第1話 毒入りケーキはいかが?
初投稿です。
温かい目で見守っていただけると嬉しいです。
「……うそでしょ……?」
まぶたを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、細かく模様が描かれた天井に、宝石のように煌めくシャンデリア。
まるで、絵本の中の世界みたい。
「ってここ……どこなの」
私は、佐藤真衣。
製菓専門学校に通いながら、ケーキ屋でバイトしてた、ごく普通の日本人。
のはず…。
ベッドから身体を起こすと甘い花の香りをさせながら、艶やかな髪が靡いた。
「……髪が…長い?」
生まれてからずっと、肩より伸ばしたことはない。
私は、そっと胸元に手をやる。
「胸も……重たい」
そして、恐る恐る側にあった鏡で確かめてみた。
そこには、レースのネグリジェを着た女性の姿ーー。
その息を呑む美しさは、どこの誰が見ても美人だと答えると思った。
けれど、その真っ直ぐな瞳には、言葉にしがたい恐ろしさを秘めていて……。
私は一体、誰にーー。
「ッ……!!」
何かを思い出そうとした瞬間、鋭い頭痛が走った。
すると、頭を押さえて蹲っている私の元に、カーテンの向こうから人影が飛び込んでくる。
「お目覚めですね、エリカ様!」
ショートカットで可憐なメイド服の少女。
私より年下くらいだろうか。
見覚えはない……。
けど、彼女の名前を覚えているような気がする。
「どうされましたか!?まだ体調が優れないのでしょうか…」
「えっと」
今は何でこんな場所にいるのか、それを整理しないと…。
「あの、あなたは誰でしょうか…」
「リコッタですが…」
この名前を知っている、何故かそう思った。
「エリカ様…何かご不満でも……」
私か黙っていると、リコッタは焦って話を続ける。
「もしや昨夜、お作りしていた"ケーキ"のことでしょうか!」
「であれば、あちらのテーブルに置いてーー」
……ケーキ?
何か思い出したような…。
その瞬間、頭の奥で何かが激しく駆け巡った。
魔法陣と毒草――。
それと焼きたてのケーキ。
次々に浮かんでは流れ込んでくる、“もう一人の私”の記憶。
美しく、冷たい魔女と呼ばれる女。
エリカ・クランベリー
それが、今の私の名前だった。
天才的な聖女の才を持ち、皆から愛される妹への、深い、深い嫉妬。
次第に大きくなる憎しみ…。
そして、最後の記憶は…。
――毒入りのチョコケーキ。
思い出した。
昔読んだことのある悲劇の物語。
完璧な妹ルミナに嫉妬し、ケーキで毒殺する“魔女の”エリカ。
私よりによって……悪役の方に転生してるの!?
「なんで私が主人公を毒殺する“魔女”なのよぉ……っ」
◇
しばらくして落ち着きを取り戻した私は、部屋のテーブルの上に視線が止まった。
あのチョコケーキ…。
艶やかな苺に、丁寧に巻かれたチョコレート。
窪みや傷がひとつとない、美しい完璧な仕上がり。
「こんな綺麗に作れるなんて嘘でしょ……?」
その時、私の中にあるもう一つの記憶がざわめいていた。
ーーこのケーキをルミナに食べさせないと。
これが、あの物語の中で妹を毒殺した“あのケーキ”なんだと感覚でわかった。
記憶の中のエリカは、王子が妹であるルミナに笑いかけたその日から、心を閉ざしていった。
誰からも愛される才能を持った妹。
それに対して、何をしても認められない自分。
お菓子を作っても、いつしか食べてくれる人もいなくなった。
そんな孤独と嫉妬の果てに、彼女は昨夜、ケーキに『毒』を入れた。
ーーでも。
「……ほんとは……ルミナに」
そのとき、突然、慌ただしい足音が聞こえてくる。
「エリカお姉様!」
ノックもなしにドアが開き、美少女が駆け込んできた。
金色の巻き髪、フリルのドレス、大きな瞳。
この物語のヒロイン。
妹のルミナだ。
「昨夜、寝込んでたって聞いて……私、心配で……」
「えっと…身体は平気みたいね」
「それなら良かったです! それにしても、何で夜更けに倒れて…」
すると、彼女が不思議な顔でこちらを見ていた。
「……お姉様が返事をしてくれた…」
「え?」
「いつも私のことを無視するか、リコッタちゃんに伝言を頼んで、ずっと話そうともしてくれなかったのに」
そんな設定だったのね…。
困った私が適当に返事をしていると、彼女の視線が、テーブルのケーキに向いた。
「お姉様これって……」
「もしかして、誕生日も覚えてくれてたのですか!」
――ダメ。
それは、私が作った毒入りのケーキなの。
あなたは、それを食べて永遠に王子とは離れ離れになる…!
こんなにも、姉想いな優しい子に。
そんなのダメに決まってる。
――それなら。
ーーそれなら、私が!
さっと反射的にケーキに手を伸ばし、私はそのまま、自分の口にぱくっと放り込んだ。
「んんんっ……!」
チョコと苺の完璧なバランス。
鼻を駆け巡る香淳な香り。
苦みもあって、絶妙な甘み。
こんなに美味しいチョコケーキは今まで一度も食べたことが――。
だが、次の瞬間、呼吸ができなかった。
喉が焼けるように苦しく、視界が滲む。
でも、これでいいの。
悲しい原作と違って、ルミナが助かって、ほかのみんなも幸せになる。
私は――。
魔女じゃない。
「お姉様ぁぁっ!」
意識が薄れかけたそのとき、口元に温かい感触があった。
「……!」
――キス!?
ーーしかも、姉妹で!!
「げほっ……!」
私は咳き込みながら、なんとか息を吸い込んだ。
「よかったぁ……お姉様が生きてて……!」
床に倒れたままの私に乗り掛かるように、大きな胸に顔をうずめたまま泣くルミナ。
「回復が効かなかったら、どうしようかと思いました!」
猛毒で死にかけていた人間が、完治するほどの魔法。
ルミナの額には、汗が滲んでおり、息も荒い。
そっか。
エリカは癒しを使えないけど、ルミナなら使える。
私が食べたことで、筋書きが変わったんだ。
誰も死なないで済むかもしれないーー。
「……誰がお姉様にこんな酷いことを……」
その犯人、私です。
自分で作った毒入りケーキを自分で食べました。
「昔を……覚えてますか?」
ルミナがぽつりとつぶやく。
「小さい頃……お姉様がよくケーキを作ってくれたの。私はそれが大好きでした…」
「……え?」
「甘くて、とっても優しい味。それを食べたあとは、一日中幸せで……」
そう話すルミナは、笑みを浮かべていた。
「昨日、リコッタちゃんからお姉様が"ケーキを作った”と聞いて、本当は嬉しかったんです……」
そう笑って話す、ルミナの瞳からは一筋の涙が落ちる。
エリカが猛毒を入れたケーキを、彼女はずっと楽しみに待っていてくれていた。
だから、彼女は原作でエリカの作ったケーキを疑いもせず食べて。
死んでしまった。
「体調が戻ったら……また作ってくださいね。私はお姉様のケーキが、世界で一番大好きなんです!」
きゅっと胸が締めつけられた。
それなのに、私は……この子を殺そうとしていた。
彼女は、そんな私を、純粋にずっと信じてくれていたんだ。
「……決めた」
私は決意すると、ベッドから立ち上がった。
もうルミナのことを、泣かせなんかしない。
これからは、私の作ったケーキで笑顔にしてみせる。
そして、この国中のみんなも幸せにしてみせる。
だって私には、スイーツを作る腕があるじゃない。
主人公を毒殺する“魔女”だって、誰かを幸せにできるはず!
「いいわよ、ルミナ。すぐにでも作ってあげるわ!」
「お姉様……っ!」
ルミナが、勢いよく私の首元に飛びついてくる。
その時、エリカの心の中にあった嫉妬や、憎しみが少しだけ解けたような気がした。
「まずは、この城の皆にケーキを振る舞ってあげましょう」
これは、毒を入れた魔女とそれを食べて死ぬはずだったヒロイン。
交わることのない姉妹が、美味しいケーキで人々を幸せにする物語ーー。