第15話 誓い
長閑に揺られながら城前の橋へ。
槍を立てたまま敬礼をする門兵と一言二言言葉を交わして抜けた先には、昨日眺める暇もなく通り過ぎた広大で手入れの行き届いた中庭と、その先にある城へと続く石畳の一本道があった。
馬車二台分の幅があるその道の両端には、凡そ二百名近い騎士が一列で向かい合わせで背筋を正して緊張しながら待機していた。
その列の手前でカイエンが不意に止まる。
「救国の英雄に敬礼!」
そこで列の奥から号令が発せられると騎士達が一斉に抜剣。両手で握り直すと体の前で垂直に立てて見せる。
その一糸乱れぬ見事な所作に「異世界に来たんだ」と文化の違いを改めて思い知る。
その騎士達だが昨日と違う点を一つ見付けた。それはマントの色。
見るからにくたびれていた茶色が青、赤、緑、白と鮮やかな色へと変わっていたのだ。
確か騎士団は第一から第五の計五つと言っていた。壊滅した第一を除く団の数と一致している。
多分各団ごとに色が決まっており、各種の儀礼の際には身に付けるのが決まりなのだろう。
すると自分の容姿が気になりだす。
最上級の礼に対してこの格好はいかがなものか? と。
小綺麗にしているとはいえ未だに小袖姿。しかも騎乗しているので「褌」が見え隠れしている。
「……ま、いいか」
着飾るのは性に合わないし、流儀を曲げる気はない。誰かに仕える気もなければ人を使う気もない。なので「今は」この恰好が最適と思うことにした。
〈面倒くさいだけ、ですよね〉
──ハッ、バレたてたか。
でエステリーナが事前の通達を寄越さなかった理由だが容易に想像がついた。
その気持ちを無にしない為にも自由にさせてもらおう。
ところでそんな些細なことより気になることが。
「流石に一晩じゃ落としきれないか」
この暖かい陽射しが注ぐ、見事な庭にそぐわない、わずかに漂う血の臭い。
戦闘の痕跡は消せても染み込んでしまった血液を完璧に取り除くにはどうしても時間と金がかかる。
「これは俺の責任だな」
血を流さずに、という選択肢はあったが今回は容赦なく切り捨てた。それは今後の為とかではなくエステリーナの……いや単なる自己満足によるもの。なので後始末は俺の責任。
後方だけでなく全方位に手を翳し、臭いの元を収納してゆく。
「……これで良し」
ついでに堀の水と混ざってしまった血も回収した。とこのタイミングでカイエンがのっそりと歩き出す。
〈儀式に合わせて、ではなくこの臭いを解決して欲しくて止まったようですね〉
たまたまかい!
鼻歌でも聞こえてきそうな陽気なテンポでのんびりとカイエンは進む。
そんなカイエンとは対照的に両脇の騎士らは緊張しまくりのようで、俺やカイエンとは絶対に目を合わせようとはせずに、通り過ぎるまで身体が強張った状態が続く。
何をそんなに緊張しているんだ? と思いながら列の中程まで来ると終点が見えてくる。
左右の列の最奥で並んでいる四人は気配と容姿から各団の団長ではなかろうか。
彼ら彼女らはエステリーナよりは若干劣るが豪華な鎧を身に付けており、抜剣せずに向かい合わせで正面を見据え立っていた。
そしてこの四人。強さは区々なのだが気力は充分なようで、俺を物怖じせずに興味津々といったご様子で立っていた。
その団長らから15m程間を空けた先にはこの騎士団員の中でも別格な気力を感じる最強の騎士の姿が。
城の正面入り口を背に鎧ではない正装をしたエステリーナが俺を見て立っていた。
因みに身に付けているマントの色は実った麦や稲に近い黄金色。ということは第一騎士団のマントは金色なのかもしれない。
そしてこの騎士団の大まかな戦力が判明する。
一般の騎士の気力を平均100とした場合、団長クラスで約10倍。エステリーナは団長の5倍程の開きを感じた。
ただこの世界は剣技だけでなく、スキルや魔法が幅を利かせている。
特に魔法には差を容易に埋めれる様々な効果があるようなので単純な比較は困難だろう。
団長達の前を抜けエステリーナに近付く。
すると後方にいた騎士たちが剣を掲げたまま一斉にこちらへ向きを変えた。
そこでカイエンが停止。今度は「サッサと降りろ!」と無言の圧をかけてくる。
仕方なし、と下馬し歩いてエステリーナの前へ。
「山水殿」
城で一晩休めたからか、覇気が感じられる振る舞い。だが俺よりも若干低い位置にある瞳の奥には不安の色が色濃く残っていた。
そのエステリーナがその場で鞘から剣を抜く。
それは昨日持ち歩いていた剣。
その剣を両手の手のひらに乗せると片膝をついて俺の前に掲げて見せた。
……えーーと?
〈アコレードですね〉
──アコレード?
〈忠誠を誓う儀式です〉
──誰に?
〈この場合はエステリーナ様が山水様に対して、ですね。ただ〉
──ただ?
〈本来の趣旨とは違う気がします〉
──……どちらにしても……不味いよな?
〈はい。ですがエステリーナ様が決めたのです。ご意志は尊重しないと今後に差し障りが〉
今は切り出す時でないと察し思考を切り替え、儀式の作法をシルヴィアに聞く。
〈この国の様式では……剣を受け取りエステリーナ様の左肩に軽く当ててから返して下さい〉
──左で良いんだな?
〈はい山水様から見て右側です。彼女の右肩の誓約は未だに有効なようなので〉
──その誓約ってのは現在の王との、だよな?
〈はい〉
つまりこれから行う儀式は王への忠誠と同義。
しかし事前の説明もなく強行するとは。
〈山水様なら応えてくれる、と〉
そこまで信頼、いや思い詰めていたのか。同情心が湧くとともに胸の奥がチクリと痛む。
「これが俺からの要望の答えか?」
「ああ」
「後悔しないか?」
「後悔は何度もしてきた。だから山水殿だけは後悔させないで欲しい」
下を向いたままやり取りをするエステリーナ。
──『後悔させないで』か。全くどこまでお人好しなんだ……
〈いえ、そうなんですが意味が少々違うかと〉
──どういう風に?
〈……いえ、何でもありません。それより彼女の期待に応えないと〉
「分かった。その前に一つ確認しておきたい」
「何を?」
「俺とお前は対等な関係。それに変わりはないな?」
「……ああ」
「なら俺もこの場で誓おう」
「…………」
「お前が望む限り、俺なりの流儀でお前を守ると」
「……感謝する」
シルヴィアに言われた通りの所作をし剣を返却する。
すると後方にいた騎士達が一斉に片膝をつき、持っていた剣を横にして地面に置いた。
〈幾らかの意図を持ってこの様な行為をされたと思われますが一番の目的は、エステリーナ様は第一騎士団の団長であるとともに各団の纏め役でもある立場ある方が、全団員の前で宣言した意義は大きいかと〉
「…………」
「儀式は終了した! これより解呪に移る。騎士団は解呪が終わるまで王と城の警備に当たれ!」
「「「 は! 」」」
一斉に立ち上がりエステリーナに対して敬礼をする。その後は事前の取り決め? に従いあっという間に散開していった。
タイトルの色は髪の色。金色と灰色はあの二人。では白色は誰?