第28話 出立
注意:当作での「〇△」は一人、「「〇△」」は二人同時、「「「〇△」」」は三人以上同時に、としています。
今日の午前中は改造した馬車の試乗がてら鍛治師ギルドへ。サリーの武器を受け取った後にエステリーナの私邸に向かい、そこで妻と私物を回収してから城で昼食。
午後は城にて同行する騎士団員と会って本日の用事は終了。
その予定に沿って鍛冶師ギルドに来ており、引き渡し専用カウンターにて出来上がった武器の最終確認の最中。
「お手に取ってご確認を」
「は、はい」
カウンターの上に敷かれた赤色の厚手の布の上には出来立てホヤホヤの刀が。
黒い鞘に収まったその刀は訓練で使用している木刀よりも若干短い【打刀】といわれるもので、現在のサリーのジョブや能力を最大限に生かせるようにと判断して変えておいた。
その【打刀】だが俺の太刀と比べて拳一個分は短い。短ければ間合いも狭くなるので接近戦では不利となるが、そもそも【忍び】は正面きって馬鹿正直に斬り合うのではなく、その機動力と俊敏性を生かした戦い方を得意としているので、短い方が能力を活かせるのだ。
「こちらもお渡しします」
腰に掛ける為の革製のホルダーを渡される。
確かにメイド服には必要だよな。
目を輝かせながら手に持った刀を眺めるサリー。だが……
「お前達、ちょっと離れろって!」
耐えきれなくなったのか、唐突に憤慨しだす。
「スゲーじゃん!」
「私も欲っしい!」
「……いいな」
「みんなはしたないですよ~」
そのサリーに四人の若い女騎士団員が纏わりつくように周りを囲んでいる。
この四人は護衛予定の騎士団員なのだが、何故だか朝一に城にやってきた。
エステリーナも首を傾げていたが追い返すわけにもいかなかったので「丁度いいから連れて行ったら?」とギルド行きを提案してきた。
特に断る理由も無かったので連れてきた。
「殿下にお願いしてみては?」
仲睦ましい様子? を見ていたナタリーの一言。
ナタリーはサリーだけでなく、この四人も知っていた。
騎士団入りした者は入団記念として自分専用の武器をここで作るのが決まりらしく、その作成にナタリーが担当していたので覚えていたそうだ。
「そんなこと言えないって!」
結構なスピードで首を振って答えた、この第二騎士団所属を示す赤いマントの女の名はサンタナで17歳。
「言ったら団長にしごかれるーー!」
ここでの団長とはそれぞれが所属している騎士団の団長。
そして緑のマントは第四騎士団でサリーよりも若干背が高い女はリアン。
サリーの両脇にいるこの二人は特に遠慮がない。
「おーなーじーくー」
第三騎士団専用の青のマントの女。サリーとほぼ同じ身長だが体形は真逆。名はキーナ。
「役得よね~」
白のマントは第五騎士団。四人の中で唯一の貴族(男爵家)の子女(四女)であり名をマーサ・シルベリアという。最も背の高いこの女は話し方までマイペース。
「師匠の特訓に付き合うってならアタイからお願いしてやってもいいぞ」
「「「特訓?」」」
「一日1867本」
四人同時に唖然となる。
「ふっ……折角の強くなれる機会を棒に振るとはまだまだよの」
変わらず刀から視線は離さずに会話を続けている。
「てか何故に中途半端な数字なんだ?」
「多分アレだよ」
「そうそう」
「また墓穴掘ったんでしょ~?」
「うっ!」
仲睦まじいやり取りを後方から見守る俺。
この四人とは握手を交わして「裏」がないのは確認してある。
その時判明したのは全員【正騎士】でレベルも同じく11。騎士団員としては新人を卒業しやっと中堅に差し掛かる位置とのこと。
一方【忍び】であるサリーのレベルも同じく11。但し本人談なので本当のところは分からない。
──皆、同年代だったよな?
〈はい。この五人は入団試験の時に知り合ったようです〉
この国の騎士団は年二回、入団試験を実施しているそうで、試験中の三日間は能力だけでなく為人を見る目的で、騎士団が用意した宿泊場所で団体生活を強いられるそうだ。
──その時から仲が良いのか。
〈はい〉
各騎士団は基本的には独立して任務を行うらしく、上の者達を除けば他団との交流は殆どないとのこと。にも拘らず仲が良いのはプライベートでの交流が続いている証だろう。
──しかしサリーの成長速度は異常だな。
〈師が優秀、だからでは?〉
サリーとの稽古で気を付けたのは素振りをする際には必ず正面にて向かい合い、俺に合わせて素振りをさせた点。
俺の動きを細部までしっかりと見取り、寸分違わず真似をしたからこそ上達したのだ。
その稽古だが、初日の夕方は基本の素振りのみ。
二日目は振り抜く速度に緩急を付け、三日目は前後だけでなく左右や斜め方向に動きまわりながら振り抜く角度を変えたりフェイントを織り交ぜた。
以降、今日に至るまで俺と打ち合い形式の稽古で己の「間合い」を身体に覚えさせているが……
──いや見ていないところで鍛錬しているんだろう。
サリーは文句は言うが拒否はしない。ヘトヘトになりながらも最後までやり切る。
これは根性とかの精神論ではなく、確固たる信念を持っていなければ続くものではない。
ではその心情とは何か?
『私が望むのはエステリーナ様の幸せのみ』
──あの時だけは団長、ではなくエステリーナ、と言っていた。今度リナ辺りに聞いてみるか。力になれるかもしれないし。
「お前達」
「「「は、はい!」」」
声を掛けるとサリー以外は俺に向き直り、背筋を伸ばして返事をする。
初対面時のガチガチ状態に比べたらだいぶ肩の力が抜けてきた。
あの時は隣にエステリーナもおり、彼女に対しても似たような状態だったが、若干意味合いが異なっていた。
エステリーナに対しては「尊敬」「憧れ」「羨望」からくる緊張であったが、俺に対しては「困惑」「興味」そして「畏怖」の感情がごちゃ混ぜの状態であった。
その後ここに来るまでの間、俺とサリーとのやり取りを見ていた四人は「困惑」の感情は無くなっていた。あとは「畏怖」を何とかしたいところ。
「俺が作ろうか?」
「「「ほ、ホント、ですか?」」」
「ああ」
思いがけない提案に目をパチくりさせている。
「師匠、それって師匠がお金を出してプレゼントすると?」
「違う。俺が剣を作るんだ」
「師匠って鍛冶も出来るのか?」
「いや、俺の場合は再構成になる」
当然だが元となる素材がいるし、素材の性質を超えた物は作れない。
「「「再構成って?」」」
「実演して見せよう」
と馬車改造で余った長立方体の「鉄のインゴット」を手のひらに出す。
「でこれを」
と一旦収納してから再度取り出すと……あーら不思議、銀色の子犬になった。
「「「す、凄い!」」」
ナタリーまで感心している。その脇ではサリーが何かを言いたそうにしていた。
「こんな感じで形状を変えたりできるんだ」
「「「へーーーー」」」
お? 畏怖の感情が若干薄らいだ?
「そうだ、今度暇な時に遠征に行くか?」
「「「どこに?」」」
「【帰らずのパラダイス】に」
「「「…………」」」
皆の動きが止まると同時に畏怖の感情が増した。
「勿論俺もついてくし、適時介入する」
「師匠のランクは殿下よりも上だぞ」
「「「マジ? なら!」」」
「決まりだな」
結局、変化なしと。
「当ギルドでは武器だけでなく防具の作成も行っておりますので、良い素材が手に入った際は是非お越し下さい」
「「「はい!」」」
こんな時でも商売を忘れないナタリー。
「それではサリー様、最終確認としてここで試し切りをされますか?」
「望むところだ」
と事務所の脇の扉から外へ。そこは塀で囲まれた広場であった。
「では取り付けますね」
とサリーの腰にホルダーのベルトが巻かれる。
そこに鞘を固定して準備完了。
うーーん、日本刀を下げた小柄なメイド……。
「ではどうぞ」
「う、うす」
と恐る恐る鞘から抜いて構える。
「う、お? あ、頭の中に言葉が浮かんできたぞ」
「「「どんな?」」」
「に……ニンニン?」
「「「はい?」」」
──ニンニンとは?
〈……さあ? スキルの囁き?〉
気にしなくて良いらしい。
「ではあの人形をお使い下さい」
奥の塀の前には木製の骨組みだけの人形がズラリと並んでおり、その全てに鉄製と思われる鎧が着せられてあった。
「師匠?」
「その刀はもうお前の物だ。好きに扱え」
「はい」
「先ずはその場で一回振ってみろ」
指示通りに素振りをする。
「お?」
「分かるな?」
「は、はい」
木刀との違い。
「折るなよ」
「……了解」
刀は剣とは異なり結構折れやすい。正しく振り抜かないと刃こぼれだけでは済まない。だからこそ基本の振りを徹底して叩き込んだし、稽古の際にも事ある毎に言っておいた。
「では」
と人形に対して袈裟斬りにて切りつける。
おーー綺麗なフォーム。だがそれでは……
「「「あ!」」」
途中、胸の位置で止まってしまう。
「くっ」
悔しそうに刀を抜こうと藻掻くが上手くいかない。
「そのまま逆らわずに手前に引き抜くんだ」
俺の指示通りにすると……程なく抜けた。
「わずか数日でここまで切れたんだ。大したもんだぞ」
「でも……切れなかった」
「気にするな。その内、片手でも斬れるようになる」
思いの外、落ち込んだので慰める。
その脇では……
「「「私たち挑戦していい?」」」
とナタリーに詰め寄っていた。
「いいですよ。ただし武器の損傷は自己責任ですからね」
「「「はい」」」
と四人がそれぞれ手持ちの武器で試し切りを始めたが結果は皆同じ。
そこでふと思う。
──何故この四人にしたんだ?
護衛にしては弱すぎる、というか未熟すぎる。
〈まあ良いではないですか〉
──ん? シルヴィアも知らないと?
〈凡そは把握しております。この四人はエステリーナ様ではなく、サリー様が決めたところも〉
──サリーが?
〈ええ。エルアノーム様の意向が強く働いた結果かと〉
「…………」
〈あら? 珍しく追及しませんね〉
──何か嫌な予感がしてきたぞ。
〈ご安心を〉
──……違うのか?
〈エステリーナ様は先日、その件について何と仰られました?〉
──エルアノームなら許す、と。
〈その通り。私が言うのもなんですが、エステリーナ様はこれでも我慢されているんですよ〉
──我慢?
〈はい。お気づきでないようですね。それではお尋ねします。山水様は何をしにこの世界に来られたので?〉
──それは雷明を。
〈討つ理由は?〉
──それはシルヴィアと…………お!
〈事前に話を聞かされれば当然「その可能性」を考えます。結果、以後の行動は「その可能性」を踏まえたものになるのです。さらにエルアノーム様ですが薄々ですが私の存在に感づかれておられます。ですが姉の顔を立てて黙しているのです〉
二人にはこの件について、俺の最終目的は話していない、というより話せない。というのもエステリーナ達にとってその考えは「杞憂」でしかないから。
それとエルアノームとの関係が進まない理由が分かった気がするが、今はどうすることも出来ない。
──俺にはシルヴィアとエステリーナ、それとエルアノームの三人で充分だ。
〈そうですね。私達が許容できるのは三人までです。これ以上は認められませんので〉
──はい。
釘を刺された。
──ただ一つだけ言っておく。
〈はい〉
──エルアノームはこの関係を受け入れられるかどうかは分からないが、俺は三人に優劣はつけない。
〈そこは信じております〉
──ああ信じてくれ。
「師匠?」
「ん? どうした?」
「皆に見本を見せてあげて欲しい」
見ればナタリーも含めた視線が俺に向けられていた。
「いいぞ。ちょっと貸してくれ」
「はい」
と俺の愛刀で斬ったら見本にならないので、サリーの刀を鞘ごと借りてから人形に向き直り「居合い抜き」の構えをとる。
「いいか? 今から斬るから瞬きせずに見るんだぞ」
「「「…………」」」
トン。
カチン。
と二種類の僅かな音が耳に届く。
「うん、気持ちよく振れた。歪みもなく重心も完璧。模造刀通りのいい刀だ」
と言ってサリーに返す。
「? まだ切らないんですか?」
ナタリーが聞いてくる。
「いやもう斬った」
早すぎたか?
「「「え?」」」
見えなくとも、カチンと鞘に納める時に出る音は聞こえただろうに、と思いながらも証明のために人形の頭を人差し指で軽く押す。すると胸から上が後ろに落ちた。
「「「…………」」」
目と口を開いたまま固まる六人。
「この程度、お前らの団長なら出来ると思うぞ」
振り抜く速度は別として。
「鍛錬さえ怠らなければ、いずれはお前達だって出来るようになる」
この瞬間、畏怖が期待に変わった。
そう、あるレベルに達すると突然斬れるようになる。
どの段階かはジョブによって違うと思うので「いつ」とは言えないが。
因みに【侍】は結構早い段階でコツが掴めるようになるが、マスターする迄の道のりは果てしなく長く険しい。
俺は【侍】の究極奥義である【居合い抜き】を覚えたかったのでひたすら鍛錬に勤しみ何とか覚えたが。
ただ……
──【忍び】はどうなんだ?
〈【忍び】は【居合い抜き】は覚えられません。代わりに【斬首】を覚えます〉
──何それ?
〈所謂一撃必殺の攻撃ですね〉
──クリティカル?
〈部位特定の攻撃で決まれば【即死判定】となります〉
それを聞いて一抹の不安を覚えた。
〈マスターレベルに達した【侍】なら防げますのでご心配なく〉
「…………」
音も振動もさせない馬車に揺られ城に……ではなくナート邸に到着。
「城の真裏にあったとは」
堀で隔てた目と鼻の先。その堀にも専用の橋が架かっているので歩いて行けれる。
これって城外に作る意味ないんじゃない?
城下町方面の正門から中庭に入ったところで一旦馬車を止め、護衛予定の四人と別れる。彼女らは敷地内を通って城に戻り、預けた馬を回収してから宿舎に戻るとのこと。
「では明日、遅刻するなよ」
「「「了解です!」」」
再度出発。玄関の前に馬車を止めてから降りる。
音を聞きつけたのか玄関の両開きの扉が開くと一人のメイドが現れ馬車を移動してゆく。
「んじゃ師匠、中へ」
促され入るとそこは広々とした明るいエントランスだった。
正面には二階へ続く階段があり、そこをライトブルー系のパンツルックスタイルのエステリーナが駆け降りてくるところだった。
さらにその後ろには女が二人。
……ん? ロザンヌが二人いる?
〈どうやら双子のようですね〉
気配まで似てるんじゃ見分けがつかないかも。
「いらっしゃい、いやお帰りだな」
笑顔のエステリーナが俺に歩み寄りながら言ってくる。
「なら俺はただいまだな」
ここはナート家の邸宅。家主の夫なのだからこの返事であっている筈。
「あ、あの……」
手の届く距離で立ち止まりモジモジしだす。
「ん? どうした?」
「え、えーーと」
「?」
「い、いや何でもない!」
とプイっとソッポを向いてしまう。
どうした? と思っていると後方にいた二人が頭を抱えているではないか。
「(師匠!)」
呼ばれた気がしたので振り返るとサリーが両手を広げて、口を尖らせながら抱き寄せるしぐさをして見せる。
「(山水様!)」
今度はロザンヌ姉妹に呼ばれた気がしたので見ると握りこぶしを作りながら何度も頷いていた。
〈ここは誰憚る必要のない完全なプライベート空間。エステリーナ様の小さな夢を叶えるには絶好のシチュエーションかと。今後のためにもここはガバッと〉
心なしか声が浮ついて聞こえる。
「リナ」
「? ん……」
皆……ではなくエステリーナの期待に応えるべく、すぐさま「新婚夫婦の触れ合い」を実践した……
「で、これも持っていくのか?」
「頼む」
「はいよ」
予想に反して荷物は少なく、程なく収納を終えた。
「あとはいいのか?」
「うん」
先程から上機嫌なエステリーナ。今も俺の腕を離してくれない。
お気に入りの物や衣類などのエステリーナ用の私物以外は残していくらしい。
あとエステリーナの広い寝室も手を付けずに残すらしい。
これはロザンヌ姉妹の希望で残すそうだ。
その他は2名のメイドを含めて暫くは現状維持とのこと。
「お二人が落ち着かれたら考えます」
それまでは最低限の買い足しで済ませると。
「では改めて紹介を。今回、ナート家の養子となりましたロザンヌ・ナートです」
「マリアンヌ・ナートです」
二人が揃って頭を下げてくる。
「山水・ナートだ」
笑顔で返答。
先日、王に対して「宣誓」を行った二人。
これにより姉のロザンヌが【宰相】を、妹のマリアンヌは【副宰相】という肩書と地位を手にした。
因みにこの式は急遽行われたため大半の貴族は出席しておらず、たまたま王都に滞在していた貴族当主の妻や王立大学に通っている子らが代理として参加した。
俺はというと出ていない、というかとある理由により出ずに済んだ。
「しかし鏡でも見ているようだ」
「「良く言われます」」
何度見てもこの姉妹はそっくり。
顔つき髪型、体形、さらに声から話し方。おまけに気配までほぼ同じだと俺でも見分けがつき難い。
こりゃ最初が肝心と思い一つ尋ねてみた。
「リナ」
「なんだ?」
見分け方を聞いてみる。
「……雰囲気?」
おいおい!
「他の者は?」
「慣れれば」
「そ、そうか」
頑張って慣れよう!
「ところでリナ様と山水様」
「「?」」
「今後、お二人をどのようにお呼びすればよいのでしょう?」
「「?」」
「お義母様と」
「お義父様で?」
「ブーー!」
隣が盛大に吹出した。
「おおおおおかあさま?」
慌てふためいている。まあほぼ同い年の友人からいきなり「母」と呼ばれたら動揺するわな。
「今まで通りでいいんじゃないのか?」
当主が混乱しているので代わりに提案。
「ではリナ様と山水様で」
「それでいいよな?」
「え? あ、うん」
「「分かりました」」
またまた揃ってお辞儀をした。
「リナ様、そして山水様。お二人にお願いがあります」
ロザンヌ? が改まった様子で一歩進み出る。
「明日出発の視察旅行に、マリアンヌもお連れ下さい」
「……どうした? 急に?」
「今後の為に」
「?」
今後?
「……いいのか? 一人で熟せるのか?」
宰相職のことを言っていると思われる。
「今思えばですが、あの人は私達のどちらかに宰相を継がせる気だったのかと」
「「…………」」
「他人を蔑ろにすることを肯定する者は、心の底では他人を信用しません」
「マカニー、のことか?」
「はい。自分の望みが叶った後は他人への疑心暗鬼だけが残ります。その不安を認識していたからこそ御し易い私達に専門の教育を施していたのでしょう」
なるほど。息子だと同じ憂き目にあうかもしれないと。
「ですので後は実務経験を重ねて慣れていくしかありません」
「分かった。ただこの人選は(二人で)話し合って決めたんだよな?」
「「はい」」
一人で何とかなるなら先日の「妹も」との提案はいらなかったのでは? 不安だったから? それとも何か目的があってのこと?
「ただ準備は間に合うのか? 出発は明日だぞ?」
「すでに終えてあります」
「そうか。山水からは?」
「リナが良いなら俺からはなにも」
「では明日の出発時刻までに城に」
「よろしくお願いします」
エステリーナを加えた三人で馬車へ乗り込み遠回りしながら城へと戻る。
「しかしこの馬車、全く揺れないんだが」
正確には揺れている。ただしエステリーナの胸が揺れない程度に。
「足回りを強化したんだ」
俺が日本にいたころに外国で存在していた技術を参考にし、鉄や銅さらには収納してある炎竜の皮膚や骨、皮や油脂を使って車輪や車軸系統を徹底的に強化した。
一番の目玉は車軸と荷台を繋ぐフォークに「強弱のバネ」を採用した点。これのお陰で揺れをほぼ抑えることに成功した。
そして肝心の荷台。
以前は荷台に人を載せるのを想定していなかったので、アオリと幌という単純な構造だったが、これを物では無く人を乗せる前提の馬車にした。
初めに横並びで三人ほど座れる横長な御者台。これを廃止し、中央の位置に少し硬めのクッションを入れた単座で大きめのレザーシートを固定。その両脇には前方へと折り畳める簡素なレザーシートを設置。その真下に後席への乗り降りに利用する階段を設けた。
次に荷台。これも一から作り直した。
基礎となる骨組みを鉄製に変更し剛性を高めた。さらにその骨組みに沿って床や壁を作り、御者台までせり出した屋根を取り付けて箱型にする。最後にガラス窓や扉を設置して外枠は終了。
中の広さは縦長の10畳。最後部には内外どちらからでも入れるタンク付きの水洗トイレ。
進行方向の壁には二つの扉と御者席が見えるガラス窓。
左右の壁はガラス窓と虫よけ網戸が各3つずつ。
勿論全て二種類のカーテンとガラスは上下スライド式。外側には木製の折れ戸も付けてある。
ここまでは固定仕様。
走行時はフットレスト付きのリクライニングシートが横並びで三脚。それを三列設置。
野営時にはシートを取り払い、代わりにシートがあった位置に寝具付きの三段ベットを三つ並べる。
また休息時には部屋の中央にテーブルを置き外壁に沿ってベンチを並べれば皆で食事もとれる。
これにより元の大きさから横幅が1.5倍、長さは2倍程にサイズアップ。さらに鉄を多用したので馬車単体での重量は増加した。ただ載せるものが物から人になったのと、足回りの抵抗もかなり減った。なので差し引きで言えば馬の負担は確実に減ったと思う。
「どうだ?」
「……凄いな。これなら宿、いらなくない?」
王城前に到着。
外から馬車を眺めている。
「シートもリクライニング機能を使えばベットの代わりになるぞ」
「……断るか?」
「何を?」
「宿」
「いいのか?」
「これだけの人数だ。炊事は交代で回せばいいし、洗濯は山水に頼めば一瞬で済む。残る懸念は風呂だけだろう?」
そうか……風呂って優先度が高かったのか。
「それなら二日程短縮できますね」
「二日か。ならあそこに寄っていくか」
「あそこ? もしかして」
「ああ、久しぶりに体を動かしたい」
「了解です。変更の通達と各種の手続きはお任せを」
と言い残して姿を消した。
話が纏まったと判断、馬車を【収納】する。すると二頭の【帝王】は自己判断で馬房へ戻っていく。
二人きりとなったところで聞いてみた。
「なあ、どこに寄るんだ? 手続きって?」
すると、
「通称【試練の階段】というフィールドダンジョンだ」
と怪しい笑みを浮かべながら答えた。
これで第一章は終了です。
第二章に続く伏線やフラグの大半は出し切れたと思います。
では数ヶ月の間、休載します。




