第36話 内緒話3
今話は会話だらけです。本当に会話だらけです。大半はサリーちゃんと山水君が、最後にマリアンヌ嬢がちょと絡むだけ。
現在の隊列だが目的地を知っているサリーが操る馬車を先頭に乗り手のいないカイエンと紅蓮が続く。その後ろには護衛の四人が横並びで道を進む。
その道だが国境の森からミランダと合流するまでの凡そ100km。道幅に差はあったが基本的にはほぼ直線。脇道もなかったので迷わずにここまで来れたが、ここきてやっと変化が起こる。
北方向に延びる大通り沿いに点在する小規模な林、いや果樹園か? さらに川や農地といった地形に沿って枝分かれしたり緩やかに曲がり始めた。
西側を向くと遥か先の地平線には薄っすらと見える長大な城壁にも思える山脈。東側は正面と似た風景が続く。
数キロ程度先には先程通り抜けたと同じ大きさの森が「点在」しているのが見えており、そこに向け隊列を組んで長閑に進む。
「……成程。他に兄弟は?」
「いない。二人だけ」
「そうか」
今御者台中央にはサリーが座りその隣に俺が。エステリーナらは今後の打ち合わせなのか、窓を閉め切った馬車の中。つまり内緒話をするにはまたとないシチュエーション。
「ところで」
「?」
「そもそも他種族、例えば人族とエルフ族の間で子は作れるのか?」
この手の情報は人しかいなかった日本の常識の範囲外。なので(シルヴィアに)聞いていなかった。
彼女と話せない今は他を頼るしかないが、内容が内容だけに「本人」やエステリーナには聞けないしマリアンヌを呼び出すのも憚れるし、護衛の騎士は現在は馬車の後ろ。カイエンらは問題外。
結局はサリー頼み。物知りで空気の読めるサリーならデリケートな疑問にも問題ない範囲で応えてくれる。
「師匠がいた世界では?」
「人族しかいなかった」
「なら覚えとけ。ここでは人族に限り、他種族と子が作れる」
「男女関係なく?」
「そう。人族だけ例外」
それはある意味凄いな。いや何が凄いのかと言えば人族だけというところ。
シルヴィアなら「その理由」も知っているだろうから話せるようになったら聞けばいいが、それまでは「まあ異世界だから」で納得しておこう。
「生まれてきた子は? 両親の特徴を?」
「容姿は両親のどちらかとなる。どちらになるかは神様次第」
「その話は誰でも知っているのか?」
「他国は知らないが、アラナート国とパルミラル王国では「学校」で教えている」
「へーー。なら他にも?」
「アラナート王国にもごく少数いるがそれでも平民に限る」
「平民のみ?」
「アラナート王国とパルミラル王国の二国では他種族と婚前行為を共にしたければ事前に「処置」をしなければならない」
「処置?」
「師匠も知ってる今、陛下に掛けている魔法だ」
「……ほう」
「それ以上の関係、つまり婚姻を望むなら必ず役所に届けを出す。しかもその届を出した時点から、いかなる理由があろうともアラナート王国とパルミラル王国から出れなくなる」
「何故に?」
「かなり厳しい法律により。それよりまだ話は終わってないから最後まで話を聞け」
「はい」
「その後に産まれた子も成人を迎えるまで、二国以外への出国は許されない。成人後は国の許可が必要。ただし該当していなければその限りではない」
「……該当? いやそうしている理由は?」
「一番は子の保護、というか奴隷落ちを防ぐのが目的」
「奴隷制度があるのか?」
「戦争が大好きな北方の国や強欲な金持ちの間では「異種族間の子」は高値で取引されていた、いやいると言った方が正しいか」
「…………」
「一方、平和で長閑な田舎であるウチやパルミラル王国では奴隷の保有・売買はかなり昔から禁止されていたが、金に目が眩んだ奴らが密入国して裏で暗躍していたらしい。で先々代の王の時に「ある若い男女」が恋に落ちたのをキッカケに「両国」が国境の制定、及び「法の厳格化」に踏み切った」
「…………」
「違反者は如何なる理由があろうとも極刑。保護した子や身籠った状態で離婚した妻も身寄りの無い子らと同様、国が分け隔てなく面倒をみることになった」
日本も似た様な事があったな。特に「甲斐の虎」は有名だった。
それと他の国でも奴隷は存在していたらしいので驚きは少ないが、それを完全に否定した国は、多分存在しなかったのでは?
それより子供を高値で?
労働力としての価値は無いに等しいのに?
「平民ではない、貴族は?」
「後々揉める。揉めた場合、お互いの「家」が不幸になるし必ずバレる。だからしない」
「跡取り……いやプライドの問題、か」
「正解」
多分、他の貴族から見下されるのだろう。
確率は半々、いや結果は百かゼロのどちらか。
それより必ずバレる?
外見は区別がつかないのに?
「そう。他国は知らないが、アラナート王国で多種族と婚姻に踏み切った貴族は今の今まで1例のみ。その1例が厳格化のキッカケとなったのが……」
「……叔母上か」
「そう。元々土台となる法が存在していたし両国間では方針が一致していた。あとはやる気次第って結構すんなり決まったらしい」
「ってことは叔母上の相手は?」
「師匠の想像通り、相思相愛のお相手は現国王の子でシーラ様のお兄さん」
国のトップが模範を示せば国民も納得するだろう。
「ただ厳格化しても国に力が無ければ民を守れない。そこで両国は考えた」
「…………」
「パルミラル王国は国民全員の魔力を、アラナート王国は国力の底上げをし武力を強化しようと」
「それが今の状態?」
「になれたのは最近。今の陛下が即位するちっと前」
『山水様、誠に申し訳ございません』
ここで何故かあの時のシーラの言葉を思い出す。
あれはその直後の行為を先んじて謝ったんだよな?
違うのか?
いや今の話とは関係ないだろう?
ならなんで思い出した?
「で叔母上に子は?」
「出来なかった、と聞いている」
「他に妻は?」
首を横に振る。そうか。まあ確率は低いって言ってたしな。
ただ跡取りの問題が残るので「側室」くらいは、と思ったがそれもなし。
多分、ウチと同じで他の子がいるんだろう。
「でさっき言った「高値」だけど」
「……外見は普通、なんだよな?」
「そう」
「もしかして中身……いや能力が違う?」
「正解」
話の流れから何となく想像がついてしまう。
「産まれた子は両親の体質を何倍にもして受け継ぐ。勿論、基礎能力だけでなく魔力やスキルも一緒に。時にはユニークスキルを持つ子も生まれるらしい」
「…………」
「中でもエルフ族はどの国でも喉から手が出るほど欲しい素材。てゆーか、今はエルフしか手に入らない。それを知っているエルフはウチとしか付き合わないし、ウチの国に紛れ込んだ曲者を排除するのに国境まで設けた」
鬱陶しいと思っていたモノにもちゃんとした理由があった。その理由を聞き、今までとは違う意味で胸糞が悪くなる。
「そんな顔、団長には見せるな」
「分かってる。エルフ以外は何処にいるんだ?」
「エルフ族に比べれば数はかなり少なかったとはいえ「空いている安住の地」が無かったので外へ逃げた」
「外?」
「百年ほど前に大陸の外へ」
「海を渡ったのか? 海の魔獣は?」
「百年に一度、海が【凪る年】があってその時だけは何故だか魔獣が大人しくなる。その時期を見計らって南の港から」
「南……あそこか」
「そう」
「エルフ族はどうして残ったんだ?」
「何百年も前の大昔、とてもじゃないが住めるような場所ではなかった土地を精霊と共にコツコツと開拓したのが今のパルミラル王国。ウチという防波堤もあったので移る必要が無かったんじゃないの?」
もしかして特殊な地形も精霊の力で?
「そう言えばどうして港に国軍が駐留してるんだ? そろそろって言ってたよな?」
「来年あたり海が凪ぎる」
「百年に一度の? そうなんだ?」
「そうなんだって……事の重大性が分かっていない。師匠なら仮に自分達が何の非も無いのに酷い目に遭ったら、相手をどう思う?」
「憎しみを抱く。可能なら……」
「そう。力を付けて復讐をしに行く」
「…………ではここが戦場に?」
「アラナート王国は彼らが秘密裏に逃亡の手伝いをした、と聞いている。それを忘れていなければ敵対はしないと思うが」
「なら問題はない?」
「大アリ。何をしに来るんだ?」
「復讐?」
「仮に我々に友好的な種族が復讐に来た場合、我々はどうしたら良い?」
「国土の通行を認める…………のは不味いか」
「そう。結果がどうあれ、アラナート王国は逆恨みの対象となり同族から孤立する」
「孤立、か」
「逆にウチと戦闘になった場合、戦えるのは騎士団のみ。ただ第一騎士団が壊滅した今では守り切れるかどうか」
「国軍は?」
「今年に入ってからは主力の殆どは北の国境沿いに張り付いている」
「実際に戦闘は起きているのか?」
「小競り合い程度は。ただ相手も必死だから時間の問題」
「必死?」
「北に帝国があるのは知っているな?」
「ああ」
「その煽りを受け、今の内に軍事力を得ようと必死なご様子」
「軍事力?」
「そう、ウチの技術力とエルフの魔法を。ウチとしては技術を手放す気はないし、手を貸す余裕もない」
面倒だな。何だか頭が痛くなってきた。
エステリーナはそんな事まで抱えていたのか。
こんな状況であの山脈が「噴火」したら、王都だけでなく周辺の穀倉地帯も壊滅。今まで積み上げてきた全てが無に帰してしまう。
ここは是非手を貸すべきだな。
噴火はシルヴィアはまだ数年の猶予があると言っていたので後回し。
多種族来訪は立ち会い、決裂しそうなら俺が「説得」する。
問題は国境の争いか。何か嫌な予感がする。
「そうだ、船で来る? 奴らが他の国に直接向かう可能性は?」
「凪るのは南の港から南方に向けた範囲のみと聞いている」
海流の影響? それとも別の理由で?
「そもそも外洋に行けれる規模の船が造れたのか? ここ以外に陸はあるのか?」
「質問が多いな。そろそろ飽きてきたぞ」
「はいはい。ではもうこの大陸には人族とエルフ族しかいないんだな」
「いや、全てが去ったわけじゃない。僅かながらも残留した者がいる」
「どこに?」
「アラナート王国」
「ほう」
「唯一公表しているのは【鍛冶師ギルド】のギルド長。彼は【ドワーフ族】の中でも鍛冶系スキルレベルがカンストしていることで有名」
「お前の刀を鍛えてくれた人か」
「そう。先々代の王の親友で団長とは仲の良い飲み友達」
ドワーフ族の平均寿命は確か二百年。エステリーナにとっては父親的な存在か。
「他は?」
「四人程。王宮魔術師と城の宮仕えに1人ずつ。残りの二人もギルド所属。因みに全員男で人族に偽装している。なので機密扱い」
「そうか」
他にもいたのか。今度気配を探ってみるか。
「で、叔母上はなんで大使なんかをしてるんだ?」
「婚姻関係が解消されたから」
「か、解消? 離婚したのか?」
ちょっと、いやかなりの驚き。
いやだって好きで結婚して周りも祝福? したのに離婚って。
「やむを得ない事情があった。離婚直後「王」だった団長はパルミラル王国へ行って帰国、つまりアラナート国への帰属を促したけど、ミランダ様は最後まで首を縦に振らなかった。その姿を見た団長は自分の境遇と比べてしまい説得を諦め、代わりにアラナート王国大使を打診したところ、団長に「大きな借り」があるミランダ様が折れ、今の形に落ち着いた」
「…………」
自分の境遇か。
それより離婚したのに残りたいって?
もしかして離婚は離婚でも……死別?
「大使に任命した経緯は、二人の心の傷に触れない為にも、決して根掘り葉掘り聞くな。良いな?」
「承知した。で何でお前は知ってるんだ?」
「その場に立ち会っていたから」
「……そんな前から一緒にいたのか」
「おう、ってか団長の秘密を知っている私が羨ましい?」
「いやそうじゃない。感謝しているんだ」
「感謝?」
「リナを支えてくれてたんだろ?」
「私の使命、というか一応第一騎士団の団員だから当然のこと」
「そうか、使命か。ありがとう」
「師匠に礼を言われる筋合いはない、が一応受け取っておこうか」
「素直じゃないな。なら性格的に言えないリナに代わって礼を言わせてくれ。今までありがとう」
「くっ……そうきたか、卑怯者め」
そんな苦々しそうな顔をしなくたっていいだろうに。
「それでお前の生い立ちだが」
さりげなく切り出す。どちらかと言えばこっちが本題。
「はいお終い」
チッ。流れで教えてくれるかと思ったが。
「いずれ教えてくれ」
「そのいずれは永遠に訪れない」
話す気はなさそう。これじゃリナに直接聞くしかないな。
「それとこれも言っておく、ってかこれ最重要」
「?」
「現在、パルミラル王国の跡取りは一人のみ」
「……二人兄妹だったのか?」
「そう」
とそこに扉が開かれマリアンヌが出てくると困り顔で補助席に腰かけた。
「どうした?」
中の様子を探ると……少々険悪?
「始まっちゃいましたか?」
「お噂通りの方でした」
始まっちゃいました? どこかで聞いたセリフ。
「はい、雰囲気が陛下と似ていたので巻き込まれる前に逃げてきました」
「始まった? 逃げた?」
「お説教、たーいむ」
はい?
「確か幼少期のリナ様の教育を担当されていたとか?」
「らしいです。それで頭が上がらないと」
成程、納得。
「やはり。では「今のリナ様」にお説教できるのは陛下……は無理そうなので実質ミランダ様お一人?」
「いえもう一人」
「どなた?」
「師匠」
「山水様? 成程、いましたね」
「だがコッチは疎いし察しも悪いし意気地無しで稼ぎがないくせに女を誑かし泣かす最低な男。やはりミランダ様お一人だな」
「えーーと、あは、は?」
マリアンヌさんやそこ、笑うところ? ってか迷うなら適当に返事をしとけとツッコミを入れたいが自覚はしているので言い返せない。
考えてみたら妻と地位は手に入ったが領地の開発は手付かずの状態で税収はゼロ。
今は騎士団長兼王族である妻に食わせて貰っている状態。
先日のダンジョンで入手した素材を売却し、得た金で何かプレゼントでも贈るか?
ただ二人の性格を考えると……等と思ったところ、隣がタイミングよくボソリと呟いた。
「手作りの方が喜ぶと思うぞ」
チッ、またもや誘導されたか。
今話の内容ですが一部を除き第三章の前フリです。




