01 大親友ブリケちゃん
わたしは、秘密のお気に入りの場所にいた。
深い森を抜けた先にあるこの場所は、晴れた日には見晴らしが良くて最高なんだけど、真夜中のいまはただただ不気味。
しかし、ここなら誰にも見つかることはない。
あとは、夜明けまでここに隠れて……。
背後からガサリと音がして、心臓が口から飛び出しそうになった。
振り返と、ランタンを持った女の子が立っている。
彼女はわたしを照らしながら、わあっと口を開けていた。
「せ……セリージャちゃん……? どうして、こんなところにいるの?」
「ブリケちゃんこそ、こんな夜中にどうして?」
「ちょっと、ひとりになりたくって……」
彼女はブリケちゃんといって、わたしの親友。
秘密の場所を教えた唯一の人間だ。
ブリケちゃんは昼間そうしているように、わたしの隣に腰を降ろす。
そして、わたしが抱きしめているものを見てまた口を大きく開けた。
「ああーーーーっ!? それ、ミカエル様の聖剣!? 婚約者の聖剣を持ち出すなんて……!? なんでそんないけないことをしたの!? なんでなんで、なんで!?」
聖剣は袋に包んでいたんだけど、ブリケちゃんは一発で見破る。
グイグイくるブリケちゃんに、わたしはつい話してしまった。
「……今夜、現神のディヴァイン様を闇討ちする計画があるらしいの。それにミカエル様も参加するって聞いて……」
「ガッチョンブリケ!? それって反逆ってこと!?」
両手で頬を押しつぶすようにして変顔を作るブリケちゃん。
ちなみに『ガッチョンブリケ』とは、彼女が驚いたときの口癖だ。
「うん、でもその反逆はうまくいかないと思う。ミカエル様の書斎で計画書をこっそり見たんだけど、あまりにもずさんだったから。むしろディアブロ派が仕掛けた罠なんじゃないかと思って……」
ディアブロ派というのは、現在の最高権力者であるディヴァイン様のライバル派閥。
これはわたしの想像でしかないけど、ディアブロ派は反乱を焚きつけて、ディヴァイン派を分裂させようと目論んでいる。
いや、わざと反乱を失敗させて、ディヴァイン派の勢力を削ごうとしているような意図を感じた。
しかしそこまで考えて、わたしははたと思い出す。
そういえば、ブリケちゃんの婚約者はディアブロ派だったんだ。
「あ、ごめんブリケちゃん。べつにディアブロ派が悪いって言ってるわけじゃ……」
しかしこの話はブリケちゃんには難しかったようで、彼女は「はにゃ?」と首を傾げていた。
「その反逆と、セリージャちゃんがミカエル様の聖剣を持ち出すのと、なんの関係があるの?」
「えっと、神族は聖剣がなければ戦えないでしょ? 聖剣がここにある以上、ミカエル様は今夜の反逆に参加できないと思って」
「なるほどぉ。でも、それってすごくいけないことなんじゃない? 女の子が聖剣を触るのは絶対にダメなことだし、それに婚約者の邪魔をしたことがバレたら……」
この世界では、女は剣に触れてはいけないというしきたりがある。
女が触れると、剣が穢れるといわれているからだ。
神族にとって命ともいえる聖剣、それを女が持ち出そうものなら……。
「バレたら、わたしはミカエル様から斬られても文句は言えないでしょうね。でも、今夜の反逆に参加したらミカエル様は処刑されちゃう。そうなると、一族も神族でいられなくなっちゃうから……」
ミカエル様と婚約した時に、わたしは決めたんだ。
この命に変えても、ミカエル様を守ってみせるって。
わたしの気持ちが伝わったのか、ブリケちゃんは「わかった!」と大きく頷いてくれた。
「セリージャちゃんのしたことは、とってもとってもいけないことだけど……。でも、このことは誰にも言わない! それにもしバレたとしても、ブリケちゃんがかばってあげる!」
「ほ……ホントに!? ありがとう、ブリケちゃん!」
わたしは嬉しくなって、ブリケちゃんにひしっと抱きつく。
「親友だから当然でしょ? だから……ブリケちゃんのことも、かばってくれるよね……?」
それは何気ない一言だったのに、まるで耳の中に蜘蛛を入れられたみたいな、ゾッとするようなささやきだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからわたしはブリケちゃんとおしゃべりして、夜明けになって屋敷に戻った。
聖剣はこっそりと戻せたのでバレずに済んだんだけど、反逆に参加できなかったミカエル様は大激怒。
「余が行っておれば、今ごろはディヴァインの首を朝日に向かって掲げておったというのに!」
しかしわたしの予想どおり、反逆計画は罠だった。
計画はディヴァイン様に筒抜けで、反逆に参加した神族は待ち構えていた勢力に一網打尽にされたらしい。
反逆者たちは全員処刑されたけど、不参加のミカエル様にはお咎めはなかった。
むしろ計画を知っておきながら、そそのかされなかったという点が評価されて昇格を果たす。
そしてブリケちゃんはちょっと間の抜けたところがあったんだけど、進学してからはそれが余計に酷くなった。
学校で、生ゴミが入ったバケツをうっかり屋上から落として、下にいた女生徒をゴミまみれにしたり。
ある女生徒が大事にしていたものを、うっかり焼却炉で燃やしちゃったり。
酷い時には、ある女生徒にうっかり下剤入りのお茶を飲ませたこともあった。
しかしわたしはそのたびに彼女をかばい、いっしょになって謝った。
ブリケちゃんの評判は守られ、逆にわたしの評判は日に日に悪くなっていったけど気にしない。
だって彼女は親友。わたしが墓まで持っていく秘密を、いっしょになって守ってくれた大親友なんだから。
なんてことをやっているうちにわたしは16歳の誕生日を迎え、ミカエル様との結婚式の日を迎えた。