第52話 え──と?
2026/2/11 本分追加(入れ忘れていた数行を追加。これで辻褄が合い違和感解消)
兵に案内された場所は関所から十キロほど東側にある木々が生い茂る山間部。獣道と思しき暗い坂を馬で進むと何故だか地響きが聞こえてくる。
そして間もなく視界が開けると、植物が生えてない岩肌でさらにその数十メートル先は断崖絶壁であった。
今はその端におり、漆黒の闇を眺めている。
「結構な流れだな」
その闇の正体は渓谷らしく、底の方から地響きの原因である川の激流の轟音と振動が伝わってくる。(音から)想像するに今いる場所と川とは百m以上の落差はあるのではないか。
さらに薄らと見えている向こう側までは凡そ四十~五十mの距離。
「この場所が敵の哨戒が行われない唯一の場所でして」
希望した場所まで案内してくれた兵が申し訳なさそうに言う。
確かに俺でも落ちたら一巻の終わり。確実に渡れる手段がない限りは近付こうとも思わないくらいに。
向こう側も同じらしく人の気配はしない。
「案内ご苦労。戻って貰って構わない」
下馬し手綱を引き渡しながら礼を言う。
「了解です。しかし……どうやって渡るのですか?」
当然な質問。
この幅ではパルミラル王国の大木クラスでないと届かないし、ロープを使おうにも両側岩肌で引っ掛ける場所もない。
つまり渡る手段がないのだ。
「こうするんだ」
と隣にいたルーシアをお姫様抱っこする。
「…………」
驚かせてしまうかな? とも思ったが一切の動揺も見せずになされるがまま。
「飛ぶぞ」
小声で伝えるとこれから何をするのか察したらしく、身を乗り出して俺の首に抱きついてきた。
……う。
三人の妻にはない「大人の色気」を感じ、不覚にも動揺してしまう。
「い、いくぞ」
そのまま崖に向かって駆けだしジャーーンプ。
途中、下を流れる激流がチラリと見えた。
「……っと」
軽く弧を描いて予定地に無事着地。
「着いたぞ」
言葉で降りるように促す。
「えーーと着いた……が?」
既に手を離している。なのでルーシアは自らの足で立っている。だが何故か首に回した腕を解こうとしないため、抱き付かれた状態になっていた。
この場をエステリーナに見られたら?
背筋が凍る。
だが「やましいことはしていない」と自分に言い聞かせながら口を開く。
「ルーシア、さん?」
怖かったのかな? もしかして高いところが嫌いだったか?
でもね、迅速かつ確実に渡る手段はあれだけなんだ。
そう思い背中を数度、ポンポンと優しく叩く。
「……え? あっ失礼しました!」
我に返ったようで勢いよく離れると、取り繕いましたといった澄まし顔を向けてくる。
「行こうか」
「少々お待ちを」
「?」
「先ずはトラップの類をチェックします」
お、そうか。その可能性を考えなかった。
「…………」
どうした? 俺を見てないで調べてくれ。
「申し訳ありませんが、私が「良い」と言うまで後ろを向いていて下さい」
「え? ああ分かった」
と背を向ける。すると後ろから呟き声と共に彼女の気配が「別物」に変わった。
その後はその場で何らかの動作をした後に「終わりました」と告げてきたので振り返ると先程までの澄まし顔のルーシアが立っていた。
その後は西北西方面へ向かう。
アラナート王国側とは違いこちらは岩だらけの丘陵地帯。誰もいないと分かっているが、そこそこ見晴らしの良いこの場所に長くは留まりたくない。なので数kmほど先にある身を隠すのに適した森に向け走りだす。
「いくつか聞いておきたいのだが」
「はい」
凹凸の激しい場所を結構な速度で器用に飛んだり避けながら走る。
声を掛けるとすぐ後ろを走るルーシアは息一つ切らさずに返事をしてきた。
「ルーシアのジョブは?」
これから死地に足を突っ込む。なので何が出来るかを早めに確かめておきたい。
「…………」
言いたくないのか口を閉ざしたまま。
「……ではどんな魔法やスキルを」「【ウォリアー】です」
ん?
「えーーと、ウォリアーって確か」
「はい拳闘士です」
まさかの武闘派? しかも拳系? 魔法は?
「使えますよ? ただし同族とは異なる手法になりますが」
ここで麓の森林に到着。丁度良いと誰もいないのを確かめてから小休止をとる。
「異なるとは?」
【収納】から取り出した白湯が入ったコップを手渡しながら聞く。
「……え──と、知りたいので?」
うん、知りたい。でもね、
「言いたくないのなら無理には」
「そこまでわたくしを知りたいとは意外です。ですが女性の過去を根掘り葉掘り聞くのは感心しません」
「い、いやだから」
「仕方ありませんね」
とため息をつきながらも教えてくれた。
昔々、成人を迎えたルーシアは雑用係として王城内で働き始めた。
その後、真面目な勤務態度を認められ王族の身の回りの世話係に抜擢される。
そして二十年ほどの月日が流れたある日。
「姫様がお生まれになられました」
エルフ族対象のお披露目会が開かれた際、その愛らしい姿を一目見た瞬間、
「運命を感じました」
その場で「姫様のお世話係」になろうと決意。上司に願い出たところ「姫様が3歳になられる頃に選抜にて決める」という、王族に告げられた「ルーナ様のお告げ」をコッソリ教えてくれた。その際、申し込み基準となるステータスの値も一緒に。
そこで急ぎ自分のステータスを調べたところ、
「当時、私の全ての能力値は申請基準以下でした」
しかも他のエルフよりも魔力総量を含めたステータス値が低いことが発覚。
「そこで三年程、お暇を頂きダンジョンにて修業に励みました」
先ずは魔力総量を増やす訓練を行ったが思うような成果は上がらず。
「一か月程で見切りをつけ精霊術師を習得する道を選びました」
「精霊術師?」
「はい。親和性の高い精霊と契約を結び力を貸してもらうジョブです」
「テイムとは違うのか?」
「根本的に違います。あくまでも「力をお貸しいただく」のであって、テイマーのような主従関係ではありません」
「それは失礼」
両方に向け謝罪する。
「いえいえ。そして無事複数の精霊と契約を済ませた後に「裏技」を用い、契約を破棄することなく【ウォリアー】にジョブチェンジを果たしました」
「そこそこ! 魔法が使えるようになったのにどうして肉弾戦のジョブにしたんだ?」
言っちゃ悪いがエルフらしくない。弓士とかなら分かるが。
「どうして? 理由は単純。何かを思いっ切り殴りたかったから」
「…………」
え──と。
「というのは冗談です。先程、修業の目的は話しましたよね?」
「お世話係だったか?」
「はい」
シーラの潜在魔力は生まれた時には親であるヤームら王族の数倍あった。成長と共に能力が跳ね上がることが予想されたため、ルーナに育成方法の助言を求めたところ……
<くじけぬ根性と強靭な肉体を兼ね備えた常識人を傍に付けなさい>
握りこぶしを作って見せながらルーシアが力説する。
「…………ん?」
今なんと?
「ですから「くじけぬ根性と負けない肉体」です。その二つを手にし試験に挑み見事お世話係の座を勝ち取りました」
え──と、君達ルーナに揶揄われてないかい?
「……ちょっといいか」
「伽、でしょうか?」
「……何故そうなる?」
「いえ、物欲しそうな目で私を見ておられたので」
え──と。
「そっちは間に合っている」
「姫様方から【妾】になる許可は頂いておりますので遠慮は不用です」
シーナも俺に内緒で許可出すんじゃない!
大体、エステリーナに知られたらタダでは済まないって!
ん? 姫様方?
「……今はいい」
この件はこれ以上ツッコんだらヤバイと思い一旦引く。
「おや? 治ってしまいましたか。では続きをどうぞ」
「……エルフではお世話係に根性と肉体が必要なのか?」
「何を仰います」
とジト目を向けられる。
「姫様が特殊なだけで他の王族は普通。普通な方のお世話係には「普通」で充分」
お? ここにも「王族軽視派」がいるぞ。
「シーラが特殊、だと?」
「はい」
シーラが特殊というより、君が特殊なのでは?
「で、シーラのどこが?」
俺が知っているこの世界の王族で一番マトモなのはエステリーナ。それ以外は「王族なの?」と品位を疑いたくなるレベル。
対してシーラはエステリーナのように「ザ・王族」と言える気品ある言動をしている。つまり俺の中ではシーラはマトモの部類に入っている。
魔力量を除けば。
「……フッ」
「ち、違うのか?」
「その内に分かります」
何が?
「山水様の馴染みの言葉を使うなら「猫を被っている」といったところでしょうか」
どこでそんな言葉を……ってルーナか。
「なので何処までも付き添いますので、わたくしの事は気になさらずに思う存分暴れて下さい」
自分の身は自分で守る。その上で俺をフォローしてくれると。
「武装は?」
「これです」
とスカート部にあるポケットから漆黒色の【ガントレット】と【脛当て】を取り出す。
「お!」
「これで姫様に仇なす相手を殴り、蹴ります」
「そ、そうか」
不適な笑みで言ってくる。
驚いた。何に対して驚いたかといえばポケットが「アイテムボックス」だったことに。
慣れた手付きで装着するとスッと立ち上がる。
魔法だけでなく体術も熟せる万能タイプ。
「旦那様から見れば若輩者かもしれませんが共に闘います。では参りましょう」
どうやらいらぬ心配だったようだ。




