に満ちています」
「僕はもう自由になれるんですか?」
「はい。お約束通り、あなたとの関係はこれで終了です」
北野はほっとした。
「ただし、北野さん」
「はい?」
「あなたの運命は変わりません。45歳での交通事故は避けられません」
電話が切れた。
それから1ヶ月が経った。
田中は番組に夢中になっていた。
毎週電話をかけ、高額な相談料を払っているようだった。
「最近、金遣いが荒くないか?」
北野が心配して聞くと、田中は困ったような顔をした。
「お前が紹介してくれたあの占いにハマっちゃって...でも、すごく当たるんだよ」
田中の顔色は悪く、明らかに疲れていた。
「やめた方がいいんじゃないか?」
「やめられないんだ。先生が僕の未来を教えてくれるから、その通りに未来が進むんだ」
北野は罪悪感に苛まれた。
自分が田中を紹介したせいで、彼が苦しんでいる。
しかし、もう田中は手遅れだった。
3ヶ月後、田中から相談を受けた。
「北野、実は...占いの先生から、新しい人を紹介すればこの悪循環から解放してくれると言われたんだ」
北野は愕然とした。
同じシステムが繰り返されている。
「誰か、占いに興味がある人はいないか?」
田中の目は必死だった。
北野はなにも答えることができなかった。
田中はやがて、別の同僚を紹介するだろう。
そして、その同僚もまた、次の犠牲者を探すことになる。
桜井先生の相談者は永遠に途切れることがない。
北野は自分の運命を変えることはできなかった。
桜井先生の予言通り、45歳で事故死する運命が待っている。
しかし、それよりも重いのは、田中を犠牲にして自分だけが逃れたという罪悪感だった。
深夜、たまにテレビから桜井先生の声が聞こえてくることがある。
「次の方、どうぞ」
その声を聞くたび、北野は自分の選択を後悔する。
でも、もう戻ることはできない。
桜井先生の電話相談は、今夜も続いている。
新しい犠牲者の声を待ちながら。
【完】