だってあなたが言ったじゃん
「世界が終わらない限り、あなたと結婚なんてないわ。」
誰よりも美しい彼女は笑いながら言った。
そして世界は滅んだ。
「ホルティーカ愛しています。この通り、この前までの世界は終わりました。私と一緒になってくれますよね。」
朝ホルティーカの自室で、頬を染めながら片膝をついてプロポーズするのは美丈夫とはいうやや貧相な体つきをした魔術師の男。
顔立ちは決して悪くないが、平民の魔術師だったことから候補にすらならなかった人。
迷うことなく、返事をするまえに扉から飛び出した。
「誰か!誰か!いないの!」
寝巻きのまま人気が無くなった屋敷で走りながら叫ぶ、男から逃げる為にも。
「鬼ごっこがお好きなんですか?私は初めてです。貴重な私の初めてがあなたとなんて夢のようです。」
全く息をきらさず笑顔で平行してくる男にホルティーカは叫びそうになった。
「あなた、何をしたの。」
薄々わかってることを貴族らしからぬ震えた声でたずねる。
「ホルティーカが言ってたので人を全て消しました、これは世界の終わりですよね。あ、物も壊したりしたほうがいいですか?屋敷を山にうつして、他は海に沈めますか?」
彼は笑顔でこたえた、それどころかいらない提案もしてくるオマケつき。
ホルティーカは、はじめてそこで自分せいかと、自分の愚かさを呪った。
ただの断りのつもりだったのだ、こんなことにするつもりはなかった。
世界がひっくり返りでもしない限り平民に嫁ぐ馬鹿はいない。
いや、少し前に子爵か男爵の娘が平民と駆け落ちし噂になったことがあったが。
平民と一緒になれば苦労するのは分かってるはずなのに、真実の愛の前には苦労など何の障害にもなりえませんと手紙の残して消えたらしい。
結果は彼女が家から持ち出した金目当てだったのだろう男に身籠ったあとに見捨てられ、屋敷に帰ろうにも家から追放され勿論除籍もされた女は家に入れて貰えず、行く場所等なくどこぞへ消えたと。
そんな愚か者になる気はホルティーカには更々無かったから断ったのだ。
なのに、なんでこんなことに。
「父様と母様は。」
少しばつの悪い顔をしながら魔術師が首を横にふる。
「すみません、愛するあなたのご両親は残しておいてもよかったのですがそうすると終わったことにならないかなって思いまして。」
それを聞いてホルティーカの意識は真っ暗になった。
気づくとホルティーカは白い花まみれの知らないベッドの上に寝ていた。
側の椅子には男が座っており、心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫ですか?ここは私の屋敷です。ホルティーカ、どこか悪いのですか。私は薬の調合も、治癒も得意ですよ。」
治癒はすでにかけられるだけかけましたけど。
そう言う男の顔にはホルティーカへの心配のしかない。
こいつは何なのだろう。なにがおきたの。
彼女の頭はそれでいっぱいになった。
もしかしたら他の場所には人がいるかもしれないと伝えれば、男が確認しますかと言ってローブを差し出してきた。
ローブを纏い(よくみると男のと同じものだったのでホルティーカの気分は最悪になった。)、手を差し出すと次の瞬間には王城のなかにいた。
そこにも人おらず、少し前まで人がいたであろう痕跡はそこかしこに残ってるのが不気味であった。
謁見の間も、後宮も、兵たちのつめ所も、どこにも誰もいなかった。
次の城下町も、隣国も、全て同じ結果だった。
人がいた痕跡はあれど、人は誰もいない。
もう認めるしかない。
二人を残して人々は消え去ったのだ、否、この男が消したのだ。
男の屋敷にもどり、どうやって消したのかと問えば、
「私は魔術がとても得意なのです、そして魔力も多かったので頑張りました!」
なんて答えが返ってきた。
悪魔と契約しましたと答えられた方がまだ信じられると、ホルティーカは目眩をおぼえた。
「ねえ、なんでそんなに私と結婚したいの?」
ホルティーカと男との接点は無いはずだった、あの結婚を断った日の開かれたパーティーをのぞければ。
「理由なんて言いきれないほどあります。時間はいっぱいあるのですから、これから少しずつ伝えていきますね。」
「こんな状況で言うのも申し訳ないけど、私あなたと結婚したくないわ。あなたのこと、なにも知らないもの。」
ホルティーカは決死の覚悟で言った。
すべての人を消すくらいの魔術を使える男だ、気分を損ねれば殺されるかもしれない。
殺されるだけならまだしも死ぬよりも酷い目にあわされるかもしれない。
それでも、もうどうでも良かった。
世界はこんなだし、自分は他人の顔色伺うなんて苦手だし、どうせ気分を損ねて何かがおきるならそれが早いか遅いかの事だと思ったのだ。
ホルティーカが言ったあと、男はぽかんとした表情をしてからボロボロ泣き出してしまった。
その涙や泣き顔の美しいこと!
そこではじめてホルティーカは男がとても自分好みであることに気付いた。
「だってあなたが言ったじゃん、世界が終われば結婚してくれるって。」
そんなこと全く言ってないのだが、窓から射し込んだ陽にてらされた拗ねた顔がとてもとても可愛かったのでホルティーカは何か全てがどうでも良くなって衝動的に男を抱き締めた。
「あなた可愛いわ。やっぱり結婚しましょう。」
ホルティーカは男を抱き締めたまま、その頬にキスをした。
よく考えたら、世界を終わらすくらいに自分を好きな人と結婚出来るなんて私は幸せものなんじゃないかしら?
実際、魔術師の力は万能でホルティーカは死ぬまで不自由することなく、楽しく面白く生きた。
そしてホルティーカがいなくなったあと、魔術師も同じベッドで並んで長い眠りについた。
〆