第38話 質の向上
その後、五分程で大使館に到着。
腰ほどの高さしかない板を組み合わせただけの柵の中には花が咲き乱れる広々とした庭と100m程先にはかなり広そうな屋敷。
屋敷の真裏にはそこそこの高さがある三本の針葉樹。
門と思しき建造物がある場所に向かうと数名の人影が。
その者達は「人族」でアラナート王城の警備兵と同じ装備を身に付けていることから大使館を警備している兵なのだろう、ミランダを見て軽く頭を下げようとしたところで隣に「元国王」が居るのを発見、急いで背筋を正す。
「ミランダ様、お帰りなさい。そしてようこそおいで下さいました殿下」
二人に対して衛兵が頭を下げる。
「はい、ご苦労様」
「うむ、暫く世話になる」
「は!」
再度敬礼。
ミランダが俺とマリアンヌを紹介した後に騎乗したまま門を抜けた先、そこから見えたのはシルヴィアがいるあの地を思い出す。
……あそこに屋敷を置いたらこんな感じだな。
ミランダの謝罪を受けた直後から二人の雰囲気が変わる。その後も小声で話を続けてていたので、遠慮し距離を取った。その距離は10m程度と今でも変わらない。
あの場では理由は教えてくれなかったが、二人はいい大人。俺達の助けが必要なら(今のエステリーナなら)頼ってくると思うので、声が掛からない限りは触れないでおく。
なので視線は二人に向けつつ、俺達は差し障りのない会話を普通の音量で続けた。
「大使館、というより屋敷? 一際広そうだけど、なんというか……質素? いやチグハグ?」
庭ではない「屋敷」の方。
昨日通り過ぎた町? そうだが、地勢に沿って建てた王城を除き全て平屋で二階以上の建物は見掛けていない。その分、1棟当たりの延べ床面積はかなり広くなっていたが。
ここ大使館も例外ではなく平屋で「エルフ様式」に沿っているようだがどこか妙に感じてしまう。
「意匠の凝った木造の立派な造りだけに物足りなく感じちゃいますね。聞いた話だと当初はパルミラル王族の住まいとして作られたとか。その後、色々な経緯にてアラナート王国に譲渡されたらしいです」
「色々な経緯?」
「はい色々です。(大使となられたミランダ様の指示で現在の姿に改装されたと)」
「ふーーん」
後半は俺の耳元で小声で教えてくれた。
成程。違和感の原因はそこか。
因みに門を通る際に調べた「情報」によれば、この大使館の敷地内にいるのは全員人族、いやもう一人、エルフがいるが護衛の四人とサリーを含めれば二十一人。多分、というかエルフ以外は間違いなくアラナート国民だろう。
建物の規模からして少なすぎると思うが、それよりも戦闘員らしき者が一人もいない方が気になった。
そういえばこの国に来てから見掛けた兵の装備は職種を見分ける程度の装備だった。
その点を尋ねると「ここはこの大陸で最も安全な場所なんですよ」と事もなさげに言われた。
で屋敷の目前までくると扉が開かれ、そこからサリーが「珍しく」歩いて現れる。
「お疲れさまでした、殿下、ミランダ様」
「出迎えご苦労」
「まあまあ。良くできました」
ん?
普通の出迎えなのに何処か違和感を覚えてしまう。
「(良くできました?)」
「(多分順番を言っているのかと)」
両国の取り決めにより大使館の敷地内はアラナート王国の領土となるので法や習慣も本国と同じになる。ここで問題となるのはそれぞれの立場。
二人共、侯爵位で王位継承権も放棄している。
その上でミランダは大使でエステリーナは第一騎士団団長。どちらも「陛下」からその地位を任されているとこれまた同じ。
では同格なのかと言われたらそれは若干違う。
上司である陛下に唯一、意見具申できるのは第一騎士団団長。その団長は「元国王」でもあるし、サリーは騎士団所属でミランダに付き従っている訳ではない。ましてや同じ侯爵とはいえエステリーナは王族だ。なのでエステリーナの名を先に出すのは当たり前。
ではどこに違和感を感じたのか?
それはサリーを褒めたところ。
……まあリナの教育を担当してたんだし、そのお付きが上司の評判を落とす様な言動は気になるよな。
サリー自身が『その場に立ち会っていた』と言ってたし、昔はその辺りの常識に疎く、そこを何度も指摘されてたのかもしれない。
遅れてここで勤務しているであろう男が一人現れると「ミランダ様が戻られた」と屋敷の中に声を掛けてから扉を大きく開け「中へどうぞ」とのジェスチャーをして見せる。
カイエンらをどうしよう? と思っていたところ、屋敷の脇から外での作業に適した服装の男が走ってくると手綱に手をかけた。
それに対しミランダやエステリーナは見向きもせず。カイエンは兎も角、何かと反抗的な紅蓮すら抵抗せずに従っているところを見るに厩務員だと察しているのだろう。確かに向かう先には【帝王達】もいるので合っている筈。
「お待ちしておりました」
お? 唯一滞在していたエルフが自らやって来た。
「これはセシリア殿。先日は大変世話になった。改めて礼を言わせてくれ」
「いえいえ、礼には及びません」
「今日はお一人で?」
「その後の様子見と仕事で参りました。なので私だけです」
と俺からマリアンヌに視線を移す。
「…………」
様子見、いや経過観察か?
気配に一切揺らぎがないところを見るに嘘は言っていない。それと両名の経過に問題がないことも。
「ふふふ、早速捕まってしまいましたか」
「到着早々申し訳ございません」
俺の心配をよそに先日の治療の件と、お互い初となる自己紹介をその場で簡単に済ませる。
「ではどこでお話を?」
「ミランダ様、お部屋をお貸し願いませんか?」
早速仕事に取り掛かるらしい。
「いつもの部屋をどうぞ」
「ありがとうございます」
「……少し休憩した後にしたらどうだ?」
心配なので声を掛ける、というか先に俺が話したい。
「いえいえ、私はこのために来たのですから」
マリアンヌが言ったように、彼女は俺やエステリーナのように「観光」で来たわけではなく、停滞していた両国の関係を進展させるのが目的。
そして停滞させていたのが我々側なのだからこちらから出向くのが筋。多分大使に連絡し段取りを整えてもらっておいたのだろう。
「それでいつもの部屋とは?」
「私が存じています。到着早々お疲れのところ申し訳ありませんが大まかな所だけでも詰めておきましょう」
「構いません。では、とその前に山水様、私の仕事用カバンを」
「ん? ちょっと待て」
【収納】から黒い革製の手提げハンドバッグを出す。
「ありがとうございます。では参りましょう」
「はい。皆様への正式なご挨拶は後程王宮にて」
受け取ると二人はそのまま通路の奥へ、声を掛ける間もなくサッサと行ってしまった。
今、渡したのはどこにでもありそうな、侯爵令嬢には不釣り合いな程度のちょっと豪華そうな見た目のバッグ。
だがそれは外見に限った話で本体には幾つもの「付与魔法」と飛び切り凶悪な「呪術」が施された、宰相姉妹専用に作った、世界に一つだけの逸品。
俺の【収納】のように容量無制限とか収納中は時が止まることはない、どちらかと言えばスキルの一種である【アイテムボックス】寄りの機能。
【空間拡張】の付与の効果により、入れれる物は限定されてしまうが机上に置けれる程度の量を分別して収納できるようにした。それと呪術により「ナート家」以外の者には開けられないように「呪い」を掛けてある。なので現在扱える《出し入れできる》のは六人のみとなる。
それ以外にも機能があるが今は割愛。
しかしサリーらの件で問い詰めたかったのだが仕事と言われたら引き下がるしかない。マリアンヌに先を越されてしまった
早速別行動をとる二人を見送る。
セシリアはエルフにしては体格が良く、長衣のせいかマリアンヌ程ではないがメリハリがあるのが見て取れる。
一方のマリアンヌも我妻には及ばないが均等のとれたプロポーションで二人並んで歩く姿はとても見栄えが良い。
「い、痛て!」
ジト目の妻に足を踏まれた。
昼食後、護衛の四人は明日一杯、特に用事はない。なので自由行動としたところ「街を散策したい」と言ってきた。なのでお小遣いを渡したらルンルン気分で出掛けて行った。
エステリーナは未だに続いているマリアンヌ達の会談に顔を出すとのことで別行動。
で俺は妻に頼まれていた設備を作る為、ミランダを誘って裏庭に移動する。
「ここで良いですか?」
「は……い?」
一応説明したがイメージが湧かなかったらしくミランダに曖昧な返事をされた。隣にいる執事長さんも首を傾げている。
「では基礎から」
整地してから岩石と配管を並べていく。
「「……おーーーー」」
【収納】を使ったところを見て驚く二人。
……上下水が整備されているから楽だな。
上物が出来上がり、次は用意しておいた魔道機を教えられたとおりに設置する。
目隠し用の柵と脱衣所。脱衣所の入り口には「男」と「女」と書かれた札を吊り下げ終了。
最後に数年分は賄えるほどの【炎属性の魔鉱石】を倉庫に入れて終了。
ここでサリーに引き継ぎ使用人に使用方法を伝授させる。
「まあまあまあまあ」
十人程が同時に入れる広さの露天風呂(一部屋根付き)を見て、ミランダが目を輝かせている。
今までは風呂は3日に一回、エルフ族に頼んで魔法で水を湯にしていたらしい。その湯にしても人族にとっては大変な作業で日常で使うお湯は薪で沸かしていたとのこと。
勿論炎属性の魔法が使える魔術師がいれば薪など使わなくても済むのだが、ミランダが特別扱いを嫌って魔術師の派遣を断っていたので、昔ながらの方法で湯を沸かしていたらしい。
実験をしてきた「ボイラー」が数年前に実用化され、それに伴い蒸気の圧力を利用した「ポンプ」の開発に成功していた。
王城での実証実験により機器の小型化に成功。燃費の改善とある程度の安全性もごく最近になって目途がついた。
今後は「大衆浴場」なので庶民に広めるのを目標としており、専門家が居なくても扱えるかどうかの実証実験も兼ねてここに持ち込んだのだ。
「これからは気兼ねなくいつでも風呂に入れるわ~」
「ミランダ様。入れるようになるのは今晩からです」
今は水を貯めるタンクが空っぽだが、この水量なら一時間もあれば満水になる。それからお湯用のタンクに水を送って沸かすのに三十分。
さらに十五分程度あれば風呂に湯を張れる。
「叔母上、後で私と入りませんか? お背中をお流しします」
「あらいいの? 私とで?」
「是非に」
誤解されたくないので日本の風習を伝えておく。
「え? 湯着も着ないの?」
「はい」
「あらあらどうしましょう」
貯水タンクに溜まった水を今度は巨大な貯湯タンクに移して温めるので、どうしても時間が掛かってしまう。ただその期間を過ぎれば装置が全て自動で給水・加温・循環をしてくれる。保安装置も完備しているが、安全面から魔鉱石の補充だけは人の手で行わなければならない。そこさえ気を付ければいい。
「山水様」
「何か?」
「このお湯、厨房にも送れない?」
「……出来ますよ」
執事長さんを見るとにこやかに頷いていた。
「この辺りは寒くなります?」
「いいえ。アラナート王国とは違い極端に暑くなったり寒くなったりはしませんね」
「なら外でいいか」
雪が降るのなら地中に埋めたり「暖房」としての使い道も考えたが。
ならばと外壁沿いに目立たないように配管を敷いていく。
目的の壁に届いたところで穴を空け中に管を通す。
そして厨房内に回り込み蛇口を取り付けて終了。
因みに厨房内にはアラナート王国製の魔動機が一通り揃っていた。
「ところで流した排水はどこへ?」
アラナート王国には上水だけでなく下水設備も国が一括管理しているが。
「ここ王都では精霊が浄化だけでなく再利用してくれる」
いつの間にかエステリーナが来ていた。
そういえば日本でも排泄物に関してはそうだった。但し人の手によって。
あの作業は儲かるらしいが「耐性」が無いととてもではないがやってられない。
「アラナート王国も再利用を?」
「いやウチではしていない」
聞けば再利用しているのはこの国の王都だけらしい。
この大陸の常識として、植物が育つのには土の養分と同じく【魔素】が重要で、魔素さえあれば育つし連作障害も起きないとのこと。
主な魔素の発生源は「ダンジョン」でアラナート王国内には二か所あり、内一つは大陸最大の規模を誇っている。なので吹き出す魔素の量も半端ないそうで、国土に大いなる恵みを齎してくれているそうだ。
……だからかここ以外で再利用しようという発想に至らないんだな。
現在のアラナート王国では浄化後に残った固形物は焼却処分しているとのこと。
ただそこまでしているのは資金力があるアラナート王国と北の覇者である帝国だけで、特に大陸北部で帝国の脅威に晒されている国々は、インフラ整備に予算が割けないので簡単な浄化で済ませ、残りも含めて川に垂れ流しているらしい。そのせいで経由する川や最終到達地である海が汚染され、定期的に「疫病」が蔓延するなど、負のスパイラルに陥っているそうだ。
まあ何にしても大変な作業を精霊がやってくれるのはとてもありがたい。
「ありがとう。これで皆の作業も楽になるわ」
笑顔のミランダが俺の手を握って礼を言ってくる。隣の執事長さんも大層喜んでいた。
「この程度、お安い御用で」
「お礼として、今晩は姫の代わりに私が背中を流してあげるわね」
「楽しみにしておきます……いい痛い!」
今度は二の腕を抓られた。




