第17話 合縁奇縁
今話も含めてあと三話。
「え? し……心臓? で、では王……妹の呪いは」
「解呪は成功する。間違いなく」
「?」
これ以上、混乱させるのは良くないと思い、
『何故差し替えたのか』を『宰相を唆した奴の性格』を絡めて説明してゆく。
「……肝ではダメ……なの?」
「肝だと一旦は良くなるが程なく再発し同じ運命を辿ることになる。そして1年待たずに王国は内側から崩壊する」
「で、では心臓なら」
「素材を変えたことにより再発はしない。だが引き換えにこの国は新たな国難に見舞われる」
俺が気にしているのはその国難。
皆が太鼓判を押したその手段には、進言した元宰相すら知らない罠が仕掛けられてあった。
シルヴィアが見抜いたその罠とは解呪が成功した後に呪いを再発させるというもの。
この呪いを完全に解呪させるには炎竜の「心臓」のみ。だが炎竜は生息数が少ない上に、討伐難度も非常に高い。
しかも二度目以降は進行速度が増すため、より早急な対応が必要となる。つまり予め入手しておかないと「詰み」となるのだ。
そして呪いの元凶である呪具は「玉座」そのもの。この椅子に座った者は竜の心臓がない限りは必ず呪われるそうだ。
それを知っているのは術を考案した本人と、術の正体を見抜けるシルヴィアのみ。
それを俺は二度と使えないように破壊した。
竜、心臓、玉座。
これらは俺を見つけるための仕掛けであり、俺がこの国への関与の度合いを測る物差し。
一つだけならまだしも三つ全てのトラップを退けたことにより、程なく奴に俺の存在が伝わるだろう。
そして俺が「情を抱いた」この国諸共潰しに掛かるはず。
そこに周辺国を同時に絡められたら流石の俺でも一人では防ぎきれない。
だからこそこの国の者は今のうちに懐疑心を身につけておかないと、小さな悪意一つで滅びかねない。
いや実際に滅びかけた。
だからこそ権力の中心にいるエステリーナの意識改革は急務。
そう思っていたのだが……今になって迷いが生じている。
本当にこのやり方で良いのかと。
「俺の言っていることが信じられないって言うんなら肝を渡す。勿論、条件などつけない」
酷な選択を迫っていると実感しているので、そこで一旦言葉を止めた。
すると全くの予想外なことが起こる。
「さ……山水……殿……私はどうしたら」
と呟くと縋るような眼差しをこちらに向けながら涙を流した。
その原因は言うまでもなく俺にある。
俺は【誓約の儀式】を受けた後に真実を告げた。真実を知っていたにも拘らず儀式を止めたり延期させなかった。
つまり「皆が太鼓判を押した肝」を選ぶという、逃げ道を塞いでしまったのだ。
……最低だな、俺は。
肝と心臓。両方揃っているのだからその都度渡せば泣かせずに済んだかもしれないのにそうはしなかった。
これが最善なんだと自分は逃げておきながら、エステリーナの逃げ道は塞いでしまう。終いには涙を流させてしまった。
〈……山水様〉
「…………」
〈山水様〉
──分かっている!
過ちに気付き、その過ちを認めないと、また同じ過ちを繰り返す。
この国の者は辛い思いをしないと変われない。
だがこのままではエステリーナだけでない、俺の心も保ちそうにない。
「……ええいもう止めだ!」
大声を張り上げる。その声にエステリーナが俺を見ながら固まった。
「すまん! 俺が悪かった!」
「?」
これでは偽善の押しつけだ。
この「お人好し」は彼女の欠点でもあるが美徳でもある。
そこが変えられないのであれば俺が丸ごと抱え込めばいい。
「今は俺を信じろ」
心の中では「俺を選んでくれ」と。
そう言いながら歩み寄り抱きしめる。すると脱力していた身体が強張った。
この反応は困惑又は拒絶に似ている。
「言っただろう? お前を守るって」
耳元で力強く囁く。但しできるだけ優しく。
「……だが」
迷っているのは理解できる。俺を信じたいという気持ちも。
だが理解しようにも圧倒的に言葉が足りていない。信じられるだけの根拠が示されていない。それで「信じろ」には無理がある。
なので俺も少しだけ「本心」を打ち明ける。
「ここは【アラナート王国】でエステリーナはそこの王族、だよな?」
「ああ」
「俺が言った言葉を思い出せ」
「…………そう……そうか! ここまで先を読んで!」
流石は元国王。顔に精気が戻った。どうやら思い出してくれたようだ。
そう、俺は既に「お前を守る」と言っておいた。
それがどういう意味から出た言葉なのかを察する事が出来れば、ここまで悩まずに済んだが、それを受け入れるか拒絶するかはエステリーナが決めること。
ついでにもう少し本心をバラして確実に察せられるようにしておこう。
「お前に出した要望は覚えてるよな?」
「ああ」
「何故あの旨味も何もない場所を選んだのか、そして何故お前を欲したのか? さらに継承権や王族位までを口にしたのか」
「…………」
「分かるか?」
「…………あっ! まままままさか……プロポーズ⁈」
真っ赤になって狼狽えだした。
──何だそのウブな反応は? お前、既婚者じゃなかったのか?
かなり飛躍した気がするがほぼ正解。ただしそれに関しては俺が決められることではない。先約の許可が必要なのだが、その先約も昨今では満更ではなさそうだ。
「プロポーズは置いといて」
「……おいとく?」〈……おいとくんですか?〉
ちっ、ハモりやがった、ってエステリーナから黒いオーラが立ち上っているぞ。
「お、王都から近いってところが良かった。俺が本気で走れば30分。お前とカイエンのペアなら2時間弱。馬車でのんびり進んでも翌日の夕暮れまでには着くと利便性は高い。これなら王都で何が起きても直ぐに駆けつけられる距離だと思うし、なにより第ニの人生を過ごすには「最適な環境」だと思うが」
建前と本音で誤魔化そう。
問題は水と噴火間近の山。それを解決しないと、あそこには住めない。
「第二の人生……そこで私……と?」
腕の中で真っ赤になりながらモジモジと何かを呟いている。
どうやら自分の世界に入ってしまったようだった。
まあ間違いではないし、前向きにもなれたようだし今はそっとしておく。
「ではまとめよう。肝と心臓、エステリーナにとって最悪の結果はどちらだ?」
「肝」
「キモ?」
キモ? じゃなくて肝だよな? もう少しはっきりと言ってくれ。
よしよし、長年続いた緊張が解れてきたようで「素」を出せるようになってきた。
俺も同じくクドクド考えすぎていた。これは改めないと。
「大丈夫、お俺はお前を見捨てないし汚れ役は全て俺が引き受ける。だからお前は陽のあたる場所だけを歩め」
「…………」
「もう一人で抱え込まなくていい。これからはお前の前にいる男を頼れ。いいなエステリーナ」
耳元で囁く。すると腕の中で強張っていた身体から力が抜けていく。
僅かな逡巡の後にコテンと俺の首元に顔を埋めてから両手を腰に回してきた。
〈無事に告白が受け入れられたようで〉
──うるせえ!
「……ありがとう。やっと……出逢えた」
その言葉を聞いた途端、昨夜のシルヴィアとの会話が頭をよぎる。
〈山水様〉
──ああ、みなまで言わなくていい。お前の言う通りだった。
城を出た時点までエステリーナから感じられなかった女の色香を、今ではハッキリと感じられる。
〈いえ、そうではなく〉
?
〈……今はやめておきます〉
どうしたんだ?
「では俺を信じる。それでいいな?」
最後の確認。
「はい」
「……はい?」
「…………気にするな」
顔を上げてくれない。
「ところでお前の話は?」
「大したことではない。単なるお願いだ」
「言ってみろ」
「……名で呼んで欲しい」
「言ってるよな、エステリーナと」
「違う」
違う?
〈愛称では?〉
「えすて……えりー……りーな……リナ?」
「リナがいい」
「分かった、リナ」
「私も山水、と呼んでいいか?」
「対等と言ったのは俺だ。好きに呼んでいい」
「分かった……山水」
なんかこそばゆいな。思えば女とこんな関係で抱き合ったのは初めてかもしれない。
次話では新キャラが登場します。