04 前世はOL
それから小一時間後、わたしの足元には燃えカスになったマッチが大量に散らばっていた。
当初の目的は暖を取ることだったのに、もうそれどころではなくなっている。
わたしの記憶は完全に戻ったというのに、マッチを擦る手が止まらない。
マッチの映像は、セリージャの人生をとっくの昔に通り越しており、映しちゃいけない所まで映しているんじゃないかと思える領域になっていた。
「ちょ、待って!? なにこのへんな世界!? 誰この女の人!? お……OL!?」
いよいよ3桁台に突入しようとしていた燃えカスが、ぽろりと手からこぼれ落ちる。
「この世界って……ゲームだったんだ……!」
わたしは『忘却の彼方』で奪われた記憶どころか、前世の記憶まで取り戻していた。
前世のわたしの名前は『近藤真子』。
とある企業で働くOLで、独身のせいか趣味はいろいろあったけど、死ぬ間際には乙女ゲームにハマっていた。
なかでも、『神剣恋愛ラブゴッド』というゲームが大好きで……。
というか、いまわたしがいるのがその世界だ。
セリージャはヒロインを妨害するキャラ、いわゆる『悪役令嬢』ってやつ。
彼女は結婚式で数々の悪業が明るみにでて追放され、その影響で一族も離散。
貧民となりマッチを売って暮らすが、大みそかの夜に凍え死ぬんだ。
翌朝発見された彼女は幸せそうな笑みを浮かべていて、その足元にはマッチの燃えカスが大量に……。
「って、わたし死んじゃうってこと!? そんなの絶対イヤっ!」
わたしは空腹も寒さも忘れて立ち上がる。
記憶を取り戻したおかげで感情も復活したようで、興奮のあまり身体はむしろポカポカだった。
「なんとかして、ここから生き延びる方法を考えないと!」
でも、記憶さえあればなんとかなる。
なんたって、わたしの前世はバリバリのキャリアウーマンだったんだから。
「まずは、えっと……お金だ! お金を稼がないと!」
先立つものが無ければどうしようもない。
わたしはバスケットを掴むと、通りへと飛び出した。
これまでみたいに「マッチを買って下さい……」なんてことはしない。
「そこのお兄さん、マッチはどうですか!? 年末はマッチが切れやすいですからね!」
プレゼントの包みを手に、足早に家に帰ろうとしているおじさんに声をかける。
これまでは、ガン無視か野良犬のような扱いをされるのが関の山だったけど、おじさんは足を止めていた。
「そういえば……たしかに年末はマッチをたくさん使うな」
「そうそう、たくさん買って帰ると奥さんに喜ばれますよ! 高いアクセサリーやドレスもいいですけど、実用品のプレゼントもいいと思います!」
「うむ、それもそうだな。お嬢さんの持っているマッチをぜんぶ売ってもらおうか」
わたしはOL時代には総務部にいたけど、営業の手伝いをしょっちゅうやらされていた。
お得意様を回って契約を取ったりしていたので、その時の経験がさっそく活かせた。
「マッチいりませんか?」なんて手当たり次第に声を掛けたって意味がない。
普段、外でマッチを必要としているのは喫煙者か放火魔くらいのものだから。
喫煙者か、世の中に不満のありそうな人を探して声を掛けてもいいんだけど、それよりもこの時期なら、家でマッチが必要だということを気づかせるほうが手っ取り早い。
それを証拠に、1回のセールストークで完売してしまった。
たくさんの銅貨を手にしたわたしは、次の段階へと進む。
「ねえ、あなたのマッチをぜんぶ売ってくれない?」
近くを歩いていた同業者の少女に声をかけると、困り果てていた顔がパッと明るくなった。
「えっ、ホントに!? 1個も売れなくて困ってたの! ホントにぜんぶ買ってくれるの!?」
「うん! そのかわり、ちょっとだけ安くしてもらえるかな?」
「もちろん! 売れなきゃ家に帰れないところだったんだ!」
カゴの中身をまるっと移し、わたしは先ほどの稼ぎの3分の1を彼女に渡す。
新しく手に入れたマッチを例のセールストークで売り払い、さらなる銅貨がわたしのポケットに入る。
小一時間ほどで、通りにはマッチ売りの少女がひとりもいなくなり、かわりにわたしのポケットはパンパンになっていた。
「もっと売りたいけど、仕入れ先がないんじゃどうしようもないな。まぁ、今日はこのくらいでいっか。明日はもっとたくさんマッチを持って……」
意気揚々と裏路地に入ったところで、わたしの行く手を塞ぐように男が現われた。
「……ヒヒヒ、見てたぜぇ……! 今日はだいぶ稼いだようだなぁ……!」
背後からも声がする。
「この裏路地は、高額所得者には税金がかかるんだ……! 稼ぎの99割ってところだなぁ……!」
99割という単語が、頭とガラの悪さを醸し出している。
用心深く前後を見やると、相手は2人だけだった。
だけど、どちらの身体もわたしの3倍くらいある。
わたしは足元に落ちていた廃材を拾いあげると、剣道の中段の構えを取った。
すると、男たちはすっとんきょうな声をあげる。
「なんだぁ? まさかこのガキ、俺たちとやる気かぁ?」
「しかも女のクセに、剣術みてぇな構えするなんてよぉ!」
わたしは静かに彼らに告げた。
「疲れてお腹ペコペコだから早く帰りたいの。だから、どうするか早く決めて。叩きのめされるか、シッポを巻いて逃げるか」
「て……てんめぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!」
軽く挑発しただけで男たちは激昂し、蛮声とともに挑みかかってきた。
いかにこの世界で、女が低く見られているかというのがよくわかる。
わたしは前世の大学時代、学生剣道選手権において4年連続で1位になったことがある。
だから、こんなチンピラに遅れを取ったりはしない。
「ちぇすとぉーーーーっ!!」
学生時代は『怪鳥』と呼ばれていた掛け声とともに、ガラ空きの胸めがけて鋭い突きを放つ。
ドムッという鈍い音とは真逆に、男たちは盛大に吹っ飛んでいた。
そのままゴミの山に突っ込んでいったが、悲鳴もない。
「ぐ……!? は……あっ!?」
ゴミにまみれ、ただ悶絶するのみ。
みぞおちを強く突かれると、しばらくは悲鳴どころか息をするのもやっとになるんだ。
彼らはもはや立ち上がる気力も無かったようなので、わたしはふぅ、と大きく息を吐く。
「よかった……! いちかばちかだったけど、身体がちゃんと覚えてくれてた……!」