最強 VS プログラム・シン
次の日、正午
「悪いなクロ。思い付きみたいな提案に付き合わせて」
「……不満になる理由があるなら、是非ともお聞きしたいですね」
クロのプログラム・シンと戦いたい。
確かに突拍子もない提案だったが、学園都市最強からの挑戦状に一武人として断る理由はない。
さらに言えば、今目の前の裕樹は今まさに他の最強格に挑むかのように、汗の蒸気が立ち上る臨戦態勢。
自身が戦う訳ではないが、それでも本能として喜びは押さえられない。
「んじゃ、面倒な前置きは抜きにして、さっさと始めよーぜ」
待ちきれないという感じで、裕樹は腰に差す6本の愛刀、電子ツール六道の2本を抜き構えた。
既に話を聞き付けたギャラリーが大量に集まる中で、全員が裕樹の威容に期待マックス。
さらに言えば、プログラム・シン事態がそうそう見れるものではないため、観戦目的にしても偵察目的にしても、期待は膨れ上がる一方。
「すごい。用意してた材料、全部売り切れちゃった……追加はまだ後だよ」
「売り上げ、過去最高れしゅ。流石は先輩効果」
「手伝いに来て正解だったな。怒濤の忙しさだった……っと、こうしちゃいられない」
「あっ、待ってよりゅー兄ちゃん。アサヒちゃん、おねむは大丈夫?」
「…………うん」
一方で、そんなギャラリー相手の商売に勤しむ屋台通りの面々も、ある意味戦争だった。
ほぼすべての屋台が過去最高の売り上げを記録しており、追加発注に大忙し。
そんな中で手伝いをしていた龍星も、戦いの始まりが近づくと興奮が押さえられず我先にと駆け出していき、裕香とアサヒがそれに続く。
「では……ヒサメ」
『キューッ! クカカカ』
蓮華の電子召喚獣、ヒサメ
イルカ型の通常種で、水流操作で水をまとい、その水を凍らせる能力を持っている。
水性型は泳ぐ様に浮遊するのが特徴だが、ヒサメはそれに優雅さを感じさせた。
「成功したことは?」
「大多数の、一度きりです……が、今は成功させる自信はあります」
プログラム・シンには、マスターと召喚獣のシンクロが条件。
そのシンクロの媒介となる電子ツール、マスターが持つシン・スフィアと、召喚獣が持つシン・エンブレムの共鳴を通してシンクロさせる。
このシンクロが問題であり、マスターにも召喚獣にも精神的負担が大きく、大半がそれに耐えきれず失敗……一度成功したきりの失敗の理由として、一度成功したからという精神的な緩みが、どこかで生じているからと言う説も出ている。
「では……プログラム・シン、起動!」
シン・スフィアとシン・エンブレムが共鳴し、放たれた光が繋がりその光がヒサメを包む。
その光の中で、ヒサメが姿を変えーー
『キュー!!』
形状はイルカの人魚……上半身は人間の形状をとり、下半身はイルカの形状。
左手に噴気孔らしきものがあり、右手にはヒレを模した槍が握られている。
「わあっ、すごい。人魚の戦乙女って感じかな」
「綺麗れしゅ」
「やっぱり、予想がつかない変化をするんだな」
つぐみとみなもが感嘆の声をあげるなかで、龍星は少々面食らった。
通常の電子召喚獣は基本モデルの姿に忠実で、メガネやらマフラーやらの小物がつくくらいしか違いはない。
しかし、プログラム・シンの場合は全くそれが当てはまらない。
これはマスターの精神的なあり方が影響しているからと言われているが、完全な人型だったりサイボーグ型だったりと元から大きく離れた姿になることも珍しくない
そして、能力も……
「!」
なんの前触れもなく、左の孔から水が撃ち出された。
咄嗟に裕樹は回避するが、その水は地面に着弾すると同時にギャラリーの手前の範囲のフィールドを、足首が浸かるほどの水溜まりに。
シン・ヒサメが槍を指揮棒のように振るうと同時に、裕樹は後ろに飛び退き……先程までいた場所に、足元の水が槍のようにつき出された。
「……成る程、厄介な」
ふっと槍を振るう動きに合わせ、足元の水溜まりが槍となって襲いかかる。
それは正面、左右、背後からと裕樹に襲いかかり、それを裕樹は口許に笑みを浮かべ、まるで舞う様に回避し剣で打ち払い、自身の鍛えぬいた直感すべてを駆使し、全ての攻撃を難なくいなしている。
「けど、だからこそ……楽しくてたまらない!」
「楽しんでられるのも、今のうち!」
裕樹が後ろへバク宙でとぶと同時に、足元から水の壁が競り上がる。
その水の壁から、砲台のように水の弾丸が撃ち出され、裕樹は身体を宙で翻して弾丸全てを打ち払う。
弾丸が打ち払われると、地面の水がスパイクの形状をとり、幾多の水のスパイクが裕樹に襲いかかるのを、裕樹は地面に剣を突き立て、それを支点に身体を回してスパイクをいなしてしまった。
一瞬の躊躇さえ許されない攻防の中で、裕樹は未だに無傷。
「やっぱいいな。遠慮なしに本気でやれるってのはさ」
「……これが、最強と謳われる男の、本気」
クロの中で、焦りが出始めていた。
力の差は覚悟していた筈だったが、今程見ることと相対することの本当の違いを実感したことはない
「ーーすげえ!」
「やっぱり朝霧先輩最強!」
「あのプログラム・シンもすごいけど、やっぱり朝霧先輩すげえよ!」
ギャラリーの熱狂具合も最高潮。
「…………お兄、ちゃん……かっこ、いい」
「うん、かっこいいよ。カッコいいんだけど、やっぱりどうも不安だよ」
アサヒは目をキラキラさせながら、裕樹の勇姿に見惚れていて。
少々複雑そうに、裕香は先程からハラハラさせられてばかりだった。
「ーーまだまだ!」
その次の瞬間、足元の水溜まりが瞬時に凍りついた。
裕樹はその直前に飛び上がり、足を取られることはなかったが……。
「むっ……」
フィールドの支配権を握られている状況。
長期となれば、やはり不利を悟らされる……出来れば、もう少々楽しみたい感情はあったが。
「……そろそろ潮時かな」
裕樹が突如表情を変え、シン・ヒサメに狙いを定めた目に。
流石に少々惜しくはあったが、これ以上は流石に無傷という訳にはいかない、という判断。
「! いか……」
「無駄だ」
足場が凍りついているにも関わらず、裕樹は瞬く間にシン・ヒサメとの距離をつめ、一閃。
プログラム・シンを維持できなくなったヒサメが、元の形態にもどり拡散していく。
裕樹が両手に握った刀を鞘に納め、カシンッと音をならしたと同時に歓声がわいた。
「うん、やっぱ強くなってるよ」
「いえ、いくら強くなろうと最後怯んでしまった事で、最強と相対する資格などありません」
「折れてないなら結構だ。楽しみにさせてもらうよ」




