第32話 内緒話1
『正体不明な奴に襲われ抗戦中にサリー達が襲われ、そこに迎えに来てくれた王女一向に救われた」と簡潔に説明。
エステリーナには『後で説明する』と目配せで納得させ隊列を組む。
隊列の先頭には【白馬の王子様】と【紅蓮の死神】、その二頭の間に赤いマントのサンタナが。それに馬車が続き、緑のマントのリアンと乗り手のいない馬と青いマントのキーナの二名が殿を務め、馬車の中にはサリー・マリアンヌの両名と、その二人の治療を行うセシリアと、彼女の補助を買って出た、護衛の中で唯一「回復系魔法」が使えるマーサが詰める。
最後に御者は俺が。その両脇には笑顔の王女と複雑な顔付きの妻が座ったところでいさ出発。
そして行先を見る。すると何処までも続くかと思える草花が生い茂る、徐々に勾配がキツくなっていく登り坂が見えた。
唯一の救いは森と同じく綺麗に整地された、俺の馬車三台分程の広い道。
だがそれを差し引いても登りは馬にとっては辛い。
【帝王】でもダメそうな場合、ベットだけを残し台車から上を全て【収納】して軽量化。サリー達だけでも横にさせ、全ての馬を使って馬車を引いてもらおうか……などと思いながらも「その時に考えよう」と坂に踏み入れる。
すると案の定、徐々に速度が低下した……のだが「その異変」は突然、前触れもなく起きた。
……む?
身体が坂に順応した瞬間、視界と平衡感覚にズレが生じるが直ぐに収まる。すると奇妙な事が起きていた。
俺の脳が感じる平衡感覚。地面に対して垂直に垂れ下がる、庇にかけたランタン。さらに周囲に目を向ければ草花も地面に対して垂直に生えていると、全ての情報が「ここは平地」だと訴えている。
そう、坂が坂ではなくなったのだ。
〈答えをお望みなら後方をご覧下さい〉
「後ろ? ……なっ!」
そのまま後方を見る。すると確かに坂を登っている証が見えた。
……アレは奴の広域魔法攻撃で出来た空間。まだ煙が上がっている。
国境となる森の木々の高さは総じて30mほど。今いる地が、森と同じ標高なら絶対に見えない光景。
……どうなってんだ、こりゃ?
「リナさんや」
「……ん?」
小声で呼ぶ。
今はエステリーナに気を使ったシーラ王女も中に入ってしまっまので、俺の視界にいる者は、後ろ姿サンタナと横で座るエステリーナだけ。
城を出てからここまで二人きりで落ち着ける状況になったのはダンジョン街にあった宿舎のみ。
そのせいかシーラがいなくなった直後、ここぞとばかりにエステリーナが身体を密着させてきた。
俺にしてもスキンシップは大賛成なのだが、その前に「詳しい状況」だけでもしておきたかったので、小声でも充分耳に届くこの状況を利用し端的に説明した。
それを終えたのが寸前で、異変に気付いたのが今。
「この坂、おかしくないかい?」
「坂? ……あ、いけない忘れてた。(預けた)荷物の中に【ひまわりの種】があるから十個出して」
「?」
表情を引き締めてからてを差し出してくる。それに何も考えずに手を翳す。
すると「ひまわりの種」がキッカリ十個現れた。
それを受け取ったエステリーナは「お受け取りください」と言いながら車外に手を伸ばすとポロポロと地面に落とす。
「何故捨てる?」
「捨てたんじゃない。これはプレゼントというかお礼」
「お礼?」
「そうお礼」
「?」
と頭に疑問符が浮かんだその時、馬車と並走している馬達の速度が僅かに上がる。
「お? 早速効果が現れた」
と言ってランタンを指差す。
見れば後方に傾いていたランタンが、今はほんの僅かだが「前方」へと傾いていた。
はい?
「下っている?」
ブレーキを働かせずに済む程度の速度まで上がる。
「ここを守護しているのは真面目で働き者の【土の精霊】。彼らのテリトリーでは自然の法則は捻じ曲げられる」
「捻じ曲げられる?」
「そう、今のこの状態がまさにそれ」
成程。これは【土の精霊】の仕業だと。
「本来はこの地に踏み入れる前に彼らの「好物」を渡す。渡せば便宜を図ってくれる」
「……へーー」
「今回はシーナ様がおられるのでサービスしてくれていたんだな」
精霊って癖が強いヤツが多い?
「精霊も馬もよりけり、なんですよ」
扉が開く音と共にシーナの声が。
その声にエステリーナが眉をピクリとさせながら振り返る。
コツコツとの足音の動きに合わせて視線が動き、俺の隣の席に腰かけたところで視線を外した。
……やはり「気配」が分かるのか。
俺達の雰囲気が変わったのを見計らって戻ってきたのは把握済み。
「精霊も人も馬も同じで持ちつ持たれず。相手を尊重してこそより良い関係が築ける……。そうは思いませんか?」
と詩の一文を読むように言いながら、左手にはノブの着いたガラス製のコップ、右手には白い陶器製の水差しを呼び出す。
「それは……アイテムボックスですか?」
「はい、そうです」
と笑みを見せながら透明な液体を注いでいく。
「はい、エステリーナ様」
と俺に差し出してきた。
「ほれ」
「あ、はい」
俺の手を経由してエステリーナに渡す。
再度コップを呼び差し液体を注いで俺に差し出してくる。
最後に自分の分を注いでから水差しを戻す。
「我が国自慢の果実水です」
と飲んで見せる。
「では」
「いただく」
と俺達も飲む。
「ん? これは何の味?」
農業大国出身であるエステリーナも味わったことがないらしい。
だが俺はこの味を知っている。
「……桃?」
「山水様、正解です」
屈託のない笑顔。
「モモ? モモとは?」
「ピンク色をしたこぶし大ほどの大きさの果実でして、ルーナ様から与えられた苗木がやっと実を付けたのでジュースやお酒に加工してみたところ、大好評でして」
「うん……淀みや苦みが一切ない澄んだ味と喉越し。これは美味しい。是非我が国にも卸して頂きたいのだが」
「お褒め頂き光栄です。ですが残念ながら成木はまだ1本だけで流通させるには十年以上かかるかと」
「それは残念」
「ですが挙式の分は確保してありますのでご安心を」
「それは……私の?」
「はい。式にはわたくしも参加する予定です。なので持参いたします」
「是非。心からお待ちしています」
「はい。お招き感謝いたします」
〈…………〉
何故かシルヴィアから無言のプレッシャーを感じ、背筋が自然と伸びる。
「ん? どうした?」
「え? い、いや。そういえばパルミラル王国は農業も盛んだと」
二人のカップを返しながら尋ねる。
「はい。規模ではアラナート王国の半分にも満たないですが、ルーナ様を始めとした精霊達の恩恵により多種多様な品種を扱っております」
「実は探しているモノがありまして。いくつかお尋ねしても宜しいか?」
「どうぞ」
と冒険者ギルドに依頼した品を言う。
「残念ながら。ご期待に沿えず申し訳ありません」
やはり無いか。
「ただ」
「ただ?」
「稲、でしたか? それなら……見かけた記憶が」
「どこで?」
「【ルーナ様の庭】、だったかしら?」
「庭? 庭とは?」
「ルーナ様が管理している、パルミラル王国唯一のフィールドダンジョンです」
エステリーナに「知ってる?」とアイコンタクトしたところ首を振られた。
「我が国のダンジョンは一般には開放していないので」
理由はダンジョン内の制御が上手く機能しているのと「修業の場としては最適」なので「国是」として国民以外には公開・開放していないらしい。
その理由としては、
技と同じく魔力も使わなければ増えないし効果も上がらない。
パルミラル王国のような平和な国ではダンジョンという貴重な「修業の場」を荒らされたくないから。
さらにもう一つ。
ダンジョンの制御はアラナート王国のような「結界」ではなく、ルーナ様を始めとした精霊達が内部の「掃除」と「監視」をしてくれているらしい。
だからこそ、そこに精霊信仰のない者達が入り込むと、折角釣り合っている「調和」が崩れかねない。
「ではシーラ様もそこで修行を?」
「え? え、ええまあ。その国是のお陰で中層まででしたら目を瞑ってでも」
「それでお強いのか」
今なら分かる。あの「非常識な気配」の持ち主が誰であったかが。
だからかこそ、先程感じた違和感が増してゆく。
「強いと言っても剣といった物理はカラッキシです。なので全属性魔法無効特性の敵が現れたら迷わず逃げます」
「そうなんですか?」
「そうなのです」
そんな話をしていたら直ぐに昼食。幾度かの休憩を挟みながら進んだ。
「陽が沈む前に野営の準備をしよう」
「「「了解」」」
エステリーナの声に護衛が応える。
俺は【収納】から炊事器具と食材を用意するとテキパキと夕食の準備を始めた。
「いいのかな」
だが周りは遮るものがないどこまでも続く平原。
こんな場所で野営をして良いものか。
「大丈夫ですよ」
いつの間にか隣にシーラが立っていた。
「いや、そうではなくて」
「仰りたいことは分かっています」
「では」
「実は野宿というのは人生初でしてワクワクしているんですよ」
「はあ」
「それより楽しみなのは」
「楽しみなのは?」
「露天風呂、です!」
「え?」
「夜空の下、遮るものも無い屋外で、何も纏わずに入るお風呂。思うだけでゾクゾクしちゃいます!」
さ、然様ですか。なんか変わった感性の持ち主?
もう一話は多分明日。出来れば明日。……木曜日までには「整え」られる!




