第55話 仕込みは上々
「「ん?」」
同時に一歩踏み出したところで同時に足が止まる。
「……どうした?」
見ると半歩後ろにいるルーシアが同じように固まっていた。
「……旦那様も。いかがなさいました?」
顔だけを俺に向けてくる。
「…………」
まさかな、と思いつつ答えないでいると、
「では。シーラ様がたった今、ダンジョンに入られました」
と答えながらシーラらがいる方向に顔を向けた。
それを聞き「やはりそうか」と予感が的中。
「もしや旦那様もお気付きに?」
「ああ」
素直で誠実なルーシアには隠す必要もない。今後のためにも素直に「ネタ」を明かしておく。
そう、エステリーナとシーラ。パルミラル王国にいた二人の気配が突然消えたのだ。
「状況からして討伐に向かわれたのかと」
「…………」
あの二人が害されたとは思えない。なのでそれ以外は考えられない。
「しかし……羨ましい」
「何が?」
「いつでもどこでも姫様を覗けるなんて」
はい?
「山水様!」
「は、はい?」
「わたくしにも「気」とやらを教えていただけませんか?」
へ? べ、別にいいけど?
「では早速」
「……今?」
「はい今すぐにでも」
「…………」
「……旦那様?」
「覚えるには時間が掛かる」
気配探知や察知系のスキルが覚えられるかはジョブ次第だが、武闘派系なら性能の違いはあれどもの習得は可能だと思うが、そこそこのレベルに達していそうなルーシアは未だに覚えていない。
……なら別の要因。
スキルを覚えるのには「レベルアップ」か「条件を満たす」かのどちらかなので、サリーとは違って後者なのだろう。
鎖国に近い状態で魔法主体の国で育ったルーシア。
身近に武闘系のジョブに就く者もいない中、独学で拳一つでここまで成り上がったのだ。開花さえすれば直ぐに上達するだろう。
努力家の手伝いをするのは吝かではないが、教えたら直ぐに身につくとは限らない。そのくらいはルーシアも分かっているにも拘らずこの食いつき様。
「……キッカケを確実に掴める、手っ取り早い手段もあるが」
「そ、その手段とは⁈」
「え? あっ!」
しまったと思ったが時すでに遅し。
訝し気なジト目をで俺を見る。
「ま、またの機会に」
「その機会とは……いつ?」
上目遣いで俺を見ないでくれ!
「え──と事が片付いたら……覚えるまで付き合うから」
「お約束できますか?」
「はい」
「ならば我慢します」
ふ──セーフ。
「ですが旦那様?」
「なんだ?」
「姫様の許可は得ております。なので遠慮はいりません」
「何の許可?」
「妾になる許可です」
ブ────!
予想外な発言に思わず吹き出し歩みを緩めてしまう。
「い、いつ?」
「旦那様もご存知のはず」
「?」
「王都観光の前」
「?」
「お忘れですか?」
……まさか?
「はい。『可能な限りお答えするように』と」
「い、いやアレは意味が違うのでは?」
「どのように捉えるかは受け手次第。仮に違う意味で言ったのなら、的確に指示を出さなかった姫様が悪いのです」
「た、確かにそうだが」
「実は「妻が三人まで」だけでなく「手っ取り早い手段」も承知しております」
へ? 手っ取り早い手段はリナにしか話していないが?
既に対象となっているシーラは使いこなしているが、俺から話したことは一度もないぞ?
「な、なにを言って……いるのかな?」
カマかけか? その手には乗らないぞ。
「姫様から色々とお伺いしております」
「マジ?」
実は口が軽かった?
「はい。これらは愛らしい寝言からの情報ですが」
寝ながら色々と呟いているらしい。
いや待て! 寝言を聞いている?
今までは寝る際にルーシアが付き添っていたのか?
それとも夜な夜な魔法を使って覗いていたとか?
まさか今も?
背筋が寒くなる。
「わたくしは王族でもなければ貴族でもない、無位無官の一平民。なので妾で充分幸せです」
貴族の妻と言えるのは正妻や側室のみ。それ以外は妾であり妻とは見なされない。
これなら「自主規制」に引っ掛からないだろうと。
「ルーシアはそれで良いのか?」
「良いも悪いも旦那様は人前で宣言なさったではありませんか。もう選択肢はありません」
「宣言? いつ? 何を?」
「渡河する際にわたくしにした行為です」
お姫様抱っこの件?
「はい。アレはこの大陸南部では『この女は俺のモノだ』との意思表示で、受け入れるかどうかは抱えられた女次第」
そういえば以前にも女を抱えた気が。そいつは今や俺の……ってそんな習慣知らんがな!
「わたくしには異論はありません。勿論、妾であっても」
頬を赤らめながら見つめてくる。
「エステリーナ様には及びませんが人族に引けを取らないこの肉体。旦那様もお好きでしょう?」
走りながら器用に腕を組んで胸を強調して見せる。
悪いが俺にはハーレム願望はない。
「……スマンが三人に許可を取ってからにしてくれ」
どっと疲れたので問題の先延ばし、っていうか他力本願にした。
エルアノームなら速攻で断ってくれるだろうと期待して。
仮に断らないのならシルヴィアの名を使ってでも断ろう。
「承知しました」
そう答えると一瞬で素の表情に戻った。
(この時は軽いやり取りで済んだと思っていた山水だが、事は重大で後々(関係者の思惑により)予想外な方向に進むことになるのだがそれは後々の話)
この件に関しては新たに色々な疑問を思いつくが「取り敢えずはシーラに相談してからだな」と割り切り先を急ぐことにする。
ほぼ垂直で落差50mはありそうな崖を気配を抑えつつ北側に迂回しながら降りれそうな場所を探す。
後方ではアラナート王国側から上空に対して「迎撃」が始まったようで上空には時折閃光が瞬き始めた。その迎撃を恐れてワイバーンは門から距離を置いており、空に関しては膠着状態となっているようだ。
それを見越してか、敵は次の策の準備を行っているらしく「橋の掃除」と陸上タイプの新たな魔獣を前線に向かわせていた。
こんな場合は兵にも余裕が出来る。なので見つかる可能性が高まるので崖からある程度の距離を取って進むこと数分。盆地の北側、天幕に最も近い位置に差し掛かったところで降りやすい箇所を見つけた。
「この後はいかがなさいます?」
「ルーシアは隠蔽系の魔法は使えないか?」
逃げられるのだけは避けたい。刀を抜くのは可能な限り近付いてからにしたい。
「多少は使えます」
「姿を消せる?」
「そちらですか」
というと思案顔をしながら「多分途中でバレます」と端的に言ってくる。
理由を聞くと「今回使われている洗脳魔法とは相性が悪い」とのこと。
「それならこれはどうですか?」
と一つの案を提示してくる。
「……出来るのか?」
「旦那様と相手次第で持続時間が変化します」
他に手はなし。
「それでいこう」
「では失礼します」
と俺の背後に回り込むと遠慮なく背に跨り首に手を回してきたので太ももを手で支える。
「一つ聞いていいか?」
「どうぞ」
「背負わなくても手を繋ぐだけでもいいんじゃないのか?」
肌と肌が接触してさえいれば効果が共有されるんだろう?
「それだとわたくしが移動できません」
確かに。今回は目を瞑っているのが同化の条件。
「それに旦那様に姿を見られてしまいます」
術の発動中は姿が変わる。俺的には見たいが本人が嫌がるのならしかたない。
「それに」
「それに?」
「いえ、なんでもありません」
何か嫌な予感が。
「……この世界では未婚の女を背負うと?」
「『死ぬまで面倒を見るぜ』との意思表示ですね」
はぁ──。
まあシーラに付いてくるんだから面倒は見るが。
「というのは本当のことですが」
「本当なのか」
「はい」
はぁ──。
「それ以外に今後の対策も兼ねております」
「対策とは?」
「旦那様にはエステリーナ様だけでなくエルアノーム様やシーラ様、そしてか弱いわたくしがおります。そのことを決して忘れずに」
か弱い? どこが?
「? ああ」
「よろしい。では詠唱を開始します」
背を通して伝わる心地よい感触と暖かな温もり。そして手から伝わる肉感を楽し……いや感じながら、耳元で紡がれる歌のような詠唱の終わりを静かに待つ。
「フゥ──……旦那様、準備が整いました」
耳に息を吹きかけるなって!
「事が済みましたらとっておきのご褒美を差し上げますね♡」
「い、行くぞ!」
悪ふざけはやめろって!
おんぶしている状態で「同化の魔法」を発動。条件付きだが俺達は全身が影のように黒くなった。この状態で闇夜に紛れて基地に潜入する。
「篝火の少ない所を選んで進んでください」
「まあその辺りは任せろ」
目視だけでなく気配も併用し隙間を進もう。
この術は術者であるルーシアの視界に映った「色」に身体を変化させる迷彩系の魔法。
見ているモノと同化することにより、姿の判別を不可能にするといった代物。
完成度が高い反面、使い勝手は余り良くないらしい。
そりゃそうだ。背景と同化するなら相手に背を向けることになる。つまり相手から目を離すわけで、余程でない限りは危なっかしくて使えない。
だが今は都合よく夜。瞼を閉じれば周囲と同じく真っ暗で相手に背を向けずに済むし、俺が目的地まで責任を持って背負う。
その際、念の為瞼越しにでも光を感じないよう、極力明かりは避ける。
背負った状態で崖の突起に飛び降りる。それを繰り返して地面に着地。
「ん?」
得体のしれない感覚に襲われる。
「入りました」
「これが洗脳魔法?」
「はい」
考えてみたら魔法に対する抵抗力が一般人と同レベルな俺。
そんな奴が効果範囲にのこのこ踏み入ったら……
「大丈夫、仕込みはちゃんと効いております」
と言って大きくて形の良い双丘をこれでもかと押し付けてくる。
「し、仕込みとは?」
「欲には欲を。わたくしを意識している間は洗脳の効果は及びません」
成程。一連の誘いはこのためだったと。
「ですがここまでしたらもうお嫁には行けれません」
「へ?」
「(責・任、とってね♡)」
耳元に口を寄せ小声で妖しく囁く。
「…………」
「(お返事は?)」
「わ、分かった!」
はいはい。どこまで本気なのやら。
ホントにどこまで本気なのやら




