第6話 事情
今作は前作のような細かい描写や後書き等への「注釈」は入れません。だからといって設定を蔑ろにしているわけではないので誤解なきように。
「分かった、今行く」
刀を収納しテントに向かう。するとあの馬も察したのか俺の後を付いてきた。
「入るぞ」
一声掛けてから入り口となる布地を捲ると隣にいた馬に先を越される。
中を覗いて満足したのか、一度大きく鼻を鳴らしてから後退ると仲間の下へ。
邪魔ものがいなくなったところで中に入る。そのタイミングで騎士が目を開けた。
「貴方は?」
目覚めは良いようで、外見同様の凛とした声色。
「俺の名は山水。氏名(注:苗字)は……忘れた」
まだ口だけしか動かせないらしく、青い瞳をこちらに向けてきた。
「山水……殿。ここらでは見かけぬ容姿だな」
そう言いながら俺に向けていた視線が「上下」に動く。その視線に合わせて下を向くと……褌が目に入る。
「これは失礼した」
事前情報によれば、この世界は戦国の世であった日本と同じく異性に対して「ある程度」は寛容な世界の筈。ただしそれは平民に限ってのことで、位が高い者達の前で下着姿でうろつくのは御法度とされている。
ましてや初対面の異性に対して下着姿で接するなど、悪意があると思われかねない。
さらに薄暗い場所で二人きり。しかも片方は身動きが取れない。
これは完全な俺の失態。
なので日本の古式に則った謝罪をしてから後ろを向き、普段着である紺色の小袖を【収納】から取り出して着る。
最後に身だしなみを整えてから向き直る。
「鍛錬の最中だったもので失礼した」
「容姿だけでなく服もか。やはり異国の方だったか」
「その通り。この地に来たばかりだ」
この世界には俺と同じ容姿の者はいないらしい。同じく袴や着物といった前開きで重ねるタイプの服を「普段着」にしている者もいないと、シルヴィアが【常識】から得た情報を基に教えてくれた。
ただそれは「この大陸」に限った話で、接触のない「他の大陸」にもいないとは限らない。
「一つ伺いたい。貴殿が私の面倒を?」
「結果的にはそうなるのか」
「他には?」
「いない。俺一人で旅をしている」
「ではあの場がどうなったのか、ご存じで?」
問いを重ねてくる。
取り乱すことなく状況を掴もうとしていることから「頭の回り」は早そうだ。
というのも目を開けると見慣れたテントで、自分はその中に寝かされている。そこ迄は瞬時に理解している。
だがそこに見知らぬ者が現れた。普通ならあり得ない状況と昨夜の状況とを踏まえた上で聞いている。
ここまで冷静でいられる人物ては是非とも友好関係を築いておきたい。
なのでこの地に降り立ってから竜に会うまでの状況を掻い摘んで教える。
「……生き残ったのは私一人……か。ではファイヤードラゴンは我々が全滅したと勘違いして去ったと?」
「いや、アンタが生きているのは分かっていたと思う」
「なら何故私は生きているんだ? ヤツは今どこに?」
「ヤツ? 炎竜?」
「そう」
「話は通じないし、向かってきたので斬り捨てた」
「……切った? 切ったとは?」
「言葉通り、首を二つにして」
片手を上から下へと動かして見せる。
「…………」
目と口を開けまま固まっている。
こちらの世界の常識ではあり得ないのか?
とはいえ自分が生き残っているのだ。信じるしか無い。
「え、えーーと…………あっ! 討伐してからどのくらい時が経った? そもそも今の時間は⁈」
「時間? 今は昼ごろ? だから凡そ半日?」
感覚的には日本があった世界の時間と極端には変わらない気がする。
「ひ、昼……手遅れ……か」
「?」
眉間にシワを寄せ残念そうに呟いている。
「お、そうだ。ポーションを持ってきたが飲むか?」
と【収納】から取り出す。
「そ、それはアイテムボックス?」
「アイテムボックス?」
〈ここではスキルの扱いで【収納】の簡易版となります。小型の物しか収納できず、さらに容量も少なく扱える者もごく少数と、とても「奇特」で言葉通りのニユークスキルとなっております〉
「ま、まあ気にするな」
「貴殿は一体……」
「それより治療を優先しよう」
言い訳に苦労しそうなので適当に誤魔化す。
「飲むよな? 起こすぞ」
「すまない」
予想通り自力では寝返りすら難しいようなので、首の下に手を入れ頭を抱えてゆっくり、そして優しく起こす。
用意しておいたピンク色の液体が入った透明な小瓶を目の前で掲げてみせる。
容器を見た騎士は中身が「何なのか」を知っているようで、素直に口を付けると三口程で飲み干した。
「ん」
飲み終えた直後、全身が一瞬だけ淡く光る。光が収まると騎士が右手を徐に持ち上げ、手のひらをグーパーし始めた。
「どうだ?」
「コレで動ける。迷惑をかけた」
礼を言うと自ら上半身を起こす。
「礼を言われるほどのことはしていない」
「コレも貴殿がしてくれたのだろう?」
簡素な下着の肩紐を引っ張って見せる。
「ああ。身体を拭いて下着を変えただけで決して手は出してはいないぞ」
「別に生娘でもなし、それくらいで済む礼なら」
「いや生娘どうこうではなく、不味いだろう? お貴族様に手を出しちゃ」
「…………私が貴族であると?」
「違うのか?」
一際豪華な装備品からそう判断。
「いや違わない。そう言えば自己紹介がまだだったか。私の名はエステリーナ・ナート。【アラナート王国】の近衛騎士団第一大隊の隊長をしている」
〈アラナート王国はこの大陸最南にある、三方を海に面した小規模国家です〉
「その団長が何故ここに?」
「貴殿が切ったドラゴンに用があった」
「炎を吐く竜がこんな木々が生い茂る僻地に何故いるんだ?」
僻地は定番として、森は餌場としては最適なのだろうが、そこを住処にしていたら逆に不都合ではないかと思える。
「奴と対峙するのに「最適な場所」は我が国ではここしかなかった。だからここへ誘導した」
それなら納得、というか俺が聞く前に答えてくれた。
「まさか他国で戦う訳にはいくまい?」
「ならここはアラナート王国?」
「の僻地だな」
自分達よりもはるかにデカい敵と対峙する場合、見晴らしが良すぎても障害物が多すぎてもコチラに有利にはならない。
先ずは無人の地。これは必須。
さらに理想は高低差が少なく、身を隠せる丈夫な障害物が多いところで、中・遠距離攻撃で弱めてからトドメを刺すのが巨大生物と戦う場合のセオリー。
これでもベストとは言い難いがベターな選択と言える。
「それで何故炎竜を?」
見ていた感じ、無謀としか思えなかった。
「王の治療にファイアードラゴンの肝が必要だったんだ」
「病気? 薬の材料になると?」
「薬……というより解呪の材料だな」
「解呪って呪い?」
「ああ。だがもう手遅れだ」
「何故?」
「魔獣は死んだ後、太陽光に6時間晒されると【魔魂石】を残して身体は消滅してしまう」
「…………」
「それに今回は精鋭で挑んで残ったのは私だけ。次の標的を探す時間もないし人手もない」
そういう事情か。
「なら丁度良かった」
「何が良いんだ?」
「俺の収納……アイテムボックスの中に炎竜の躯が入っている」
「……あの大きさの物が?」
「ああ。倒した直後に収納したからその条件はクリアしていると思う」
「そ、それが真であるのなら譲ってくれ……下さい!」
〈山水様〉
──どうした?
〈取り引きに利用しましょう〉
「……いいぞ、アンタに譲ろう。俺には必要ないモノだし」
「ありがとう、感謝を!」
「その代わり」
エステリーナの動きが止まる。
「た、対価、ですか? 私で……払えるモノであれば」
勢いを無くし小声になってしまう。
いやいやそう警戒しなくても。
「俺はある人物を追ってこの地に来たんだ」
「ある人物?」
「知っていたら教えてくれ。【雷明】というな名に聞き覚えは?」
「雷明……山水殿と同じく珍しく名。……いや無い、すまない」
「いやいい、気にしなくて」
〈残念ですね〉
知らないものはしょうがない。
まあ今言ったように竜の屍なんて、持っていても使い道がない。その辺に捨てると怒られそうだし、引き取ってくれるだけでも感謝しないと。
……いや肉は食べてみたいな。
だがエステリーナは「このままでは取り引きが成り立たない」と思ったらしくとブツブツと呟きながら狼狽しだした。
「別に対価は要らないぞ」
「山水殿!」
「ん?」
「私では足りませんか?」
「へ?」
「対価にこの身を捧げます!」
異郷の地で「土下座」が見られるとは。そこまでして「王」を救いたいのか。
「いら……断る」
正直言って「お荷物」は要らない。
「で、でもそれでは……」
「だから対価はいらないって……ではこうしよう、アンタは俺の手伝いをしてくれ」
「手伝い?」
「ああ。俺は訳あって、この手で雷明の息の根を止めなければならない。だがこの世界の事は何も知らないし、奴の手掛かりも無い。なので情報集めに協力して欲しい」
「…………その雷明という方は何を?」
「今は話せない」
知れば確実に巻き込まれる。
「…………」
騎士として葛藤しているのだろうか、
視線を下げて思案している。
こちらの事情を知らないエステリーナ。
助けられたとは言え「殺す」と明言している者に手を貸して良いものかと悩んでいるのだろう。
俺か雷明、どちらに正義があるのか、判断がつかない状況で。
「……その条件で……構いません」
もっと迷うかと思ったが。
〈何か理由があるのかもしれませんね〉
──急ぐ理由がか?
〈はい。もし知りたいのであれば調べますが〉
──いやいい。
巻き込みたくない。なので深入りはしない。
「いいんだな?」
「はい、我が剣に誓って」
「よし交渉成立。では直ぐに発つか?」
「え?」
「王の容態は?」
「あ、まだ猶予はありますが、心配なので直ぐにでも発ちたい」
「分かった、準備は俺がする」
「わ、私も手伝いを」
「まだ本調子とは程遠いだろうに。無理はしない」
「す、すみません」
「あ、そうだ。何か食べるか? 腹は?」
「今は」
「なら俺が準備をしている間に「用」を足しておくこと」
もしもの為にと用意しておいた介護用品が置いてある場所に目を向ける。
「用? あっ」
今までの毅然とした態度は何処へやら。赤面しモジモジしだした。
「この辺の魔獣は逃げているし誰もいないからごゆっくり」
優しく言ってテントを後にした。
(まだ区切ってませんが)第一章は幕間も含めて20話程度(6〜8万字)で。
二章は2〜3倍。三章以降のスローライフは気力が続く限り。
因みに一章はもうすぐ完成。
次回は明日の夜に投稿します。