6 撃
「好い気なものだな」
タコ脚の恐怖に震え、且つ田丸と桜子の会話に呆れながら、ぼくが訴える。
「奇怪ではあるが、おれには怖くない」
「そうですね。物騒ですけど……」
ぼくの愚痴に二人が、それぞれ答える。
生きている機械は、より身を乗り出してくる。
「モウ少シダ」
「行ケ」
声が近くなり、はっきりとしてくる。
すると、それが集団の声に聞こえてくる。
何十体もの個体が同時に発したような……。
「集合知性か。やはり凡庸だな」
田丸が指摘し、
「ヒトは何処までも個人ですから、集合体を怖がっても不思議はありません」
と桜子が彼女なりに、ぼくを庇う。
が、そんなふうに解説されると、自分の凡庸さが公に曝け出されたようで居心地が悪い。
「凡庸で悪かったな」
「拗ねるなよ、亨……」
田丸がぼくを慰めた直後、夜の海岸が震え、また、グニャリと歪む。
そして、遂に鉄塔のオバケがこの世界に一歩を踏み出す。
その姿が海の上に浮いているのが不気味なら、鉄塔の根元に無数の脚が蠢いているのも不気味だ。
「抜ケタゾ」
「進メ」
鉄塔のオバケが海の上を這い進む。
その後ろに二本目の鉄塔が現れる。
最初の鉄塔は銀色だ。
が、次の鉄塔は赤白に彩られている。
「いよいよ鉄塔だな」
「色分けされているタイプは、かなり大きいはずです」
田丸と桜子が会話する。
ぼくは余りの恐怖に腰を抜かし、田丸に支えられる。
「逃げるか」
田丸が桜子に問い、
「逃げても追ってきますけどね」
と桜子が困ったように同意する。
ぼくが田丸の背に負ぶさる形で、三人が海岸から町の方に移動する。
石垣を昇ると、確かに町がある。
いつか見た景色だろう、と思うが、それがいつだったのか、はっきりとしない。
やはり、ぼくには『無』など想像できないようだ。
海岸沿いの町は深い眠りについている。
人の動きがない。
静かで、且つ美しい。
やがて、二本の鉄塔が砂浜に上陸する。
その歩みは速くない。
が、それだけに不気味だ。
「行ケ」
「アソコダ」
大小の鉄塔が小刻みに揺れながらノロノロと砂浜を進む姿は見る人が見ればユーモラスかもしれない。
が、ぼくにとっては最大級の恐怖だ。
いったいいつ、ぼくはこんなトラウマに囚われたのだろう。
考えてはみるが、答を思いつけない。
「誰にだって、人には明かせない怖いモノがありますよ」
そんなぼくを見かねたように桜子が言う。
「わたしの怖いモノは教えませんけどね」
「二体ですべてなのかな」
桜子の発言とは関係なく、田丸が自分の考えを述べる。
「そうかもしれません」
「……とすると、集合知生体は正解かもしれないな」
どういうことだ、ぼくが思う。
「でも、もう少し、様子を見てみましょう」
桜子が田丸にそう言った直後、赤白鉄塔の一部が球形に涼む。
……と、そこからオレンジ色のビームが発せられる。
「うわっ」
思わず、ぼくが大声で叫ぶ。
赤白鉄塔から発せられたレーザービームが自分の数メートル先の道路に孔を空けたのだから当然だ。
「攻撃用の手足がないから他に方法はないか」
「……のようですね」
この期に及んでも田丸と桜子の声に緊張感はない。
「いくら夢の中でも、当たったら死ぬぞ」
ぼくは、そう主張するが、
「それも解決策の一つです」
と桜子は動じない。
「なるほど、それで夢か」
「おそらく一回しか使えませんけど」
「それは、奴らに学習能力があれば……の話だろう」
「マヌケに見えても知生体なんですよ」
「いや、知性という概念すらないかもしれない」
「そう思うと、怖ろしいですね」
ボン。
二発目のレーザービームが、今度は、ぼくの数メートル後ろの道路に孔を空ける。
「奴らには亨がどう見えているんだろう」
「それは視力があるモノの発想ですよ」
「そうだな、しかし、亨に当たるのも可哀想だ」
「では、この辺りで亨さんに目覚めてもらいましょう」