第5話 騎士と愛馬(2)
前歯が折れた……
整備されていない小道をこちらのペースに合わせてくれる騎馬。
程なく行く手にキラキラと光るモノが見えてくる。
その光を目指して進むといきなり視界が開けた。
そこそこの広さがある、人の手によって作られた広場。
「新しい跡があるな」
くっきりと残る真新しい轍や足跡が先へと続く。
その跡を辿る途中にキャンプの跡を見付けた。
そして確信を持ってキラキラの下へ。
「そこそこの水量がありそうだな」
馬車を止め川の傍へ。
木々の合間を縫うように緩やかな流れの幅は約3m。深いところで膝くらい。これでは川になる前の源流に近い。
〈水質を調べます。触れて下さい〉
星明りでも底が見えるほど澄んでいるその水を手で掬ってみる。
〈……飲めますね。水源から然程離れていないのかも〉
「よし、水は確保した。次は寝床、といきたいが……流石に暗いな」
細かい作業をするには手元が暗すぎる。ならば先に火を熾そうと荷物を漁り始めたところ、シルヴィアが「ランタンがある」と教えてくれた。
幌の内側、最天長の骨組みにそれらしいモノが3つ吊り下げられてあるのを発見。
それを手に取り眺めていると使い方が自然に思い浮かんでくる。
「このボタンを押すと……おお、光った」
カチッととの音と共に炎とは異なる、燈色をした揺らぎのない明かりが。そのボタンを回すと光量の調節ができるようだ。
〈その光量であれば一晩は持ちそうですね〉
半径5m内なら読書が可能な光量でノブを回すのを止める。
「どういう原理で点いてるんだ? 油の光……ではなさそうだし。魔法?」
〈残念。魔法というよりも化学の応用ですね。仕組みは次の機会にでも〉
取り敢えず1個、御者台真上にあった釣竿のようなフックに架けてから、馬達を労いつつ装具を外して解放する。
二個目を取り出し馬車の後方上部に架け荷室から、屋根が尖ったタイプの天幕を取り出し組み立てていく。
最後にマットと毛布を中に敷き、その上に騎士を一旦寝かせた。
「次は飯」
荷室から骨組みだけの簡易竈を取り出し組み立ててから、拾っておいた薪を組める。
「えーと火打石は」
〈その前に荷室にあった小瓶を一つ取り出してください〉
「ん? 分かった、ちょっと待て……これか?」
木箱に一つずつ、丁寧に梱包された小瓶を一つ取り出し竈に移動。
〈それを薪に数滴垂らして〉
垂らして?
〈垂らした部分に衝撃を与えると〉
薪と薪を打ち合わせると……
「お!」
湿った部分が勢いよく燃えだした。
〈ごく最近、編み出された技術です〉
「技術? 魔法とは違うのか?」
〈違います。この世界には魔力を含んだ石である【魔鉱石】という、利用価値のない「屑石」が地中に埋まっていましたが、それに目を付けたある人物が人々の役にたてようと多大な労力を費やして開発した結果がこれです〉
「なるほど」
説明を聞きながら薪を焚べる。
次に鍋を取り出し水を汲んで火にかける。
積んであった食材から調理が簡単な「オジヤ」を作ろうかと思ったが肝心の米が見当たらない。
仕方なし、と野菜やら干し肉を細かく刻み、塩をメインとした調味料を入れ1分ほど沸騰させてから薪を崩して麦を追加。余熱で煮込む。
ここまでくればほぼ完成。その間に騎士の世話をしてしまおう。
〈全て外して構いません〉
「はいよ」
シルヴィアの指示の下、小手・肩充てと順序良く上から下まで全ての接合部を外す。
「下は……作務衣に似ている下着だな」
その下着も所々血で汚れている。
「取り換えた方が……いいよな?」
〈馬車に替えがあったかと〉
「仕方ない……か」
多少筋肉質だが目のやり場に困る体形をしている。
〈拭く際に首に架けられたペンダントは今の位置をキープして下さい〉
見れば首からふくよかな胸の谷間にヒモが伸びており、そのペンダントが回復作用をもたらしているらしい。その本体が心臓に近ければ近い程、効果が高くなるので動かすのはお勧めしないと。
「ただな……」
悩みながらも作業をこなす。
慣れ親しんだ以前いた世界の女とは違い、全てが「規格外」の体格。
かなり難儀したがやっと終了。
「この騎士、何歳だろ?」
毛布を掛けながら聞く。
〈今の山水様の一回り下ですね〉
ってことは二十代前半か。
〈山水様、一つご報告が〉
「何だ?」
〈この方の身体ですが……………………のようです〉
「……そうか」
人それぞれ事情を抱えて生きている。アカの他人がその事情に触れるのは良くない。
それよりシルヴィアさん、何故俺にそんな情報を伝えるの?
……さーて、鎧の手入れや洗濯は明日にして飯を食べよう。
森の夜はそこそこ冷える。その夜は女騎士の隣で大の字になって寝た。
翌朝。
日が昇り始める少し前に目が覚める。起きがけに周囲の気配を探るといたのは馬だけだった。
隣の女騎士は体を動かした様子もなく、昨晩と同じ状態でスヤスヤと寝息をたてていた。
テントから出たところであの馬が近寄ってくる。
「ご主人様ならそこにいるぞ」
とテントの中を見せる。すると馬は納得したのかひと鳴きしてから仲間の下へ。
背伸びをしてから竈に向かい、昨夜の残りを食す。
「さて洗濯をすませるか」
先ずは食事に使った器具を水辺に持ってゆき、束子に似た道具で水洗い。
騎士が着ていた鎧や剣は既に自動修復を終えていたらしく、水で濯いで汚れを落とすだけで済んだ。
問題は下着の方。
「この衣類は……かなり高級な素材を使っているよな?」
キメの細やかさや柔軟性が絹とは段違い。
〈そのようですね。軽く水で濯ぐだけにしておいた方が〉
後で請求されても困るので軽く手もみ洗いで済ます。
──誰もいないんだからいいよな。
下着は絞らずに馬車の轅に掛け、武具は水気を切ってからテントの中におく。その後は自分の番と素っ裸になり、身に付けていた物を洗いながら水浴びをする。
「風呂」
〈風呂?〉
「に入りたい」
日が昇り出すと初夏? の陽気。だが水は少ないしかなり冷たい。修行僧以外は浸かろうとは思わない程に。それだけに余計に入りたくなってくる。
〈この世界では、入浴をするのは上流階級だけで、平民はタオルで拭くかたまに蒸し風呂に入る程度。その上流階級も湯に浸かるのは週に1~2度程度〉
場所によって多少異なるが、この国ではそれが当たり前らしい。
「……マジか。なら温泉の文化は?」
〈ごく一部の地域を除き、どの国でも飲泉として使われているようですね〉
正直言って……もったいねーー。
「当面の目標は風呂(に入れる環境)を手に入れる。源泉捜索も並行して」
湯の元さえ見つかれば【収納】で湯を持ち運べる。
〈承知しました。でも雷明の捜索は?〉
「二の次だ」
〈…………〉
シルヴィアの乾いた視線を感じる。
「い、いや環境を整えておかないとイザという時に気力が湧かないだろ?」
これだけは譲れない。
日本での経験をリセットしていないせいだ。
「さ、さあ日課の鍛錬をしないと」
洗った袴とふんどしをキツク絞り、パンパンと広げてから騎士の下着の脇に吊るす。
【収納】から替えのふんどしを取り出し、締めてから刀も取り出し鍛錬を始めた。
本番さながら居合いの型を中心に鍛錬を行う。
〈山水様?〉
「どうした?」
〈何故素振りを?〉
「……したらマズイ?」
〈いえ。ただ「人の枠」を超えたそのお身体ではいくら鍛錬しても、得られるモノは無いかと〉
「そうなのか?」
〈昨夜を思い出して下さい〉
……確かに。今までの苦労が嘘の様に思える。
「いやコレ習慣だから」
〈鍛えるのなら精神面を〉
「いやこれでも千年以上生きてるよ?」
〈不器用なところはいつまで経っても変わりませんね〉
「……すいません」
……変わってないのか。
〈それよりあの騎士がそろそろ目を覚まします。ご準備を〉
はぁ……。
次話は22時過ぎに。