第54話 意図
場面は再び戦場へ
小休止を終え、再び国境となる渓谷に沿って西へ。道なき道を進むと崖に行くてを阻まれる。
「疲れてないか?」
「問題ありません」
スキルを併用していたらしい。息一つ切らしていない。
「ここなら全体を見渡せるな」
崖の下は盆地になっており敵兵でほぼ埋め尽くされていた。
「……もの凄い数ですね」
「ああ」
現存しているエルフ族の総数よりも多いらしい。
盆地全域に「篝火」が焚かれているお陰で、輜重隊までもがここに集結しているのが手に取るようにわかる。
「ここからだと関所も見えるか」
「ですね」
見て左側。今いる場所からは至近と言える距離。関所がある場所だけは緩やかだが幅がある川になっており、そこに大規模で頑丈そうな石材製の橋が掛けられてあった。
その橋を渡った先、アラナート側の岸には先程俺が修復した、城壁を彷彿させる強固な壁が篝火によって照らされており、アラナート側の地形に合わせて川岸全てに永遠と続いていた。
対してこちら側は岸沿に丸太で組まれた簡素なバリケードがあるのみ。
そのバリケードも下流で復活する渓谷までしか設置されていない。
「なるほど。守りに適した場所なんだ」
どのくらい前か、多分他種族を保護しようと決めた時に造られたのだろう、守るのに最適なこの場所だけを残した。
「しかし十万か。北の守りはどうしてるんだ?」
多分敵国の全兵力がここにいると思われる。
「密約でも交わしているのでしょう」
「密約? あー言わなくていい」
どうせ碌でもない約束だろう。
「そうですね。妙なプライドあるようで、北に行くほど高くなる傾向がありますね」
「田舎者」と舐めて掛かっているのだと。
「あとこの国の北は山岳地帯で比較的、小規模な国家群ばかり。それらの国々を支援しているのが」
「この国か」
「はい」
北の国々の脅威に対して盾として利用していると。
「そいつらとアラナート王国の関係は?」
「表立って敵対はしていないかと。その辺りはエステリーナ様にお聞きになられた方が」
「確かに。ただ俺が聞きたかったのは」
アラナート王国は輸出で儲けているが海路は使えない。ならば陸路となるが、敵性国家が途中にあると妨害を受けそうだが?
「品物は商人ギルドを介しているので」
パルミラル王国を除き、大陸中の隅々まで根を張る各ギルドだが組織としてはにどの国に対しても「基本的に中立」の立場を取っているそうで、あの帝国も尊重しているらしい。
そのギルドの中でも最大なのは商品の流通を一手に担う商人ギルドで、仮に彼らに圧力を掛けようものなら輸出入が止められる。
特に大陸有数の穀物輸出国家で毎年適正価格で安定供給をしてくれるアラナート王国はギルドにとっても上客。その儲けを邪魔されようものなら取引きを中止するか、又は損害の回収をその国の市場から搾取することになる。
こうなると例え帝国であっても経済は破綻、荒廃してゆく。
最悪なのはアラナート王国が「圧力」を理由に穀物の輸出を停止、又は適正価格で下さなくなった場合。その時は世界各地で物価が上昇。最悪飢餓が待っている。そうなれば帝国を含めた他国から恨みが向けられ孤立は免れない。
逆に短・中期的に自給自足が可能なアラナート王国はいつでもその切り札を切れる立場なのだ。
それらの理由から各国ともギルドだけでなくアラナート王国を敵に回す行為はしないそうだ。
「なのでアラナート王国に対しては覚悟を持って短期決戦で挑むしかないのです」
「成程」
だから全軍を持ってきたと。まあそれはそれとして、
「未だに(敵の)戦意は衰えていない」
ヒシヒシと伝わる欲望に満ちた殺気。襲撃が失敗に終わったというのに高いまま。
……他に策が……無いわけないか。
と思うが敵の様相に妙な違和感を覚える。
……やけに密集してないか?
狭い場所に無理矢理押し込めた感が凄い。
身動きが取れないくらい密集している。
……攻め込む準備? それとも盾代わり?
前者なら隙を突けるが後者なら近付けない。
「妙ですね」
「何が?」
「兵の士気というか状態が、です」
先程と変わらない気がするが?
「軍全体が……一つの意志に支配……いや洗脳されているような」
「洗脳?」
「多分、いえ申し訳ございません。セシリア様のような専門家でないわたくしでは詳細までは」
「いや謝る必要はない」
魔力の流れが分からない俺にはとてもありがたい情報。
「仮に洗脳なら解除の手段は?」
「あります」
「どんな?」
「手っ取り早いのは術者の排除」
「排除するにしてもどうやって居場所を特定する?」
「十万という膨大な数を対象にしているので薄く広くに適した「思考誘導型」を選択したようです。このタイプは「大まかな目的」を指示しておけばその目的に対して勝手にアクションを起こしてくれますが、その状態を維持し続けるには常時洗脳状態に置いておかなければなりません。なので今も流されている魔力の流れを辿れば」
「辿れるのか?」
「はい。この地にはわたくし以外にエルフはおりませんので見分けがつきます」
「分かった。では早速頼む」
「承知しました。ではまた他所を向いて下さい」
「はいよ」
今回は二分程待つ。
「フッ……見・つ・け・た」
「⁈」
癖になりそうなドスの効いた低い声に悪寒が走る。
「特定しました」
「ど、どこ?」
「旦那様、まだコチラを見てはなりません」
「は、はい」
とある民話を思い出し、見たい気持ちを抑える。
「旦那様から見て二時の方向に一際大きな天幕が見えますよね?」
「……アレか?」
南北に長い楕円形をした盆地。その右手奥。敵陣の後方に篝火に囲まれた天幕があった。
「はい。アレです」
「探る、ちょっと待て」
篝火に照らされた一際豪華な天幕の中の気配を探る。するとパルミラル王国に入る前に見かけた奴の気配があったので意識を集中し気配を読む。
するとそこにいたのは日本で仕留めた時の奴の姿が。
「マジか」
どうやら想定された最悪の状況だったようで身体も気配も奴そのものと変わり果てていた。
それ以外の者達は皆、人族。
隣で奴と杯を交わしているのは見るからに「王」と思しき太った中年の男。その二人の前には将校と思しき派手に輝く鎧を着た十数名の男がおり、酒が入ったグラスを片手に談笑していた。
……ん? 人族、だよな?
気配は人そのもの。
「おかしな点が二つほど」
「どんな?」
「あそこにいるのは敵国の王と将軍を含めた軍上層部。なのに天幕内だけは洗脳魔法を行使していないのは何故か?」
「……細かい戦術は指揮官に任せた方が臨機応変に対応できるから?」
「それでは説明がつきません」
「?」
「見下している者を人族の王の隣におく。偏見の無いアラナート王国以外では絶対に有り得ない光景です」
ん?
「……一つ聞くが、ルーシアには奴がどう見えている?」
「あの方、ザーム様に見えました」
俺が「気配を読む」場合は気配の情報を基にして視覚化している。
ルーシアの場合は精霊を通して魔法を行使しているようなので俺とは本質的に異なって見えているのかも。
「……擬態?」
「?」
どちらが正解なのかはここでは分からないが、どちらも正解とみなすなら擬態している可能性が高い。
つまり身体はザームのままだが、何らかの手段を用いて雷明になっている。
「どうかなさいましたか?」
「いや何でもない」
どちらにしても気配は奴そのもの。
「ではもう一つのおかしな点を説明しても?」
「続けてくれ」
「それは魔力」
「具体的に」
「兵の魔力が均一すぎるのです」
「均一?」
「はい。ジョブによる能力差を除けば皆同じ能力値というのは明らかにおかしい」
「…………」
「まるで何かを隠すために均一に見せかけているような」
「何かを紛れ込ませている?」
「そんな気がします」
どちらにしても意図が読めない。
侵略しにきたのか、それとも決着をつけにきたのかハッキリしない。
……エンリケが言っていた通り、単に協力しているだけなのか?
帝国をダシに使ってエルアノームを手に入れようとした。だが生娘でなくなった女に興味が無くなり逆切れして侵略に踏み切った。雷明はその手助けをしているだけ。
……そうだとしたらちと厄介だな。
相手は金と女に目が眩んだ欲望と嫉妬心に塗れた権力者。そんな奴は破滅するまで止まらない。
……だが止める者がいないのなら洗脳魔法は不要だよな?
侵攻を止める気がない軍上層部。
国軍が突破されたら二百そこらしかいない騎士団では防ぎきれない。蹂躙され何もかもが奪われてしまう。
……顔は覚えた。
諌めないなら同罪。天幕にいる者は生きては帰さない。
「旦那様、アレを」
「ん?」
元に戻ったルーシアが敵陣の真上を指差す。
満点の夜空を飛ぶ真っ黒なシルエットの数は約五十。
気配を探ると……
「……飛竜、にしては小さいような」
「ワイバーンでは?」
「ワイバーン?」
「大きさは?」
「……炎竜よりも二回りほど小型で体躯も細く灰色をしている」
「人は?」
「人? 軽装の兵が乗っているな」
「では飼いならされた軍用ワイバーンかと」
「アレって魔獣じゃないの?」
「魔獣ですよ」
「魔獣って人間の言うことを聞くのか?」
「テイマーが契約をし上質な魔素を定期的に与え続ければ」
「上質な魔素って?」
「旦那様に話せば国一つが滅びかねません。なのでご容赦を」
鬼畜な所業とのことで口にするのも憚ると。
何となく察したので話題を変える。
「ではついでにテイムについて教えてくれ」
①テイマーがテイムできる数はレベル依存→一定レベルに達するとテイムできる数が1上昇。
②テイマーの魔力総量を超える魔獣はテイムできない→テイマーの魔力総量が(例えば)100ならば従える魔獣の魔力合計が100に達するまでテイムできる。
③一定期間、空腹の状態が続くと侍従関係は破棄される→与える食物だが獣は普段食べているモノ、魔獣は魔素を含むモノ。
「個人差はあるようですが、総じて人族(の魔力総量)ではワイバーンクラスが限界ではないかと」
エルフ族にテイマーはいないので一般論だそうだ。
「しかし不味いですね」
「え? ワイバーンって美味くない?」
「…………」
再度ジト目を向けられる。
冗談だって。
「……ウッカリしておりました。今度「天然物」を捕まえて試食してみましょう」
天然ものね。そういえば炎竜の肉が大量に残ってるけど……食べる?
「是非!」
おっ? 食べたいのね、では今度。
「で、わたくしや旦那様からみれば取るに足らない「アレ」でも一般兵にとっては充分な脅威となります」
ドラゴン族の中では下の中で飛ぶしか能の無い爬虫類型魔獣。ルーシアから見れば「アレ程度」の強さだと。
「どうします?」
「アレを?」
「はい」
食ってみたいが……ってそろそろ真面目に話そう。
「エンリケならワイバーン相手でも戦えると思うか?」
「将軍は別格ですがあの数では」
負けると?
「いつかは」
う──ん。ここからなら斬撃で撃ち落とせそうだが、したら即バレしそうな気がする。
「あっ!」
「どうした?」
「侵攻が再開されたようです」
一頭のワイバーンが、運んでいた巨石を関所に向け落とすと元門があった場所に激突。その瞬間、壁と巨石の両方が眩く光った。
「ゴリ押しでいくようです。二撃目が来ます」
同じように巨石が衝突。閃光の後に門に掛けられていた防御魔法が消滅。関所の壁にもヒビが入る。
「次で破られます」
と言ってるそばから巨石が落下。
だが今度は壁に激突する前に城壁の上に設置してあった、巨大な鉄の筒から何かが飛び出し巨石に命中。巨石は粉々に爆発して吹き飛んだ。
その破片が橋の上にいた兵に(散弾さながら)突き刺さる。
結果、橋の上は阿鼻叫喚の巷と化す。
「不味いな」
まだ数十頭控えている。このままでは門が破られるのは時間の問題。
「どうします?」
「行こう」
このまま眺めていても仕方がない。
「どちらへ?」
決まったことを。
「ザームの所へ」
「承知しました」
先ずは奴を斬る。斬った後に王やその他も斬る。それで全てが終わる。
何度も言うようですが現代感覚でのツッコミはなさらぬように。




