第1話 死闘
訳あって、ハイファン(異世界転移)を始めます。
開始時点は日本の戦国時代初期で中央から離れた場所となります。なので文もそれらしくなっています。
*ストックが無くなるまで毎日投稿(たまにお休み)
今日中に3話は投稿します。
一辺が五間程の正方形をした屋外の試合場。その外で胡床に腰掛けていた検分役の男が俺たちに向け口を開く。
「双方、覚悟は宜しいか?」
その問いに対して目を開き、正座を解いて立ち上がる。
先にて同じく精神統一をしていた「奴」も立ち上がった。
紋付き袴の井出達の検分役の男は準備が整ったとみなし、椅子から立ち上がると我らがいる場内へ一歩だけ足を踏み入れる。
「宜しい。では取り決めに従いこの試合の勝者を「正義」とし、敗者の領地を得る。また万一勝者なき場合は、帝よりこの地方の守護の任を託されている我が殿が双方の領地の管理をすることになる。これに異論はないか?」
我々の後方、場外にいる主君が頷いてか胡床に腰掛けたままそれぞれの代表者に激を飛ばす。
「山水頼むぞ」
「は!」
我が殿の声援を受け、正座を解き立ち上がる。相手側も同様に立った。
「それでは【死闘】を始め!」
◇
【死闘】とは生死だけでなく、全てをかけた戦い。
それぞれの合意があって初めて成り立つこの手段は、代表者一名の「生死」にて争いを収めるのが習わし。
所謂「決闘」だ。
ルールも一つだけ。
〈公平な立場にいる検分役一名の立ち合いの下で、それぞれが選んだ代表者一名で戦う〉
単純明快でどんな手を使ってでも最後まで生き残った側の勝利となる。
僅かな犠牲で解決に至る、理想と思える解決手段。だがそれは立場によってだいぶ変わる。
今回はどうかといえば小領とはいえ「大名同士」が己が領地の全てを賭けている。背負っている物の重みが違うのだ。
元は友好関係にあったこの二家だが数年前、偶発的に不幸な事故が起きた。
その後、立て続けに不可解な現象が続き、修復不可能な間柄になり最後は戦を始めてしまう。
だが不可解な現象は続く。
勝算が十分な戦に大敗したり、その逆もまた然りを繰り返し、気付けば領地を得ても人手が足りないところまで疲弊してしまった。
戦える者が足りない。
群雄割拠の時代にこれは致命的。
そこで共倒れを防ぐために苦渋の選択をしたのだ。
〈【死闘】にて決着をつける。残った者は独立存続を諦め隣接する大大名である「守護」の勢力下に入る〉
◇
俺の相手である黒の袴を着た雷明は合図と共に刀を抜くと上段に構えながら小走りでこちらに向かってくる。
対してこちらは柄に手をかけたまま小走りで近付く。
──噂によれば奴の上段からの振り下ろしは速度が早い上に途方もなく重いらしい。だとしたら受けた刀が折れなくても俺の腕が保たない。また「受け流す」にしても力負けしてしまう。
──間合いに入りさえすれば……。だかそれがかなり難かしい。
問題は間合いの違い。奴の刀は妙に長いため、俺と比べて「間合い」が広いのだ。
──速度が乗る前、初動の段階で弾く。それが無理なら刀が折れるのを覚悟で流す。
だがこれはかなり分が悪い賭け。こちらは振り抜く速さと切れ味を優先しているため身幅・厚みも奴の大太刀の重さには耐えられない作り。
ちょっとでも見間違えたら簡単に折れてしまうだろう。
──刀身が折れる寸でのところで防いでから切る。これしかない。だが刀が耐えられずに折れてしまったら? いや折れたら折れたでさらに近づけばいい。
一か八かの賭けに出る。
奴の目の動きに全神経を傾けながら奴の間合いに入る。
間合いに入ったところで奴の目つきが変わった。
──奴が動く……
徐々に振り下ろされる刀。対してこちらはまだ抜刀していない。なぜなら……
──まだ遠い。もう半歩分。
この(振り下ろし)速度なら充分間に合う。
手ぐすね引いて待っていたところ、奴は期待に反して踏み込むのを何故か止めた。
──ならばこちらから奴の間合いに入り剣先を弾き、その腕を一刀両断にするのみ!
奴の刀の動きに注視し、いつでも迎撃出来る態勢をとりながら、さらに半歩前へ。
奴にとっては力押しができる【絶妙な間合い】であるが、同時にこちらの条件も整った。
──もう奴の刀身全てが俺の間合いの中。これなら切先が折れても何とかなる。
奴の刀先に狙いを定め腕に力を込めた瞬間、突然奴の動きがピタリと止まる。
⁉︎ 何故止めた? だが好機!
もう半歩踏み込む。これで奴の全てが俺の間合いの中だ。
──先ずは刀を握る奴の両腕を切る。
最小最速の動きで右足を前に出し前のめりの体勢に。左手の中にある鞘を固定、右手に握った柄に力を籠める。
──奴は何故動きを止めた?
ここで逡巡が生じる。
動きを止めたらこうなることは分かっていただろうにと。
──今はどうでも良い。
集中するため目を瞑る。
だがこれを狙っていたかのように、奴は俺の顔めがけて口から液体を盛大に吹出した。
「ぐっ!」
反射的に柄に手を掛けたまま硬直してしまう。
目を開けなければ正確に刀が振れない。
斬り合いの時は相手から目を離さない。これは鉄則。
だが決め技である「居合い抜き」を放つ時の癖だけは治せていなかったのだ。
俺の唯一の弱点を知っており、そこを利用したことに一瞬の動揺が生じてしまう。
直後、目に刺すような痛みが。
そこに追い打ちをかけるように腹に激痛が走った。
「これで最後だ」
腹に食い込んでいる刀をさらに押し込む。同時に腹から下に暖かい感触が広がってゆく。
「卑怯なり!」
我が殿から抗議が上がる。
確かに名誉を重んじる我ら武士には、このような行為は「恥」とされており、一度でも使えば周りから目の敵にされ、以後は誰からも信用されなくなる。
我らは武士であり最も矜持を大事にしている。
武士なら卑怯者と罵られたり侮られたりしてまで生長らえようとは思わない。
正面切って正々堂々と戦ってこその武士なのだ。
とはいえ禁じられていないのも事実。なので検分役は口を挟むことはしない。
「ああ、やっと分かった。お前が目障りで仕方なかった理由が」
奴が吐き捨てるように言ってくる。
その言葉を聞いた瞬間、暗闇だった視界が一気に反転。白と黒だけの世界が見えてくる。
──こ、これは……。
目で見ている世界ではないのは確か。なにせ見えない位置にいる我が殿や、嫌悪するような眼差しを雷明に向けている検分役の男までもがくっきりと見えているのだ。
そして正面には……勝ち誇った顔で俺を見下す雷明がいた。
!!
その顔を見た瞬間、目的を思い出す。
すると自然と瞼が開き、思うよりも早く奴の「喉元」に向け、生涯最高の【居合い】を抜き放った。
ご、ごぇ……
雷明が口からではない、声にならない音を出し、鮮血をまき散らしながら崩れ落ちる。
その血により俺の視界が赤く染まる。
「と、とり……した……ぞ」
意に反した言葉が俺の口から漏れる。既に事切れ血みれの雷明を見ながら地面に倒れると意識が薄れてゆく。
その時、
〈……達成……最終……ます〉
と女の声が微かに聞こえてきたが、最後まで聞けずに短い人生の幕を閉じた。
次回は場面が変わります(日本には戻りません)
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