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BranchⅠ:<イチゴの花>と<追憶慈愛人形>(Ⅴ)

 朝特有の優しい陽光がカーテンの隙間から溢れ僕は目を覚ました。

 身体を起こすと静けさと共に肌寒さが襲ってくる。


 時計を見ると七時を指していた。


「珍しいな…。」僕は目を擦りながら呟く。

 二度寝しようと思ったが今朝は謎に眠気が無く、目が覚め切ってしまった。


 カーテンを開け太陽の光を浴び窓の外を眺めると同時になにか忘れているように思えた。

 課題は終わらせてあるが、念の為とパソコンが置いてあるデスクへと目をやった。


 デスクの上にある物をみて疑問に思う。


「あれ?こんなところに植木鉢なんて置いたっけ?」そう言いながら僕は植木鉢を手に取った。

「なんの葉っぱだ…」言いかけた途端、僕は固まった。


『良夜様。どうカお気ヲ付けテ行ってラっシゃイまセ。』一人の少女がお辞儀をしている情景が頭に浮かんだ。


「リディア!!そうだ!ここは<親愛なる追憶の庭園(リディアーガーデン)>の!」僕は全てを思い出し言った。


「ほんとだったんだ…。」僕は鏡をみながら自分の体を触り言った。

 リディアの提案に賭けてみようとは思ったものの半信半疑であったことに違いはない。


「ということは、今日は学園祭四日前のはず…」そういいパソコンの電源を入れた。

「二〇二四年の十月二四日…!戻れた…!わけではなく…空想世界か…。」一瞬手を掲げたものの、苦笑いを浮かべ椅子に座った。


「まぁあの瞬間させやり直せればいいんだ!この花が枯れるその時まで全力でやり直すぞ!」僕はそう意気込んだ。


 まず、このリディアを成功させるために大切な点をまとめる必要がある。

 一番重要なことは奏兎(かなと)に誤解されず、唯音(ゆいね)を手伝い、恋を実らせること。


 次に未奈美(みなみ)を悲しませないことだ。

 唯音や奏兎、そして俺らの仲に亀裂が入ったせいで、未奈美は涙を流したんだろうな…。

 あの教室でみた顔は僕の心に深く刻まれたことを忘れはしない。


 膝の上で強く拳を握った。


「重要なのはたった二つなんだ。できるはず。」

 もし、上手くいって花が枯れたら僕は…。いや、今はそんなことを考えている暇はない。

 僕は首を振った。


「おはようございます。」と下から声が聞こえた。


「この声は…。未奈美の声だ。っ…」

 声を聴いた途端様々な感情が僕の中に芽生える。

「なんなんだよッ!この心臓の鼓動は…!」

 嬉しさ、悲しさ、そして恐怖が身を縛った。

「落ち着け…<リディアーガーデン>話を聞いたときはやり直すなんて簡単だなって思っていたが、これはかなり心にくるな…」

 今から学校に行くが…大丈夫だろうか。と今後が心配になった。


 声はしたものの、未奈美が二階へと上がってくる気配がなかったため、僕は着替えなどの身支度をすることにした。

 支度が終わり部屋のドアを開けると玄関に立つ母親が見えた。

「今日は珍しく早いじゃない良夜。それじゃ行ってくるわ。今日も遅くなるからね。」

「わかった…いってらっしゃい…。」

「どうしたの?具合でも悪い?」

 心配そうな声で母を僕に問う。

「大丈夫。」目を合わせず応える。

「そう。わかったわ。未奈美ちゃんがそこにいるからね。それじゃ」

 母は笑顔で手を振り出て行った。

「迷惑かけてごめんなさい。」そう小さく呟いた。

 暗い顔をしていると未奈美にも心配されそうなので、気持ちを切り替え階段を降り始めた。


 リビングのドアを開けると未奈美は朝のニュース番組を見ながらテーブルでお茶を飲んでいた。

「あ、良夜おはよう。早いね今日は、待ってて今朝ごはんを出すから。」

「お、おう」

 そういい未奈美はサッと台所へ向かった。


 クッソ、なんなんだよ。この心臓を締め付けるコレは…!

 見ると少し手が震えていた。

 僕は大きく息を吸い吐く。


「どうしたの?良夜。」お皿を持った未奈美が心配そうに聞いてきた。

「いや、どうしたこともないよ。ちょっと眠いだけ。」

 自分でもよくわからない感情が沸いて手が震えた。なんて言えるわけもなく、僕はいい加減に答えた。

「また遅くまでゲームしてたの?」

 未奈美は僕の席にお皿を置くなり、先ほどまで座って居た場所へと戻って言った。

「まぁな。」

「もう。ダメだよ?早く寝ないと風邪ひいちゃうよ。学園祭があるんだから、体調管理はしっかりね。」と未奈美は言った。

「善処します…。」と言い朝ご飯を口にした。


「ご馳走様でした。」「はい。」

 時計は七時三〇分を指していた。

 学校までゆっくりと歩いて十五分くらいなので時間には余裕があった。


 僕が歯磨きをしに洗面台へ向かって、戻ってくると未奈美はソファーに座っていた。


 未奈美の家はウチに近いわけではないのに朝来てもらうのはやはり申し訳ないとしか思えない。

「支度できたけど、行く?」と僕が質問すると。

「あ、うん。」

「おけぃ。」

 そう言い僕は()()鞄を持って外に出た。


 僕の家の近くに住んでいる生徒は少ないため、出るときは一緒だが、途中からは少し距離を空けて登校している。

 もちろん変な噂が立たないようにだ。

 僕が「噂が立つの嫌だろ」と聞くと、「別にそこまで気にしないけど…」と返ってくる。

 気にしないで済んだらどれだけいいのだろうか。といつも僕は思っている。


 特に何事もなく、学校へ向かっていると不図(ふと)あることに気づいた。

「あれ、そういや鞄軽いな。あ!弁当がない。まじかよ…先行って…」

 未奈美が鞄を開けたと思えば、中から僕のお弁当が出てきた。


「え?」素っ頓狂な声が出た。

「はい。どうぞ。忘れん坊さん。」

「あ、はい。ありがとうございます…」

「もー良夜ったら、今気づいたことには褒めてあげるけど、ダメだよ?」人差し指を立て未奈美は僕に注意をした。

「うぅ…はい。」未奈美から受け取ったお弁当を鞄に詰めノコノコと学校へ向け歩き出した。

 生徒がチラチラ現れる所まで来て僕と未奈美は距離を取って歩き始めた。


 校門の前に着く。

 けど、足が止まる。

 ただ、立っている僕は不審者だな。

 心の中で笑う。


 門が笑って見えた。その向こうの世界が真っ暗に見えた。

 トラウマか、足を前に動かしたい意思は有るはずなのに、後退りしてしまう…。

 負けるな…。

「動けよ」と吐き捨てる。

 ラスボスを前に恐怖してるわけじゃないんだ!

 アニメやゲームとかのカッコいいシーンでもないんだ!

 ただの門なんだよ…俺…。

 こんな気持ちが弱くてやり直せんのかよ…!! 


「大丈夫?良夜。」

 後ろから声が聞こえ振り向くとそこには未奈美が居た。

「あぁ、大丈夫だ。」足が震えながら大丈夫って信用できないよな。

 自分を嘲笑いする。


「ほら、早く行こうよ。」未奈美は微笑み言う。


「あ……。うん。」

 そうだ。そうだよ。俺はこの笑顔を壊したくなかったんだよ。

 だから、戻ってきたんだ。

 前の自分を知っている奴なんてここにはいないんだ。

 だから…だから…だから…!

 もう怯えなくていい…ただ足を前へと動かすだけでいいだ…!

 みんなで笑って過ごせればいいんだ。


 僕の足は門を踏み越えた。


 何気ない日常で、ありふれていて、意味がたくさん詰まったわけではないその言葉で僕は救われた気がした。

簡単に踏み越えれたことに疑問を抱きながらも…

「待っていてくれ、みんな。また、もう一度、笑おう。」と隣にいる未奈美に聞こえない程度の声で僕は宣言した。


 ◆◇


【その頃<親愛なる追憶の庭園(リディアーガーデン)>では】


「第一の克服おめでとうございます。良夜様。」

 リディアはイチゴの花が映し出す良夜の姿を見てほっとしたように呟いた。

「とは言えまだまだ乗り越えなければならない、事はたくさんあります。どうか、頑張ってください。こちらでも、成功できるように支援いたしますので。」

 言い終わると同時に映像が消えた。


「あ、ダメですよぉーリディアちゃん。たくさん支援しちゃ。」

 顔を上げると、クロートー様が椅子に座りお茶を飲んでいた。


「クロートー様いつの間に…」

「私は神様ですからねぇ~どこだって一瞬で行けるんですよぉ」上機嫌にお茶を啜る。


「本日はどんな御用でこちらに?」

「用が無ければきちゃいけないのぉ~?」クロートーはプクッと顔を膨らませながら云った。

「いえ…そういうわけでは……」


「それにしてもリディアちゃんは酷ですねぇ。『造られた世界』なんて言ったら勘違いしちゃうんじゃないですか。」

「それは…クロートー様が均衡を取るためにと言うからです。」

「ふ~~ん…ふふふ…」クロートーは目を泳がせた。

「クロートー様…」


「リディアちゃんはお人好し過ぎることと心配性すぎることをやめるべきです!」

「…え?」

「それはどういう……いえ、それよりクロートー様……そのように急激に話題を変えるのはやめてください…追いつけなくなります。」リディアは驚きの表情を浮かべたあと云った。


「あ、リディアちゃんのその驚いた顔とっても可愛いですね。普段表情を見せないので超レアです。激レアです。永久にとっておきたいです。」

「クロートー様…?」


「コホンっリディアちゃん酷いです。私の話を遮るなんて、その顔がずるいです。」

「無茶苦茶な…」とリディアは云う。


「改めて、リディアちゃんの過去は知っていますが、それでもでやめるべきです。」クロートーは腕を組み頷いていた。


「そんなことを…」

「もーそんなことじゃないですよぉ!<迷える者(彼ら)>に渡す<親愛の花束(ディアブーケ)>の危険性を知っているでしょ?」クロートーはリディアに問った。

「もちろんです。<ディアブーケ>に注がれた運命の祝福によって、引き起こされる<運命の反逆(ディストピア)>の顕現。」

「ですが、そのようなことはまだ一度も引き起こしたことはありません。」


「当たり前です。それが起こらないように私がいつも泉で管理をしているんです。リディアちゃんは知らないと思いますが、過去に何度か発現しているんです。その時は、ほんと大変でしたよ。私たち神の力を()()()()合わせて世界の均衡を取り戻せたんですからね!」


「申し訳ございません。」

「そういう素直なところ私は好きですよ。なので、次からは気をつけてくださいね!」

「それじゃぁリディアちゃんとお話できたし私は<ディストピア>が発現しないように戻ります。それじゃまた会いましょうねリディアちゃん」

「はい。」

 クロートー様は手を振り、私がまばたきをしたその一瞬で純白の羽根を散らし、去って行った。








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