第26話 サリーのジョブ
*2025/10/28 パルミナルをパルミラルに修正しました。
「では私はここで」
と言って俺の腕から手を離す。
「夕食は一緒に?」
「えーーと努力します」
「無理はしないように」
「はいお姉様」
と笑顔で別れた。
「忙しそうだな」
「私も手伝うと言ったんだが拒否されて」
「気を使われたか」
「ああ。だから余計に心配なんだ」
エステリーナの思いが俺の腕を通して伝わってくる。
「早急に後任を決めないと」
「アテはあるのか?」
「エルの復帰直後、登城するように一応使いは送っておいた。運が良いことに今日には到着するだろう。ただ……」
「ただ?」
「「諸々の経緯」を知ったら受けてくれるかどうか」
「……能力は?」
「性格も含めて全く問題ない」
何を悩んでいるのだろう?
いくら何でも平民を宰相に推挙するとは思えない。なので相手は貴族だろう。
そして貴族なら「宰相」に推挙されたら二つ返事で受けると思うのだが。
とここで軽くなった右腕に何かが纏わりついたので見ると……
「サリーちゃん登場」
とエルアノームの定位置にすっぽりと収まった。
……ほぼ同じ。
などと思っていたところサリーがボソリと呟く。
「団長」
「どうした?」
「師匠がアタイの身体でケダモノになりかけてます」
「…………」
「い、痛て!」
腕の関節が! って柔術が使えるのか?
「ま、真に受けるなって」
「え? あっ、すまない」
サリー相手に欲情すっか!
「おいサリー」
「か、身体は自由にできても……心まで自由にできると思うなよ!」
なら手を俺の腕から放せ……ってリナ痛い!
「はあーー明日から二千回な」
「ほほほほほんの出来心だったんだ! 許しておくんなまし!」
一瞬で見事な土下座をして見せた。
「そういえば鍛錬は進んでいるのか?」
やり取りを見ていたエステリーナが思い出したように聞いてくる。
「ああ、取り敢えずは順調に成長している」
「団長、聞いて下さい! 私、レベルが上がったんです!」
「レベル? 長年上がらなかった騎士見習いのレベルがか?」
「へ? い、いえジョブチェンジ……しました」
徐々に声が小さくなっていく。
「ん? どうした? ジョブチェンジってことは騎士になれたんだろう?」
「……いえ」
あー騎士を目指していたんだから、そう考えるのが当然か。
「リナ」
「ん?」
「サリーの今のジョブは【忍び】だぞ」
「……忍び? それは何だ?」
知らないのは当然か。
「こちらの世界で似たジョブは……エージェント?」
「エージェント? 工作員?」
「まあそんなところ」
「では後方支援タイプ?」
「いや、どちらかと言えば万能型。情報収集、撹乱、破壊活動、暗殺と何でもこなせる」
「ほう」
「しかもレベルが上がれば【忍法】が使える」
「忍法? 魔法の類?」
「幻術だな。どうやらスキルらしい。スキルだから魔力は使わないようだ」
「魔力総量の少ないサリーにはピッタリじゃないか」
「因みに【忍び】ってのは俺がいた世界では【侍】の天敵だった」
「「え?」」
二人同時に驚いている。
「あ、言い方が悪かった。熟練度が同じで一対一なら【侍】の敵ではない」
「ではどこが?」
「視野の広さ、さらに発想の違い」
「「…………」」
「【侍】は大切なモノを護りたいという発想から編み出されたジョブなので基本的には受け身。だから「攻め」より「守り」が得意なんだ。一方の【忍び】は如何に目的を達成するかだけを考え抜かれた末に生み出されたジョブで、基本は攻めが得意。非情になった高レベルの忍びは姿を隠してあの手この手と手段を選ばなくなる。そうなったら手の施しようがなくなる」
「なるほど。でどうやったらそんなジョブになれたんだ?」
初日の素振りの状況を教える。
「つまり山水の獲物である刀の適正が?」
「ああ」
その刀と元々の才能がマッチングした結果、忍びになれた。
「では今から作るか」
「「何を?」」
「サリーの獲物。ジョブチェンジ記念として」
「「…………」」
「私には作り方が分からないので教えてくれ」
この国には鍛治師ギルドの本部があるのであらゆる武具が作れるらしい。
「因みに材料は?」
「主に砂鉄」
と工程を教える。
「二種類の玉鋼? 他で代用は出来ないか? 例えばミスリルとか?」
「み、ミスリルですか?」
サリーが驚いている。なんだその驚き様は?
「そのミスリルってのがどんな金属? なのかを俺は知らない」
「なら聞いてみる」
と片腕を解くと俺の手を握ってきた。
シルヴィアと無言で話すこと約1分。
「うん、何とかなりそうだ。では行こう」
とそのまま手を引いて歩き出す。
「どこに行くんだ?」
「どこって鍛治師ギルドに決まってるだろう。サリー、馬の準備を」
「了解です」
サリーの後ろに乗せてもらい、西門の脇にある【鍛冶師ギルド】へ。
高い塀の内側には高い煙突がありそこからモクモクと煙が立ち上っている。その塀の切れ目となる鉄製の上げ下げ型の門を潜り敷地内へ。
カイエン達を馬留めに残しレンガ造りの建物の中へ。
扉を開けるとそこは事務所らしく、正面のカウンターの奥には机が整然と並べられており、幾人かの女性が机に向かって書類と睨めっこをしていた。
「邪魔をする」
エステリーナが声を掛けるとそのうちの一人、年配の女が顔を上げこちらに目を向ける。
「いらっしゃいませ」
薄目でジーとこちらを見ていたが、思い出したように首から下げていた眼鏡をかけ再度こちらを見る。
「これはこれは殿下、お久しぶりです」
その場で立ち上がり頭を下げる。
「ああ、二年ぶりだなナタリー殿」
と言いながら、手前に並べられてあるカウンターに歩み寄る。
「殿下、装備の方はいかがでしょうか?」
「うん。大変満足している。先日もあの鎧のお陰で命を失わずに済んだ」
「それは良かったです」
「で今日はコイツの武器を作ってもらいたくて来たんだ」
とサリーを呼び寄せる。
「サリー様ですね。以前は両刃剣を作られましたが今回はどのような武器を?」
「山水、見本を」
【収納】から愛刀を出してカウンターの上に置く。
「これは……初めて見る形ですね」
「日本刀、という武器だ」
と鞘から抜く。
「触れても?」
〈山水様〉
──どうした?
〈決して触れさせないように〉
──何故?
〈山水様の刀は神器に匹敵します。一定レベルに達していない者が触れたら精神に異常をきたす恐れが〉
「手にするのは止めておいた方がいい」
「承知しました」
あっさりと受け入れてくれた。訳アリの武器だと察したのかもしれない。
返事をしてからカウンターの上に置いた刀に手を翳す。すると冒険者ギルドの買取担当の時と同じく手が光りだす。
「……これは……参りました」
「何が?」
「形状と重量以外の構造解析が跳ね返されました」
「「「…………」」」
「残念ですが、今の我々の技術力ではこれと同じものは」
大陸中に支部を持つ鍛冶師ギルド。彼らが持つノウハウは膨大。それでもつくれないと。
「いやそうではない」
とエステリーナが口を挟む。
「これと同じ形状で作って欲しい」
「うーーん」
「見本を渡そうか?」
愛刀を収納。代わりに今のサリーに最適な、俺の刀を見本にした「模造刀」をシルヴィアに作ってもらい手渡す。
「重さと形状はその刀と同じで」
「承知しました」
今度は手に取り色々な角度から眺めた後に返事をした。
「で本来なら砂鉄を玉鋼と言う物にしてから鍛造していくそうだ」
「砂鉄を材料に鍛造ですか? かなり古い製法ですね」
古いのか。この世界の武具の製造方法はどうなってるんだろう。
「だろう? なので今回は素材を変えて作ってみてくれ」
「何を使われます?」
「銅5%、鉄10%、ミスリル50%、アダマンタイト35%。この割合で刀身を作って欲しい」
「……また無理難題を」
「融点の差、か?」
「ええ」
エステリーナに尋ねると銅とアダマンタイトでは千度以上の開きがあるらしく、それぞれの金属の特性を変質させずに混ぜ合わせるのは不可能に近いとのこと。
「そこは組合長の能力で」
「……あの方を引っ張り出すと高くつきますよ?」
「秘蔵の酒でどうだ」
「もしかして銘柄は【神殺し】で?」
「ああ」
「それなら説得できます。それでいつまでに?」
「明日の朝まで」
「…………」
動きが止まる。
「分かった、樽で持ってこさせよう」
樽、との単語にサリーの眉間がピクピクと反応。ついでに冷や汗? まで流し始めた。
「はぁ……分かりました。素材はお預かりしている王家の在庫から?」
「ああ、好きに使ってくれ」
「では今回の報酬は製造費用と秘蔵の酒で商談成立っと」
急激にナタリーの頬が緩んでいく。
「付与はいかがなさいます~? 同時になさるのでしたらこちらで手配しますが~」
おい、声が浮ついているぞ。
「今回は後日行う」
「承知しました~。では明日の朝、起こし下さい~」
「よろしく」
と鍛冶師ギルドを後にし城に戻る。
「どうして後回しにしたんだ?」
「付与か?」
「ああ」
「私とは条件が違うから」
「条件?」
「試して最適な付与を選んだ方が本人の為になると思ったから」
「なるほど」
エステリーナの武具はいかに死なずに済ませるかに重点が置かれた付与だった。
それは立場上、仕方がなかったからだろう。
「ところで防具の類は?」
「忍びには不用、というより下手に身に付けない方がいい」
【忍び】の特性が損なわれてしまうから、と説明しておく。
実のところはアイツが隠したがっている「能力」があれば防具などいらないと判断している。
因みに俺は「その能力」が何なのか、具体的には知らないし、シルヴィア先生も初回に「心理」しか覗いていなかったので未だに謎のままだが、見た感じ物理防御に関しては騎士団長レベルと渡り合えるのではないかと俺は思っている。
要は「当たらなければどうということはない」というやつで、魔法防御にも同じことが言えるだろう。
そういえばエルアノームの攻撃を二回食らっているが詳細は未だに掴めていない。
シルヴィア先生は「初夜」の時に調べてくれたらしいが、何故だか未だにスキルか魔法なのかすら教えてくれない。
今後の不測の事態に備え、早めに二人の能力を知っておきたいところだが……
城門を抜けカイエン達と別れたところで昼を知らせる鐘の音が。
エステリーナの提案で城壁と城の間にある中庭の休憩スペースにて昼食をとることにした。
サリーの手配で軽食が手際良く運ばれてくる。
テーブルを挟んだ二人掛けの椅子にエステリーナと並んで座り、対面にサリーが一人で座る。
昼食をとりながら今後の予定をサリーが始めた。
「明後日にはパルミラル王国に向け出発。片道一週間、滞在二週間の一か月の予定です」
地図見ながらのルートの説明。
「ここを通ると……町が無いぞ」
「時間を無駄にしたくないのでこのルートにしました」
エステリーナの指摘にこともなさげに答える。
「だがこれでは野営は避けられないぞ」
「そちらの心配はいりません」
「いらないって、シーラ様には野営はさせられない……あ、もう?」
「はい戻られています」
「あ、そうだ。ルーナ様ってどなた?」
思い出したので会話に割り込み聞いてみる。
「パルミラル王国を守護している大精霊様」
「精霊?」
「団長?」
「ん?」
「説明しないと師匠が混乱します」
「あーーそうか」
とパルミラル王国の説明をしてくれた。
パルミラル王国はエルフ族が治めるこの大陸唯一の国家。
地勢的な特徴は国土の大半が森林か田畑で、その多くは標高が一千m以上の台地の上に存在している。
東は海で南は我が国、西側は南北に長い切り立った崖でありその先は広大な湖に接している。その湖を源流とした川が国土の北側を回り込む形で東の海に繋がっているがその川沿いの全てが四千m級の山脈で通行はほぼ不可能とのこと。
つまり陸地で繋がっているのは我が国だけで、西や北にある国との交流は滅多に行われないそうだ。
「彼らエルフ族の一番の特徴は魔力。つまり魔法に長けている」
パルミラル王国は魔法大国であるとともに精霊が住まう国でもある。その精霊の中で最も偉大で神に近い存在なのが「ルーナ様」だそうだ。
そしてそのルーナ様を「国教」として崇め祀っているのはパルミラル王国とアラナート王国の二国のみ。
──シルヴィアは知っているか?
〈はい。古くからの知り合いです〉
──知り合い? マジで?
〈マジです。まだ私が自由に動けた時の友人です〉
──そんな昔からの知り合いなのか。
〈はい。ルーナの性格も良く知っています〉
──なら今回の招待の目的も?
〈凡その想像はつきます〉
──それなら想像の範疇で構わないので教えて……
「山水、聞いてるのか?」
エステリーナに割り込まれ話が中断させられた。
「次は同行者を選ばないと」
「ああ? そうだな。だが急な話で受けてくれるか?」
エステリーナの頼みなら断りはしないだろうが直前に「護衛を出してくれ」と言われたら良い顔はしないだろう。
「二人ともお待ちを」
「どうした?」
「もう確保してあります」
さらに旅の準備の手配も済んであるとのこと。
「随分と手際がいいな」
「先日あたいが何と言ったか覚えてる?」
……確か「旅行に行けば?」とか言ってたような?
「目的地が変わっただけ」
「なるほど」
「……えらい?」
「…………?」
「褒・め・て」
と目を輝かせていたので、頭を撫でようと身を乗り出し手を伸ばすと……スルリと避けられた。
「あはははは」
大笑いするエステリーナ。
何故笑ったのかは分からないが、その屈託のない笑顔を見て文句を言う気が消え失せた。
「荷物も準備してある。後で案内すっからしまっといて」
どうやら俺の【収納】をアテにしているらしい。
「移動手段は?」
「今回は荷物の心配をしなくて済むので、身軽な馬でごー」
「第一王女達は?」
王女を騎乗させるわけにはいかない。
「もう帰られてる、ってゆーか今頃は自宅にいる」
「え? どうやって帰ったんだ?」
「転移魔法」
パルミラル王国の王族は転移魔法が使えるとのこと。但し同時に移動出来るのは自分を含めた二人のみ。この魔法は燃費が悪く保有魔力の殆どを消費してしまうので一日一回しか使えないらしい。
「他の同行者は? 将軍と合流してこちらに来たんだよな。当然、護衛も付いて来たんだろ?」
「今回は初めから二人だけ」
「護衛も付けずに?」
「山水、あの二人を外見で判断すると痛い目をみるぞ」
「そうだぞ師匠。アタイは脱いだら凄いんだぞ」
「あっそ」
どう凄いのか教えてくれ。
「まあ心配なのは分かるが、我が国とかの国の治安はすこぶる良いし、両国の間には目に見える形の国境もない。国境がないので関所も設けてない。つまり不貞の輩との遭遇確率はゼロに等しい」
それはそれで驚きだ。
「それに我が国の北西側の国境は将軍が目を光らせているので盗賊や野党の類も入ってこれない。残るは魔獣だが、これは出現場所は限られているし、出たとしてもあの二人なら何とでもなるし、ヤバければ(転移で)逃げれる」
「だから二人で来たんだ」
「ああ」
「ところで関所がないなら行き来は自由に?」
「自由と言えば自由だが、簡単には通れない」
「?」
「いけば分かる」
高地に国土があるのなら国境付近の高低差も大きいのかもしれないし道が険しいのかもしれないな。
「そう。あともう一つ。あの国の王族はルーナ様と「対話」が出来るんだ」
「へーー」
「ルーナ様が今回の訪問の安全を保障したのだろう」
納得した。
「そういえば山水」
「?」
「シーナ様との挨拶の時に動揺していなかった?」
「え? い、いや」
「…………何に動揺したんだ?」
察しがいいな。
「い、いやエルフを見たのは初めてだから」
「…………」
エステリーナのジト目が突き刺さる。
あの時動揺したのは俺のせいではない、と言い訳をしたいが言ったら言ったで確実に揉める。エステリーナやエルアノームが知れば国際問題になりかねない。
なので口には出せない。
〈完全な不意打ちでしたね〉
──全く二度目だ。一体何のつもりだか。
それと【気】を使いこなせるとは驚きだ。
「団長、この構図は「浮気現場を目撃された妻の問い詰めにシドロモドロしている夫」では?」
「ほ……本当? 浮気……しているの?」
エステリーナが驚愕の表情で固まった。
「ちょっと待て! この世界に来てまだ一週間も経っていないだろ! その間は殆どリナと一緒にいたのにどうやって浮気するんだ!」
「そ、そういえばそうだった。すまない」
シュンとしてしまう。
「明日から三千回」
サリーを見ずに言う。
「ひぇーーーーーー」
自業自得だ。
とここで誰かの気配を感じとる。
「あ、お久しぶりです。殿下」
遠くから女の声が前触れもなく聞こえた。




