BranchⅠ:<イチゴの花>と<追憶慈愛人形>(Ⅰ)
ーー薄く濁った暗い日々を無意味に歩いていた。
ーー死にたいほど辛いと思いながら生にしがみつく矛盾の日々。
日が翳始めた放課後の校舎で
「私は…私は信じてるよ…だからみんなに…」彼女の黒く美しい髪が大きく揺れる。
「やめてくれ…お願いだ。これ以上、変に悪化させたくないんだ。余計な反論は油と同じなんだよ。」
「でも…」彼女の両目の縁のあたりが夕日に当たって輝く。
「だから、ほっておいてくれ…」
「良夜!私…ッ!!」僕の表情みて口を紡ぐ。
「ごめん。やっぱなんでもない。さよなら。良夜…。」
とても分厚い壁が一瞬にして築かれたことを僕は悟った。
彼女の顔が翳、去っていく。
ボンっと音と共に視界が暗転し別の映像が流れる。
「お前…失望したよ。親友だと思ってたよ。だが、今回の事で心底失望したよ。」
「違うんだ…だから…!待ってよ…奏兎!」
「じゃあな。良夜」
聞こえるはずのない糸が千切れる音が僕には聞こえた。
キュイィィィィーバーンッと心臓を締め付けるような金属音と共に人もざわめきが聞こえ…
再び視界が暗転する。
学校の下駄箱にて…
「おい、見ろよ。あいつが生徒会長を泣かせたって噂の。それと事故の」
「まじかよ。よく堂々と学校来れるよな。」
「おっそろし。」複数の男子生徒がこちらを見ながらひそひそと話す。
「ねぇー見てあいつ。例の小野寺先輩の…」
「てか、あいつが事故を引き起こしたんだよね?」
「らしいよ。」
「怖すぎ…」
「ねー」
「え、なんかこっち見てるんだけど…」
「キモ過ぎ」
「行こ」
女子生徒が軽蔑の目で僕を見る。
色んなやつの陰口が聞こえてくる。
「嫌だ…やめてくれ…なんで!なんでなんだ!あぁぁ嫌だ嫌だ嫌だ……」
手を伸ばすと同時に意識が現実に引き戻される。
「っく、またあの夢か…目覚めから最悪だ…」
大きな溜息をして布団から身を起こした。
なぜか頭がくらくらする…
人に対する不信から、一定の空間から足を出す事もなく、薄暗い部屋で、キーボード、マウス、PCのファンが響くだけの世界に居た。
まともな食事…いや、まともに食事を取らずただ己の体を蝕ませているだけの堕落した生活。
というか、食べ物が喉を通らない。
先ほど目の前にあったチョコレートを食べてみたがあまり美味しさを感じなかった。
今自分がどんな顔をしているかは知らない。
どうせひどい顔つきをしているのだろう。
もともと部屋には鏡が在ったが今の自分を拒絶するあまりに割った。
家の外からたまに聞こえてくる学生の楽しそうな声は僕に恐怖を覚えさせる。
無意味な一日が終わる頃布団に寝ころびボーっと考えることがある。
「もし、あの時他の選択をしていれば今と違った日々を過ごせたんだろうな。」と。
いつまでも過去を引きずっている自分が嫌になる。
突然、物凄い睡魔が僕を襲った。
なんだか今日は変だ…。
意識を少しずつ手放していく。
感覚がポロポロ崩れていき、体が堕ちて行くような…。
己の本能が異常を訴える。
「…あ……あ、あ…」(声が上手くでねぇ…。はは…僕は死ぬのかな…。なんでだろう、今は怖くない…や…)
そう言い僕は深淵に飲み込まれた。
◆◇
甘い花の香りが僕を包む。
瞼の裏まで届く光により意識が覚醒していく。
ハッと目を覚まし体を起こす。
目に入ってきた情報はただ一つ。
延々と続く花畑だ。
立ち上がっても終わりを見ることができなかった。
もしや、夢ではないのか?と思い自分の頬を抓ってみたが、普通に痛かった。
じゃあここは死後の世界なのだろうか?
それとも、よくテレビでやっているミステリー番組で紹介されていた異世界にでも来てしまったのだろうか。
もしかして、僕はVRMMOの実験台にでもされているのか!?
デスゲームで無ければ嬉しいに越したことはないが…
と、あるはずもないことを言っている自分が悲しく思えた。
そして色々考えてみたが、自分が居た薄暗い部屋とは違う場所に居る。ならちょっくら周りを見てみるかという単純な結論が出た。
まあ自分の置かれている状況がわからないときは動かないことがベストなのかも知れないが、自分の好奇心に逆らえず当たりを散策することにした。
目覚めたときから花畑の中横たわっていたゆえに花を下敷きにしまったが、その花達には謝罪し、先ほど立ち上がった時に見つけた道に向かって花を踏まないように細心の注意を払って歩いた。
ここに咲いている多種多様な花は美しく、延々に続くような花畑であっても見飽きさせることはなかった。
僕は、無意識と言ってもいいレベルでどんどんと歩いた。
今日はなんだか体が軽く全く疲れを感じない。
「いつまで続くんだか」と考えていると道に変化が現れた。
それはバラなどが茂ったガーデンアーチが出現したことだ。
アーチを通り抜けるときに一つ気づいたことがある。
それは、何時間も歩いているはずなのに日が沈む気配がないということだ。
ちょっと不気味だけど、夜になるよりかはましだ。と自分に言い聞かせた。
道が上り坂になり始め、終わりが見えない長いガーデンアーチが現れた。
潜らなくても外が見えないだろうとわかるほどそのアーチにはたくさんの蔓が巻かれていた。
虫が居そうで嫌だなと思いつつ今更引返すのも面倒ということで潜った。
潜り終わると遠方にガラスでできたドーム状の建物が見えた。
建物を見つけ、僕は一安心した。
◆◇
アーチを抜けた先だと建物が小さく思えたが近づいてみるとかなりの大きさで驚いた。
さらに建物の横には大きな時計台があった。
普段時計台を見る機会がないため、つい見入ってしまった。
というか…ここ本当に日本なのか…?
この建物の中に入った瞬間化け物が出てきて追いかけっことか始まったりしなよな…?
ホラゲー展開だけはやめてほしいな…。
僕はこの建物に人が居ると信じて(それと襲われたりしないように)中に入って周辺の事を聞くことにした。
立派な門を開け中へ入って行く。
そして、玄関らしき場所へ行きドアノブを握った。
ガチャンッと音と共に暖かな風が中から吹く。
踏み入れると目の前には様々な植物が茂っていた。
目の前には小さな噴水があり、奥にはガゼボ(休憩する場所)が見えた。
「温室ガーデンなのか…?」
「はい。その通りです。初めまして。ようこそ。<親愛なる追憶の庭園>へ。お待ちしておりました。笠木 良夜様。」
目の前の少女は片足を曲げお辞儀をした。
「私の名前は<追憶慈愛人形>です。気安くリディアとお呼びください。」
いきなり声を掛けられビビった。
ん?待てよ、お待ちしておりました?というか、なんで僕の名前を知っているんだ…?
「良夜様は現在自分がどのような状況に置かれているか理解しがたいと思います。なので少し座って話しませんか?」
「…」急展開すぎて僕は黙ることしかできなかった。
僕とリディアと名乗った少女は先ほど目にしたガゼボへ向かった。
「良夜様。お飲み物は紅茶でよろしいでしょうか?」
「あ、はい」僕は流されるまま席に着いて紅茶を受け取った。
紅茶には黄色のビオラが浮かんでいた。
紅茶に花を入れることがあると聞いたことはあったが、実際にみたのは初めてだ。
一口飲み気持ちを落ち着かせた。
「えっと…そのリディアさん。ここは一体どこなのでしょうか…?というか、地球でしょうか?」
「良夜様はお客様なので私に敬語は不要です。」
「そして、ここは世界の狭間です。此岸であり彼岸である曖昧な場所です。」
「それって…」地球についての言及は無しか。
「はい。良夜様の肉体は生命活動を停止しております。良夜様は現在魂だけの存在です。」
「そっか…」なんとなくだけどわかっていた自分がいる。
「で、僕は成仏出来ず魂がここに迷い込んだって感じかな?」脱力し溜息を吐くように言う。
「半分正解で半分不正解です。」
「良夜様はここに導かれたのです。なので迷ったわけではありません。」
導かれた?どういうことだ?
「あと、<リディアーガーデン>だっけ?ここ」
「はい。そうです。」
「ここって一体なんなんだ?見たところ普通の庭園っぽいけど。」周りを見てもただ、のどかで落ち着く場所としか思えずなにかしら特別なものがあるようには見えなかった。
「ここは貴方が過去に抱いた想いと別れを告げ新たな一歩を踏み出す<箱庭>そして、貴方を次の生へと導く場所。あなたの心の中に咲き誇る花が散るその時まで追憶を。」
「追憶…」
「良夜様は『もしもやり直せたら』と言う強い想いはありませんか?」
「もしも…か」
『私は、私は…!』『失望したよ。心底失望したよ。』頭の中でノイズのような不快な声が響く。
自分が最も信頼していて好きであった者そして、自分の心を閉ざした理由である者の声。
僕は顔を歪ませ俯いた。
「<花よ此処に>」リディアが祈るように手を合わせ詠唱らしきことをすると淡い光と共に僕の心臓ら辺から花が現れ目の前に浮かんだ。
「ええええ…!?こ、これは一体どういうことで…!?」ま、魔法か!?
驚く僕をリディアは見守る様に見つめる。
急に自分の心臓の所から花が浮かび上がってきたのだから、絶対これ僕じゃなくても同じ反応するよね…?
そして、それは普通の花のはずなのに、どこか美しく儚くそしてとても特別に思えた。
「これは、<イチゴ>の花です。そして、この花は良夜様の心の中に咲き誇る花です。」
「僕の心の中に咲き誇る…?」イマイチ理解できない。
「心の中に一人一輪の花を持っています。もちろん普通に生きていればみることができません。今のように特別な事をしない限りは。そして、人が咲かすその花はその人なのです。例えば『あの人根はいい人なんだよ』とか言いますよね?それと同じです。花はその人の代名詞です。人の無意識下の性格と言うのでしょうか?それと、これは私の今までの経験からの推測になってしまいますが、その花は花言葉に由来しています。」
「そう…なんだ。イチゴの花言葉ってなにがあるんですか…?」
もし、意味が不誠実や復讐などと言ったネガティブ系ならどうしようと僕は身構えた。
「イチゴの花言葉は『先見の明・尊重と愛情・幸福な家庭・あなたは私を喜ばせる』ですね。どれも素敵な意味ですね。」
リディアは微笑み言う。
それを聞いて僕は疑問に思う。
第一に僕はずっと引きこもっていて、幸せな家庭なんてあり得ないことだし、先見の明があればあんなことは起こるはずがなかった。尊重と愛情に至っては僕は、反対なことをした覚えしかない。
「リディアさんどれも…」
「いえ、間違てるなんてことはありませんよ。ただあなたが気付いていないだけです。」
リディアは僕の質問を先読みし答えた。
「でも…」
「ここは追憶の箱庭です。あなたの花が枯れるその時までやり直してみませんか?そしたら、花の意味がわかるかもしれませんよ。」
「わかるの、かな?」
「はい。」
リディアは自身満々に答える。
「そっか、ならお願いしてみようかな。」まぁさっき魔法みたいなの使っていたし…過去をやり直すくらいできそうだな…。
「では…良夜様の心に残留した想いをみさせてください。」リディアはそう言うと立ち上がり僕に近づき始めた。
「えっと…一体なにを…?」
「失礼します。」
リディアは長い銀髪を耳に掛け僕に顔を近づける。
あ、いい匂いする…じゃなくて!
そして、リディアはおでこを合わせ言った。
「<追想共有>」瞬間僕の意識は暗闇に飲まれた。
◆◇
真っ暗な世界に一人の少女が佇んでいた。
「ここが良夜様の記憶の中ですか。落ち着いた場所ですね。」
ただ暗いだけの場所であるのでリディアが言った落ち着いたもなにもないだろうと思うだろう。
そして、リディアは当てがあるように歩き始めた。
すると左右に長方形の画面が無数に出現し映像が流れ始めた。
「ここはまだ忘却へ向かう記憶達のところですか。ならもう少し奥ですね。」
ある程度進むと画面にノイズが走るようになった。
「ここら辺ですね。」そう言うとリディアは近くにあった画面に触れた。
「失礼ながらプロフィールを見させてもらいますね。」
《詳細》
名前:笠木 良夜
性別:男性
年齢:20歳
職業:無職
その他:高校2年の秋に不登校になりそのまま中退、現在に至るまで引きこもり状態。
「引きこもる少し前の記憶からみせてもらえますか?」リディアが尋ねるとロックがかかった画面が出現した。
「これはかなりの強さの<深淵なる記憶の枷>で巻かれていますね。それなのに普通に人と喋れるなんて良夜様は心はお強いですね。」リディアは微笑み言った。
黒や赤などの禍々しい色の鎖で繋がれた画面を引き寄せる。
「<慈愛は…>」リディアが唱え始めると同時に警告が現れた。
《!:対象に魔術耐性の反応なし。高位の精神干渉魔術は危険と判断。それでも使用しますか。》
「はい。」リディアは表情を変えることなく言う。
《!:高位の為肉体影響の可能性あり。魂への衝撃は皆無と判断。使用しますか。」
「はい。やはり魔法で記憶域に入ると誤認状態のままですね。」
別の場所に新たな警告画面が現れた。
〖!:異界の反響を検知。<妨害弾>〗
記憶域は侵入者を消そうと攻撃を始める。
鎖の巻かれた画面の横から黒や赤そして紫の禍々しい色の弾丸が降り注ぐ。
<妨害弾>を受けると同時にリディアの体は粒子になって足から消え始める。
「<運命抵抗>。地球の生命保護システムは厄介ですね。ですが<箱庭>側の世界の魔法の方が一枚上手です。」リディアがそう言うと蝕まれた体の場所に無数の花が集まり修復される。
〖!:現世に当該しない効果を確認。生命体保護の為<理の枷>を発動〗
機械音がそう言うとリディアの周りに数本の光の柱が立つ。
そして、その柱から無数の光の槍が放たれる。
「<虚無へ還せ>」
カーンと美しい鐘の音色が響くと共に、パリンッと全ての柱が一点から破壊され槍も全て消えた。
〖!:全機能無効化されました。〗
「ここまで頑丈な守りの人は久しぶりに見ました。<運命の女神の使徒>でも疲れますね。」
「それでは気を取り直して<慈愛は深淵をも薙ぐ>」
唱え終わると<深淵なる記憶の枷>と言う名の鎖がジャラジャラと落ちる。
「それでは失礼ながら<記憶の枷>を見させてもらいますね。」
画面にかかっていた白黒のノイズが消え映像が流れ始めた。