表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

03 マッチ売りの少女

 斬られたのは、生まれて初めてのことだった。

 しかも結婚式の最中、婚約者から斬られた女なんてわたしが世界初だろう。


 不思議と身体は痛くなかったけど、そのぶん、心はへし折られたように痛んだ。


 わたしがミカエル様に尽くして望んだのは、たった1回のキスだけ。

 でも……それすらも、わたしはもらえなかった。


 薄れていく意識。周囲の人々はわたしを気づかうどころか、悪魔が倒されたと快哉を叫んでいる。

 ふと、なにかがわたしの上に覆い被さった。


「あああっ! かわいそうなセリージャちゃん! 止められなかったブリケちゃんが悪いの! お願い、ブリケちゃんを許して!」


 わたしの顔を覗き込み、顔をくしゃくしゃにしているブリケちゃん。

 泣いているようだが、涙は一滴も出ていない。

 わたしはしゃべるのもやっとだったけど、なんとか声を絞り出して彼女の気持ちに応えた。


「謝ることなんかないよ……ミカエル様と、幸せになって……」


 するとブリケちゃんは、「うわぁーんっ!」と倒れたわたしを抱きしめる。

 耳元で、またあのゾッとするようなささやきがした。


「クソが……! 最後まで、偽善者ぶりやがって……! テメェのそういうところが大嫌いだったんだよ……!」


「ぶ……ブリケ、ちゃん……?」


 まるで水の中で聞いているみたいに、彼女の声が遠く鳴っていた。



 暗殺を計画して、ディヴァイン派を焚きつけたのはブリケちゃんなんだよ……!

 あの時は、お前の婚約者をブッ殺すつもりだったのによぉ……!


 それは、テメェが聖剣を持ち逃げしたせいで、台無しになっちまったけどな……!


 なんでそんなことをしたのかって? そりゃ、テメェを落ちぶれさせるためだよ……!

 それに、当時の婚約者の功績にもできたからねぇ……!


 ブリケちゃんの婚約者がディアブロ派だってのは、テメェも知ってるだろ……!

 だけどソイツはクソ虫みてぇなヤツだったからさぁ、ちょちょいと細工して、立てなくしてやったんだよ……!


 そうなれば、あとはもっといい婚約者(ムシ)に乗り換えるだけ……!

 これでもう、わかっただろ……!?


 すべては、このブリケちゃんが仕組んだことだったんだよ……!



「そ……そう……だったんだ……」


 わたしはそう答えるので精一杯だった。


「クソが……! もっと悔しがれよ……! 血の海で泣き喚いて、のたうち回れよ……!」


 ブリケちゃんはわたしをきつく抱きしめると、暗示をかけるように耳元でささやき続ける。



 最後の最後まで、ムカつかせてくれるぜ……!


 こうなったら、テメェの一族も徹底的に追い込んでやっからな……!

 これまでブリケちゃんがした悪さをぜんぶテメェに押しつけて、一族ごとこの国にいられなくしてやる……!


 テメェが次に気づいた時は、すべて根こそぎ無くなってるんだ……!

 記憶だけじゃねぇぞぉ。地位や財産はもちろんのこと、家族や友達まで、なにもかもな……!


 テメェはすべてを奪われたことも知らず、ゴミを漁るような余生を送るんだ……!



「ゴミ虫みてぇに、のたれ生きろっ……!」


 それがわたしの聞いた、最後の言葉だった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 わたしの名前はセリージャ。

 裏路地に作った小さなあばらやで、パパとふたりで暮しているの。


 わたしは生まれた時からの記憶がなくて、ママの顔も覚えていない。

 パパは毎日お酒を飲んでいて、わたしに暴力ばかり振るうんだ。


「おらっ、セリージャ! 今日という今日は、マッチを売るまで家には入れてやらんからな!」


 裏路地から表通りに蹴りだされ、わたしは投げ捨てられた人形のように倒れ込む。

 バスケットからマッチがこぼれ、道端の水たまりの上にぶちまけられた。


「なぁにやってやがんだ!? 売り物のマッチを濡らすんじゃねぇ! おらっ、さっさと拾え!」


 のそのそとマッチを拾いはじめると、パパは「ったく、このグズがっ!」と捨て台詞を吐いて家に戻っていった。


 道行く人たちは、そんなわたしをゴミを見るような目で避けて通っていく。

 街は多くの家族連れが行き交い、家の窓からはあたたかい光がこぼれていた。


 覗き込んでみると、食卓で七面鳥を囲む、幸せいっぱいの笑顔がキャンドルの向こうで揺れている。

 おなかがぐうと鳴る。もう何日も食べていない。


「マッチを売らないと……。また、ごはん抜きになっちゃう……」


 わたしは街をさまよい、道行く人に声をかけた。


「マッチはいりませんか? あの、マッチを……」


「うわっ、汚ぇ! 楽しい気分がいっぺんに台無しになっちまった! あっち行け!」


「しっしっ! ここは綺麗なものを売る所なんだ! お前みたいなのにうろつかれたら商売の邪魔なんだよ!」


 花屋のおばさんから突き飛ばされ、わたしは溶け残った雪のなかに突っ込んでしまう。

 びしょ濡れになった顔をあげると、汚水がアゴからぽたぽたと垂れた。


 人は悲しいと、目から涙という名の水が出てくるらしい。

 でもわたしは泣いたことがなくて、笑ったこともない。

 心は抜けないトゲが刺さったみたいに、ずっとチクチクと痛んでいるのに。


 不意に木枯らしが吹き、肌を切り裂くような痛みに襲われる。


「ううっ……!」


 濡れたせいで身体がすごく冷たい。

 誰もいない物陰に隠れて身を縮こませていると、雪がちらつきはじめた。


「寒い……! 寒いよぉ……! このままじゃ、こごえ死んじゃう……!」


 わたしはとうとう耐えられなくなって、売り物のマッチに手を伸ばす。

 使ったらパパにぶたれちゃうのはわかっていたけど、どうしても止められなかった。


 ……シュッ!


 目の前に、オレンジの光が生まれる。

 窓からこぼれているのに比べたら、ほんの少しの明かりでしかないけど、わたしは暖炉の前にいるみたいにホッとした。

 でも本物の暖炉が見えた気がして、わたしは思わず火に向かって手を伸ばす。

 しかし途中で消えちゃったので、無我夢中で2本目のマッチを擦った。


 火の向こうに、暖炉の応接間が浮かび上がる。

 暖炉の前には3歳くらいの小さな男の子がいて、その近くには同じ年くらいの女の子。

 男の子が暖炉の中に栗を投げ込んだのを見て、女の子が慌てて男の子をかばっていた。


 女の子は弾けた栗の衝撃で、飛んできた火箸を顔に受けて火傷を負う。

 男の子は助けられたというのに謝りもせず、それどころか女の子を突き飛ばしてどこかへ行ってしまった。


「……これ、わたし……?」


 わたしは無意識のうちに、額にある火傷跡をさわっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ