第3話フィナンシェを召し上がれ②
「今宵、私はこの手紙の犯人を捕まえます」
そう言って、私は手紙を頭上に掲げる。
突然、城の一室に集められた使用人たちはざわめき、困惑の色を浮かべていた。
リコッタが、私に呼びかける。
「…エリカ様…一体、どうされたんですか」
「私、犯人がわかったの」
私は自信ありげに言う。
「まだルミナには、内緒にしておいてね」
そう言うと、リコッタの眉がぴくりと震え、私の腕を掴んで訴えた。
「しかし……どうしてエリカ様ご自身が……」
「危険すぎます!!」
それを聞いた周囲の使用人たちも、一斉に声をあげる。
「そうです!おやめください!」
「王兵もおります。我らにお任せを!」
口々に声を上げる彼らに、私は首を振る。
「大丈夫。私、1人でやれるわ」
そして、私は優しくリコッタを見つめる。
ーーこれは、犯人を捕まえるために必要なことなのよ。
「あなたには、お願いがあるの」
彼女の瞳をじっと見つめ、続けた。
「ルミナの部屋に怪しい人間が来ないか、今夜は見張ってくれないかしら?」
「エリカ様は……?」
「私はいいの。ルミナのためなら、なんだってするわ」
そうお願いすると、リコッタは少し不服そうな顔をしていたが、頷いた。
「……分かりました」
これで、準備は整ったわ。
今夜、犯人をティータイムにご招待しましょう。
◇
その夜。
城が静寂に包まれる中、私は犯人を待っていた。
「必ず、相手からここに来る……」
少し経つと、窓から怪しい人影が部屋に侵入するのが見える。
そして、その手には銀色の小さなナイフが月明かりを反射していた。
(さぁ、来たのね…)
「……私の部屋で、何をしているのかしら?」
パッと灯りがつけると、その人影は驚き、凍りつく。
そこにいたのは、メイドのリコッタだった。
「……ど、どうして……」
そのベッドの中には、ルミナの姿はない。
「今日一日、ルミナと部屋を入れ替えていたのよ」
彼女は不思議そうにしていたが、姉妹の気分転換にということで納得してくれた。
「あなたが手紙の犯人なのね、リコッタちゃん」
リコッタの手が震える。
「わ、私はただ……ルミナ様に命じられた通りに見張っていただけです」
「寝室にナイフは不要でしょう?」
そして、私は一歩、踏み出す。
「手紙から漂ったバターの香り……すぐにわかったわ」
そう言うと、彼女の瞳が大きく揺れる。
「いつもパンに、たっぷりバターを塗ってくれるのはあなたよね?」
「それと同じ優しい香りが、あの手紙からしたの」
唇を噛むリコッタ。
「……エリカ様……」
「ほんの少し……怪我をさせるだけのつもりでした」
「どうしてこんなことを?」
問いかけると、彼女の瞳から涙が溢れ出てくる。
「私は……エリカ様をずっとお慕いしておりました……」
「フラン王子とお別れになってルミナ様を避けるようになって……」
「いつもお一人でケーキを作られていた……その姿をずっと見ていたら」
「私、悲しくて、胸が張り裂けそうでーー」
リコッタが嗚咽交じりに話を続ける。
「なのに!!突然、ルミナ様と仲良くされて……あの憎きフラン王子とも和解なさったと聞いて……」
「どうしても納得できなかったんです!!」
私はそっと目を細める。
「それが、あなたの“気持ち”なのね」
「ありがとう、リコッタ」
そう言って、微笑みを浮かべる。
「でも、もういいの。かつてルミナやフランを憎んでいた魔女は、もうここにはいない」
「自分のために孤独にケーキを作っていた私も」
リコッタの肩が震える。
「……エリカ様……」
「私はね、今は誰かのためにケーキを作りたい気分なの」
「あなたにもよ」
私はそっとリコッタに小皿を差し出した。
「フィナンシェはいかがかしら」
そう言うと、リコッタは驚いた顔をしていたが、すぐに冷静に断った。
「わ、私は使用人ですので……」
「あなたに食べてほしいの」
「……わたしに?」
リコッタは、その無垢な瞳に涙を浮かべながらそのフィナンシェを眺める。
「ええ。あなたのために、作っておいたのよ」
「さぁ、召し上がれ」
彼女は震える手でフィナンシェをつまみ、口に運んだ。
「……おいしい……です……っ」
涙がぽろぽろとこぼれる。
「涙と一緒じゃ、せっかくの甘さが台無しよ」
私はハンカチを差し出して、そっと拭いてあげた。
「あなたが心配しなくても、私は何も変わってないわ」
「あなたへの想いも」
「……エリカ様ぁ……!私は……貴方のお気持ちを何も分からずに……」
私は首を横に振る。
「いつも支えてくれていたのを、当たり前だと思っていた私も悪いのよ」
そう言って、彼女の小さな身体を抱きしめる。
「…これからは、あなたにもケーキをご馳走するわね」
「そ、そんな!ありがとうございます!!」
その時、ばたばたと足音が近づいてくる。
「お姉様!王兵から聞きましたよ!」
ルミナが部屋に駆け込んできた。
「ルミナ…!」
あなたはそうやって、いつも私を心配して駆けつけてくれるのよね。
「ちょうど良かったわね、ルミナも一緒に食べましょう」
「えぇっと、手紙は…」
「もう解決したのよ」
そう言って、私は微笑む。
「ねぇ、リコッタ。ルミナも一緒にーー」
「もちろん!皆でいただきましょう!」
それから、私たちは皆が寝静まった城の中で、過去の話や未来の話。
3人で並んで、フィナンシェを食べながら話した。
甘く、優しい時間。
ーーこんな時間が、いつまでも続くと思っていた。
でも、私の魔女だった過去は、完全に消え去ってはいなかった。