第7話 騎士と愛馬(3)
準備をするため竈に向かいながらシルヴィアに話し掛ける。
「どう思う?」
〈どう思うとは?〉
「あの「騎士の心意気」はこの世界の標準なのか?」
エステリーナから「懐かしさ」を感じた。
己の身を犠牲にしてでも主君に尽くすといった「武士の忠誠心」に似た何かを。
〈情報がないので断言はできませんが、前回暮らしていた世界でも日本の武士のような思想は特殊な部類に入ります〉
「そうか、特殊なのか」
褒められたのか、貶されたのか。
文化も風習も異なるこの世界。
目に見えない「何か」にエステリーナは縛られているのかもしれない。
〈それに関して一つご提案が〉
「どうした?」
〈振る舞い方を変えましょう〉
「何故?」
〈今の山水様は強大な力を保持しております〉
「……そうだな」
昨日を思い出す。
〈今後、多くの者がその力を目にするでしょう〉
「……事を有利に進めるために?」
〈その通り。有象無象に邪魔をされては私との【約束】が危ぶまれます。なので先を見据えた言動を心掛けて下さい〉
「先か。分かった」
先とは【褒美】を貰った後の話。
〈それともう一つエステリーナ様の身体についてご報告が〉
「?」
〈彼女は……………………のようです〉
「……そうか」
プライべートなこと故、聞かなかったことにする。というかそんな情報を何故俺に伝える?
等と考えていたところにあの馬がやって来た。
「お前のご主人様を連れ帰るから準備しておけ」
ヒヒン!
嬉しそうに? 応えると、離れた場所で草を啄んでいた馬達に向かってゆく。
馬は馬に任せて片付けを始める。
「さてどうするか」
動けるようになったとはいえ騎乗はまだ早い。
残るは(馬車の)御者台しかないが、座面には厚手の布が敷いてあるだけで、整備されていない道では振動がモロに伝わってしまうだろ。
せめてあと半日は横にしてあげたい。
なら荷台に寝せてと思ったが、所狭しと置かれた荷物のせいでスペースが取れない。
〈【収納】しましょう〉
「お!」
悩むほどのことではなかった。
荷物の中からシートや毛布を取り出し残りの全てを【収納】に入れる。
スペースが確保できたところで一人分の寝床を拵える。
「ついでに水と薪も確保しておくか」
今後を考えれば備蓄は多いに越したことはない。
〈では【収納】の便利な使い方を伝授します。先ず手に入れておきたい物に手を翳して【収納】と念じて下さい〉
「こうか?」
薪を集めようと木々に向かって【収納】と念じる。すると手を向けた先の地面が明るくなった。
どうやら薪になりそうな落ち枝などが根こそぎ収納されたようだ。
この要領で水も収納する。
「うぉ!」
一瞬で小川は消え失せた。凄いなこれ。
〈容量はほぼ無制限〉
なんだと⁈
「出す時の制限は?」
〈組成は変えられませんが形状や状態は変えられます〉
まあ便利だこと。
〈では【常識】から御者の技術を抜き出しダウンロードします〉
一通りの準備が終わったところで馬達がやってきた。
「話はついたか?」
返事の代わりに二頭の馬が馬車の前へ。
「お前達は本当に賢いな」
首筋を撫でてあげる。
全ての準備を終えたところでテントに向かう。すると脇の木陰からノロノロとした足取りのエステリーナが現れた。
「す、すまない。お待たせして」
「いやちょうどいま終わったところだ。それより一つ提案がある」
「何でしょう?」
「俺とお前は対等な関係なのだから口調を改めてくれ」
「口調?」
「起きた時の口調に戻してくれ」
「で、でも」
「背筋がむず痒い」
「…………」
「俺は約束は守る。お前が欲する物は必ず渡す」
「……わ、分かった」
「よろしく」
良い返事が聞けたところでエステリーナをお姫様抱っこをする。
「キャッ!」
抱えられ、顔を真っ赤にしながら動揺している。
ちょこちょこと初心な一面が見られるがこれが本来の姿ではないか。
「何もしない。馬車まで運ぶだけだ」
青空の下だとより一層、美麗な容姿が際立つ。しかも身にまとっているのは薄手の下着のみ。男ならその気がなくても意識してしまう場面。
だがこの世界に来てから、というより前回の世界での「武士」としての気概を色濃く引き継いでいるためか、昨夜の身体を拭いてあげた時ですら「欲」が湧いてこなかった。
まあ納得の上であれば話は違ってくるが。
縮こまったエステリーナを抱えたまま御者台にジャンプする。
一旦席に降ろし、そこから中へ入ってもらう。
それからテントに戻り、残りの全てを【収納】してから馬車の後方へ回り込む。
「これは出しておこう」
見えるところに置いた方が安心するだろうと思い【収納】から武具一式を取り出し、荷台の隅におく。
ついでに「エステリーナの普段着一式」を出して着るように言っておく。
最後に後部の「幕」を下ろしてから御者台に座る。
「この馬はアンタの馬だろう? 名は?」
後ろを見ないように注意しながら【収納】からコップを二つ取り出しその中に水を灌ぐ。
「カイエンだ」
「良い名だ。カイエンに道案内を頼もうと思うが」
「カイエンなら問題ない」
笑顔のエステリーナが脇から現れる。束ねた髪を肩から前に回した姿で。
──随分と雰囲気が変わったな。コッチの方が……
〈好み、ですか?〉
……ちっ、筒抜けか。
外見ではない。雰囲気の問題。
〈会話も弾んでおりましたし〉
確かに流れるようなやり取りだった。
会話でストレスを感じないのはかなり心地良かった。
笑顔には笑顔で。丁度良いとコップを手渡す。
彼女は躊躇いもなく飲み干してくれた。
「では行こう。カイエン先導してくれ」
ヒヒン!
元気よく出発。
途中、昨夜の惨劇があった場所を通る。
「なななんだこの惨状は⁉︎」
まるで隕石が落ちた跡の様相。
「……すまん、俺がやった」
「へ?」
「い、いやな、火を消そうと思って」
地面を抉った。
「そ、そうか……。てっきり最悪の悪魔が現れたのかと」
「……最悪?」
「ああ。こちらの魔法は無力化するわ、耐久性は高いわ。さらにいきなり回避不能な魔法を使ってくるとても厄介な悪魔だ」
そんな奴がいるのか。
「名は?」
「……クレーターデーモン。そこら中にクレーターを作りまくる、迷惑極まりない魔物。魔法を使われたら地形が変わってしまうので出会ったら最優先で首を刎ねないと」
「覚えておこう」
魔獣だけでなく、悪魔までいるのか。
「だが……これでは……」
「生存者はいなかった。そこは信じて欲しい」
「それは疑っていない」
呟いてから開いた右手を心臓がある位置に。「後で必ず弔う」と呟いて黙祷を始めた。
遺品だけでも回収しておくか? と尋ねたところ苦渋の顔で拒否された。
「遠慮するな。直ぐに済む」
【収納】を利用すればあっという間。
〈山水様。詳しい説明は省きますが人も死ねば体内の魔力が「魔魂石」に変わり、身体の消滅とともに魔魂石を残します。人族は故人の証明にも利用しているので回収をお勧めします〉
──消滅? 魔獣だけでなく人も?
〈エステリーナ様は言いたくなかったようですね。消滅までの時間は魔力の総量で変わるようです〉
──分かった。
魔魂石から故人が特定出来るらしい。特に軍に所属する者は事前に「魔紋」を登録してあるので、可能な限り持ち帰り遺族に渡すようにしているそうだ。
一人馬車を降りると、遺品の回収をして回る。その際「魔魂石」も忘れずに回収しておく。
その魔魂石だが、小指の先程度の大きさの円柱形で見た目は赤い琥珀。
それが全部で49個。袋にまとめてエステリーナに手渡す。
「最大級の感謝を」
だから気にしなくていいって。
元ネタは勿論あの悪魔。
スローライフ編で登場予定。
次回投稿も夜になります。