第37話 謁見
パルミラル王国とアラナート王国は国土の面積、そして王都の面積もほぼ同じ広さ。ただし大陸最南端にあるアラナート王国は人族国家の中でも総人口が少ない方だが、パルミラル王国はさらに二桁近く少ないらしい。
そのせいかここ王都ですら自然との調和を考えた良い意味で活気のない平穏で長閑な雰囲気の街並みとなっており、日本の農村を思い出す。
そんな光景を眺めながら進んでいるとマリアンヌが今後の予定を告げてきた。
先ずはミランダと共に王城に向かい、この国の王へ来訪の挨拶をする。その後は一旦大使館に戻り休憩。夜になったら再び王城へ行って晩餐会に参加するとのこと。
ただし王城に行くのは俺、エステリーナ、マリアンヌと案内役のミランダの四名でサリーは大使館で待機。護衛らは明日の朝までは自由行動となるそうで、王都滞在中は大使館で寝泊まりする。
明日は王都で(立場上断れない面倒な)職務を熟して貰った後は、滞在が許される限り「国内観光」をして回る。
その案内は王都内はミランダが、王都外はパルミラル王国から案内人が派遣されるとのこと。
「私は先に戻ります」
とマリアンヌが言い出した。どうやら先行帰国は事前に決まっていたことらしく今日から三日間、様々な要人との面会やら会談の予定がビッシリと詰まっているらしく、俺達夫婦とはパーティーなどを除きほぼ別行動になるとのこと。
そしてそれらの責務が済み次第、アラナート王国に帰るらしい。
「一人でか?」
「はい」
夜盗や魔獣は出ずとも普通の獣はいるだろう?
え? 全く問題ない?
いや流石に若い女、というか義娘を一人で野宿とかさせたくないんだが。
と言ったところ「実はアラナート城まで転移してもらえるんです」と笑みを浮かべながら言われた。
なら安心。俺からも礼を言っておく。
早速城に向かおうと途中で馬車を止め二手に分かれる。
御者台にいるサリーと護衛の四人を見送った後、カイエンにエステリーナとミランダ、紅蓮には俺とマリアンヌで乗り込み一路王城へ。
因みに紅蓮だが、何故だか人が変わったように大人しくなっており、マリアンヌの同乗を快く受け入れている。
何故?
暫く進むとこの地に来てから初めてとなる「普通の木々」が見えてくる。その手前には木々を囲むように堀らしきものと立派な門、その脇には詰所らしき建物が見えた。
そこに到着すると城門を守っていた三人の衛兵がミランダを見るや一列に整列、笑顔で敬礼をして見せる。
彼らの手前で馬を止めるとミランダが下馬し衛兵に向き直る。すると衛兵の一人がミランダの前に進み出ると深々と頭を下げた。
「陛下にエステリーナ・ナート様ご一行が来られましたとお伝え願えますか?」
「直ちに」
返事をするともう一人の男が詰所の中へ。
「ではここからは徒歩で参ります」
と言ったのと同じタイミングでエステリーナも馬から降りた。
俺たち二人は「先」を見る。堀の先に見える限り、森とは呼べない林レベルの木々しかない。本当にこの先に城があるのか? と思えるくらい見事に人工物はみあたらない。
まあ決まりならば仕方ない、頑張って歩くか。
俺とマリアンヌも降り馬を預けた。
ミランダの先導で立派だが、警備の緩い門を抜け、精巧に組まれた石畳の橋を渡る。
途中、下に目をやると小魚が長閑に泳いでいるのが見えた。
……堀、というより川だな。
そして対岸の陸地に一歩踏み入れた途端に景色が一変する。
正面にはこの国に来て初めて見る巨大、とは言い難いがそこそこの大きさと高さを有する城? のような建造物があり、寸前までの景色は何処にも存在していなかった。
……幻影?
戻って確かめたい気分になるがそれよりも、
「なんだこの異様な感じは? いったい何階建てなんだ?」
巨大な建造物の方が気になった。
最も高い位置に巨木が一本。その根元から緩やかな裾野の階層を四方に重なっていた。
一番高い場所はアラナート城の数倍はありそう。
「何階建て? いや、そうか、そう見えるのは致し方ないか」
「山水様、ここはちょっとした丘の上に建てられているのですよ」
「……なるほど」
霊峰「富士」を思い出す。規模は村の「裏山程度」と段違いだが傾斜に沿って建てているってことか。
ここで一応気配を探る。
……王女様は不在か。
城だけでなく王都全域まで探ってみたが感知せず、っていうか王都にいるエルフ族は二千人程度。
……もう少し様子を見るか。
シーラだけでなく奴も同様。今後接触してこなければこちらから積極的に探りを入れてみるのもアリだな。
特にシーラは俺レベルの気配察知能力もあるようだし「見られている」のに気付くだろう。
程なく建物への入り口が見えてくる。そこには衛兵が1人。先程と同じく敬礼にて迎えてくれた。
そこを素通り、ミランダの先導で城内を迷わずに進んで行く。
目的の部屋に到着。縦ではなく横に長い扉を衛兵がスッと横方向にスライドさせながら開けてくれる。
ミランダの後に俺、エステリーナ、マリアンヌと横並びで続いて中へ。
「陛下、予定通り到着しました」
ミランダが歩きながら頭を下げる。
黄緑色の絨毯の先にあるひな壇の上で、アラナート城で俺が破壊したのと同じレベルの豪華な椅子に腰かけていたのは一組の男女。
共に銀色の長髪でシーラが着ていたのと同じ長衣を着ている。
容姿も一見すると「シーラの兄姉?」とも思えるくらいに若く見える。三十半ばの俺の方が老けて見える。
だが人とは異なる成長を遂げるエルフは外見で歳は判断が付けられないのを思い出す。
因みに親子よりも兄姉に思えたのには当然理由がある。
「おおミランダ、久しぶりだね」
「貴方、前回来たのは半月前。久しぶりと言うほどではないでしょ?」
「は、半月??」
陛下が隣の女、いや「貴方」と呼んだのだから妃か? その妃とミランダを交互に見る。
「リーア様が言われた通り半月前ですね」
「ほら見なさい」
ミランダの返答に呆れ顔を向ける妃。
「半月と言わず一週間、いや三日に一度は顔見せに」
「はいはい」
「そうだ、いっそここに住めばシーラも喜ぶ」
「陛下」
「お、やっとその気に?」
「そのお気持ちは大変有り難く思いますが何度も言うようですが、わたくしはあの場を離れる気はございません」
「…………」
肩を落とす王。
「では改めてご挨拶を始めます。よろしいでしょうか?」
「ふ、ふむ」
仕方ないか、といった様子で一度目線をさげてから俺達に視線が向けられる。
「では殿下から」
「お久しぶりです。礼が遅れ申し訳ございませんでした」
「シーラから聞いているよ。元の元気な姿を取り戻したと」
「はいお陰様で。その節はご協力頂き感謝しております」
「ファイヤードラゴンか? あの程度、礼には及ばない」
「いえ、パルミラル王国が(ファイヤードラゴンを)あの森に連れてきてくれたからこそ、妹の命が繋がれたのです」
「転移させるくらいなら容易い。実際、シーラが一人でやり遂げたのだから」
「お一人で? エルフはドラゴンとの相性が悪いというのに」
「だからこそあの子に任せた。それより何か困ったことは無いかい? 我々に出来ることなら遠慮せず言って欲しい」
「いえ、今は特に、と言うよりこれ以上そちらにご迷惑はかけられません」
「エステリーナ姫、其方はいくつになっても変わらないね。ミランダもそうだがもっと我々を頼っていいんだよ」
「その通りです」
二人して何度も頷く。
「そういうわけにはいきませぬ。それにもう姫という歳では」
「貴方達姉妹は私達から見ればいくつになってもシーラと同じ可愛い子」
「そう、我らにはアイツの変わりに君達の行く末を見守る義務がある」
「はあ」
今度はエステリーナが困り顔に。
何となくだが「会う度」に似たやり取りをしているんだろうな。
それよりエルフの特徴からか、二人ともシーラの兄姉にしか見えない程の若い容姿。エステリーナの方が年上に見えてしまう。
なのでエステリーナを「子」呼ばわりしても説得力に欠ける気がする。
「まあその件はこっちに置いといて……どうやら良い伴侶に出会えたようで安心したよ」
「そうね。これでお二人の肩の荷が下りたことでしょう」
「そうだね、そのエルアノームとも婚姻したとか」
「これでアラナート王国も安泰ですね」
「…………」
二人の会話を聞いてエステリーナは、バツが悪そうに頬を染めながら視線を下に向ける。
そんなエステリーナをチラリと見てから正面に向き直ると二人が同時に俺に対して静かに頷いて見せた。
……この二人なら細かい経緯を教えてくれそうだが、シーラの件は……ルーナ絡みだから無理か。
「そういえば今日はお供の子は?」
一呼吸間を開けてから妃? がエステリーナに聞いてくる。
「妃様」
そこに冷めた笑顔のミランダが口を挟む。
「陛下、妃様、紹介を続けても?」
「ふ、ふむ」
何だろうこの雰囲気は。どう見てもミランダがこの場の主導権を握っているように見えるが?
「この二人は初のお目通しとなります。殿下の隣にいるのがエステリーナ殿下の運命の夫、さらにエルアノーム陛下とご婚約された山水・ナート名誉伯爵。その隣は新しく副宰相となったマリアンヌ・ナート様」
そういえば何か爵位を貰ってたな、と思いつつ各々、自分の名を口にしてから二人同時に頭を下げる。因みに今回はアラナート王国の礼節に沿って頭を下げている。
「やはり君がルーナ様が仰っていた【ドラゴンスレイヤー】の」
「まあまあ!」
二人共興味津々といった様子で身を乗り出しながら俺をガン見している。
「ふむふむ、成程。これなら、なあ?」
「不満は一切、というよりこれ以上の存在は二度と」
等とこちらに聞こえる音量で内緒話をしている。
「陛下」
今度はエステリーナの低音。
二人して「あっ不味い」との表情をしてから澄まし顔に。
改めて椅子に腰かけている二人を見る。シーラは顔は父親、体形は母親似。性格は……分からんが。
「では山水君」
「?」
王の口調、いや雰囲気、いやいや目つきが変わる。あの時のエルアノームと同じ品定めをしているかのような目を見て嫌な予感がしてくる。
「挨拶も済んだことだし、私と勝負だ」
……何言い出すんだ、この人。
「我に勝ったらシーラを与える」
なら次は……
「我が勝ったらシーラを与えるのは勿論、さらに一つ我々の切実な願いを受け入れて貰おう」
だと思った、ってかこの世界の王は皆こうなのか?
なぜ相手の感情を考慮しないんだ?
実は昔、シルヴィアと意思疎通ができるようになった頃に「嫁はシルヴィアを含めて2人まで」と約束していた。これは俺からではなくシルヴィアからの提案で双方納得の上で受け入れた経緯がある。
だが二人目に選んだエステリーナには「やむを得ぬ事情」があったため、なし崩し的に「もう一人」と妥協してもらったのだ。
俺にはハーレム願望はないし、人並みに独占欲もある。つまりパートナーが嫌がることはしない。それはシルヴィア達も同じだと思う。
なのにこれ以上増やしたらそれぞれの関係にヒビが入ってしまうだろう。
今はただ、四人がそれぞれの意思でスローなライフを過ごすのが望み。
波乱な人生など望まないし不要。
などと思っていたところ、両脇から盛大なため息が聞こえてくる。見れば両脇だけでなくミランダや俺の奥さんまでもがため息をついていた。
どうやら「アイツ」と「コイツ」が特殊なのだと安心する。
「(この方はエルと同じで言い出したら引かない)」
隣から微かな呟きが聞こえてくる。
はい特殊確定。なので丁重にお断りしようか。
「陛下、お待ちください」
そこにミランダが一歩進み出る。
全員の視線がミランダに集まる。
「陛下」
「ん、どうかしたのかい?」
「何か忘れていませんか?」
「…………?」
真剣に悩みだす国王。
「お名乗りなされましたか?」
ちょっと待て! 名乗ればいいのか?
「名乗り? ……お、忘れてた!」
「あなたったら」
奥さんは「しょうがないわね~」と笑っている。この人も天然か。
「うぉほん! 私の名はヤーム・マーシャル・パルミラル。この国の国王でシーラのパパだ!」
「わたくしはリーア・マーシャル・パルミラル。シーラのママで~す」
パパ? ママ? 軽そうだなエルフの国の王らは。
「ではご挨拶も済んだので、今日のところは引き上げますね」
「「え?」」
呆気にとられる二人。って妃さん、なんでアンタまで驚いてるんだ? まさかアンタまでソッチ側なのか?
そう言えば先程の内緒話……
「今日の予定はご挨拶と夜の晩餐会、でしたよね?」
「ふ、ふむ」
「エステリーナ様方は先程着いたばかりで「今後の予定」については詳しく話しておりません。なので一旦引き上げさせていただきます」
「「…………」」
「では」
「(いいのか?)」
「(ここはミランダ殿に任せておけば間違いない)」
そお? でもちゃんと断ってないぞ? と後ろ髪を引かれつつその場を後にしようとする。
「あ、陛下」
ミランダが立ち止まり、振り向かずに声を掛ける。
「ん?」
「勝負を申し込まれるのは構いませんが、決して強要はなさいませんように。強いた場合はここへは二度と参りませんので」
「うっ……分かった」
「それと……いえ、失礼します」
その場を後にした。
「お二人にはご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
謁見の間から離れた所でミランダが突然立ち止まり、俺とエステリーナに向け深々と頭を下げた。
「いや叔母上が謝罪するのはおかしいのでは?」
どう見てもあの二人の独断、というかルーナの差し金だろう。
「いえ、全ては私の責任」
「いやそれを言うなら私も謝らなければならない」
誰に?
「お前にだ」
? 訳分からん。
「皆さん、ここでは何ですし、一旦(大使館へ)戻りましょう」
暖かい眼差しのマリアンヌの進言で再び歩き出した。




