BranchⅠ:<イチゴの花>と<追憶慈愛人形>(Ⅳ)
映像が消えると共に白黒のノイズが走る。
カチッカチッカチッとバグった様に長方形の画面がカクつく。
すると、どこからか鎖が出現し画面をキツく縛り上げた。
「やはり、良夜様はすごい人です。ちゃんとした生を終えることは叶わなかったとしても、あのように誰からも聞く耳を持ってもらえず相当ショックであったというのに自ら命を絶たないだけ素晴らしいことです。」とリディアは賞賛する。
リディアは自分が記憶域に侵入したことによる、異常がないかを確認する。
「特に変わった様子はありませんね。<追想共有解除>」と唱える。
リディアの意識は真っ暗な記憶域から、暖かな光が差し込む<ガーデン>へと戻った。
「良夜様。大丈夫ですか?」リディアの声に反応し僕は目を開ける。
「あれ?僕は今なにを…」周りを見るが特に変わった事もない。
ただ、なにかを体験していたような…
「良夜様。先ほど申し上げた様に記憶を見させてもらいました。良夜様の記憶域に根を張った深い記憶しか拝見していないのでご安心ください。」リディアは立ち上がり、紅茶を注ぎながら言った。
「あ、どうも…」僕は紅茶を飲み言った。
「どうでした?花言葉と違っていましたよね。」と僕は吐き捨てるように言う。
「いえ。良夜様は花言葉通りの人でしたよ。」表情をゆるめ言った。
「そう…ですか…」
優しく笑っているリディアを見ていると、委員長を思い出させられた。
僕が学校をやめてから彼女がどうなったかは知らない。いや、知るのが怖くて逃げていた。
「はい。」リディアはそう言い席に着く。
逃げる。か…もう逃げるのは嫌だな。
だから、僕は逃げなくてもいい世界を…
「リディアさん。もう一度僕にあの時やり直させてください。」真摯な態度で言う。
「ちゃんと決意できたみたいですね。それでは良夜様、<親愛なる追憶の庭園>の説明をさせてもらいますね。」表情は変えないもの、声のトーンで真面目な話になると察する。
「まず、一番大切なことを話させてもらいますね。<リディアーガーデン>は良夜様の記憶から読み取ったものを一時的に具現化させた世界です。良夜様にとっては本物の世界です。ですが、他の者から見ればそれはただの、『もしも』です。良夜様が選択した『もしも』を映しただけの造られた世界です。なので、良夜様が一度体験した過去は消えることもありません。」
リディアは『もしも』と濁した様に言ってくれたが、要するに仮想現実みたいな事だろうか。
故に本当の過去の後悔は消えることなく続いていく。
だから、その後悔を忘れずに歩まなければならない。
自分が本当に感じ、選択して生きる空想の世界。
僕も何度も思った。空想でもいい、あの時と違う選択をしたい。と。
「次に<リディアーガーデン>は永遠には続きません。なので、<リディアーガーデン>に滞在できる時間をお話します。先ほど良夜様の心を具現化したイチゴの花がありますよね。その花が枯れる瞬間まで追憶することができます。」
「花が枯れるとどうなるんだ?」
「世界の維持が不可能になります。」とリディアは言う。
「ということは、花自体がエネルギーっていうことか。」花にそんな力あるのかよ…恐ろしいわ。
「大体そうです。」
「なら花によってはすぐ終わっちゃうってことなのか?」
仮にそうだとすると、有利不利の差が激しくなるような。
花が朝顔なら一日で終わることになりそうだが。
「いえ、安心してください。花の寿命はその人の心と関係しているため、すぐに枯れることはありません。」
「そうなんだ。」まぁよくできているものだな。
心か…判定が曖昧すぎてどれくらい過ごせるのかわからないな。
「<リディアーガーデン>の維持時間の平均とかないのか?」と質問する。
「人によって大差があるので平均として正しいかはわかりませんが、大体一週間から二週間の間が多いです。」
一から二週間か。長いようで短いような…。
「みなさんそのくらいの時間で満足して帰ってきますよ。」リディアは少し首を傾け綻び言う。
「心でも読めるの…?」僕は恐る恐る言う。
「いえ、読めませんよ。ただそのような顔をしていたので。」
あ、まじか。顔で読まれるのか。僕ってそんなわかりやすい表情なのだろうか。
少し間を開けリディアは口を開く。
「最後です。『もしも』だと言ってなんでもしていいわけではないのでご了承下さい。<リディアーガーデン>内で犯罪行為をした場合は花が急速に枯れ始めます。『まだ、やり直せていない』も通用しません。」少し強気な声で言う。でもその声にはどこか、慈愛のような…恐れがあるような、様々な感情が乗っているように感じた。
「犯罪行為をして花を枯らしたらどうなるんだ?」僕は興味本位で聞く。
「その場合は■■■となります。」途中、リディアの声にビジッと音が重なった。
「え?今なんて?」重要な部分を聞き取れず僕は問う。
「すみません。言語化が禁止されていました。」とリディアは言う。
「そっか。わかった。まぁその三つ了承するよ。」僕は決心し言う。
「<白き花の約束>」リディアが唱えると真っ白なボール状の花が現れた。
「こちらの花に触れてください。」
「これは?」首を傾げ問う。
「契約書のようなものです。触れれば良夜様が<親愛なる追憶の庭園>に登録されます。」
「契約内容は先ほど説明した三つに加え、<リディアーガーデン>内では私達は直接干渉できませんので出来事は自己責任になってしまいます。の同意が記されています。」
「わかった。」とあっさり答える。
あっさりでいいのか。と思われるが、今は死んでいるようなものだしいいだろう…。
そうして、僕は花に手を伸ばした。
触れると同時に真っ白の花からオーロラのような暖かな光が僕の心臓部分に向けてゆっくりと放たれた。
「これで契約は完了です。それではこちらへ、着いて来てください。」とリディアに従い僕は開けた噴水前のスペースに来た。
「ここで一体なにを?」僕は質問する。
ここは、この温室ガーデンに最初に踏み入れた場所だ。
「今から良夜様の世界を生成します。良夜様は力を抜いて立っていてください。意識が飲まれそうになったらそのまま身を委ねてください。」とリディアは優しい声で説明する。
「お、おう…わかった。」息を大きく吸い込み言った。
世界を生成って…すごいな…
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。」リディアは微笑みながら言い、僕は少し恥ずかしくなった。
リディアは僕から少し離れ、指を絡ませ祈る姿勢になった。
「<花よ此処に>」僕の心から<イチゴの花>が現れる。
「<汝ノ心ハ此処ニ顕現ス。>
詠唱が始まると共にリディアの容姿が変化し始める。
鮮やかな色のアスターで彩られたクリーム色のスカートがドレスへと変化しアスターは消え始める。
ドレスは二層になっており、外側のロングスカートはクリーム色で内側のスカートは白藍色となっており、上半身と両手には手袋を着け、純白を纏っている。
ドレスには薔薇のような花が散りばめられえる。
最初花嫁のように見えたが違う。これは…女神様だ。
<心ト共ニ此ノ庭園ハ咲キ誇ル。>
詠唱が進むにつれリディアの髪が変化していく。
最初は美しい銀の一色であったが、所々に金の様に輝く橙色が混ざる。
髪は伸び、左頭部には大きな花が何種類も飾られる。
<汝ガ迷イナク導カレルヨウ>
リディアが唱え発している声は、違う世界の言語なのか聞き取ることはできない。
<此ノ私。運命ノ女神ノ使徒ノ賛歌ヲ。>
でも、意味は理解することができた。
<汝ニ仁恵ナル祝福ヲ捧ゲヨウ>
それは、慈愛に満ち溢れているということ。
床が発光し目を瞑る。
再び目を開けると花びらが舞う美しい空間に佇む。
<ーー親愛ナル追憶ノ箱庭ヲ花束ト共ニ>
リディアがそう言うと共に、鐘が鳴り響く。
僕の意識は落ち始める。
魂そのものが導かれるように。
「良夜様。どうカお気ヲ付けテ行ってラっシゃイまセ。」
リディアはドレスの裾を掴みお辞儀をして僕を見送った。
その微笑みは女神そのものに思えた。
そして、僕の意識は暖かな光と共に落ちてゆく。