第39話 驚き
「はい、終りです」
最後に髪を整えてもらい変身終了。
「……動き辛いな」
金青色のスーツに皮の靴。左肩には片側しかない黄金色のケープが添えられている。
アラナート王国を出発してから寝る時以外はこちらの様式で用意された服を着ていたので慣れたと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
「これは儀礼服ですので」
このデザインは晩餐会などの祝いの行事で王族が着る専用服だと、着付けを手伝ってくれた老齢の執事長さんが丁寧に教えてくれる。ついでに激しい運動は控えてくれと。
激しい動きって?
それと(無知な俺を察して)動き方や振舞い方のアドバイスもしてくれた。
日本の風習が抜けきらない俺にこの世界の作法を教えてくれるのはサリーと城の執事長さんだけ。他の者は遠慮しているのか会話自体が成り立ちにくい。
妻は「気にするな」としか言わないし、婚約者は忙しい過ぎて食事時か寝床でしか会えないと、この件に関しては役に立たない。なので今回のアドバイスは大変有難かった。
「ではエントランスで姫様……、いえ奥方様を待ちましょう」
アラナート王国の王族には「愛する者を待たせてはならぬ」という〈家訓〉があるそうだ。
「待たせるとどうなるんだ?」
前を歩く執事長さんに尋ねる。
「双方に『災厄が訪れる』と言われております」
「災厄とは?」
「ルーナ様と対をなす存在で災厄を運んでくる精霊、いえ悪神です」
所謂迷信だな。
「いえ、迷信ではありません」
「そうなの?」
「はい」
歩みを止めず、振り向かずに言う。
「山水様はお強いとお聞きしました」
「まあそれなりに」
「是非王家を、いえ姫様と陛下を災厄からお守りください」
「…………」
誰がどの神を信奉しようとも、俺の邪魔さえしなければ構わない。そのスタンスは今後も変わらない……なのだが自然と歩く速度が増す。すると音だけで察したのか、前を歩く足も俺の速度に合わせてくれた。
コツコツと足音をさせながら長い廊下を進み、屋敷の玄関である広々とした明るいエントランスに着く。
そこで待つこと約10分。そろそろ時間かなと思っていたところに、こちらもコツコツとの足音をさせながらメイド服姿のサリーが現れる。その後には俺と同色のドレスで黒いケープを身に付けたミランダがいた。
……こりゃ凄い。俺と同い年に見えるぞ。
身なりを変えるだけでここまで変わるものかと感心。ドレス姿を褒めようと口を開けかけたところでミランダのジェスチャーでの「待った」が入る。
「?」
ど、どしたの? と見ると、二人は通って来た通路の奥を見ていた。
その通路には(見える限りは)誰もいない。なので気配を探ってみると角の手前にエステリーナがいた。
何故来ないんだ?
最近はエステリーナといえども特別な用がない限りは気配を探らないし感情を読むこともしていない。その代わりにシルヴィアが情報を選別して適時教えてくれていた。なので意思疎通が出来ない現実で「感情」をしるには意識して気配を読まなければならない。
今回も気配だけ探った。だが何故だか感情までもが伝わってきた。それも相反する複雑な感情が。
これには少々驚いた。
こんな時、シルヴィアなら「何故伝わった」のかと「相反する感情」についての適切なアドバイスが貰えるんだが……と思いつつ、そばの二人が身動ぎせずに待っているのでそれに倣う。
そのまま待つが……待てども……一向に姿を現さない。
「姫~」
「!」
ミランダの姫との言葉にピクリと反応していた。
数秒後、観念したようでちょこちょこと角から出ると壁沿いを小走りで走り抜け、ミランダの後ろにそそくさと隠れてしまう。
「…………」
そんな妻の「姿」を見て言葉を失う。
「師匠」
「…………」
「師匠」
「……なんだ?」
「(ガン見してないで何か言ってあげて)」
声を上げずに口を動かす。
「……すまん、言葉が見つからない」
瞬きするのも忘れ見入っていた。
「ですって、殿下。良かったわね」
「う、うーーーーー」
エステリーナが着ていたのはストラップレスタイプで俺と同じ金青色のマーメイドドレス。
「ポロリ」しないように数本の紐を残してガバッと開いた胸元から膝上まで身体のラインに密着しており、膝から下は地面スレスレまで波打つように纏められている。
さらに肩甲骨まであった髪を後頭部で一纏めにし、ただでさえ大きな胸の谷間を弾けそうなくらいに強調させている。
その効果は絶大でピアスやらネックレス等の装飾品はただの引き立て役に成り下がっていた。
極めつけは左足に裾から鼠径部まで続くスレッド。見る限り上も下も下着の存在は認められない。
最後に右肩には俺と同じく片側しかない黄金色のケープが。
「……リナ」
相反する感情の理由は分かった。
「殿下、旦那様が呼んでますよ」
不意に前後を入れ替えられ、俺と目が合うと赤面した涙目で固まってしまう。
そんな姿を見て自然と口から言葉が出た。
「リナ、どうしてこちらを見てくれないんだ?」
「こ……こんな格好、私には……合わないんだ」
「合わない? 何故そう思う?」
「だ、だって昔」
昔?
「そんなことはない、リナらしいと思うぞ」
「へ? 私……らしい?」
「ああ、とても綺麗だ」
と言ってからオドオドとしたエステリーナの一歩手前まで歩み寄る。
「きききき綺麗⁈ 本当にそう思って……いるの?」
「そう。今一度、皆に感謝をしたい」
「……誰に?」
「亡くなった第一騎士団員にだ」
「…………」
「彼らは俺が来るまで命懸けで持ち堪えてくれたからこそ今、この瞬間がある」
「…………」
「今まで黙っていたが、実はあの場で一人の騎士を看取ったんだが、彼は最後まで身を案じていたんだ」
「…………」
「エルアノームではなくリナ、お前の身をだ」
「…………」
「俺が思うに彼らはエルアノームの為、というより元気になった王の姿を見たリナが見たかったんじゃないのかな? だからこそ最後まであの場に踏み止まれたんだと思う」
死戦の場に立つにはそれ相応の信念と覚悟がいる。
そしてシルヴィアが大義名分や忠誠の為に命を懸けれる者は少ないのが世間一般と言っていた。
ならあの場にいたアイツらはどうだったのか?
陛下ではなく、団長でもなく、エステリーナの力になりたいという動機の方が俺的にはしっくりくる。
「……何故そう思う?」
「俺も同じ気持ちだったから」
「……え? 気持ち?」
その場で片膝をついてから右手を差し出す。すると躊躇いながら左手を添えてくれた。
その手の甲にキスをする。
「さあ皆に笑顔を見せてくれ」
「…………」
「ねーー。私の言った通りだったでしょーー?」
ミランダがエステリーナの背をポンと叩く。
「う、うん」
嬉しそうに小さくコクリと頷く。
どうやら叔母上が一計? を講じたらしい。
そのまま立ち上がり、エステリーナの左手を俺の右腕に誘導すると胸の谷間に腕を押し付け、肩に顔を埋めてくる。笑顔にはなってくれたが、まだ羞恥心? の方は抜けきらない。
「では私は反対側~」
と左腕に絡みついてくる。
……着痩せするタイプだな。
マリアンヌくらいはありそうだ。
このまま堪能してもいいのかな? と反対側に目を向けると恨めしそうな上目遣いで俺を見るだけで文句は言ってこない。
定番となりつつある絞め技も仕掛けてこなかった。
ならば良し!
「では参りましょう」
執事長さんが言うとメイドさんらが玄関の扉を開けてくれる。その先には俺の馬車とマリンブルー色のスーツ姿のマリアンヌが待機していた。
「行ってらっしゃいませ」
後ろからサリーの声が。見れば見送り一行の中央に陣取っている。
「お前は来ないのか?」
「アタイは留守番」
「そうか」
護衛達も呼ばれていない。
どう言う基準で参加者を決めたのかは知らないが俺が招く立場なら、多人数ならともかく8,9人程度の少人数なら身分関係なく招待しただろう。
「今日の主役は団長と師匠。楽しんでらっしゃい」
皆がいるからか、深々と頭を下げていた。
「そうする。あっそうだ、帰ったら風呂に入る。異常があったら困るので確かめといてくれ」
「ふっ、ついでに使い方をレクチャーしときます」
流石はサリー。
先刻拵えた風呂だが、どう使うかはここの主であるミランダに決定権がある。それを踏まえた上で「決まる前に風呂でゆっくり寛げ」との意味で言ったところ「ここで働いている者達もだろ?」と付け加えてきた。
「その辺りは任せる」
「任された」
遠慮する者には「使い方を身をもって知っておかねば「主」に不便を強いるのでは?」とでも言って、無理矢理入れてしまえばいい。
まあミランダの性格なら「専用」にはしないだろう。
俺達が席に座ると、執事長さんの指示で大使館付きの御者が操る馬車がパーティー会場となる城へ向け出発した。




