表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/6

第4話アフタヌーンティーへようこそ

「こうして粉をまとめて、優しく押すのよ」


 そう言って私は、台の上で生地を手で広げていった。


 すると、小麦粉とバターの匂いが、厨房いっぱいに充満していく。


「はいっ!」


 返事をしながらルミナは粉まみれになりながら、笑顔を見せた。


 私は、そっと頬についた白い粉を優しく拭ってあげる。


「ありがとうございます…お姉様と一緒に作ると、本当に楽しいです」


「私もよ。こうして一緒にスコーンを作れるなんて、夢みたい」


 先ほど、オーブンに入れた生地がこんがりと焼けていくのが見える。


 膨らんでいく小麦の香りが、まるで私たちの幸せを呼び寄せるようだった。


 しかし、その空気を引き裂くように、突然、冷たい声が厨房に響いた。


「随分と楽しそうね、ルミナ」


 よく聞いた声。

 何度も耳にしている。


 ーーそんなはずはない…。


「……私の身体を勝手に使っている泥棒さん?」


 振り返った瞬間、目を疑った。


 ーーまさか、こんなことありえないわ。


 そこに立っていたのは、見慣れた顔。


 鏡のように、まったく同じ顔。


「……お姉様が、2人……」


 ルミナの声が震える。


 目の前に立って、気高い笑みを浮かべている彼女。


 『エリカ・クランベリー』


 (エリカ)だった。


 暖かかった厨房の空気が一瞬で凍りつくのが分かる。


「ど、どういうことなの……」


「ルミナ、落ち着いて。私は――」


 必死に言葉を探していた私を、本物のエリカは鼻で笑う。


「泥棒さん。誤魔化さなくていいのよ。ルミナ、私こそが本物のエリカ・クランベリー」


「…あなたの姉よ」


 その言葉にルミナは動揺する。


「で、でも……!」


「なら、証拠を見せてあげる」


 エリカはドレスの裾から、小さな銀のロケットを取り出した。


「これは母が亡くなる前、私達に託した形見…」


 ルミナの瞳が揺れる。


「なんでそれを……」


「母から直接受け取ったのは私よ。持っていて当たり前でしょう?」


「当然、あなたは持ってないわよね?」


 その揺らぎのない声。


 真っ直ぐな瞳。


 間違いなく、魔女エリカそのものだった。


 その溌剌な発声と、形見のロケットを見て、ルミナも完全にエリカであると認めたらしい。


「……じゃあ、この方は一体……」


 ルミナの視線が、私に向けられる。


「ち、違うの、ルミナ!私は……!」


 どれだけ必死に否定しようとしても、もはや言葉は届かない。


「王兵、あの泥棒猫を捕えなさい」


 私は厨房に入ってきた兵士に捕えられ、膝をついた。


 そして、肩を持たれたまま、部屋の外へと引き摺られていく。


 ーーあなたにこれまで、嘘をついていた。


 離れていく中で、私はルミナを眺める。


 だが、彼女は私を見ようとはせず、俯いていた。


 ーー裏切られたんだもの。仕方ないわよね。


 私の中から、身体の力が抜けていくのが分かる。


 そして、頭上に立ったエリカが私にだけ聞こえるように告げた。


「…無様ね」


 ーー魔女はいたんだ。ずっとこの世界に…。



 ◇



 広間へと連れてこられた私は、無数の兵士たちに取り囲まれていた。


 赤い絨毯が敷かれたその先には、城の重鎮たちが並んでいる。


 中央にある玉座の横に立っているフラン王子。


 その隣に悠然と並ぶ”本物”のエリカ。


 まるで、処刑の舞台の上に立たされているかのようだった。


「…原作で見た……断罪の場面」


 思わず呟いた。


 ――でも、違う。


 今回は"エリカ"自身が、エリカを断罪するのだ。


「皆の者、聞きなさい。この女は私の名を騙り、ルミナや王子を欺いてきた偽物よ!」


 広間に響き渡るエリカの声。


 兵士や使用人たちの視線が一斉に私へと注がれる。


「違います……私は……」


「黙りなさい!」


 彼女の鋭い叱責に、場は静まり返る。


 ふと目を上げると、壇上のフラン王子が、悲しげな目をこちらに向けていた。


「……君は、一体誰なんだ」


 その瞳は、あの時とは違い、疑念に揺れていた。


 ――私は何も、答えられない。


 ――だって、説明できる言葉がないもの。


 目覚めたらエリカだったなんて、誰も信じてなんかくれない。


 沈黙している私に、フラン王子の表情も曇っていく。


 ――でも、ルミナなら。


 私は、ルミナの姿を探した。


 しかし、どこにも彼女の姿はなかった。


「ルミナなら来ないわよ」


 本物のエリカが淡々と告げる。


「……え?」


「偽物のあなたに絶望しているのかしら。私が慰めてあげないとね」


 冷酷な言葉が胸に突き刺さる。


 ――でも、それなら。


 せめて本物のエリカとルミナが幸せになるのなら。


 私は、やっぱり『邪魔者』なのかもしれない。


「……わかりました」


 絞り出すように声を出す。


「……私は断罪を受け入れます」


 その瞬間、広間の空気がざわめいた。


 私は、兵士たちに両腕を掴まれ、牢獄へと連れて行かれることになった。



 ◇



 石造りの牢獄にきて、どれくらい経っただろうか。


 綺麗なドレスも、地面の汚れと湿気で見る影もない。


 すると、鉄格子の向こうから人影が現れた。


 ――ルミナ。


 しかし、廊下をゆっくり歩いてきたのは、本物のエリカ。


「ふふ、滑稽ね。私が私を捕えるなんて、不思議な気分だわ」


 彼女は笑い、鉄格子越しに私を覗き込んだ。


「あなたは……どうして、こんなことを」


「退屈凌ぎに話してあげようと思って」


「ルミナを殺そうとした、あの夜の話を」


 その声はあまりにも平然としていた。


「やっぱり、あなた魔女だったのね!」


 私は思わず、声を荒げる。


「あの夜、ケーキに毒を盛って殺そうとしていたわ」


「けれど、突然、感じたのよ。このままでは失敗するってね」


「なんとかしようと思って、神に願ったら」


「目の前にもう一人の私――。つまり、あなたがいたのよ」


「だから私は考えたの。全部の罪をそっちに押し付けて、私は清らかなエリカとして生きればいいって」


「それこそが、私の秘められた”力”なのかしら?」


 ――私、佐藤真依はあの日、目覚めるとベッドにいた。


 てっきり、リコッタちゃんが、厨房で倒れていた私を見つけたと言っていたから、魔女エリカの身体に乗り移ったのだと思っていた。


 でも、実際はこう。


 エリカの願いが形となって、もう1人の(エリカ)がこの世界に出現した。


「少しの間、身を隠しておいて、あなたを処分しに戻ってきたのよ」


「あなた……何も反省してないじゃない!」


 怒りで胸が震える。


 本物は薄く笑った。


「当たり前でしょう。あんな薄っぺらい妹と仲良くなんてできるわけない。無理よ」


 氷のように冷たい声。


「あなたを断罪して、私はこの試練を乗り越える。いずれこの国を、支配するのよ」


 その言葉を残して、彼女は背を向けた。


 私は、鉄格子の向こうで高らかに笑う、その姿を見送ることしかできなかった。


 膝を抱えて座り込む。


「私は……ルミナを守るって……魔女をやめて、みんなを幸せにするって誓ったのに……」


 冷たく閉ざされた牢獄の中で、過去を振り返った。


――数日間の出来事だったけど、温かくて楽しい時間。


「…ルミナ」


 その時。


 牢獄へと続く暗闇に、誰かが忍び込んできた足音が響いていた――。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ