NO.1 カーチェイス その1
2時過ぎの、閑散としたラーメン屋でラーメンを食べるのが好きだ。
大将は俺のラーメンを作り終えると、店内にあるテレビに集中する。客は俺も含めて精々3~4人くらい。そこでのんびりと麺をすするのが堪らない。平和な日常を実感できる。鳩原修二28歳のささやかな楽しみだ。
職業タクシー運転手。独身、1人暮らし。週5日はタクシーを乗り回し、残りの2日はジムに行ったりスパに行ったり、最近は整体にも通い出したな。
芸能人とか警察官から見たら俺の日常は酷く刺激がなくつまらないモノなんだろうな。でもこれでいいんだ。この昼過ぎのラーメンと、仕事終わりのビールがあるなら他に欲しいモノなんてない。
刺激なんていらない。
この日常を守りたい。守り――たかった……。
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イギリス・ロンドン。駅前のタクシー乗り場。
鳩原の日常は風変わりな男が乗車してきたことで壊れた。
「後ろの車に追いつかれたら頭をぶち抜く」
そう言って後部座席から銃口を向けてくる目出し帽の男。
鳩原は涙目になりながら「は、はい! 了解であります!」と車を発進させる。
「……あの、ちなみになんですけど、後ろの車って……」
「警察だ」
「……ですよね。あはは」
ピーポーピーポーとサイレンが鳴り出した。
あと1人客を乗せたらラーメンを食べに行こうと思っていたのに……鳩原はトホホと肩を落とす。
窓から行きつけのラーメン屋がチラッと見えた。鳩原と同じ日本人が経営しているラーメン屋で、日本特有のラーメンの味を持つ数少ない場所。鳩原はベッドの上の恋人を見つめるような瞳でラーメン屋を一瞥し、目の前に集中する。
追いつかれたら殺す。と脅された以上、後ろの車に追いつかれるわけにはいかない。
鳩原は全力でパトカーから逃走する。
「お、おい! どこに行くつもりだ!?」
鳩原は表通りから左折し、車1台通るのがギリギリの道に入る。
「て、テメェ! こんな狭い道にわざわざ行くなんて、まさかわざと捕まる気じゃないだろうなぁ!!」
「違います。俺は全力で相手を撒くつもりですよ」
引き金がカチカチと鳴るが、鳩原は気にしない。運転に集中する。
パトカーも当然、鳩原たちを追って小道に入る。
「馬鹿野郎!!」
目出し帽男が叫ぶのも無理がない。なぜなら車の行き先は行き止まり。車を傾けないと通れないぐらいの建物同士の隙間しかない。
「お客様、シートベルトをしっかり装着してくださいませ!!」
「え?」
鳩原は脇道にある階段で片輪を上げ、車体を傾ける。
「うおっ!?」
車体を30度傾けたまま、正面の建物の隙間に入り、浮いた片輪を壁に押し付けながら走行する。
そのまま大通りに出て、車体を戻し速度を出す。
ただのタクシー運転手にしては卓越した技術に、目出し帽男は驚きを隠せない。
「……お前、無茶苦茶だな」
「あなたがそれ言います?」
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時は鳩原のタクシーに目出し帽男が乗り込んだところまで遡る。
目出し帽男がタクシーに乗るのを目撃した警官2人は、タクシーより20m後ろにあるパトカーに乗り込んだ。
「あんの銀行強盗! タクシーをハイジャックしやがった!!」
そう言って舌打ちするのは黒人の男警官。名はオストリッチ。
オストリッチは助手席に乗り込む。
「そんなんで私から逃げられるものかよ!」
金髪の少女、トキが運転席に乗る。
先に発進するのはタクシー、遅れること4秒でパトカーが発進する。
「追いつけるか?」
「一介のタクシー運転手に私が後れを取るとでも?」
「猫がチーターに競り勝つぐらいありえねぇな……」
発進してから数秒でトキは異変に気付く。
渋滞とまでは言わないが混んでいる車道。目前のタクシーは速度を上げ続けたまま、同車線の車も対向車線の車も躱していく。
「おいおい、なんだアイツ!」
「このトキ様と本気でやり合う気か……」
トキは唇を舐め、
「面白れぇ。ただの子猫ちゃんじゃないらしいな」
タクシーが左折し、幅のない道に入る。
「うっし! あのバカ! 幅のねぇ道に入ったぞ!」
オストリッチは笑う。
パトカーはタクシーを追い、左折する。
「見ろ! この先は行き止まりだ!」
助手席の浮かれ野郎は無視し、トキは冷静に、目の前の情報を処理していた。
「いや」
トキには1つのルートが見えていた。常人ではたどり着けない、一流のみが見える道。
「……冗談だろ。まさかやらないよな……?」
そのまさかだった。
トキの脳内イメージをなぞるようにして、タクシーは階段を使い、片輪を浮かせた。
「「んなっ!!?」」
やりやがったぜアイツ! トキは口元を歪ませて言う。
「まさかあの野郎、あの態勢で建物の隙間に入る気か!?」
「入る気だよ! こっちもやるしかない!!」
「待て待てトキちゃぁん!! 無茶だ! 後は別動隊に任せよう!!」
「私の辞書に……なんだっけ? ――あ! アレだ! 成功の文字はなあああああい!!」
トキはタクシーと同じ方法で片輪を上げる。
「じゃあやっちゃダメだろおおおおおおおおおっ!!!」
パトカーも車体を傾けたまま、建物の隙間に入っていく。
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