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雨宿り

作者: 月守夜猫


 小さい頃から雨が嫌いだった。ジメジメするし外で遊べなくなる。何よりいつ降るかわからないのが嫌だった。


「降水確率10%とかだったはずなんだけどな」


 大学からの帰り道。急な雨に振られ、ひとまず逃げ込んだ軒下で、空を見上げながらぼそっとそう呟いた。

 空は灰色の雲に覆われていて、しばらく止みそうにない。近くにコンビニはないし勿論折りたたみの傘も持っていない。

 雨が止むまで軒下にずっと居るのも嫌なので雨宿りできそうなところはないかなと思い、あたりを見渡してみる。道路を挟んだ向かいにある営業中の札が目に止まった。

 少し古い外観で『喫茶アメ』と書かれた看板が立っていた。


「喫茶店か……あそこなら雨宿りにもなるかも」

そう思い、できるだけ濡れないよう駆け足で店まで行った。


 喫茶店。初めて入るので少し緊張したが、意を決してドアを開け店内に入る。


「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」

と、そう声をかけられた。カウンターにはエプロンをつけた女性が軟らかい笑みを浮かべならがら迎え入れてくれた。

 お好きな席にと言われたので空いてる席を探すため店内を見回すと他の客には誰もいなかった。なんとなく窓際の席に座り、バッグからハンカチを取り出すと

「こちらお使いください」


そう言い、彼女はメニューと一緒にタオルを渡してくれた。


「ありがとうございます」

そう言って遠慮なく使わせてもらう。


 雨で濡れた箇所をタオルで拭いたあと、先程渡されたメニューを見てみた。コーヒーや紅茶、ココアにホットミルクなどホットドリンクの種類が異様に豊富で不思議であったが、サンドイッチやパンケーキなどの軽食もあったので、大学終わりで小腹が減っているので何か頼もうと考えた。


 少しの間メニューとにらめっこしたあと

「すみません」

と声をかけた。

「はい、ご注文お決まりですか?」

と彼女はカウンターから出てきた。

「はい。このハムとレタスのサンドイッチと紅茶をください」

「かしこまりました。そちら、もう大丈夫ですか?」

そう言って彼女はタオルを指さした。

「大丈夫です。助かりました」

そう言い彼女にタオルを渡す。

「よかったです」彼女は笑顔でそう言いタオルを受け取るとカウンターに戻っていった。


 落ち着いた雰囲気の内装。ゆっくりとしたテンポのBGM。座り心地のいい椅子。とても居心地がいい。そんなことを思いつつ俺は窓の外に目を向けた。雨はまだ降っているが先程よりは小雨になっていた。これならあと30分もすれば止むだろうか。そんなことを考えていると

「お待たせしました」

と彼女がサンドイッチを持ってきてくれた。

「ありがとうございます」

「ごゆっくりどうぞ」

彼女はそう言うとカウンターに戻っていった。

 俺は早速、サンドイッチを口に運んだ。レタスのシャキシャキとした食感にハムの塩気が合わさりとても美味しかった。


「ごちそうさまでした」

食べ終わり手を合わせると、タイミンよく彼女はお代わりの紅茶を持ってきてくれた。

「食後のお茶です」

「ありがとうございます」

俺はお礼を言ってカップを受け取った。

「雨、止みそうですね」

窓の外を見ながらそう言うと、彼女も外を見たあと


「じゃあ今日はもう店仕舞いですね」

と言った。

「え?店仕舞いって……」

「言葉通りの意味ですよ。今日はもう閉めるんですよ」

彼女は笑顔でそう言うとドアにかかっている札をひっくり返して閉店に変えた。

「いいんですか?」

「はい。うちは雨が降っている時間しか営業しないんですよ」

彼女のその言葉に、タオルを渡してくれたことやたらとホットドリンクの種類が多いことに納得がいった。


「えっと、なんでですか?」

「雨宿りに使ってほしくて始めたらしいので」

「らしい?」

「はい。ここはもともと祖母がやっていたお店なんですよ。祖母が体力的に営業が厳しくなったのと私が就活失敗したので祖母から受け継いだっていう形なんですよ」

「そうだったんですね」

「はい。でも必要ならコンビニで傘は買えますし、最近は折りたたみの傘を常備する人も増えて雨宿りする先を探すお客様が減ってるので、あまり意味をなしていなかったんですけどね」

と、彼女は少し寂しそうな顔をしてそう言った。

「そうだったんですね。でも俺は雨宿りさせてもらって助かりました」

「それはよかったです」


彼女は嬉しそうに笑った。そして

「私ちゃんと接客できてましたかね?」

と聞いてきた。なんでそんなことを聞くのだろうと思ったが

「丁寧に接客してもらえて気分良かったですよ」

素直に彼女の接客から感じたことをそのまま言うと

「それならよかったです」

と、ホッとした表情を浮かべた。

「えっと、なんでそんなこと聞くんですか?」

「祖母からこの店を受け継いでから初めて接客したんですよ」

「なるほど」

初めてとは思えない接客だったので、すごいなぁと感心していると、外から鳥の鳴き声が聞こえ窓の外を見るとすでに雨が止んでいた。

「雨止みましたね」

彼女は窓の外を見たままそう言った。

「そうですね。そろそろ帰りますね」

俺はそう言って立ち上がった。


会計を済ませ、店を出る直前

「あの、また来ます」

そう言うと彼女は一瞬驚いた顔をしたが

「ありがとうございます。また雨の日にお待ちしています」

と、すぐに笑顔に戻りそう言った。

「それじゃあ、今日はありがとうございました。また雨の日に来ます」

「はい。こちらこそありがとうございました。またのご来店お待ちしております。雨で滑るかもしれないので足元にはお気をつけて」

そう言って笑顔の彼女に見送られながら俺は喫茶店をあとにした。


 帰り道あの喫茶店のことを思い浮かべた。雨宿りのために入った喫茶店。サンドイッチと紅茶が美味しかった。そして、接客をしてくれた彼女の柔らかい笑顔と店の落ち着いた雰囲気がとても心地よかった。また近いうちに行きたいなと思う。


 雨はまだ好きじゃない。けれど、少しだけ雨の日が待ち遠しくなった。

お読みいただきありがとうございます!

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